【製銘】Incomplete Rose

電脳戦潜アプリェーリ イベントノベル(テーマ)翡翠電脳公社制作 むぎあき納品 2023年04月02日 14時58分42秒

 某日深夜、翡翠電脳公社カンファレンスルーム。

「皆様はご存知でしょうか。いえ、ご存知の筈。輝く赤薔薇の残した華々しい戦歴を、彼女の優美さを」
 誇らしげにその名を口にする若手研究者に、聴衆一同がどよめいた。
 デュープ生産に携わるものとして、過去の名選手(傑作)らの情報を抑えておくことは必要不可欠だとはいえ、シュバーン社製の個体を恍惚と称えるその姿に眉をひそめる者もある。

「彼女は完璧でした。実力も振る舞いも申し分なく、まさに神の庭に咲くたった一輪の薔薇のよう――ですがね」
 同時に、つまらない女であった(完璧であるが故、男にとって彼女は不完全と見えたのだ)。

 シュヴァーン社にとっても赤薔薇は秘宝であった。
 彼女の駆けた短い選手生命を我が物とするため、既に元となったDNAバンク、遺伝子情報は社が総力を挙げて高額で占有権を獲得している。
「苦労したんですよぉ、連中が拾いそびれた種を見つけるのにはね」

 誕生日の贈り物には、狂気を。
 赤薔薇に唯一観衆が不満を抱いていたとすればそれは、彼女の登場が即ちあらゆる可能性の芽を摘むことと同義であったこと。完璧は、退屈だ。
 ただの二番煎じ(パクリ)じゃすぐに見向きもされなくなるだろう。シュヴァーン社がまた新たな薔薇を咲かせれば競り合うことにもなる。

「狂わせることにしました」

 新作デュープのプレゼン資料に目を通していたある社員がその項目に目をつけ、声を上げる。
 ――これは危険ではないのかと。
 
「大丈夫ですよ。彼女のおつむは大変、可愛らしい仕上がりになっておりますので」

 自身が紛い物であるという自意識を植え付ける。
 指摘された通り、デュープが己の存在に懐疑心を抱く可能性を増加させるリスクを孕むことになるが、男にとってそんなことはどうでもいい。
 これはあくまでもトリガーだ。
 自身が何かに準えて作られた不完全な命だと苦しむ彼女に、電脳公社は甘い言葉(水)をやる。
 ならば赤薔薇には出来ないことをやればいい、赤薔薇とは違うのだと証明すればいい。
 痛みに苦しめばいい、顔を土に塗れさせればいい。淫らに咲き狂えばいい。
 
「故に、彼女の名にも傷を刻みましょう。こちらが私の作品、傷薔薇――スカーレッドローズ(ローザリカ・L・ディオール)です」

 精密なホログラム映像が室内の中央に投影された。
 培養槽の中で、芽吹きを待つ美しい種が微睡んでいる。未だその身に傷一つない”完璧”な姿で。

 どうか想像してみてください、彼女の未来を、生く末を。
 ――昂ってくるでしょう?

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0