鍋音の三重奏
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2023年01月06日 09時40分25秒
「ほら、言った通り」
「ええ。流石ですね」
隙間風の吹き込む窓から外を見れば、降り出した雪が勢いを増し、くすんだガラス窓に次々と雪粒がへばりついてくる。
北壁山脈にも近いこの村に拠点を構えて、もう二週間が経った。しかし、依頼対象のクリーパーはいまだに姿を見せずにいる。おかげで滞在費は膨れ上がり、最初に取っていた宿を引き払って、この安宿へ移ってきた。
「えへへ。ここはどこか似てるから」
セロンガード・シュタインドルフに褒められ、ティトは目を細める。
故郷と似た気候のこの村。漂う風はどこか懐かしく、天気の移り変わりを空気の匂いが教えてくれた。だから事前にこの中へ避難することが出来た。
「それにしても、寒いですね」
「セロンが暖房代をけちるから」
「後どれくらいでクリーパーが現れるかもわかりませんからね。限りある予算は慎重に使っていかねば……って、聞いていますか?」
セロンガードの胸元に獣の耳を押し付ける。
筋肉質の胸板はやっぱり少し硬かった。でもその代償に鼓動を近くに感じることが出来る。なのに、鼓動が刻むリズムは一定。その事がなぜか面白くなくて、こつんとおでこで胸板を叩いた。
「ティト、痛いです」
「しらない」
こつこつとさらに二度頭を打ち付けてから、もぞもぞと体を回して天井を仰いだ。
「ティト、この雪はいつまで降り続きそうですか」
「しばらく止まない、かも」
「ふむ。そうなると積もりますか……雪上戦も考慮しておかなくてはなりませんね」
「だね」
「それにしても、一体いつまで待てばいいんでしょう」
「……セロンは、こうしてるの、いや?」
「嫌です――――ぐふっ!? ティト……レバーはダメですレバーは」
悶絶する気配が背中から伝わってくるけど、自業自得だからしらない。
「ぐぅ……い、嫌っていうのはそういう意味じゃなくてですね」
「わかって、る。でも、もう少し、このまま」
「もう少しですか」
「うん」
「……ですがすでに二週間。予算も心元ありませんし、来週までクリーパーが出なかったら、この寒空の下、野宿という選択肢も……」
「セロンの、甲斐性なし」
「あの、ティトさん?」
「男なら、自分の女に、苦労かけちゃダメ、だと思う、の」
「いや、それとこれとは話が別といいますか……これ、依頼の話ですよね?」
「……」
「おーい、ティトさんやーい」
●
どうやらお姫様はご機嫌を損ねてしまったようだ。
別に自分がそう望んでいるわけではなく、現実的な話をしただけだったのに……というか、聡いティトが理解していないとは思えない。となると、別の理由か。
「私、何かしましたか?」
仰向けになった胸の上で、同じく仰向けになっているティトに問いかける。
視線のすぐ下にある獣の耳がピクリと揺れるが、返事はない。
「宿のランクを下げた事が不満でしたか?」
とりあえず、思い当たる節を問いかけてみるが、獣の耳はまるで揺れない。どうやら、これではないようだ。
「日に日に食事のレベルが落ちているのが気に食いませんか?」
獣の耳がピクリと揺れた。
なるほど、こちらでしたか。確かに、宿を変えたのと時を同じくして、食事は簡素になった。とはいえ、パンとおかず一品はキープしているし、宿のかまどを使えるので温かいものを提供できる。野宿よりは何倍もましだし、これ以上は贅沢だと言いたい所だが……。
「では、今晩は鍋にしましょうか」
「え……鍋?」
「ええ、好きでしょう、鍋」
その一言に、獣の耳がピンと反応して、身体がまた半回転。期待に満ちた瞳が、胸の上からこちらを見上げている。
おかずをもう一品追加くらいを期待していたのだろうけど、その予想を超えてこその甲斐性。
「今日は特別寒いですしね。今まで暖房代をけちった代わりに、かまどを使いましょう」
当然、かまどを使うにも追加料金がかかる。予算的には結構きついが、この顔が見れるのなら十分お釣りがくる。
「起きれますか?」
「起きれるけど……まだ乾いてないよ」
「ああ、そうでした。困りましたね」
言われて部屋の隅に視線を移せば、仲良く吊るされている外出着。
今日の偵察の途中、雨が降ってきたので慌てて戻ってきたのだが、服は濡れてしまい、今乾かしている最中だ。その雨も、今は雪になり気温も随分下がってきた。薪代をけちったせいで暖もとれず、仕方なくこうして温め合っているのだが……。
「とりあえず毛布を巻いて出ますか?」
「毛布を巻いただけの少女を、連れて、お外に出る、の? セロンが?」
「……おかしいですね。私、そんな事言いましたか?」
とりあえず、視線を逸らせてどうするか考えよう。今日の予期せぬ雨に一張羅はずぶ濡れ、下着まで惨憺たる有様だ。部屋に干してはいるが、すぐに乾くようなものでもない。ならば新しい服をと思うが、宿泊は既に二週間。そもそもここまで長期の滞在予定がなかったので、着替えはそれほど用意していない。途中、何度か洗濯をしてはいるが、タイミングの悪い事に、ティトの着替えがもうない。
「何か羽織れるものを借りてきましょう。ティトのサイズに合うものがあればいいんですが」
そう言って、耳と耳の間を撫でてやり、温められたベッドに後ろ髪引かれながら抜け出そうとして……抱きしめられた。
「ティト、動けません。お鍋、食べるんでしょう?」
「食べる」
「では、離してください。すぐに戻ってきますから」
もう一度頭を撫でてやるも、ティトはぎゅっと抱きついたまま体を離してくれない。
「困りましたね。お腹が減って……うん?」
どうしたものかと思案していたら、ティトの細い腕が毛布から飛び出し、鞄を指さしていた。
●
セロンガードのシャツを借り、ティトは上機嫌でかまどへと足を運ぶ。
「大きいでしょう。動きにくくないですか? やはり女性ものの服を借りてきた方が……」
「……甲斐性なし」
「えー……」
折角気を使ったのに、非難の視線で見上げられた。二人はぎしぎしと軋む宿の廊下を並んで歩き、宿主の部屋でかまど代を支払い外に出る。雪の勢いは相変わらずだが、吹雪くほどの風はなく、傘代わりの毛布に二人で入ってかまどへ向かった。
申し訳程度の屋根がかけられたかまどに火を入れ、持参した鍋に井戸から汲んでいた水を沸かし、野菜を放り込む。最後にメインである塩漬けしたニシンを放り込んだ。
「ティト、味を見て貰えますか?」
「熱く、ない?」
「ふーふーしますから」
かまどの火で暖をとっていたティトに、セロンガードは匙に掬ったスープを差し出す。
しっかりと冷ましたつもりだが、ティトも自分でフーフーしながら、意を決して匙に口をつけた。
「……もうちょっと、お塩ほしい、かも」
「わかりました。足しておきましょう」
ティトの要望通り塩を足して、煮えるのを待つ。
パチパチと薪がはじける音だけが、深々と降り続く雪の中で聞こえた。
「ねぇ、セロン」
「はい?」
二つの音にぐつぐつと鍋が煮える音が加わった時、ティトがセロンガードの名を呼んだ。
「依頼、いつ終わる、かな」
「そうですね。年が変わるまでには出てきてほしいものですね」
「そう、したら……また、うちに来る?」
「ティトの生まれ里ですか。そうですね、それも悪くないですね」
ティトは「うん」と小さく答え、借りたシャツをぎゅっと握りしめる。不安だった依頼の終焉が、年越しの約束へ変わった嬉しさを噛みしめながら――――。