肝心な時に出て来るケレス家の流儀とは
キャラクターノベル(グループ)制作 紀藤トキ納品 2023年03月03日 19時26分18秒
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ディオール家の大事な娘、ローザリカ・L・ディオールと家族の間は拗れていた。父と兄の愛情が頭で理解できてなお、ローザリカの身は竦む。取り返しがつかなくなる事が無かったのは、母ジョゼフィーヌのフォローのお陰だろう。ともすれば鳥籠に仕舞い込んでしまう方向へ進みかねない男性陣の愛情が行きすぎれば制止し、いずれ双方が気が付くまで見守って来た、母。
――あるいは、父の敏腕や、兄の怜悧さよりも、2人を掌で転がすこの母の無邪気さこそが怖ろしい。
「ローザリカちゃんが改まって相談なんて、嬉しいわ。一体何のお話かしら? 今年の春のドレスについて?」
「……お母様は、お分かりではないのですか?」
一歩、踏み込む。これまでも他愛のない相談事はしてきた。婚約者の気を惹く手紙の言い回しとか、婚約者へ贈る品物についてとか、婚約者を夢中にさせそうな服とか。けれども、より深い事を母と相談する事を避けていた。
「そう言うお話なの? つまり、本気で、彼と進む事にしたのね」
「こ、これまでだって――」
「あら、そうよね。ごめんなさい。じゃあ、彼との未来をきちんと考える事にしたのね。えらいわ」
何もかも、見通している母のこの眼が、自分ですら気がついていない場所をさらけ出すのが恐ろしかったから。
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兄が病に倒れ、正式にヴェルジー家の後継となった彼は本気を出した。落第する程ではない辺りにいた成績は僅かの間に急上昇し、意図的に流していたのであろう放蕩者としての評判も沈静化する。ローザリカが努力して保っていた場所へ、あっという間に追いついてきた。そしてついには侯爵家の叔母が、彼を養子にと申し出て来たという。
「伯爵の妻と、侯爵の妻では求められるものも違います……。ジュストはきっと、何でもこなせるけれど」
自分が足を引っ張ってしまうかもしれない。事実、その噂が出たばかりだというのに、学園では彼の周りに女性が増えた。以前のように遊びではなく、婚姻相手として不足なしと見定めた女性たちだ。下級貴族や平民の学生は第二夫人や愛人の座を狙っている。そして高位の貴族の子女はローザリカにもさりげなく圧を掛けはじめていた。
『侯爵家ともなれば、親族婚でお付き合いの幅を狭めるのは良くないと思いますわ』
『愛と政略は別というのが上級貴族の常識です』
『愛人の座に納まる方が、殿方も楽しく過ごせるのではないかしら』
刺客は、婚約者本人も手の者もいない時を当たり前のように見極める。女の子の可愛らしい嫉妬の世界から、闘争の世界にローザリカは踏み込んでしまった。表面では当たり障りなく応対しても、言葉が遅効性の毒のように後で響いて来る。夜になって寝台で1人苦しむ様な、そんな言葉を彼女達は選んでいるのだ。ローザリカを敵と認め、ローザリカの事を知り、ローザリカの弱点を抉ってくる。兵法で言う、敵を知り、己を知っている本気の令嬢達だ。
「――何度も、私が、彼の隣にいるのに相応しくないんじゃないか、と思ってしまう。彼にはそうじゃないと、何度も言って貰っているのに」
「自分が一番、自分の良さが信じられないのね?」
婚約を整えた幼少期より、授恵者だという価値は下がっただろう。頑張って美しさを磨いても、同じ年頃の令嬢を見れば揺らぐ。自分はあんなに可愛くは無い。砂糖菓子のように甘く微笑んで見せる手管もない。遠慮のない悪態をつく事はあっても、愛の言葉はすらすら紡げもしないのだがら、他の令嬢の方が話していて楽しいのではないか。
「そう、わかるわ。貴女は取っても素直な子だから、言われた通りに何でも受け取ってしまうものね」
それなりにひねた自覚のあるローザリカのことを、母は素直だと言う。ローザリカが素直でなかったり、取り繕ったりした心情など、お見通しという事だろう。普段は少し怖いその慧眼が、今は頼もしくもあった。
「お母様にしか打ち明けられず……私は、どうしたら……」
「そうね。つまり、貴女に足りないのは成功体験だわ」
「……成功、体験?」
話が飛んだ。慣れないと分からないが、この母は一を聞いて十を知るタイプで、『つまり』とか『要するに』などと言い出した時には、一足飛びに結論へ向かっている。聞いている側にはその過程がわからないだけではすまず、知られたくない場所まで全て見透かされている事もある。それが、年頃の娘であるローザリカは苦手だった。
「いえ、私が言いたいのは、ジュストに私より相応しい相手が出てきたらと……」
と、強調しないと話が迷子になってしまう。というのはローザリカ側の話。母親の側からすると、どうにもまどろっこしい。
(……結局のところ、この子には自分への自信がないんだわ。確かに、天才肌じゃないものね。だから、持ってる側のあの人や兄に、どこか恐れがある……)
努力家には天才に無い強みがあるという経験から来る言葉も、貴女には貴女にしかない良さがあるという母としての言葉も、今のローザリカには素直に受け止められないだろう。だとすれば、自信は己の手で勝ち取るしかない。勝利する経験こそが自信を育てるのだ。が、その思考そのものも、『勝つことを約束された側』の思考である。素直に言って聞かせて心に響く訳はなく、つまりショック療法しかない。という思考の過程は全てすっとばされた。
(貴女には、才能もきちんとあるわ。優しくて上手く使えていないだけの、ね)
そんな優しい信頼を心の中に留めおき、出てくる言葉は物騒な物だった。
「強敵と見定めた相手を蹴落とした経験が無いから、不安なのよ」
「え、蹴落とし……?」
「きっと、これまではジュスト君が手回しして、極力目に入らないようにしてくれていたのね。そうやって男に気を遣わせるのももちろん女の力量ですけど」
母が怖い。優しい顔をしているし、声も優しいのだが、だいぶ怖い。今のローザリカは虎の前の兎の心境であった。なぜ自分は虎に生き方を相談してしまったのだろう。そんな自問の答えを、目の前の虎は優しく囁く。
「女だけしかいない所では、女の戦い方があるの。大丈夫、貴女は私の娘だもの。できるわ」
「……そ、うでしょうか」
母が怖い。はて、婚約者に近づく女性にどう対処したら良いのか、それを相談していた筈なのになんだか分からない方向に行っている気がする。
「もちろんよ。姉様にも困ったものだけど、これも貴女が成長する為には良い試練なのかもしれないわ」
「良い、試練」
「勝ち残る為には、力が優れているだけでは駄目。いつどこで使うかの見極めも含めて、学ばなければいけないわ。それには実戦こそが必要」
「あの、実践? ですよね?」
そういう話だっただろうか。婚約者の隣を誰かに譲りたくはないし、分け合うのも嫌だ。という自分の我儘さについて相談をしたかっただけなのに。
「あら。我儘も女の武器の一つよ。最後まで貫き通す力があれば我儘でいいじゃない」
「力が……、あれば?」
「何でもできる強い力、欲しいでしょう? 明日から、しっかりお稽古しましょうね」
母が怖い。けれども、言われてみればそういう気がしてきた。学業で上位にいるのだって、誰かを蹴落としているに違いは無いのだ。勝ち得た場所を守る為に他人を蹴落とす事に、何のためらいがあろう。相手が自分より可愛いのなら、勝てる土俵で戦えば良い。怖ろしい母と対話する間に、ローザリカの中で戦う覚悟が育っていた。
ディオール家の大事な娘、ローザリカ・L・ディオールと家族の間は拗れていた。父と兄の愛情が頭で理解できてなお、ローザリカの身は竦む。取り返しがつかなくなる事が無かったのは、母ジョゼフィーヌのフォローのお陰だろう。ともすれば鳥籠に仕舞い込んでしまう方向へ進みかねない男性陣の愛情が行きすぎれば制止し、いずれ双方が気が付くまで見守って来た、母。
――あるいは、父の敏腕や、兄の怜悧さよりも、2人を掌で転がすこの母の無邪気さこそが怖ろしい。
「ローザリカちゃんが改まって相談なんて、嬉しいわ。一体何のお話かしら? 今年の春のドレスについて?」
「……お母様は、お分かりではないのですか?」
一歩、踏み込む。これまでも他愛のない相談事はしてきた。婚約者の気を惹く手紙の言い回しとか、婚約者へ贈る品物についてとか、婚約者を夢中にさせそうな服とか。けれども、より深い事を母と相談する事を避けていた。
「そう言うお話なの? つまり、本気で、彼と進む事にしたのね」
「こ、これまでだって――」
「あら、そうよね。ごめんなさい。じゃあ、彼との未来をきちんと考える事にしたのね。えらいわ」
何もかも、見通している母のこの眼が、自分ですら気がついていない場所をさらけ出すのが恐ろしかったから。
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兄が病に倒れ、正式にヴェルジー家の後継となった彼は本気を出した。落第する程ではない辺りにいた成績は僅かの間に急上昇し、意図的に流していたのであろう放蕩者としての評判も沈静化する。ローザリカが努力して保っていた場所へ、あっという間に追いついてきた。そしてついには侯爵家の叔母が、彼を養子にと申し出て来たという。
「伯爵の妻と、侯爵の妻では求められるものも違います……。ジュストはきっと、何でもこなせるけれど」
自分が足を引っ張ってしまうかもしれない。事実、その噂が出たばかりだというのに、学園では彼の周りに女性が増えた。以前のように遊びではなく、婚姻相手として不足なしと見定めた女性たちだ。下級貴族や平民の学生は第二夫人や愛人の座を狙っている。そして高位の貴族の子女はローザリカにもさりげなく圧を掛けはじめていた。
『侯爵家ともなれば、親族婚でお付き合いの幅を狭めるのは良くないと思いますわ』
『愛と政略は別というのが上級貴族の常識です』
『愛人の座に納まる方が、殿方も楽しく過ごせるのではないかしら』
刺客は、婚約者本人も手の者もいない時を当たり前のように見極める。女の子の可愛らしい嫉妬の世界から、闘争の世界にローザリカは踏み込んでしまった。表面では当たり障りなく応対しても、言葉が遅効性の毒のように後で響いて来る。夜になって寝台で1人苦しむ様な、そんな言葉を彼女達は選んでいるのだ。ローザリカを敵と認め、ローザリカの事を知り、ローザリカの弱点を抉ってくる。兵法で言う、敵を知り、己を知っている本気の令嬢達だ。
「――何度も、私が、彼の隣にいるのに相応しくないんじゃないか、と思ってしまう。彼にはそうじゃないと、何度も言って貰っているのに」
「自分が一番、自分の良さが信じられないのね?」
婚約を整えた幼少期より、授恵者だという価値は下がっただろう。頑張って美しさを磨いても、同じ年頃の令嬢を見れば揺らぐ。自分はあんなに可愛くは無い。砂糖菓子のように甘く微笑んで見せる手管もない。遠慮のない悪態をつく事はあっても、愛の言葉はすらすら紡げもしないのだがら、他の令嬢の方が話していて楽しいのではないか。
「そう、わかるわ。貴女は取っても素直な子だから、言われた通りに何でも受け取ってしまうものね」
それなりにひねた自覚のあるローザリカのことを、母は素直だと言う。ローザリカが素直でなかったり、取り繕ったりした心情など、お見通しという事だろう。普段は少し怖いその慧眼が、今は頼もしくもあった。
「お母様にしか打ち明けられず……私は、どうしたら……」
「そうね。つまり、貴女に足りないのは成功体験だわ」
「……成功、体験?」
話が飛んだ。慣れないと分からないが、この母は一を聞いて十を知るタイプで、『つまり』とか『要するに』などと言い出した時には、一足飛びに結論へ向かっている。聞いている側にはその過程がわからないだけではすまず、知られたくない場所まで全て見透かされている事もある。それが、年頃の娘であるローザリカは苦手だった。
「いえ、私が言いたいのは、ジュストに私より相応しい相手が出てきたらと……」
と、強調しないと話が迷子になってしまう。というのはローザリカ側の話。母親の側からすると、どうにもまどろっこしい。
(……結局のところ、この子には自分への自信がないんだわ。確かに、天才肌じゃないものね。だから、持ってる側のあの人や兄に、どこか恐れがある……)
努力家には天才に無い強みがあるという経験から来る言葉も、貴女には貴女にしかない良さがあるという母としての言葉も、今のローザリカには素直に受け止められないだろう。だとすれば、自信は己の手で勝ち取るしかない。勝利する経験こそが自信を育てるのだ。が、その思考そのものも、『勝つことを約束された側』の思考である。素直に言って聞かせて心に響く訳はなく、つまりショック療法しかない。という思考の過程は全てすっとばされた。
(貴女には、才能もきちんとあるわ。優しくて上手く使えていないだけの、ね)
そんな優しい信頼を心の中に留めおき、出てくる言葉は物騒な物だった。
「強敵と見定めた相手を蹴落とした経験が無いから、不安なのよ」
「え、蹴落とし……?」
「きっと、これまではジュスト君が手回しして、極力目に入らないようにしてくれていたのね。そうやって男に気を遣わせるのももちろん女の力量ですけど」
母が怖い。優しい顔をしているし、声も優しいのだが、だいぶ怖い。今のローザリカは虎の前の兎の心境であった。なぜ自分は虎に生き方を相談してしまったのだろう。そんな自問の答えを、目の前の虎は優しく囁く。
「女だけしかいない所では、女の戦い方があるの。大丈夫、貴女は私の娘だもの。できるわ」
「……そ、うでしょうか」
母が怖い。はて、婚約者に近づく女性にどう対処したら良いのか、それを相談していた筈なのになんだか分からない方向に行っている気がする。
「もちろんよ。姉様にも困ったものだけど、これも貴女が成長する為には良い試練なのかもしれないわ」
「良い、試練」
「勝ち残る為には、力が優れているだけでは駄目。いつどこで使うかの見極めも含めて、学ばなければいけないわ。それには実戦こそが必要」
「あの、実践? ですよね?」
そういう話だっただろうか。婚約者の隣を誰かに譲りたくはないし、分け合うのも嫌だ。という自分の我儘さについて相談をしたかっただけなのに。
「あら。我儘も女の武器の一つよ。最後まで貫き通す力があれば我儘でいいじゃない」
「力が……、あれば?」
「何でもできる強い力、欲しいでしょう? 明日から、しっかりお稽古しましょうね」
母が怖い。けれども、言われてみればそういう気がしてきた。学業で上位にいるのだって、誰かを蹴落としているに違いは無いのだ。勝ち得た場所を守る為に他人を蹴落とす事に、何のためらいがあろう。相手が自分より可愛いのなら、勝てる土俵で戦えば良い。怖ろしい母と対話する間に、ローザリカの中で戦う覚悟が育っていた。