幻の技

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年12月30日 11時29分26秒

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 今から十数年前。
 ヴァン・ローラントが師匠たるヘンリック・ローラントに付き従って探偵業の現場に出向く様になった頃の、ある寒い日のことだった。
 ヘンリックはリーンエス王国北部の町ホークヤードに拠点を構えるカルンヴェンツなる豪商宅で、遺産相続を巡る殺人事件の捜査を依頼された。
 この捜査の際、ヘンリックはヴァン以外の同伴者を連れて現場に赴いた。
 その同伴者の名は、ギュンター・ベルネット。普段はホークヤードの町医者として働いている人物で、ヘンリックの相棒的存在でもある。ヴァンから見れば先輩同僚、という位置づけになるだろうか。
 ギュンターは毎度ではないものの、ヘンリックの捜査現場に同行することが少なくない。ヘンリックは探偵としては非凡な才を誇る人物だが、医学的知識では当然ギュンターに軍配が上がる。
 特に殺人事件の様な場合では遺体に残された手がかりを探る為に、どうしても医者の手が必要となるケースが多い。そこでギュンターが助手として捜査現場に駆り出されるという訳だ。
 勿論、本来の医療業務が必要となる場合もある。例えば追い詰められた犯人が思わぬ反撃に出て、ヘンリックが負傷した場合などはギュンターによる手早い治療が不可欠だった。
 そして今回のカルンヴェンツ邸でも、ギュンターがその存在感を示すこととなった訳だが――。

 カルンヴェンツ家の現当主ウィルとその妻メレア、ウィルの弟のクラドの三人が、前当主フェドルの寝室に呼び集められた。
 フェドルは冷たい骸となってこの寝室で発見された訳だが、ヘンリックに同行したギュンターの検死の結果、他殺であることが判明した。
 そして凶器や動機、アリバイなど諸々の情報と掻き集めた証拠から、クラドこそが犯人であることが明白となった。
「ち、違うッ! 私は犯人なんかじゃない!」
 当然ながら、最初のうちは否定に否定を重ねたクラド。
 しかしヘンリックからの指摘が積み重なるうちに、遂に逃げ切れないと悟ったらしい。クラドは突然、手近な位置に立っていたメレアを人質に取り、手にした刃物でその場の一同に脅しをかけてきた。
「メ、メレア!」
「動くなよ、兄貴! 全部、この女が悪いんだ! こいつがうちに入り込んでこなければ、遺産の半分は俺の手に入る筈だったんだ!」
 狼狽するウィル。
 しかしヘンリックとギュンターは冷静だった。
(ど……どうなるんだろう……!)
 探偵助手として経験の浅いヴァンには、この様な修羅場は初めての経験だった。
 それだけに、師ヘンリックとその相棒ギュンターがどう動くのか、怖くもあり、そして楽しみでもあった。

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 ギュンターは実際の年齢はヘンリックと然程に変わらず、四十代後半という話だった。
 が、その髭面と幾分強面な表情から、かなり老けて見える。少なくともヴァンの目から見れば、ヘンリックよりは相当に歳上に思えた。
 ところが今回に限っていえば、ギュンターのその年嵩な外見が非常に落ち着いた大人の男性という雰囲気を漂わせており、どっしりと構えた態度が頼もしく思えた。
 飽くまでも町医者であり、警備隊の様に腕っぷしに自信のある人物という訳でもなかったが、その静かな佇まいだけでヴァンに安堵の念を抱かせるのだから、大したものだろう。
「おやめなさい、クラドさん。ここでメレアさんを害したところで罪の上塗り。貴方の立場が余計に悪くなるだけですよ」
 ヘンリックは慣れた様子で説得に入った。相手はナイフ状の刃物を手にしているが、そんなものはまるで眼中には入っていないのではないかとすら思えた。
 そんなヘンリックの穏やかな声音に、クラドは一気に顔を赤くした。瞬間的に湯が沸いた様な勢いで、クラドはメレアを突き飛ばすや、刃を振るってヘンリックに挑みかかってきた。
 ヴァンは内心で、あっと叫んだ。
 ヘンリックは丸腰な上に、ただ棒立ちの状態で突っ立っているままだ。身構えてもいない。
 これに対しクラドは、獰猛な勢いで刃を突き込んでくる。決して洗練された動きではなく、恐らく訓練もされていないだろう。ただ力任せに刃を押し立てているだけに過ぎない。
 それでも、この至近距離から素人同士で刃を向け合えば、当然丸腰のまま構えてすらいない側、即ちヘンリックの方が圧倒的に不利だ。
 普通に考えれば、この数秒後にはヘンリックは凶刃に倒れて憐れな骸を晒すことになるだろう。
 この時、ギュンターが半ば横っ飛びに飛んでヴァンを壁際へと押しやった。襲われるヘンリックではなく、まだ十代の少年に過ぎないヴァンを守ろうとしたのである。
 何故、自分なのか。襲われているヘンリックではなく――ヴァンは咄嗟には理解出来なかった。
 町医者としての責任感が、大人であるヘンリックよりも、非力な子供を守れと彼の心に囁いたのだろうか。
 しかしヴァンは、何の能力も才能も知識も無い自分なんかよりも、優秀で得難い人材であるヘンリックこそが守られるべきだと思った。
 自分なんかが死んでも誰も困らないが、ヘンリックという貴重な才能が失われれば、それはホークヤードにとっては大きな損失に違いない。
 だからヴァンは咄嗟に、ヘンリックを守りたいという意識が働いて、思わず手を伸ばした。その手でヘンリックの袖を掴み、凶刃から救いたいと願った。
 だが、それは叶わない。
 ギュンターは町医者ではあるが、思いの他、腕力が強い。まだ十代前半の少年に過ぎないヴァンには到底抗えない膂力だった。

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 この直後、ヴァンは何が起きたのか、よく分からなかった。
 ヘンリックは確かに、クラドの突き出した刃によって胸元を貫かれそうになっていた。
 だが実際は違った。
 ほとんど一瞬にしてヘンリックはその場で位置を入れ替え、刃を手にしたクラドの右腕を自身の左脇に抱え込み、捻じ込む様にして体を浴びせてその場に組み伏せた。
 まさに、神業だった。
 過去にホークヤード警備隊の武器訓練や格闘訓練を見学したことはあったが、そのいずれにも属さない体捌きと技術だった。
「ぐああああッ!」
 腕を肘の辺りから変な角度に押さえ込まれたクラドは情けない悲鳴をあげて、刃から手を離した。一気に肘関節をへし折る訳では無く、相手に苦痛を与えつつ無力化するという特殊な技である。
 昏倒させたり、或いは即座に命を奪う様な技ではなく、相手の意識を保ったまま押さえ込み、且つ拷問にもなる関節技だ。ヴァンは今まで、この様な腕の取り方、技の仕掛け方は見たことが無かった。
 ヘンリックは授恵者ではない。その為、今ヴァンの前で披露している技は一般人にでも修得可能な技だということなのだろう。
 勿論、ここまで見事に相手を無力化させる為には、相当な訓練を積んだ筈だ。
「ギュンターさん、あの技は……」
「ん? あぁ、あれか。俺もよくは知らないんだが……」
 ふたりして壁際で立ち上がりながら、クラドを押さえ込むヘンリックの妙技をじっと眺めた。
 ギュンター曰く、ヘンリックが披露しているあの技は、刃律(バリツ)というものらしい。
 過去にヘンリックがギュンターに語ったところによれば、かつてヘンリックがシャルガネ居住区で生活していた頃に修得したとのことだが、詳しい話を聞いた訳では無い為、真偽の程は不明なのだという。
 そもそもヘンリック自身が刃律(バリツ)については余り多くを語りたがらないとのことだった。
「攻撃というよりは、相手を無力化させることに重きを置いた格闘技の一種らしいな」
 シャルガネ居住区にはこの手の格闘技が少なくない、とギュンターは愛想の無い髭面で静かに笑った。
(バリツ……)
 ヴァンは口の中で小さく呟いた。
 まるで聞いたことの無い種類の技名だった。
 そして同時に、悟った。何故ギュンターがヘンリックではなく、ヴァンを守ろうとしたのか。
 ヘンリックには、この技術がある。守る必要など、最初から無かったのだ。

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 カルンヴェンツ家での捜査が終了し、クラドの身柄はホークヤード警備隊へと引き渡された。
 ヘンリックに目立った外傷は無かったが、ギュンターが念の為にと軽く診断し、ヘンリックの肉体のどこにも傷が無いことを改めて確認した上で、三人はカルンヴェンツ邸を辞した。
 その日の夜、ヴァンはローラント探偵事務所内での夕食の席で、刃律(バリツ)についてヘンリックに質問をぶつけてみた。
 が、ヘンリックは余り多くを語らず、修得するのが難しい技だが使い勝手は良い、という意味のぼんやりした答えだけを返した。
 そしてヴァンも、それ以上深く追及してはいけない様な気がして、この件に関してはそこで打ち止めにすることにした。本音をいえば、ヴァンもあの不思議な格闘技を修得してみたかった。少しでもヘンリックの役に立てるのならば、格闘技のひとつでも身に着けたいと思うのが人情というものだろう。
 だがヘンリックは特段、ヴァンに技を修得させようという素振りは見せなかった。それどころか、普段の生活や通常の探偵業の中では刃律(バリツ)のバの字も匂わせなかった。
 余りひと前では使わない様にしているのかも知れない。
 やがてヴァンも、そのうち気にしなくなった。

 そして現在。
 ヴァンは必要に迫られ、冒険者ギルドで幾つかの報告書に目を通していた。
 その中に、シャルガネ発祥と思われる変わった名前の武術や格闘技の様子が記されているものがあった。ここでふと昔を思い出したヴァンは、刃律(バリツ)が使われた形跡が無いかを探ってみた。
 が、どういう訳かどの報告書にも一切、刃律(バリツ)は登場しない。
 授恵者ではないヘンリックが修得出来るのだから、シャルガネにまつわる依頼であれば、誰かひとりぐらいは修得者が現れても不思議では無さそうなのだが。
 だが結局、見つけることは出来なかった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0