容疑者のヨーグシャーさん
キャラクターノベル制作 革酎納品 2023年04月08日 18時29分41秒
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ライル・ヨーグシャーは、思わず目を見開いた。
リーンエス王国北部の町ホークヤード。その高級住宅街の一角で、ひとりの女性が矢に胸を貫かれた状態で、遺体となって発見された。
ホークヤード警備隊が直ちに出動し、周辺を封鎖して現場検証に当たっている。
規制線が張られ、その周囲には野次馬の近隣住民がひとだかりを作っているのだが、その中にライルの姿もあった。
警備隊の隊長格はファブリス・ハワードという男らしい。彼は部下の警備隊員らに指示を与えて証拠品の捜索に当たらせる一方、近隣住民を近くの街角に呼び集めて目撃談の有無を確認していた。
しかしライルは何故、件の女性が死んだのかを知っている。彼女の胸を貫いている矢は、実はライル自身が仕掛けた対人殺傷用の罠から放たれたものだからだ。即ち、犯人はライルなのである。
だが問題は、罠にかかって死んだ女性の方であった。
(どういうことだ……何故、ケイト・ランファーゼじゃないんだ?)
死亡したのはアンネ・クリプトンという全く別の女性であり、本来ライルが殺害を目論んでいたケイトとは全くの別人だった。
一体何故、こんなことが――群衆に紛れてひとり苦悩の表情を浮かべるライル。
ところがそのライルの目の前で、ファブリスが通行人をひとり呼び止めていた。
「おい、ドワーフ! 貴様、丁度良い! 捜査を手伝え!」
「……またですか」
ファブリスが呼び止めたのは、隣の筋でローラント探偵事務所を営んでいるヴァン・ローラントなるドワーフだった。
ヴァンは露骨に、という程ではないものの、幾分迷惑そうな顔色を浮かべながら、ファブリスに手招きされるままに規制線の内側へと身を滑り込ませてゆく。
遺体の近くにまで歩を寄せたヴァンに対し、ファブリスはやたら高圧的な態度で現場の状況を説明し、現場近くから見つかった粗末なクロスボウもどきの装置を持ち出してきて、女性の胸に刺さっている矢の形状と、射出溝の形が一致することなどを告げている。
つまり、凶器と殺害方法はすぐに分かったものの、犯人と動機が分からないから、ヴァンに捜査を手伝えということらしい。
「別に良いですけど……矢張り今回も依頼じゃなくて、善意の無償奉仕扱いですか?」
「当たり前だ! 前にもいったが、ドワーフ如きが探偵事務所なんぞを経営しているのを見逃してやっているんだぞ! ここは日頃の感謝として、お前の意思で解決を図って差し上げようと考えるべきだろうが!」
滅茶苦茶な論理だが、ヒューマン至上主義のこの町に於いては、ファブリスの様な考えを持つヒューマン市民は数知れず、この場に於いてはその言葉に異を唱える者が居ないのもまた事実であった。
ヴァンはすっかり諦めた様子で、分かりましたと応じた。
●
その後もライルは、内心で気を揉みながら野次馬に紛れ込んで捜査の行方を凝視した。
まずヴァンは、被害者アンネの友人知人、或いは親類を当たるべきだと説明したが、既にファブリスはそういったひとびとから証言を得ているとの由。
その結果、日頃からアンネをよく虐めていたというケイトが捜査線上に浮上した。
そしてそのケイトこそが、ライルが罠にかけて殺害しようと考えた相手である。
今回ライルが仕掛けた罠は、ケイトがよく出入りしている恋人の自宅近くの路地裏であった。そんなところをアンネが徘徊するなど、ライルにとっては全くの計算外であった。
だが事実、罠にかかったのはケイトではなく、アンネの方だった。
「そのケイトなる女の虐めがエスカレートして今回の様な罠設置に及んだに違いない! まずはそのケイトなる女を捕縛し、然る後にドワーフ、貴様がその女から動機を聞き出せ!」
「虐めがエスカレートして?」
ヴァンは小首を捻った。
ファブリス曰く、アンネとケイトの両人を知る者達が
「どうしてアンネが……」
「殺されるならケイトの方じゃないの?」
などと声を交わしている事実を掴んでおり、日頃から振る舞いが横暴なケイトこそが最も疑わしいとの結論に至ったということだった。
ところがヴァンは、即座にその容疑を否定した。
「何をいうか! 被害者を虐めまくっているケイトなる女こそが犯人に違いないだろう!」
「だからです。虐めというのは、虐める対象が居てこそ、成立するんです。虐める相手が居なくなったら、ケイトなる女性は自分の今後の鬱憤晴らしが出来なくなる。いうなれば、子供が自ら玩具を手放す様なものです。普通に考えて、そんなことをやりますか?」
ヴァンの指摘に、ファブリスは思わず黙り込んでしまった。顔面が紅潮し、今にも怒鳴りつけたいところだったろうが、確かにヴァンの言葉にも一理ある。
ライルは思わず、ヴァンとファブリスのやり取りに意識を持っていかれていた。
もしかすると捕まってしまうかも知れないという恐怖心と危機感よりも、ヴァンの推理力に何となく興味が湧いてしまったのである。
「まずアンネさんが、ここに足を踏み入れた理由を突き止めましょう」
ヴァンの宣言にライルは内心で何度も頷いた。そのことは、ライル自身非常に知りたかったことでもある。
何故ケイトではなくアンネが罠にかかってしまったのか。この失敗の原因を突き止めなければ、ケイトを確実に始末することが出来ない。
己が捕縛される危険性を認識しながらも、ライルはヴァンの捜索を見守ることにした。
●
ヴァンはまず、アンネの人間関係を洗うことにした。
ケイトという天敵が居たことは間違いないのだろうが、では他の交友関係はどうなのだろう。
その点については確かに、ライルもよく分かっていない。ライルはただケイトだけを殺害しようと必死に策を練ったのだが、そのケイトの虐めの対象であるアンネに関しては全くの無頓着だった。
ここでヴァンは意外にも、アンネではなくケイトの交友関係に着目し始めた。ケイトが何らかのカギを握っているのではと考えているのだろう。
そして程無くしてヴァンは、この殺害現場近くにケイトの恋人が居住している事実を突き止めた。
問題は、ここからである。その恋人と、アンネに何らかの関係があるのではないか、ということだ。ヴァンは早速、その恋人なる人物を訪ねた。
結果、驚くべき事実が判明した。
その恋人は、実はアンネの元カレだったというのである。ケイトがアンネを執拗に虐めている姿を見て、当初はその男性もケイトに対して苦情を申し入れていたらしいのだが、次第にケイトの方がアンネよりも性的な魅力に富んでいると感じ始めた様で、結局アンネからケイトに乗り換えたのだとか。
何とも酷い話だが、ケイトの様な女には、こういうクズ男とも呼ぶべき輩が自然と吸い寄せられるものなのかも知れない。
ヴァンはその恋人に対し、彼の自宅の玄関先で色々と詰問した。
最初のうちはうろんな表情でヴァンをじろじろ眺めるばかりであったが、ヴァンの背後に立つファブリスのやけに高圧的な表情に気圧されたのか、次第に白状し始めた様だ。
そしてひとつの事実が判明した。
昨晩アンネは、その元カレの自宅を訪れていた。これがライルにとっての最大の誤算だった。あの男の元を夜中に訪れるのはケイトだけだという情報を仕入れていたのだが、そこにアンネが何を思ったか、ケイトが訪れるよりも前に足を運んでいた様だ。
だからケイトが罠にかかるよりも先に、アンネが罠を発動させてしまったということらしい。
(……全く、間の悪い女だな……)
ライルは同情はするものの、しかし可哀そうだとは思わなかった。アンネが邪魔しなければ、確実にケイトを仕留めることが出来た筈なのだから。
アンネは善良な娘らしく、周囲のひとだかりの中からも彼女に同情する声がちらほらと聞こえてきてはいたのだが、ライルにとってはそんなことは全くどうでも良かった。
ただ兎に角、ケイト殺害を邪魔した余計な存在に過ぎなかった。
●
ヴァンは更にアンネの元カレ、即ちケイトの恋人に対して聞き込みを続けた。
結果、毎晩ケイトが彼の元を訪れている事実を掴んだ。アンネは偶々昨日訪れただけであり、結果として罠の餌食になった。
「……となると、狙われていたのはケイトさんの方でしょうね」
曰く、偶々訪れる者を罠の標的にするとは考えにくい。通常罠を仕掛ける対象は、いつも同じところを日常として通る者に限られるのが一般的だからだ。
この理論にはファブリスも珍しく同意した。現れるかどうかも分からない者を罠に仕掛けるのは事実上不可能だ。そういう意味では、アンネは本来罠の対象ではなかったと考えるべきだろう。
「であれば、そのケイトとかいう女を恨んでいる奴が居るかどうかだが……」
ファブリスは渋い表情を浮かべた。
ケイトが狙われ、殺害された場合であれば、その容疑者として真っ先に浮上するのは日々虐められ続けていたアンネということになるのだろうが、そのアンネは既に殺害されている。まさか自らを罠にかける様な愚かな真似はしないだろうから、彼女は真っ先に容疑者から除外されることになる。
「交友関係だけとは限りません。利害関係で絞り込むのも、ひとつの手です」
そこでヴァンはファブリスに、ケイトの親族関係や勤務先の関係者を洗い出す様にと提案した。ファブリスも忌々しげな顔つきながら、ヴァンの提案を受け入れることにした。
この時、ライルは半ば観念していた。
恐らく捜査の手は、自身の元にまで及んでくるだろう。そうなれば、ケイトの殺害は叶わなくなる。
既にファブリスはケイトの自宅に警備隊員を走らせ、何者かに狙われている旨を説明させているだろう。こうなるともう、ケイトが罠にかかる可能性は万にひとつも無くなる。
つまり、ライルにとってはケイト殺害計画は完全に頓挫した格好だ。今更じたばたしたところで、最早どうにもならない。
それよりもどうやって、あのヴァンとかいう探偵が自分のところにまで辿り着くのか――お手並み拝見、という訳ではなかったが、どうせ捕まるのであれば、彼の探偵としての技量を見定めたくなった。
何とも奇妙な感情だった。
ともあれ、この現場での観察は、ここまでだ。ヴァンもファブリスも殺害現場を後にして、どこかへ調査の脚を伸ばしていった。
ライル自身も、いつまでもここに居座る訳にはいかない。一度自宅に引き返し、逃走の算段を立てることが可能かどうかを検討してみる必要があった。
多分、無理であろうが。
●
夜になって、荷造りを始めていたライルの自宅をヴァン、ファブリス、そして数名の警備隊員が訪問した。
容疑はアンネ殺害、である。
「どうして、僕に殺害容疑が?」
一応、訊くだけ訊いてみることにした。相手からの回答を半ば予測しながら。
「あなたの本当の殺害対象はアンネさんではなく、ケイトさんですね?」
ヴァンは語る。
ライルがケイト殺害を目論んだのは、遺産相続が絡んでいる、と。
ケイトは、ある豪商のひとり娘だった。ところが最近になって、ライルがその豪商の子であることが分かった。件の豪商は非常な女好きで、正妻以外にも何人かの妾を抱えており、更には家の外にまで大勢の情人を置いていたとの由。
それら情人との間に産ませた子が、ライルだった。
ライルはケイトさえ死ねば、遺産が自分の懐に転がり込んでくると踏んだ。ところが、実際に殺したのはケイトではなく、彼女が日常的に虐めていた下女のアンネだった。
「成程……でも彼女には他に大勢、敵が居るんじゃないですか? なのに何故、容疑を僕に絞り込んだんでしょう?」
「罠に使用された、あのクロスボウもどきです。あれを作れる人物を、ケイトさん周辺で絞っていくと、あなたしか居ないんです」
ヴァンの説明に、ライルは思わず天井を仰いだ。
罠を設置することで自らの手を汚すことなくケイトを殺害出来ると思ったが、その罠が却って容疑者の特定に結びついてしまったとは、何と皮肉な話であろう。
「容疑者ライル・ヨーグシャー。警備隊本部に同行して貰おう」
ファブリスの宣告に、ライルは素直に従うことにした。
ライル・ヨーグシャーは、思わず目を見開いた。
リーンエス王国北部の町ホークヤード。その高級住宅街の一角で、ひとりの女性が矢に胸を貫かれた状態で、遺体となって発見された。
ホークヤード警備隊が直ちに出動し、周辺を封鎖して現場検証に当たっている。
規制線が張られ、その周囲には野次馬の近隣住民がひとだかりを作っているのだが、その中にライルの姿もあった。
警備隊の隊長格はファブリス・ハワードという男らしい。彼は部下の警備隊員らに指示を与えて証拠品の捜索に当たらせる一方、近隣住民を近くの街角に呼び集めて目撃談の有無を確認していた。
しかしライルは何故、件の女性が死んだのかを知っている。彼女の胸を貫いている矢は、実はライル自身が仕掛けた対人殺傷用の罠から放たれたものだからだ。即ち、犯人はライルなのである。
だが問題は、罠にかかって死んだ女性の方であった。
(どういうことだ……何故、ケイト・ランファーゼじゃないんだ?)
死亡したのはアンネ・クリプトンという全く別の女性であり、本来ライルが殺害を目論んでいたケイトとは全くの別人だった。
一体何故、こんなことが――群衆に紛れてひとり苦悩の表情を浮かべるライル。
ところがそのライルの目の前で、ファブリスが通行人をひとり呼び止めていた。
「おい、ドワーフ! 貴様、丁度良い! 捜査を手伝え!」
「……またですか」
ファブリスが呼び止めたのは、隣の筋でローラント探偵事務所を営んでいるヴァン・ローラントなるドワーフだった。
ヴァンは露骨に、という程ではないものの、幾分迷惑そうな顔色を浮かべながら、ファブリスに手招きされるままに規制線の内側へと身を滑り込ませてゆく。
遺体の近くにまで歩を寄せたヴァンに対し、ファブリスはやたら高圧的な態度で現場の状況を説明し、現場近くから見つかった粗末なクロスボウもどきの装置を持ち出してきて、女性の胸に刺さっている矢の形状と、射出溝の形が一致することなどを告げている。
つまり、凶器と殺害方法はすぐに分かったものの、犯人と動機が分からないから、ヴァンに捜査を手伝えということらしい。
「別に良いですけど……矢張り今回も依頼じゃなくて、善意の無償奉仕扱いですか?」
「当たり前だ! 前にもいったが、ドワーフ如きが探偵事務所なんぞを経営しているのを見逃してやっているんだぞ! ここは日頃の感謝として、お前の意思で解決を図って差し上げようと考えるべきだろうが!」
滅茶苦茶な論理だが、ヒューマン至上主義のこの町に於いては、ファブリスの様な考えを持つヒューマン市民は数知れず、この場に於いてはその言葉に異を唱える者が居ないのもまた事実であった。
ヴァンはすっかり諦めた様子で、分かりましたと応じた。
●
その後もライルは、内心で気を揉みながら野次馬に紛れ込んで捜査の行方を凝視した。
まずヴァンは、被害者アンネの友人知人、或いは親類を当たるべきだと説明したが、既にファブリスはそういったひとびとから証言を得ているとの由。
その結果、日頃からアンネをよく虐めていたというケイトが捜査線上に浮上した。
そしてそのケイトこそが、ライルが罠にかけて殺害しようと考えた相手である。
今回ライルが仕掛けた罠は、ケイトがよく出入りしている恋人の自宅近くの路地裏であった。そんなところをアンネが徘徊するなど、ライルにとっては全くの計算外であった。
だが事実、罠にかかったのはケイトではなく、アンネの方だった。
「そのケイトなる女の虐めがエスカレートして今回の様な罠設置に及んだに違いない! まずはそのケイトなる女を捕縛し、然る後にドワーフ、貴様がその女から動機を聞き出せ!」
「虐めがエスカレートして?」
ヴァンは小首を捻った。
ファブリス曰く、アンネとケイトの両人を知る者達が
「どうしてアンネが……」
「殺されるならケイトの方じゃないの?」
などと声を交わしている事実を掴んでおり、日頃から振る舞いが横暴なケイトこそが最も疑わしいとの結論に至ったということだった。
ところがヴァンは、即座にその容疑を否定した。
「何をいうか! 被害者を虐めまくっているケイトなる女こそが犯人に違いないだろう!」
「だからです。虐めというのは、虐める対象が居てこそ、成立するんです。虐める相手が居なくなったら、ケイトなる女性は自分の今後の鬱憤晴らしが出来なくなる。いうなれば、子供が自ら玩具を手放す様なものです。普通に考えて、そんなことをやりますか?」
ヴァンの指摘に、ファブリスは思わず黙り込んでしまった。顔面が紅潮し、今にも怒鳴りつけたいところだったろうが、確かにヴァンの言葉にも一理ある。
ライルは思わず、ヴァンとファブリスのやり取りに意識を持っていかれていた。
もしかすると捕まってしまうかも知れないという恐怖心と危機感よりも、ヴァンの推理力に何となく興味が湧いてしまったのである。
「まずアンネさんが、ここに足を踏み入れた理由を突き止めましょう」
ヴァンの宣言にライルは内心で何度も頷いた。そのことは、ライル自身非常に知りたかったことでもある。
何故ケイトではなくアンネが罠にかかってしまったのか。この失敗の原因を突き止めなければ、ケイトを確実に始末することが出来ない。
己が捕縛される危険性を認識しながらも、ライルはヴァンの捜索を見守ることにした。
●
ヴァンはまず、アンネの人間関係を洗うことにした。
ケイトという天敵が居たことは間違いないのだろうが、では他の交友関係はどうなのだろう。
その点については確かに、ライルもよく分かっていない。ライルはただケイトだけを殺害しようと必死に策を練ったのだが、そのケイトの虐めの対象であるアンネに関しては全くの無頓着だった。
ここでヴァンは意外にも、アンネではなくケイトの交友関係に着目し始めた。ケイトが何らかのカギを握っているのではと考えているのだろう。
そして程無くしてヴァンは、この殺害現場近くにケイトの恋人が居住している事実を突き止めた。
問題は、ここからである。その恋人と、アンネに何らかの関係があるのではないか、ということだ。ヴァンは早速、その恋人なる人物を訪ねた。
結果、驚くべき事実が判明した。
その恋人は、実はアンネの元カレだったというのである。ケイトがアンネを執拗に虐めている姿を見て、当初はその男性もケイトに対して苦情を申し入れていたらしいのだが、次第にケイトの方がアンネよりも性的な魅力に富んでいると感じ始めた様で、結局アンネからケイトに乗り換えたのだとか。
何とも酷い話だが、ケイトの様な女には、こういうクズ男とも呼ぶべき輩が自然と吸い寄せられるものなのかも知れない。
ヴァンはその恋人に対し、彼の自宅の玄関先で色々と詰問した。
最初のうちはうろんな表情でヴァンをじろじろ眺めるばかりであったが、ヴァンの背後に立つファブリスのやけに高圧的な表情に気圧されたのか、次第に白状し始めた様だ。
そしてひとつの事実が判明した。
昨晩アンネは、その元カレの自宅を訪れていた。これがライルにとっての最大の誤算だった。あの男の元を夜中に訪れるのはケイトだけだという情報を仕入れていたのだが、そこにアンネが何を思ったか、ケイトが訪れるよりも前に足を運んでいた様だ。
だからケイトが罠にかかるよりも先に、アンネが罠を発動させてしまったということらしい。
(……全く、間の悪い女だな……)
ライルは同情はするものの、しかし可哀そうだとは思わなかった。アンネが邪魔しなければ、確実にケイトを仕留めることが出来た筈なのだから。
アンネは善良な娘らしく、周囲のひとだかりの中からも彼女に同情する声がちらほらと聞こえてきてはいたのだが、ライルにとってはそんなことは全くどうでも良かった。
ただ兎に角、ケイト殺害を邪魔した余計な存在に過ぎなかった。
●
ヴァンは更にアンネの元カレ、即ちケイトの恋人に対して聞き込みを続けた。
結果、毎晩ケイトが彼の元を訪れている事実を掴んだ。アンネは偶々昨日訪れただけであり、結果として罠の餌食になった。
「……となると、狙われていたのはケイトさんの方でしょうね」
曰く、偶々訪れる者を罠の標的にするとは考えにくい。通常罠を仕掛ける対象は、いつも同じところを日常として通る者に限られるのが一般的だからだ。
この理論にはファブリスも珍しく同意した。現れるかどうかも分からない者を罠に仕掛けるのは事実上不可能だ。そういう意味では、アンネは本来罠の対象ではなかったと考えるべきだろう。
「であれば、そのケイトとかいう女を恨んでいる奴が居るかどうかだが……」
ファブリスは渋い表情を浮かべた。
ケイトが狙われ、殺害された場合であれば、その容疑者として真っ先に浮上するのは日々虐められ続けていたアンネということになるのだろうが、そのアンネは既に殺害されている。まさか自らを罠にかける様な愚かな真似はしないだろうから、彼女は真っ先に容疑者から除外されることになる。
「交友関係だけとは限りません。利害関係で絞り込むのも、ひとつの手です」
そこでヴァンはファブリスに、ケイトの親族関係や勤務先の関係者を洗い出す様にと提案した。ファブリスも忌々しげな顔つきながら、ヴァンの提案を受け入れることにした。
この時、ライルは半ば観念していた。
恐らく捜査の手は、自身の元にまで及んでくるだろう。そうなれば、ケイトの殺害は叶わなくなる。
既にファブリスはケイトの自宅に警備隊員を走らせ、何者かに狙われている旨を説明させているだろう。こうなるともう、ケイトが罠にかかる可能性は万にひとつも無くなる。
つまり、ライルにとってはケイト殺害計画は完全に頓挫した格好だ。今更じたばたしたところで、最早どうにもならない。
それよりもどうやって、あのヴァンとかいう探偵が自分のところにまで辿り着くのか――お手並み拝見、という訳ではなかったが、どうせ捕まるのであれば、彼の探偵としての技量を見定めたくなった。
何とも奇妙な感情だった。
ともあれ、この現場での観察は、ここまでだ。ヴァンもファブリスも殺害現場を後にして、どこかへ調査の脚を伸ばしていった。
ライル自身も、いつまでもここに居座る訳にはいかない。一度自宅に引き返し、逃走の算段を立てることが可能かどうかを検討してみる必要があった。
多分、無理であろうが。
●
夜になって、荷造りを始めていたライルの自宅をヴァン、ファブリス、そして数名の警備隊員が訪問した。
容疑はアンネ殺害、である。
「どうして、僕に殺害容疑が?」
一応、訊くだけ訊いてみることにした。相手からの回答を半ば予測しながら。
「あなたの本当の殺害対象はアンネさんではなく、ケイトさんですね?」
ヴァンは語る。
ライルがケイト殺害を目論んだのは、遺産相続が絡んでいる、と。
ケイトは、ある豪商のひとり娘だった。ところが最近になって、ライルがその豪商の子であることが分かった。件の豪商は非常な女好きで、正妻以外にも何人かの妾を抱えており、更には家の外にまで大勢の情人を置いていたとの由。
それら情人との間に産ませた子が、ライルだった。
ライルはケイトさえ死ねば、遺産が自分の懐に転がり込んでくると踏んだ。ところが、実際に殺したのはケイトではなく、彼女が日常的に虐めていた下女のアンネだった。
「成程……でも彼女には他に大勢、敵が居るんじゃないですか? なのに何故、容疑を僕に絞り込んだんでしょう?」
「罠に使用された、あのクロスボウもどきです。あれを作れる人物を、ケイトさん周辺で絞っていくと、あなたしか居ないんです」
ヴァンの説明に、ライルは思わず天井を仰いだ。
罠を設置することで自らの手を汚すことなくケイトを殺害出来ると思ったが、その罠が却って容疑者の特定に結びついてしまったとは、何と皮肉な話であろう。
「容疑者ライル・ヨーグシャー。警備隊本部に同行して貰おう」
ファブリスの宣告に、ライルは素直に従うことにした。