夜逃げは計画的に

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年12月25日 12時45分57秒

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 依頼というものは、何も冒険者ギルドや探偵事務所だけで発生するとは限らない。
 年の瀬も押し迫ったある寒い日、ヴァン・ローラントが大家であるレジーナ・マッケンジー宅に家賃の支払いで足を運ぶと、レジーナがヴァンの顔を見るなり、
「丁度良いところに来てくれたじゃないの、探偵さん!」
 と妙な歓迎の言葉を発して彼を宅内に引きずり込んでしまった。
 一体何事か――ヴァンは幾分驚いて目を白黒させながらも、レジーナからの説明を聞くこととなった。

 ヴァンが経営するローラント事務所は、リーンエス王国北部の町ホークヤードの一角にあるアパルトメントに入居している。
 賃貸である為、当然ながら毎月の家賃が発生する訳だが、貸主のマッケンジー商会は簡単にいえば不動産を業としており、ローラント事務所以外にも数多くの賃貸物件を抱えている。
 それらは住居であったり、店舗であったり、或いは倉庫の様な物件も珍しくない。場合によっては建屋の無い土地だけを貸していることもある様だ。
 ローラント事務所は月極契約ではあるが、家賃の支払いは数カ月纏めてでも良いということで、ヴァンの都合の良い時に支払いを済ませる様にしている。
 これまでに多少期日を過ぎることは何度かあったが、大きな滞納は一度も無い。そういう意味ではローラント事務所はマッケンジー商会からすれば『良いお客さん』の部類に入るだろう。
 ところがこの日レジーナがヴァンに訴えたのは、良いとはいえないお客さんの問題だった。
 実は、ある貸店舗で食料品店を営んでいた店主が、家賃滞納のまま夜逃げしたというのである。レジーナはその店主を何としてでも見つけて欲しい、とヴァンに頼み込んだ。
「それで……この方達は?」
 暖炉で暖められた居間に通された時、ヴァンは途方に暮れて佇む三人の男女に目をやった。レジーナの説明によれば、夜逃げした店主が雇っていた店員達らしい。
 彼らの話によれば、今朝出勤したら店が開いておらず、閉店の貼り紙が出されていた為、慌ててレジーナの元へと相談に駆け込んできた様だ。
 レジーナ曰く、件の店主は何カ月も家賃を滞納していただけに留まらず、ここ最近は店員達にも十分な給与を支払っていなかったらしい。
「まぁ家賃はね、別に良いのよ。うちだってそこまで困窮してる訳じゃないから。でも、このひと達のお賃金ぐらいはせめて払わせてあげないと、可哀そうじゃない」
 そんな訳で、ヴァンは夜逃げ店主の捜索を思わぬ形、思わぬタイミングで引き受ける格好となった。

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 三人の店員の内訳は、中年男性ひとり、若い男女がふたり。
 いずれも未婚で家族は居ないが、スラム出身だったり他所の町からの流れ者であったりして、ホークヤードでの地盤は無いに等しい。つまり、資金的な面でも余裕がある訳ではない。
 その為、件の店舗での賃金だけが彼らの唯一の拠り所である。レジーナがこの三人を心配するのも、やむを得ないところであろう。
 ヴァンはレジーナ宅の応接間を臨時の聞き取り室として借りることにして、三人をソファーに座らせた。そしてレジーナも同席の上での事情聴取が始まる。
「店の経営自体は、どうだったんですか?」
「最近は酷いものでした。売り上げは極端に落ち込むし、仕入れ価格も高騰するしで……」
 三人を代表して中年の店員が苦しげに答える。
 事の発端は、シルトラース帝国で発生した国土のエーテル枯渇だったと見て良い。その余波はリーンエス王国北部にも徐々に及んできており、ここホークヤード周辺の農村でも収穫量が落ち込んでいるという噂はあちこちで飛び交っていた。
「仕入れ先にも何度も足を運び、商品となる食料品の確保には本当に頭を悩ませました」
 と、若い男性店員。
 すると少女といっても良い年齢の娘の店員が、半泣きになりながら更に窮状を訴えた。
「仕入れ先の農村への馬車代とかは自腹でしたし、日当も出ませんでした。もう踏んだり蹴ったりです」
 確かに、三人の店員の衣服はいずれもみすぼらしいものだし、顔つきや体格も心なしか、痩せている様に見える。しかしレジーナは、おかしいわねぇと小首を捻った。
「でもあの店主さん、どちらかといえば羽振りが良かった様に思えるのよね。素材の良い服も着てたし、しょっちゅう外食してたし……」
 レジーナの言葉を受けて、ヴァンは思わず天井を仰ぎ見た。
(最近よく耳にする、ブラック店舗というやつか)
 三人の店員はホークヤードに地盤が無いことから足元を見透かされ、良い様にこき使われていたと考えるべきだろう。
 何ともヤクザなやり方だが、そういう店主だからこそ平気で店員達を見捨て、当たり前の様に家賃を踏み倒して夜逃げに及んだとも考えられる。

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 その後、ヴァンは三人の店員、及びレジーナを伴って件の店舗へと足を運んだ。
 レジーナは家主である為、当然合鍵を持っている。そのレジーナの手によって店舗の玄関が開放されると、店員達は喉の奥で驚きの声を漏らした。
 商品が何ひとつ、残っていない。加えて、売上金や諸々の準備金等を入れていた筈の木箱も無くなっている。どうやら店主は金目の物を片っ端から持って夜逃げ同然に失踪したらしい。
 もう駄目だ、これでおしまいだ――三人の店員達はその場にへたり込み、今にも泣きだしそうな顔つきで途方に暮れた。
 レジーナも何と声をかけてやれば良いのか言葉が見つからず、その場で苦しげに立ち尽くすのみである。
 が、ヴァンは違った。
 陳列棚や事務部屋を軽く見て廻ると、今度は表に出て路面をじっと見つめる。
 それから、今度は店舗全体を外からぐるりと見て廻った。
「……何か分かったのかしら?」
 店舗内に戻ってきたヴァンに、レジーナは訝しげな視線を送った。店主を追うのであれば今すぐにでも方々を駆け廻ってその行方を追うべきであろうが、ヴァンは一向にその様な動きを見せていない。
 ただひたすら、店舗の内外を調べるばかりである。
 ヴァンはがっくりとうなだれている中年店員の肩を叩き、陳列棚や裏手にある商品置き場について訊いた。
「昨日時点で、どのくらいの商品が残っていましたか?」
「えぇとそうですねぇ……」
 中年店員は他の若いふたりにも声をかけ、昨日時点の在庫品目録を掻き集めた。それらの目録を受け取ると、ヴァンはいよいよ妙だ、と喉の奥で唸った。
 曰く、残されていた商品を全て持ち逃げするのであれば、最低でも荷馬車が一台は必要となる。ところが店舗の周辺には、どこにも轍が走った痕跡は無い。
「店主の名前は?」
「クラングレーさんです」
 ヴァンは更に、クラングレー店主の人相や体格を聞き取り、全てメモに書き留めた。この時、何故か大きな声でやり取りしたヴァン。
 まるでどこかに居る誰かに、わざと聞かせる様な調子で。
「では夫人。お手数ですが、このクラングレー氏の人相体格を町の警備隊にお知らせ願います。家賃を踏み倒した男ということで訴え出れば、警備隊もそれなりに気を付けてくれるでしょう」
「え……でも、今更? もう逃げた後よ?」
 目を丸くして問い返すレジーナに、ヴァンは更に声を大きくして、
「今更であっても構いません。兎に角、警備隊に警戒網を敷いて貰って下さい」
 そんな訳で、レジーナはヴァンのいう通りに警備隊へと駆け込んでいった。

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 その夜、ヴァンは問題の店舗を正面に見る通りの反対側の建物の陰に、じっと身を潜めていた。
 既に餌は撒いた。後はクラングレー店主が動き出すのを待つだけだ。
 傍らにはレジーナと、三人の店員達。いずれも疑心暗鬼の表情だったが、ヴァンが予言した通り、店舗の玄関からそっと顔を覗かせた男を見るや、あっと驚きの声を上げていた。
 ヴァンはその瞬間、素早く店舗へと駆け寄り、顔を出した男をその場で取り押さえた。
「な、何だ、あんたは!」
「クラングレーさんですね?」
 その人物は、夜逃げして失踪した筈のクラングレー店主だった。
 レジーナと三人の店員達も慌てて飛び出してきて、驚いて尻餅をついているクラングレー店主を取り囲む。クラングレー店主はすっかり観念した様子で、その場にうなだれた。
「ど、どういうこと? 何で、彼がここに居るって思ったの?」
「逃げた様子が、無かったからですよ」
 レジーナからの問いに対し、ヴァンは静かに応じた。
 商品を全て持ち逃げするには荷馬車が必要だが、しかし店舗の外側には轍の痕跡が無かった。そこでヴァンはピンときたのである。
 夜逃げしたと見せかけて店舗内のどこかに大量の品物と一緒に身を潜め、ほとぼりが冷めた頃に逃げ出すつもりだったのだろう、と。
「彼が夜逃げしたと思い込んで他に視線を移せば、この店舗は無警戒になります。そうなればいつでも余裕を持って逃げ出すことが出来たでしょう」
 だからヴァンはわざと大きな声でクラングレー店主の名と風体人相を確認し、レジーナに警備隊へ申し入れろと指示したのだ。
 クラングレー店主は、相当に慌てただろう。警備隊に駆け込まれるとなれば、その日のうちにホークヤードを出なければならぬ、と。最早、店舗内に隠れてほとぼりが冷めるのを待っていられる状況ではなくなる。
 授恵者としての技量でクラングレー店主の居場所を特定しても良かったが、冒険者ギルドからの依頼ではない為、捜索の過程でクラングレー店主を傷つける訳にはいかない。その為、自発的に出て来て貰おうと考えた訳である。
 レジーナも、そして三人の店員達も、ヴァンの機転にはすっかり目を丸くしていた。
「さ、払って頂きましょうか。滞納していた家賃と、そしてこの方々への額面通りの給与と」
 ヴァンの言葉に、クラングレーはただ弱々しく頷き返すしか無かった。

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