美しい思い出
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月18日 18時10分01秒
初夏の空に沢山の雲が浮いている。
青空の草原でゆっくりと草を食む羊たちのようにも、巨大なクジラがそれを追っているようにも見える。
地を見れば、大陸の食糧庫の名に恥じないリーンエス王国ご自慢の小麦畑がたわわに実った麦穂を風に揺らし、街道を黄金色に彩っていた。
――いつ以来かな。
そんな空と大地を見ながら、エルゼリオ・レイノーラは馬を引く。
歩く速度はゆっくりと。初夏の命に満ち満ちた風を頬に受け、麦穂の香ばしい匂いに鼻腔をくすぐられながら。
――みんなどうしてるかな。
もうすぐ見えてくるだろう街の景色を思い出す。
そこでは変わらず昔のままの時間が流れているのだろうか。
それとも、あの人がまた何かやって慌ただしい時間になっているんだろうか。
――そうだと気の毒だな。
想像して思わず肩を竦めた。
破天荒なご主人様は、いつも突拍子のない事ばかりやってくれる。
割を食うのは、付き合う方だ。
「ねぇ、お前はどう思う?」
今日は手綱を嫌がらず従順に付き従う相棒に問いかけた。
相棒は時折、小麦の穂を気にしながらも、ブルルと不満そうに鳴いてこちらの問いに答えてくれる。
「これはダメだって言ってるだろ? 農家さんに怒られるよ」
時折、道草を食う気まぐれなこの相棒とも、すっかり長くなった。
授恵者になって家を出る時、父から餞別だと譲られた馬。
冒険にいっしょに行ける機会はほとんどないけど、こういう時は立派な足兼荷運びとして大活躍してくれている。そんなこいつも去年までは、父の愛馬の一頭だった。
父を乗せ、戦場を一陣の白い風となって駆け抜ける様は、やれ『白蹴』だの、やれ『葦毛の壊馬』だのと恐れられた――らしいけど、今はそんな面影は何処にもない。
老いてはいないけれど覇気も感じない相棒と黄金の道をゆっくりと歩く。
この道の先にある思い出の我が家を思い浮かべながら――。
●
「えっ? 父上、戦に出てるの?」
屋敷に到着し馬番に相棒を預けたエルゼリオは、メイド長の言葉に驚いた。
「自分で呼んでおいて出かけるって、いったいどういう神経してるんだよ、まったく……」
そう、帰郷したのは他でもない、父に誘われたからだった。
滅多にない出来事にボクは驚いた。もしかして何かの罠か? と訝しんだりもした。それでも約束を違えまいと依頼にも出ずに帰ってきてみれば、肝心の父は不在だという。
「いつ帰ってくるかわかる?」
と問うても、誰もが言葉を濁らせる。
まぁ、当然だよね。あの人が帰る時を言って出かける訳はないし、もし仮に言ったとしても言葉通りに帰ってくる可能性は限りなく0だし。
「だよね……はぁ、どうしようかな」
数日で帰ってくればいいけど、あまり長くなるようだったら、ボクだけで済まさないといけないかもしれない。
「ほんとにもう……困った人だな、あの人は」
メイドが旅装を解いてくれるに身を任せつつ、大きくため息をついた。
「ありがとう。とにかく、少し休むよ」
旅装を取りまとめたメイドに向かって礼を言うと、エルゼリオは自室のある二階へと向かった。
●
「そうだ――」
赤く豪奢な絨毯の上を歩き自室へ向かう途中、エルゼリオはふと足を止めた。
「先に挨拶しておこうかな」
目の前にあるのは特別な意匠を施された豪華な扉。そこは、主を失った部屋だった。
エルゼリオは扉の前で大きく息を吸い込むと、短く「よしっ」と声に出し扉を押した――。
部屋へと踏み入ると、かすかな花の香りが出迎える。
そこはとても主を失った部屋とは思えない程に清潔で香しく、今にも主が笑顔で迎えてくれそうな雰囲気を纏っていた。
エルゼリオは懐かしい香りに包まれながら、部屋の中を進む。
「ただいま、母上」
そして、今はもう使われる事のないチェストの前に立つと、小さな額に入れられた肖像画に挨拶をした。
「しばらく顔を出せなくてごめんね」
もうぼんやりとしか思い出せない母の顔も、この肖像画を見れば鮮明に思い出せる。
無名の絵師によって描かれた母は、まるで聖母の様に慈悲に満ちた笑みを湛えていた。
この広い屋敷の中で、ただ一つ残された母の姿。
母が亡くなった時、父はなぜかこの一枚以外の肖像画をすべて捨ててしまったらしい。
「どうして捨ててしまったんだろう。結局聞けてないや」
理由を聞こうとしたことは何度かあった。だけど、父にその話をしようとすると、不機嫌に席を立つのだ。
古くから仕えてくれるメイド達にも聞いたけど、理由は知れなかった。ただ、この絵は特別とだけ教えてくれた。
「帰ってきたらちゃんと聞いてみようかな。……それとも秘密のままの方がいいのかな」
そんな事を思いながら、窓際へ移動する。
「今日も綺麗に咲いてる。ありがとうね、皆」
初夏の風に吹かれながら、窓の縁にはアネモネの花が揺れていた。
母の好きだったこの花は、庭師達の努力によって開花時期がずれたこの季節でも大輪の花を咲かせている。
「皆、今でも母上の事を大切に思ってくれているんだね」
風に揺れる花弁を見つめながら、昔の思い出に浸っていると――。
――ドンッ!
――――っ!!
――!?
外からものすごい賑やかな音が聞こえる。
「……はは、ようやくのご帰還かな」
わざわざ外を覗きに行かなくてもわかる。父が帰ってきたのだ。
●
「おい、勝手に入るなっていつも言ってるだろうが」
「ボクの母上の部屋なんだから、別にいいじゃないか」
部屋へと入ってきて一番、そんなことを口にするもんだから思わず反論してしまった。
「それに父上こそ、母上の部屋に返り血浴びた甲冑で入って来るなんて、ちょっと不躾じゃない?」
父の姿は戦場からそのまま戻ってきたのだろう黒の甲冑姿。それも戦功を称えるかのように返り血に染まっている。
「手前ェ……」
その後に何か言いたげだったけど父は母の部屋を出ていった。部屋を汚したくなかったんだろうけど、相変わらず素直じゃない。
しばらくすると、着替えた父が戻ってきた。
「まだ居やがったのか」
「だからここは母上の部屋だから――って、もうそれはいいよ。それで、今日呼んだのは何の用だったの?」
また同じ問答になりそうだったので、ボクは父に問いかける。
「それを聞くのか?」
「一応ね。父上が誘ったんだから、その口からちゃんと聞いとかないと」
「ほぉぅ、随分いう様になったじゃないか」
口元を釣り上げ凄んでくる父にも、今日だけはビビらない。
ボクにもわかっていたから。今日、父がボクを呼んだ理由が。
「もう12年だね」
「……」
ボクがそう言うと父は凄みを消し無言でうなずく。
そう、母が亡くなって明日でちょうど12年だ。
「もう顔もぼんやりとしか思い出せないけど、優しかったことだけはしっかり覚えているよ」
当時のボクはまだ4歳。ようやく物心がついたかどうかという年だった。
「そこにちゃんと残してあるだろうが」
と、父はボクの物言いが気に食わなかったのか、顎で例の肖像画を指した。
「うん、いい絵だよね。この絵のおかげで母上の顔を忘れないでいられる。だからこそ聞きたいんだけど、どうしてこの絵だけなの? ボク的には他の母上も見て見たかったんだけどな」
今このタイミングしかないと、長年の疑問を父にぶつけてみる。
「どれもこれも駄作だったからな」
「駄作って……そんな理由で他の絵を全部捨てたの?」
まったく傍若無人な父らしい考えだとは思うけど、折角の母の絵をそんな理由で?
母が生きている時は、屋敷に沢山の母の絵が飾られていたらしい。中には王国でも指折りの絵師の作品もあったとか。
「これは駄作じゃないの?」
だから、例の肖像画の前に立ち思わず聞いてしまった。そうしたら父は事もなげに――。
「それは、俺様が描いたからな」
「………………えぇぇぇええええ!!!!???」
今年一番、いや、生まれてきて一番の驚きだったかもしれない。
いや、ちょっと待った。神はこの男に絵の才能まで与えたの?
いくら何でも贔屓し過ぎだろうと思うけど……そうか、それで。
「驚いたよ。ほんとに驚いた。でも、ようやく理由が分かった」
そう、何故この絵に関して父が何も話そうとしなかったのか。
なぜ古いメイド達が、この絵だけが特別で、奥様を生き写している、なんて言ったのか。
「これが……この笑顔が、父上にだけ見せる笑顔なんだね」
ようやく胸のつかえがとれた気がした。そして、それと同時に母と父がどれほど愛し合っていたのかを知った。
「……手前ェ、どこでそんな気障な言い回し覚えやがった」
だけど、父はそれが不服だったようで、あの澄んだ声で凄んでくる。
「えっ!? わからないの……?」
だからボクは殊更に驚いたように言ってやる。
「あぁ?」
「目の前におわす大先生様からだよ」
「……けっ」
そう言って背を向けた父に、ボクは思った。きっと照れている。初めて一本取ったかもしれないって。
「あ、もしかして」
だからか、もう一つの謎も解けた気がした。
「庭に植えた水芭蕉。あれも母上の為……?」
「……知らん!」
振り向かないという事は図星か。
水芭蕉の花言葉は『変わらぬ美しさ』。そして、もう一つ『美しい思い出』という意味もあるらしい。
「よかったね、母上」
肖像画に向けてそう囁いてみると、小さな額の中で母が笑った気がした。
「ふんっ!」
鼻を鳴らした父がそのまま部屋を出て行った。
でも、ボクは行き先を知っている。
ボクのお気に入りの広い庭の隅に、ひっそりと建てられた真っ白なお墓。周りを沢山の水芭蕉に囲まれた母の墓だ。
「それじゃボクも行くね。またね、母さん」
昔に呼んでいた呼び方で、肖像画に別れを告げ部屋を後にした。
今年の母の命日は忘れらないものになりそうだと感じながら、ボクは父の大きな背中を追った――。
青空の草原でゆっくりと草を食む羊たちのようにも、巨大なクジラがそれを追っているようにも見える。
地を見れば、大陸の食糧庫の名に恥じないリーンエス王国ご自慢の小麦畑がたわわに実った麦穂を風に揺らし、街道を黄金色に彩っていた。
――いつ以来かな。
そんな空と大地を見ながら、エルゼリオ・レイノーラは馬を引く。
歩く速度はゆっくりと。初夏の命に満ち満ちた風を頬に受け、麦穂の香ばしい匂いに鼻腔をくすぐられながら。
――みんなどうしてるかな。
もうすぐ見えてくるだろう街の景色を思い出す。
そこでは変わらず昔のままの時間が流れているのだろうか。
それとも、あの人がまた何かやって慌ただしい時間になっているんだろうか。
――そうだと気の毒だな。
想像して思わず肩を竦めた。
破天荒なご主人様は、いつも突拍子のない事ばかりやってくれる。
割を食うのは、付き合う方だ。
「ねぇ、お前はどう思う?」
今日は手綱を嫌がらず従順に付き従う相棒に問いかけた。
相棒は時折、小麦の穂を気にしながらも、ブルルと不満そうに鳴いてこちらの問いに答えてくれる。
「これはダメだって言ってるだろ? 農家さんに怒られるよ」
時折、道草を食う気まぐれなこの相棒とも、すっかり長くなった。
授恵者になって家を出る時、父から餞別だと譲られた馬。
冒険にいっしょに行ける機会はほとんどないけど、こういう時は立派な足兼荷運びとして大活躍してくれている。そんなこいつも去年までは、父の愛馬の一頭だった。
父を乗せ、戦場を一陣の白い風となって駆け抜ける様は、やれ『白蹴』だの、やれ『葦毛の壊馬』だのと恐れられた――らしいけど、今はそんな面影は何処にもない。
老いてはいないけれど覇気も感じない相棒と黄金の道をゆっくりと歩く。
この道の先にある思い出の我が家を思い浮かべながら――。
●
「えっ? 父上、戦に出てるの?」
屋敷に到着し馬番に相棒を預けたエルゼリオは、メイド長の言葉に驚いた。
「自分で呼んでおいて出かけるって、いったいどういう神経してるんだよ、まったく……」
そう、帰郷したのは他でもない、父に誘われたからだった。
滅多にない出来事にボクは驚いた。もしかして何かの罠か? と訝しんだりもした。それでも約束を違えまいと依頼にも出ずに帰ってきてみれば、肝心の父は不在だという。
「いつ帰ってくるかわかる?」
と問うても、誰もが言葉を濁らせる。
まぁ、当然だよね。あの人が帰る時を言って出かける訳はないし、もし仮に言ったとしても言葉通りに帰ってくる可能性は限りなく0だし。
「だよね……はぁ、どうしようかな」
数日で帰ってくればいいけど、あまり長くなるようだったら、ボクだけで済まさないといけないかもしれない。
「ほんとにもう……困った人だな、あの人は」
メイドが旅装を解いてくれるに身を任せつつ、大きくため息をついた。
「ありがとう。とにかく、少し休むよ」
旅装を取りまとめたメイドに向かって礼を言うと、エルゼリオは自室のある二階へと向かった。
●
「そうだ――」
赤く豪奢な絨毯の上を歩き自室へ向かう途中、エルゼリオはふと足を止めた。
「先に挨拶しておこうかな」
目の前にあるのは特別な意匠を施された豪華な扉。そこは、主を失った部屋だった。
エルゼリオは扉の前で大きく息を吸い込むと、短く「よしっ」と声に出し扉を押した――。
部屋へと踏み入ると、かすかな花の香りが出迎える。
そこはとても主を失った部屋とは思えない程に清潔で香しく、今にも主が笑顔で迎えてくれそうな雰囲気を纏っていた。
エルゼリオは懐かしい香りに包まれながら、部屋の中を進む。
「ただいま、母上」
そして、今はもう使われる事のないチェストの前に立つと、小さな額に入れられた肖像画に挨拶をした。
「しばらく顔を出せなくてごめんね」
もうぼんやりとしか思い出せない母の顔も、この肖像画を見れば鮮明に思い出せる。
無名の絵師によって描かれた母は、まるで聖母の様に慈悲に満ちた笑みを湛えていた。
この広い屋敷の中で、ただ一つ残された母の姿。
母が亡くなった時、父はなぜかこの一枚以外の肖像画をすべて捨ててしまったらしい。
「どうして捨ててしまったんだろう。結局聞けてないや」
理由を聞こうとしたことは何度かあった。だけど、父にその話をしようとすると、不機嫌に席を立つのだ。
古くから仕えてくれるメイド達にも聞いたけど、理由は知れなかった。ただ、この絵は特別とだけ教えてくれた。
「帰ってきたらちゃんと聞いてみようかな。……それとも秘密のままの方がいいのかな」
そんな事を思いながら、窓際へ移動する。
「今日も綺麗に咲いてる。ありがとうね、皆」
初夏の風に吹かれながら、窓の縁にはアネモネの花が揺れていた。
母の好きだったこの花は、庭師達の努力によって開花時期がずれたこの季節でも大輪の花を咲かせている。
「皆、今でも母上の事を大切に思ってくれているんだね」
風に揺れる花弁を見つめながら、昔の思い出に浸っていると――。
――ドンッ!
――――っ!!
――!?
外からものすごい賑やかな音が聞こえる。
「……はは、ようやくのご帰還かな」
わざわざ外を覗きに行かなくてもわかる。父が帰ってきたのだ。
●
「おい、勝手に入るなっていつも言ってるだろうが」
「ボクの母上の部屋なんだから、別にいいじゃないか」
部屋へと入ってきて一番、そんなことを口にするもんだから思わず反論してしまった。
「それに父上こそ、母上の部屋に返り血浴びた甲冑で入って来るなんて、ちょっと不躾じゃない?」
父の姿は戦場からそのまま戻ってきたのだろう黒の甲冑姿。それも戦功を称えるかのように返り血に染まっている。
「手前ェ……」
その後に何か言いたげだったけど父は母の部屋を出ていった。部屋を汚したくなかったんだろうけど、相変わらず素直じゃない。
しばらくすると、着替えた父が戻ってきた。
「まだ居やがったのか」
「だからここは母上の部屋だから――って、もうそれはいいよ。それで、今日呼んだのは何の用だったの?」
また同じ問答になりそうだったので、ボクは父に問いかける。
「それを聞くのか?」
「一応ね。父上が誘ったんだから、その口からちゃんと聞いとかないと」
「ほぉぅ、随分いう様になったじゃないか」
口元を釣り上げ凄んでくる父にも、今日だけはビビらない。
ボクにもわかっていたから。今日、父がボクを呼んだ理由が。
「もう12年だね」
「……」
ボクがそう言うと父は凄みを消し無言でうなずく。
そう、母が亡くなって明日でちょうど12年だ。
「もう顔もぼんやりとしか思い出せないけど、優しかったことだけはしっかり覚えているよ」
当時のボクはまだ4歳。ようやく物心がついたかどうかという年だった。
「そこにちゃんと残してあるだろうが」
と、父はボクの物言いが気に食わなかったのか、顎で例の肖像画を指した。
「うん、いい絵だよね。この絵のおかげで母上の顔を忘れないでいられる。だからこそ聞きたいんだけど、どうしてこの絵だけなの? ボク的には他の母上も見て見たかったんだけどな」
今このタイミングしかないと、長年の疑問を父にぶつけてみる。
「どれもこれも駄作だったからな」
「駄作って……そんな理由で他の絵を全部捨てたの?」
まったく傍若無人な父らしい考えだとは思うけど、折角の母の絵をそんな理由で?
母が生きている時は、屋敷に沢山の母の絵が飾られていたらしい。中には王国でも指折りの絵師の作品もあったとか。
「これは駄作じゃないの?」
だから、例の肖像画の前に立ち思わず聞いてしまった。そうしたら父は事もなげに――。
「それは、俺様が描いたからな」
「………………えぇぇぇええええ!!!!???」
今年一番、いや、生まれてきて一番の驚きだったかもしれない。
いや、ちょっと待った。神はこの男に絵の才能まで与えたの?
いくら何でも贔屓し過ぎだろうと思うけど……そうか、それで。
「驚いたよ。ほんとに驚いた。でも、ようやく理由が分かった」
そう、何故この絵に関して父が何も話そうとしなかったのか。
なぜ古いメイド達が、この絵だけが特別で、奥様を生き写している、なんて言ったのか。
「これが……この笑顔が、父上にだけ見せる笑顔なんだね」
ようやく胸のつかえがとれた気がした。そして、それと同時に母と父がどれほど愛し合っていたのかを知った。
「……手前ェ、どこでそんな気障な言い回し覚えやがった」
だけど、父はそれが不服だったようで、あの澄んだ声で凄んでくる。
「えっ!? わからないの……?」
だからボクは殊更に驚いたように言ってやる。
「あぁ?」
「目の前におわす大先生様からだよ」
「……けっ」
そう言って背を向けた父に、ボクは思った。きっと照れている。初めて一本取ったかもしれないって。
「あ、もしかして」
だからか、もう一つの謎も解けた気がした。
「庭に植えた水芭蕉。あれも母上の為……?」
「……知らん!」
振り向かないという事は図星か。
水芭蕉の花言葉は『変わらぬ美しさ』。そして、もう一つ『美しい思い出』という意味もあるらしい。
「よかったね、母上」
肖像画に向けてそう囁いてみると、小さな額の中で母が笑った気がした。
「ふんっ!」
鼻を鳴らした父がそのまま部屋を出て行った。
でも、ボクは行き先を知っている。
ボクのお気に入りの広い庭の隅に、ひっそりと建てられた真っ白なお墓。周りを沢山の水芭蕉に囲まれた母の墓だ。
「それじゃボクも行くね。またね、母さん」
昔に呼んでいた呼び方で、肖像画に別れを告げ部屋を後にした。
今年の母の命日は忘れらないものになりそうだと感じながら、ボクは父の大きな背中を追った――。