変わらぬ美しさ
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月11日 18時07分38秒
お抱え庭師に整えられた庭園は、ボクのお気に入りの一つ。
一年を通して様々な花が咲き、いつもボクを楽しませてくれる。
ヒヤシンスにフリージア、もうすぐチューリップも咲くだろうか。庭師の計らいで、ボクの髪色と同じピンクの花がたくさん植えられている。
今は春。古い命が潰え、真っ白な世界に新しい命が芽吹く季節。
だから、今日はそれに合わせてきた。白のワンピース、ヒールももちろん白。つばの広い白の帽子も合わせて、全身白づくめ。
――どこかの誰かさんとは正反対だ。
頭に浮かんだ顔はぶすっとむくれていた。
そんな顔を想像して自然と笑みが漏れる。
――でも、キミとはお揃いだよ。
ワンピースの裾が汚れないように膝裏に巻き込んでしゃがんだ。
目の前には水面に揺れる白い水芭蕉の花。
庭園で育てるには不向きだと庭師から聞いたけど、なぜかこの庭園の水辺には沢山植わっている。いくら理由を聞いても、誰一人教えてくれなかったのだけど――最近、ようやく庭師の一人が口を割った。
水芭蕉の花言葉は『変わらぬ美しさ』というのだそうですよ。
いい大人が恥ずかしそうにそう話した時、ボクは何も言えなかった。なぜだか自然と涙があふれたのを覚えている。
――ほんとずるいよね、大人って。
心の中で水芭蕉の花に話しかける。
それからその庭師とは秘密を共有する仲間になった。秘密を漏らしたことを仲間に言わない代わりに、ボクは庭師に一つお願いした。この大好きな庭園に――。
「おい! エルゼリオを見なかったか!」
突然、庭の端から聞こえた声に、ボクは反射的に肩を竦ませた。
――もう帰ってきたの……?
折角、美しい思い出に浸っていたのに全部台無しだ。
ボクはしゃがんだ姿勢のまま、ゆっくりと移動する。
庭園の中央にある低木が立ち並ぶ一角に作られた、小柄なボクの体をすっぽりと隠してくれる緑の隠れ家。庭師にお願いした秘密のアジトに身体を滑り込ませると、あの庭師が不器用に片目を閉じて合図を送ってきてくれた。
――いつもありがとうね。
言葉には出さず笑顔で答えると、庭師は声の主の元へと歩いていく。
「今日はお見えになってませんよ、旦那様」
「なに? さっきメイドがこっちに行ったと言っていたぞ」
「そうですか。おかしいですね。どこへ行かれたんでしょう……」
言葉遣いは粗野なのにとても凛々しい美声で庭師に凄むのは、この屋敷の主。
名はハスラム・レイノーラという。
昔はただのハスラムだったらしいけど、戦場での活躍が王に認められて、騎士の称号と共に断絶していたレイノーラの家名を受け取ったそうだ。
若い頃から『馴染みの部下』を引き連れては王国中を駆け回り、野党や蛮族、魔獣までも尽く根絶やしにしたらしい。
そして、この男が率いる一党が通り過ぎた後には何も残らなかったことから、『狂色戦闘卿』『盗賊騎士』と、ついたあだ名はどれも物騒な物ばかりだった。
――これを聞くだけならどんな野蛮な男だろうと思うんだけど……。
神は何を勘違いしたのか、この男に類まれな美と武を授けた。
おかげで、野党や蛮族を討伐するたびに近隣の村々から賛美され、英雄視される。
――ほんと、見た目に騙される人が多いんだから。
だから、更に調子に乗って野党や蛮族を追い立てる。で、それができる実力があるもんだから、尽く制圧して武功を上げてを繰り返して――今に至ると。
最近は少し落ち着いたのか、黒の鎧をまとって『黒騎士』なんて呼ばれてたりするけど、ボクから見れば中身はまるで変わってないと思う。
緑の隠れ家の中で、エルゼリオははぁーっと大きなため息をついた。
――ちなみにこの男の座右の銘は「顔のいい男は何をやっても許される」。
座右の銘を体現するかのように、王国中に沢山の恋人がいたそうだ。10年前に母が亡くなってからも、それはまるで変わっていないらしい。
そうやって現れた男の事をあれこれ考えていると――。
「なんだ、居るじゃないか」
今度は本気で肩が竦んだ。
「や、やぁ、父上。ご機嫌麗しゅう」
頭の上から注がれるプレッシャーに、ボクはゆっくりと視線だけを上げた。
遠くで申し訳なさそうに頭を下げる庭師が見える。
「はぁ? なにがご機嫌麗しゅうだ。また女みたいな恰好しやがって」
相変わらず凛々しい声で呆れる父。ボクと同じ青い瞳に、ストロベリーブロンドの髪。40も半ばだというのに、その顔は精気と自信に満ち満ちている。
「てめぇ、それでも俺の息子か? もう少し男らしく構えろ。折角の色男が台無しだろうが」
――別にあんたの息子に生まれたくて生まれたわけじゃないけどね!
何かにつけてボクの好きな物へ小言を挟んでくる父。今まではのらりくらりとかわしながらなんとかやってきていたのだけど……もうあんまり時間がないんだ。
ボクももう14になった。大好きなこのワンピースも日に日に大きくなる身体にはきつくなっている。だからせめて、この服が着れなくなるまでは――。
だから、ボクは気持ちを奮い立たせ反論した。
「ボクがどんな服を着ようと父上には関係ないじゃないか!」
「……ほぉ」
父の気が一層膨らんだのを肌で感じた。
「この俺様に関係ないと抜かすのか」
巨大な圧に身がすくむ。
「今後一切、女の服を着るのを禁止する! これは命令だ。わかったな」
そして、父は恐怖に固まるボクの服を掴むと――左右へ引き裂いた。
――どうして……何でも父上のいう事を聞かないといけないの……? ボクはただ、自分の好きなものを着ていたいだけなのに……!
裂けた胸元を隠すようにうずくまりながら、ボクは必死で涙をこらえる。
――これじゃ、籠の中の鳥と同じだ……。
去っていく父の背中を睨みながら、心でそう呟いた。
――そんな日から、2年の歳月がたった。
●
「……」
クローゼットには、新品かと見紛うばかりの純白のワンピースがかけられている。
それはあの日、父に引き裂かれた白いワンピースだった。
その後、メイド達が一生懸命仕立て直してくれた。
「坊ちゃま、本当に……その、出ておいきになられるんですか……?」
長年レオノーラ家に仕えてくれているメイドが、泣きそうな声で話かけてくる。
「うん、世界が動こうとしているからね」
ボクは振り返らずメイドにそう告げる。
帝国が崩壊し世界の在り様が一変した。そして、それと同時にボクは授恵者として目覚めた。
「だからボクは冒険者になるよ」
これは神がくれた切っ掛け。自分自身を見つめ直す、絶好の機会だ。
「ボクは父上とは違う道で名を成すよ。レオノーラ家の一員としてね」
そう言ってボクは、目の前にかかっている、もう着れなくなってしまった白のワンピースを手に取った。
「だから一緒に行こう。ボクの『変わらぬ美しさ』」
そう言って、ワンピースを引き裂いた。
後ろでメイド達が慌てふためいているのがよくわかる。
だからボクは振り向いて、飛び切りの笑顔でお願いした。
「このワンピースをマントに仕立て直してもらえないかな」
こうすれば、もう着ることのかなわないワンピースは常にボクとある。
だから、ずっと身に纏おう。それがボクの『変わらぬ美しさ』への答えなのだから――。
追記:
この後メイド達に、マントにするなら破く必要はない!って散々怒られたし、旦那様と一緒で後先考えないんだから!と、呆れられた。まったく仰る通り……反省。
一年を通して様々な花が咲き、いつもボクを楽しませてくれる。
ヒヤシンスにフリージア、もうすぐチューリップも咲くだろうか。庭師の計らいで、ボクの髪色と同じピンクの花がたくさん植えられている。
今は春。古い命が潰え、真っ白な世界に新しい命が芽吹く季節。
だから、今日はそれに合わせてきた。白のワンピース、ヒールももちろん白。つばの広い白の帽子も合わせて、全身白づくめ。
――どこかの誰かさんとは正反対だ。
頭に浮かんだ顔はぶすっとむくれていた。
そんな顔を想像して自然と笑みが漏れる。
――でも、キミとはお揃いだよ。
ワンピースの裾が汚れないように膝裏に巻き込んでしゃがんだ。
目の前には水面に揺れる白い水芭蕉の花。
庭園で育てるには不向きだと庭師から聞いたけど、なぜかこの庭園の水辺には沢山植わっている。いくら理由を聞いても、誰一人教えてくれなかったのだけど――最近、ようやく庭師の一人が口を割った。
水芭蕉の花言葉は『変わらぬ美しさ』というのだそうですよ。
いい大人が恥ずかしそうにそう話した時、ボクは何も言えなかった。なぜだか自然と涙があふれたのを覚えている。
――ほんとずるいよね、大人って。
心の中で水芭蕉の花に話しかける。
それからその庭師とは秘密を共有する仲間になった。秘密を漏らしたことを仲間に言わない代わりに、ボクは庭師に一つお願いした。この大好きな庭園に――。
「おい! エルゼリオを見なかったか!」
突然、庭の端から聞こえた声に、ボクは反射的に肩を竦ませた。
――もう帰ってきたの……?
折角、美しい思い出に浸っていたのに全部台無しだ。
ボクはしゃがんだ姿勢のまま、ゆっくりと移動する。
庭園の中央にある低木が立ち並ぶ一角に作られた、小柄なボクの体をすっぽりと隠してくれる緑の隠れ家。庭師にお願いした秘密のアジトに身体を滑り込ませると、あの庭師が不器用に片目を閉じて合図を送ってきてくれた。
――いつもありがとうね。
言葉には出さず笑顔で答えると、庭師は声の主の元へと歩いていく。
「今日はお見えになってませんよ、旦那様」
「なに? さっきメイドがこっちに行ったと言っていたぞ」
「そうですか。おかしいですね。どこへ行かれたんでしょう……」
言葉遣いは粗野なのにとても凛々しい美声で庭師に凄むのは、この屋敷の主。
名はハスラム・レイノーラという。
昔はただのハスラムだったらしいけど、戦場での活躍が王に認められて、騎士の称号と共に断絶していたレイノーラの家名を受け取ったそうだ。
若い頃から『馴染みの部下』を引き連れては王国中を駆け回り、野党や蛮族、魔獣までも尽く根絶やしにしたらしい。
そして、この男が率いる一党が通り過ぎた後には何も残らなかったことから、『狂色戦闘卿』『盗賊騎士』と、ついたあだ名はどれも物騒な物ばかりだった。
――これを聞くだけならどんな野蛮な男だろうと思うんだけど……。
神は何を勘違いしたのか、この男に類まれな美と武を授けた。
おかげで、野党や蛮族を討伐するたびに近隣の村々から賛美され、英雄視される。
――ほんと、見た目に騙される人が多いんだから。
だから、更に調子に乗って野党や蛮族を追い立てる。で、それができる実力があるもんだから、尽く制圧して武功を上げてを繰り返して――今に至ると。
最近は少し落ち着いたのか、黒の鎧をまとって『黒騎士』なんて呼ばれてたりするけど、ボクから見れば中身はまるで変わってないと思う。
緑の隠れ家の中で、エルゼリオははぁーっと大きなため息をついた。
――ちなみにこの男の座右の銘は「顔のいい男は何をやっても許される」。
座右の銘を体現するかのように、王国中に沢山の恋人がいたそうだ。10年前に母が亡くなってからも、それはまるで変わっていないらしい。
そうやって現れた男の事をあれこれ考えていると――。
「なんだ、居るじゃないか」
今度は本気で肩が竦んだ。
「や、やぁ、父上。ご機嫌麗しゅう」
頭の上から注がれるプレッシャーに、ボクはゆっくりと視線だけを上げた。
遠くで申し訳なさそうに頭を下げる庭師が見える。
「はぁ? なにがご機嫌麗しゅうだ。また女みたいな恰好しやがって」
相変わらず凛々しい声で呆れる父。ボクと同じ青い瞳に、ストロベリーブロンドの髪。40も半ばだというのに、その顔は精気と自信に満ち満ちている。
「てめぇ、それでも俺の息子か? もう少し男らしく構えろ。折角の色男が台無しだろうが」
――別にあんたの息子に生まれたくて生まれたわけじゃないけどね!
何かにつけてボクの好きな物へ小言を挟んでくる父。今まではのらりくらりとかわしながらなんとかやってきていたのだけど……もうあんまり時間がないんだ。
ボクももう14になった。大好きなこのワンピースも日に日に大きくなる身体にはきつくなっている。だからせめて、この服が着れなくなるまでは――。
だから、ボクは気持ちを奮い立たせ反論した。
「ボクがどんな服を着ようと父上には関係ないじゃないか!」
「……ほぉ」
父の気が一層膨らんだのを肌で感じた。
「この俺様に関係ないと抜かすのか」
巨大な圧に身がすくむ。
「今後一切、女の服を着るのを禁止する! これは命令だ。わかったな」
そして、父は恐怖に固まるボクの服を掴むと――左右へ引き裂いた。
――どうして……何でも父上のいう事を聞かないといけないの……? ボクはただ、自分の好きなものを着ていたいだけなのに……!
裂けた胸元を隠すようにうずくまりながら、ボクは必死で涙をこらえる。
――これじゃ、籠の中の鳥と同じだ……。
去っていく父の背中を睨みながら、心でそう呟いた。
――そんな日から、2年の歳月がたった。
●
「……」
クローゼットには、新品かと見紛うばかりの純白のワンピースがかけられている。
それはあの日、父に引き裂かれた白いワンピースだった。
その後、メイド達が一生懸命仕立て直してくれた。
「坊ちゃま、本当に……その、出ておいきになられるんですか……?」
長年レオノーラ家に仕えてくれているメイドが、泣きそうな声で話かけてくる。
「うん、世界が動こうとしているからね」
ボクは振り返らずメイドにそう告げる。
帝国が崩壊し世界の在り様が一変した。そして、それと同時にボクは授恵者として目覚めた。
「だからボクは冒険者になるよ」
これは神がくれた切っ掛け。自分自身を見つめ直す、絶好の機会だ。
「ボクは父上とは違う道で名を成すよ。レオノーラ家の一員としてね」
そう言ってボクは、目の前にかかっている、もう着れなくなってしまった白のワンピースを手に取った。
「だから一緒に行こう。ボクの『変わらぬ美しさ』」
そう言って、ワンピースを引き裂いた。
後ろでメイド達が慌てふためいているのがよくわかる。
だからボクは振り向いて、飛び切りの笑顔でお願いした。
「このワンピースをマントに仕立て直してもらえないかな」
こうすれば、もう着ることのかなわないワンピースは常にボクとある。
だから、ずっと身に纏おう。それがボクの『変わらぬ美しさ』への答えなのだから――。
追記:
この後メイド達に、マントにするなら破く必要はない!って散々怒られたし、旦那様と一緒で後先考えないんだから!と、呆れられた。まったく仰る通り……反省。