Mysterious box

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月21日 20時10分58秒

 熱帯の特有の湿気を帯びた風が店の中まで吹き込んでくる。あの日、割れたガラスはまだそのままだった。
「あー……やっぱガラス入れるか……」
 風が吹きこむたびに舞い上がる埃を鬱陶しそうに払いのけたナハシュが、のそりと立ち上がる。
 ここはゴールディの奥も奥。まともな人間なんて来やしない路地のまた奥。石造りの建物の中はこの間の『事件』で更にズタボロだ。
「石造りでなけりゃ、とっくの昔に崩れてるよな、こりゃ」
 無駄に頑丈な壁を小突きつつ、ナハシュは割れた窓の前に立つ。
「ガラスって高いんだっけか……どうすっかな」
 割れたガラスの破片をつまみ上げ、外の光に透かして見る。
 まったくの透明というわけではないが、向こうの景色が十分に見えるのだから、結構な高級品なのだろう。
「あくどく儲けてやがったしな」
 それは元所属していた組織への愚痴。ぼろ雑巾になるまで散々にこき使われた輝かしき思い出の場所だ。
 しかし、その輝かしい組織はすでになく。ゆかりある者達もどこにもいない。残されたのは自分だけ。そして、その自分だけが授恵者になった。
「これが運命ってやつなのか?」
 ガラスの破片に移った黒い肌のゴブリンに問いかける。
「ぶはっ! ガラじゃねぇこと言ったわ!」
 だが、真面目な顔も1秒と持たなかった。
 盛大に飛ばした唾で折角のガラスが涎塗れになる。
「きったねぇ……。はぁ、とりあえず板でもはっとくか」
 ガラスを投げ捨てたナハシュは手近にあった木の板――箪笥か何かの破片だろうか――を手に取ると、ガラスの割れた窓枠へとあてがう。
「……合うわきゃねぇわな」
 明らかに形が合わない木の板をガラスと同じようにその辺にポイっと投げ捨てた。
「あっ、そうだ。地下にあったりしねぇかな」
 ナハシュは後ろを振り返り奥を見る。店の奥には応接室として使われていた部屋があり、その地下は秘密の宝部屋だ。
「ってか、何が入ってるんだろうな。中はボスしか知らなかったし……よし、ちょっと調べてみっか」
 俄然興味がわいてきた。
 ナハシュはガラスの事などすっかり忘れ、奥の応接室へと入って行った。

●
「かぁ……ここも一回掃除しなきゃな」
 地下に入るのは2度目。先日は中身が無事かどうかだけ確認しただけだったが、今回は照明用の紋具を持ち込んで見分する。
 ボスがちょこちょこ入ってたみたいだから、この埃は闘争があった時に天井から降ってきたものだろう。
 ナハシュは細かい石埃を手で払いのけながら、あちこち見まわす。
「んー……」
 それほど広くない室内に置かれた貴重品の数々。ナハシュは適当に手に取ったツボをじっと眺めた。
「わからねぇ」
 そもそも素人に貴重品の目利きなんてできる訳がない。この宝部屋にしまわれているからそれが高級品とわかるだけで、どれがどれほどの価値なのかはさっぱりだった。
「もっとこぉ、金とか宝石とか一発で価値がわかるようなもの置いとけよな……」
 ナハシュはよくわからないツボをそっと戻し、再び部屋を見渡した。
 部屋の中に置かれた宝物の数々は、一目ではその価値がわからない骨董の類が多い。それがボスの趣味だったのか、それとも本当に価値があるのか。
「まぁ、考えてもわからねぇしな。価値はおいおい調べるとするか」
 と、ナハシュはあっさり思考を放棄すると
「ってか、ガラス探しに来たんだった。あんのか?」
 ようやく本来の目的を思い出し、再び部屋の物色を始めた。

●
「――やっぱガラスの一枚板なんてねぇか」
 結局1時間あまり探したが成果はなかった。
「まぁ、無いもんはしゃねぇ。合う板探して嵌めとくか」
 そう言ったナハシュは階段に足を掛けつつ、もう一度だけ宝部屋を見渡す。
「掃除はまた今度だな。今日は疲れたし――うん?」

 それは奥の棚の一番上に置かれていた。

「うん? なんだこれ」
 なんとなく気になったナハシュは、宝部屋へと戻ると背を伸ばし掴み取る。
 それは、木でできた小さな箱だった。
「宝石か?」
 サイズ的には宝石が入っていてもおかしくないが、箱自体は安物のようにも見える。
 しかし、宝部屋に置かれていたのだ、無価値なものではないだろうとナハシュは、蓋に手をかけるが――。
「――くぅ、開かねぇ! 何だこりゃ」
 作りは至極簡素なのに、蓋が開かない。鍵穴を探したがそれもない。
「これ蓋じゃねぇのか?」
 箱の中央に入った切れ込みはただの飾りか? それとも――。
「明るい所で見て見るか」
 こんな箱にかまっているよりもすることは山積みなのだが、何故だか気になってしまう。
 ナハシュは箱を手に地上へと戻っていった。

●
「変な色してやがるな」
 埃を払い陽の光に晒してみれば、箱の表面は不思議な色合いを湛えていた。
 木の質感ではあるものの本物の木かどうかは怪しい。
「一体何が入ってるんだ……?」
 ナハシュは箱を振ってみた。すると中からは金属同士がこすれ合うような小さな音が鳴る。
 宝部屋に保管されていた代物だ。価値は高いのだろう。
 だが、そんな事よりも――。
「どっかで見たことあるんだよな、これ……」
 ボスがあれだけ厳重に隠匿していた宝の一つを、自分が見る機会なんてあるはずはない。
 そうは思うのだが、なぜかこれだけは――。
「開くはずだ」
 自分でも不思議だったが、なぜかそう思う。
 ナハシュは、腰のポーチから小さなナイフを取り出すと、箱の刻まれた溝に当てる。
「箱はいい。問題は中身だ――」
 そう言いつつナイフを引くが――。
「うおっ、欠けた!」
 長らく使い込んだナイフではあったが、悪くない代物だったにもかかわらず、一引きで欠けた。
「はっ! いいぜ、勝負だ!」
 ナハシュは再びポーチに手を突っ込むと、小さなハンマーを取り出して――。

●
 結局また1時間無駄にした。
「くっそ……一体どうなってやがんだよ、この箱」
 床に寝そべり箱を何度も空中へ放り投げる。
 あの後、色々な道具で開封を試してみたが、どれも散々な結果に終わった。
 箱はまさかの無傷。あたりには見るも無残な愛用の道具だったものが転がっていた。
「自分の腕に自信無くすぜ……」
 シーフとしての腕はそれなりに(ぼろ雑巾時代を含め)磨いてきたつもりではあった。しかし、こんな小箱一つ開けられないようでは、まだまだなのだろう。
 再び箱を空中へ放り投げる。
 キャッチするたびに中で金属音が聞こえるのだが、それがなんなのかはもちろんわからない。
「はぁ、また時間を無駄にしちま――いてっ」
 キャッチの手が滑り、箱が額を打つ。
「つぅ……」
 ジンジンと痛む額を摩りながら、ナハシュは体を起こし箱を探す。

「は? 何で開いてるんだ……」

 見つけた箱は床の上で――開いていた。
「こりゃ……」
 開いた箱から覗いていたそれは、不思議な形をしていた。
「赤ん坊の遊び道具か……?」
 金色に輝いてはいるが、金ではない。
 金色の三角形リングに楕円の輪が3つ。丁度赤子が手に握るのにちょうどいいサイズだった。
 ナハシュは三角の部分を掴んで軽く振ってみる。

 ――シャラン。

 澄んだ音色が店に響いた。
「なんでこんなもんが、後生大事に箱の中にしまわれてんだ……?」
 それは、とても価値のある物とは思えなかった。
 あれほど頑丈な箱に納められていたのが、これ? まったく訳が分からない。
 だがこれも――。
「そんなことより……やっぱ見覚えがあるんだよな」
 見覚えがあるのが不思議で仕方がなかった。
 ナハシュはそれを摘まみ上げ、色々と眺めてみるが、見覚えがあるだけでそれ以上の事は思い出せない。
「なんか俺に関係あるのかねぇ……まぁ、別に興味はねぇけど」
 そう言いつつも、ナハシュはそれをポーチへとしまった。

●
「うん?」
 奥の応接室で部屋の片づけをしていると、表からドアをノックする音が聞こえた。
「なんだ?」
 まさかとは思いつつ、ナハシュはゆっくりとガラスの割れた窓に近づく。
 気配を消し窓から外を覗けば――。

 ――ガキだと?

 ドアの前で反応をじっと待っている子供の姿があった。
「……ガキが一体何の用があってここに」
 ナハシュは訝しがりながらもドアへと近づき、ゆっくりと開いた。 
「何の用だ。ここはガキが来るところじゃ――」
 ドアを開け現れたナハシュの姿に、子供はびくりと肩をすくませる。
「うん……? お前達たしか――」
 何処かで見たぼろ雑巾の様な姉妹。びくびくと震えこちらをちらちらと見上げている。
 そう、あの時にここを訪ねてきた二人だった。
「あ、あの……」
 か細くて今にも消えてしまいそうな声。恐れているのか緊張しているのか、声まで震えている。
「こ、これ……」
 姉の方が震える手で差し出してきたのは、あの時の古びた紋具だった。
「そうか、本当に待ってやがったのか」
 あの時は対応する気もなく追い返したのだが――あの言葉を馬鹿正直に守っていたらしい。
「これ、で……おかね、かして、ください……」
 妹を背中に隠し、姉が言ってくる。
「なんだ、買い取りじゃなくて質に出したいのか?」
 ナハシュの問いかけに姉は小さくこくりと頷いた。
 売りたくないが金が欲しい。質に出して、出来れば買い戻したい、そんな所か。
 ぼろそうな紋具だが、随分と大切な物らしいが――。
「悪いがここは質――」

――質屋? ああ、質屋、か。いいな、質屋。よし、決めた。

「あ、あの……?」
 いきなり口を閉ざし彼方に思索を飛ばしていたナッシュに、姉は恐る恐る声をかけた。
「――お前等は運がいいな。質屋【トカゲのしっぽ】本日開店だ」
 見上げてくる姉にグッと顔を近づけナハシュは、そう言って丁番の外れかけたドアを開けてやる。
「さぁ、入りな。お前等がうちの客、第一号だ」
 まだ何も片付いていない店内へ、質屋の最初の客が足を踏み入れたのだった――。

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