暗き記憶、思い出すは月のない夜に

キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2023年04月05日 14時32分24秒

●暗き記憶、思い出すは月のない夜に

 暗い部屋の中で荒い呼吸が響く。
 そこはパンクリアース学園、貴族寮の個室。ディオール伯爵家の令嬢【ローザリカ・L・ディオール】の部屋だった。
 荒く胸を上下させ、ローザリカは寝苦しそうにしている。それは既に悪夢にうなされる、といった類のものだ。
 ハッと目を覚まし彼女は上半身を起こす。額から流れる汗を手の甲で拭うと辺りを見回してそこが自分の部屋であることに安堵する。
「はあはあ……またこの夢か。全く、だからこういう日は嫌なんだ」
 深くため息をついてベッドから出ると、ローザリカは部屋の窓を開けた。夜風が入り、窓のカーテンを僅かに揺らす。時刻は深夜。空には厚い雲がかかり、月は見えない。
 雲に隠れた月を目を細めながらローザリカは見つめている。
「あれからもう数年、もう思い出すこともないと思っていたのに……」

 それは今から数年前。
 婚約者と擦れ違いが多くなり、疎遠となっていた時期のこと。
 ディオール伯爵家は商会の後ろ盾としてその名声を誇っていた。
 商会と多く繋がる、ということはそれだけ出来る幅や伯爵家の発言力が増すということなのだが、商人は事情に敏感で噂などがあればすぐさまそれが回ってしまう。数多く商人と関わっているのならば、隠せる噂など無いに等しい。それ故にローザリカが婚約者と疎遠になっている、という話は数週間前から商人たちの噂話の種となっていた。勿論、婚約者と不仲になったわけではない。だが他人がそこまで知ることはできない為か、ここ数週間は彼女に対するアプローチが多くなってきているのが事実だった。
 ディオール伯爵家の応接間。豪奢なソファーの上に座ったローザリカは深い溜息をつく。
 今日はある貴族の何人目かの息子がローザリカに会いに来る。彼女はこの息子が大の苦手であったが、彼の父である貴族は懇意にしている商人たちとの繋がりが深く、無下にできない相手。彼女の苦手意識を理由に彼との約束をキャンセルするなど以ての外だ。
 昼ぐらいを過ぎた頃だろうか、扉をノックする音が響く。彼が来たのだ。
「やあやあ、ローザリカ! 俺は今日という日を楽しみにしていたよ……君と語り合える特別な日にねぇ」
「……そうですか、オルガノ様。遠い中わざわざご足労を頂きましてありがとうございますわ」
 扉を開けて部屋に入ってきたのは小太りの男性。豪華な服を来て、身に付けるアクセサリーも豊富な……いかにも“育ちのいい”男だった。そう、育ちがいいだけの。
 彼は【オルガノ・レイゼンタール】。有力な貴族の息子でありながら、四男坊である為か遊び惚けていると評判のダメ男だ。噂では金と権力に物を言わせ、女性をとっかえひっかえしているとの話まである。
 いやらしい下卑た笑いを浮かべながら、オルガノはわざわざローザリカの隣へと腰掛ける。その視線は彼女の豊満な乳房に注がれていた。
「今日も一段とお美しい。はは、こんな身体――――いや、美貌の持ち主を放っておくなど、できるわけがないだろう。私以外にも男が君の下を多数、訪れているんじゃないのかい?」
「いえ、私など美しいとはとても。そうですね……私が理由かはわかりかねますが、来客して頂く人数は最近はとても多くなっていますわ」
 よしきた、とばかりにオルガノはローザリカに詰め寄る。鼻息荒い彼の吐息はお世辞にもいいとは言えない。ローザリカは努めて笑顔を崩さないように努力した。
「そこでだ! 私の妾になるという気は無いか? 婚約者とも疎遠になっていると聞く。私が美味いこと言えば、彼が君と仲を戻すまで邪魔な虫を払う役目も出来よう。美しい君を困らせたりはしないさ」
 そう言いながら、彼の視線はローザリカの顔ではなく、鼻の舌を伸ばし彼女の胸元へ釘付けだ。一番困らせているのが自分だという気は毛頭ないらしい。
「いえ、流石にそこまでして頂くわけには……」
「遠慮なんかしなくていい、女風情が家の役に立つ、それを助けるだけだからな。役立たずのごく潰しにはなりたくないだろ?」
 強く出れないのをいいことに好き勝手言っているようだ。ローザリカは唇を噛み締めてそれに耐える。
「勿論、ただでは言わない。私はこう見えても、夜の方に自信があってね……婚約者と疎遠で大変苦労しているであろう君の為に喜ぶことをしてあげられるよ、とても気持ちが良いことをね」
 にたにたと笑う彼は明らかにローザリカの身体が目当てだった。彼女の気持ちなどは微塵も考えていない。
「困ります、私には婚約者がいまして……」
「知っているよ。疎遠な婚約者だろう? なあに、子のことを心配しているなら気にしなくていい。出来たなら秘密裏に生んで、侍女との子とかにすればいい。真実は簡単に隠せるんだ、経験上ね」
 暗い笑顔を浮かべるオルガノを前にローザリカは心底嫌な表情を浮かべたくなった。何を言っているのだ、こいつはと。
 だがここで彼の機嫌を損ねれば、当然家の方に迷惑が掛かる。それだけは避けなければならない。
「それに……君の家系ならばほぼ確実に授恵者が生まれるだろう。そうなれば私が責任をもって育てよう。悪くない考えだろ?」
「ご厚意は嬉しいのですが、そうするわけには――」
 ローザリカも授恵者、兄も授恵者ということで彼はそのように思い込んでいるようだった。
(授恵者が確実に生まれる、そんな事実はないというのに……)
 適当な思い込みをオルガノが語る間、彼の視線はローザリカの太ももや、胸元を行ったり来たりしている。たまに舌なめずりする所を見ると、この後彼女をどうにかできる、と踏んでいるようだった。その考えがローザリカは心底、吐き気を催すほどに嫌悪する。誰だってそうだろう、気のない相手から向けられる性的な目など気持ち悪い以外の何物でもない。
 更に詰め寄ろうとオルガノが体を寄せようとしたその時、扉が開きひらひらの服を着た侍女が部屋に入ってきた。
「おい、何の用だ? 見ての通り取り込み中なんだが、侍女風情が邪魔を――」
「申し訳ありませんが、ご当主様がローザリカ様を呼んでおります。急ぎの用事だと」
「何っ!? ちっ……仕方がない、この埋め合わせはしてもらうからな! さっさと行けよ」
 機嫌が悪いのか、荒い口調となったオルガノは苛つきながらソファーに腰かける。ローザリカは会釈してから応接間を侍女と共に出た。
「危ない所でしたね、お嬢様。あれ以上は流石に目に余るかと。ああ、勿論、ご当主様が呼んでいるという話は嘘です。今日はもう時間が取れないとお話して、彼には帰って頂くことにいたしましょう」
「そうだね、流石にちょっと優しくし過ぎたか……」
 まだ悪寒と吐き気が収まらないローザリカは侍女の好意に感謝を述べた。あのまま助けが来なかったら、どうなっていたことか。

 そして現在。
 夜風に当たりながら昔を思い出したローザリカは深い溜息を吐いた。
「今はもうあの時とは違う……大丈夫」
 愛すべき婚約者がいる、頼れる仲間がいる、今の彼女はあの時とは違う。
 楽しい思い出を思い出しながら婚約者に思いを馳せ、彼女はベッドに戻るのだった。
 嫌な夢を忘れるかのように。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0