少女の本音

キャラクターノベル(グループ)制作 影絵 企鵝納品 2023年02月04日 22時16分22秒

 王国北方に鎮座する山脈、その麓に位置するティロール子爵領。コルネリウス・アーラは子爵の妹によって屋敷に招かれ、窓から一面の銀世界を眺めていた。
「何にもなくてごめんなさい」
 自ら紅茶と茶菓子を運んで来た子爵の妹――ミネルヴァ・フィーギルがコルネの目の前に腰を下ろす。コルネは小さく首を振った。
「何もないだなんて。最近ずっと忙しなかったので、こうした景色を眺めているとなんだか安心します」
「ありがとう。こんなところでも私の故郷だし、お世辞でも嬉しいな」
 ミーナは目を細めると、コルネのカップに紅茶を注いでいく。茶葉を多めに使った、香りも味も濃厚な一品。若干肌寒い部屋の中で飲めば、じわりと胸に熱が広がる。一口飲んだコルネは嘆息した。
「美味しいです」
「冬の紅茶は濃く淹れるのが一番だよ」
 ミーナはクッキーを一枚齧ると、コルネの顔をちらりと窺う。彼女は紅茶をちびちび飲んだりお菓子を齧ったり、まるでリスのように落ち着かない。ミーナは首を傾げた。
「どうしたの、コルネ。何か私と話したいことがあって、こんなところまで来たんでしょ」
「ええと、そうです。……そうなんです」
 コルネは紅茶に映る自分の顔を見つめる。目の前の壁にぶつかりながら、がむしゃらに走り抜けてきた数年。あっという間の時間だったが、自分が何を為すべきか見つめ直すには十分だった。
「ミーナさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なに? 答えられることなら答えてあげる」
 ミーナは目を細める。コルネは紅茶を飲み干すと、意を決してミーナと向き合った。
「貴女は何を目指して冒険者になったのですか?」
「何を?」
 くすりと笑って、ミーナは答えた。
「そんなの、ずっと言ってるじゃない。兄さんが貢納金を用意するために売り払った鴉の弓を探して取り返すことだって――」
「嘘ですよね」
 コルネが言葉を遮ると、ミーナはふと口をつぐんで目を瞬かせた。
「それなりにミーナさんの事は見てきました。確かに家宝の弓も見つかればいいと思っているんでしょうけど……本当の目的はそこじゃないはずです」
 ミーナに曰くありげな笑みが浮かんだ。ぐっと円卓に身を乗り出し、コルネの顔を間近で見つめる。碧い瞳がほんのりとぎらついた。
「じゃあ、まずコルネの目的を教えてよ。元々その予定なんだからさ」
 ぞくりとした。いつも天真爛漫であるかのような振る舞いを見せ、コルネ自身も彼女をどこか妹のような存在として見ているが、彼女は時折得体の知れない顔をする。
 まさに悪賢い鴉の顔だ。
「……わかりました」
 コルネは耳の先をしゅんと垂らす。及び腰な気持ちになると、耳も合わせて一緒に動いてしまう。だが、吐き出さずに抱え込んでいては苦しいばかりだ。
「今までは目の前で起きた出来事にぶつかっていくだけで精一杯でした。でも、仲間が出来て、それなりの立場も出来て……ようやくこれから先を考えてみる余裕が出来て」
「考えてみて、どうしたいと思った?」
 思い浮かぶのは、いつか黒の名を継ぐ者の後ろ姿。
「……力になりたい人が出来たんです」
「へえ」
 ミーナは頬杖をついてにやにやする。その視線に何故か耳が熱くなるのを感じながら、コルネは言葉を続けた。
「私の目標は、その人の為に何が出来るかを考えること。そのために今の自分に求められているのは何かを考えて、学んでいくこと……」
 そこで言葉がしぼんでいく。目の前で目をきらきらさせている女の子も、さっさと自分を追い越して大人になり、母となり、孫を抱きながらこの世を去っていくのだろう。コルネは小さく肩を落とした。
「でも、そんな事を考えているうちに、何だか寂しくなってきてしまって」
「寂しい?」
「はい。……父も、家族も、友人も、貴方も、皆いつか自分より先にいなくなってしまうんだなって、将来の事を考えているうちに気付いてしまって」
「そっか。コルネって、エルフとしてもまだ若いんだもんね」
「そうなんです。でも……それがエルフの宿命で、使命でもあるのかな、と思ったりもして」
 ミーナが小首を傾げる。コルネはそんな彼女を真っ直ぐ見つめ直した。
「ミーナさんも、今は冒険者として飛び回っていますけれど、いつかはあの方と結婚して、子宝に恵まれていくのだと思います」
「まあね。子どもを産むのは貴族の女の仕事だし」
 ミーナが相槌を打つと、コルネは胸の奥で膨らんでいく気持ちを余さず押し出した。
「今、ミーナさんと過ごしている時間を大切にしたい。それだけじゃなくて、ミーナさんのところにいつか生まれる新しい命の行く先の道も見守っていきたい。そう思っています。……それが私の進んでいこうとしている道です」
「……そっか。なるほどね。エルフのコルネらしい、って感じがする。とても素敵」
 おもむろに立ち上がると、ミーナは小さく白い歯を覗かせる。そのまま窓辺へと歩いていく彼女の背中を目で追いかけ、コルネはそっと姿勢を正す。
「私は全部話しましたよ。今度はミーナさんの番です」
「だねぇ」
 気の抜けた返事をぽつりと返し、ミーナは窓の縁へ手を掛け、ぐいと伸びをする。それからもしばらく黙っていた彼女だったが、やがて雪景色を見つめたまま口を開く。
「私、この世界に爪痕を残したいの」
「爪痕?」
 不意に切り出された物騒な文句を、コルネは思わずオウム返しにしてしまう。振り返ったミーナは、にっと歯を剥いて笑う。
「ねえ、コルネが未来の話をしたとき、私も死ぬんだって考えたでしょ」
 コルネは口を結ぶ。図星だったが、どう答えたものやら分からない。もごもごしていると、少女はコルネへとつかつか歩み寄っていく。
「コルネ、人が本当に死ぬのはいつだと思う?」
「本当に死ぬ……?」
「私はね、この世界の誰からも忘れられた時だと思うの。私はそれがとっても嫌。せっかく天から才能を貰って生まれてきたのに、この世に影も形も無くなるなんて悔しい」
 天賦の才能。自ら口にすれば傲岸不遜そのものの言葉だが、胸を張るミーナには有無を言わせぬ気迫があった。コルネは押し黙って彼女の言葉の続きを待つ。
「でも、こんな片田舎の子爵家の娘に一体何があるの? 家に入って跡継ぎを産むだけの人生を、誰が記憶するの? ……ああ、嫌だ嫌だ嫌だ。考えただけで震えてくる」
 ミーナは嫌悪感を剥き出しにした後、そのままコルネの耳元まで近寄って彼女に囁く。
「だからわがまま言って冒険者やってるの。姉さんみたいに世界を飛び回って、色んな所で繋がりを作っておけば、いつかホーエンバッハの家に入る日が来ても、出来る事があるはずだから」
 その言葉にはいじらしい響きがあった。野心と才能を持て余した少女の嘆きがあった。コルネはミーナに向き直る。天真爛漫の仮面を外した彼女は、煩悶に満ちた顔をしていた。
「ねえ、コルネは私の事を忘れないでね。……百年先、私がすっかりこの世界に忘れられたとして、コルネさえ憶えていてくれたら、貴方の中には生きていられるから」
「……当たり前です。憶えていますよ。貴方や貴方の子供が作り上げていく未来をずっと見守って、この心に刻み込みます」
 コルネがしっかりと頷いてみせると、ミーナは一瞬ほっと溜め息を零し、すぐさま仮面を被り直した。ニコニコ少女らしい笑みを浮かべて、彼女はコルネに抱き着く。
「ありがとう。コルネも困ったらいつでも言って」



「鴉が悪知恵をお貸しします」

 おわり

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0