その背中はまだ遥か先に
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月09日 18時00分43秒
「ただいま、母さん」
「あらクレア。今回は早かったのね」
「近くで依頼があったからね」
「そう、お疲れ様。何か飲んでいく?」
「うん、いつものお願い」
母の経営する酒場兼宿屋は、準備中なので母とボクしかいない。
ボクはお気に入りの窓側の席に着いた。
カウンターに下がった母が特製ハーブティを淹れてくれる。
――ここからの景色は変わらないな。
窓の外には母自慢の庭園があり、季節の花が咲き誇っていた。
隅々まで手入れされた庭を見ながら、クレア・エクレールは思いにふける。
冒険者となって3年。
始めは失敗ばかりで苦労した。ひもじい思いも沢山したし、野党や山賊に追いかけられた事も一度や二度じゃない。捕まって売られそうになった事も――まぁ、これは家族に話してないけど。
PTを組んだ先輩冒険者の動きを観察して技を盗む日々。時折、父を知っている冒険者に比較されたりもしたけど、そんな事で諦めるつもりはなかった。
――目標があるからね。
冒険者になって父の噂をよく耳にした。やれ、どこぞの令嬢を助け出したとか。やれ、司教の息子の家庭教師をしているだとか。凶悪無比な邪竜を倒しただとか――。
元は貴族で騎士、華々しい社交界にも縁があり礼節もばっちり。読書、算術、歴史なんかの基本学はもちろん、恵まれた体格で剣を持たせれば天下無双。おまけに平民だった母を愛し、騎士の地位どころか爵位継承権まで全てを捨てて駆け落ちする行動力。
――もう、ほんと清々しいくらいに隙が無い。
そして、小さな女の子が、そんな物語に出てくるような英雄に憧れないわけがない。
ボクは小さな頃から父の背中を追った。父が庭で剣を振れば、木の枝をもって真似をしたし、書斎に籠れば絵本を片手に居座った。冒険の土産話に心躍らせ、母との仲睦まじいひと時を見るのが大好きだった。
そして、英雄に夢中な女の子は12歳になった時、授恵者に選ばれた。
本当にうれしかった。これで父と肩を並べて冒険ができる、そう思った。
だから、ボクは真っ先に父に報告した。「これでボクも父さんと一緒だねっ!」と。
でも、父は「そうだな」と答えただけ。その顔はあまり嬉しそうには見えなかった。
それでも父は沢山の事を教えてくれた。学問に心構え、戦闘術に生存術――。戦闘術に関しては、残念ながら体格が違い過ぎてあまり身にならかったけど。
多忙な父は家にはあまり帰ってこない。だから、父が居ない時は自分で鍛錬を重ねる。そんな日々が2年続いた。
――あの日は雨だったよね。
当時のボクは伸び悩んでいた。父の教練をうまく自分に落とし込めず、かといって自己流では限界が見えていた。
その日の父との稽古の最中、突然雨が降ってきた。雨を避けようと雨宿りした先で、父は――今でも忘れない――あの言葉を口にしたんだ。
「クレア。鍛錬を続けるのはいい。体を鍛えて損はないからな。だが……冒険者になんかなる必要はない。お前には別の道があるはずだ」
父が発した言葉に雷で打たれたような衝撃を受けた。一体何を言っているのか理解できなかった。
父と肩を並べる冒険者になるのが自分の夢。いつか父みたいな――。ずっとそう思っていた夢を『なんか』と言われた。『別の道がある』と、失格の烙印を押された。
今までやってきた事全て、夢の全てを否定された気がした。
「父さん……なんでそんなこと言うの? ボクはずっと父さんを――」
「クレア、お前は女だ。女には女の幸せがある」
その言葉に、ぷつんと何かが切れる音がした。
「もう父さんなんか知らない!」
だから、大声で叫んで雨の中へ飛び出した。
そこからの事はよく覚えていない。走って走って――気が付いたらギルドにいた。
――ずぶ濡れのまま、勢いで冒険者登録をしたんだよね。
今思うと異様な光景だっただろうなと、苦い笑みがこぼれる。
そんな時、母さんがティーセットを運んできてくれた。
「ありがとう、母さん。あの……父さんは?」
と、ボクは思わずそんな事を口にしてしまう。
「うん? 依頼にいってるわよ。何か用事でもあった?」
「べ、別にない……けど」
語尾がしぼんだボクを見て、母さんがくすくすと笑ってる。
「そう言えば父さん。この間も手紙を書いていたわよ」
「あ、うん、ギルドから受け取ったよ」
「また『ごめん』からだったでしょ?」
「……うん、『ごめん』からだった」
そう答えると、母さんは一瞬驚いたけど、すぐに蕩けるような笑顔になった。
「そう、やっぱり書いてあったのね」
それは遠回しに、ボクが手紙の中身を見たかどうかの確認だった。
「……母さん、ずるくない?」
「あら、私には何の事だか」
ジト目で見上げるボクを置いて、母さんは上機嫌で戻っていった。
改めて窓の外を見ながら思う。
今は独り立ちして何でも屋を名乗れる程度にはなった。でも、まだまだだ。あの大きな背中は、道の遥か先にあるんだから――。
「あらクレア。今回は早かったのね」
「近くで依頼があったからね」
「そう、お疲れ様。何か飲んでいく?」
「うん、いつものお願い」
母の経営する酒場兼宿屋は、準備中なので母とボクしかいない。
ボクはお気に入りの窓側の席に着いた。
カウンターに下がった母が特製ハーブティを淹れてくれる。
――ここからの景色は変わらないな。
窓の外には母自慢の庭園があり、季節の花が咲き誇っていた。
隅々まで手入れされた庭を見ながら、クレア・エクレールは思いにふける。
冒険者となって3年。
始めは失敗ばかりで苦労した。ひもじい思いも沢山したし、野党や山賊に追いかけられた事も一度や二度じゃない。捕まって売られそうになった事も――まぁ、これは家族に話してないけど。
PTを組んだ先輩冒険者の動きを観察して技を盗む日々。時折、父を知っている冒険者に比較されたりもしたけど、そんな事で諦めるつもりはなかった。
――目標があるからね。
冒険者になって父の噂をよく耳にした。やれ、どこぞの令嬢を助け出したとか。やれ、司教の息子の家庭教師をしているだとか。凶悪無比な邪竜を倒しただとか――。
元は貴族で騎士、華々しい社交界にも縁があり礼節もばっちり。読書、算術、歴史なんかの基本学はもちろん、恵まれた体格で剣を持たせれば天下無双。おまけに平民だった母を愛し、騎士の地位どころか爵位継承権まで全てを捨てて駆け落ちする行動力。
――もう、ほんと清々しいくらいに隙が無い。
そして、小さな女の子が、そんな物語に出てくるような英雄に憧れないわけがない。
ボクは小さな頃から父の背中を追った。父が庭で剣を振れば、木の枝をもって真似をしたし、書斎に籠れば絵本を片手に居座った。冒険の土産話に心躍らせ、母との仲睦まじいひと時を見るのが大好きだった。
そして、英雄に夢中な女の子は12歳になった時、授恵者に選ばれた。
本当にうれしかった。これで父と肩を並べて冒険ができる、そう思った。
だから、ボクは真っ先に父に報告した。「これでボクも父さんと一緒だねっ!」と。
でも、父は「そうだな」と答えただけ。その顔はあまり嬉しそうには見えなかった。
それでも父は沢山の事を教えてくれた。学問に心構え、戦闘術に生存術――。戦闘術に関しては、残念ながら体格が違い過ぎてあまり身にならかったけど。
多忙な父は家にはあまり帰ってこない。だから、父が居ない時は自分で鍛錬を重ねる。そんな日々が2年続いた。
――あの日は雨だったよね。
当時のボクは伸び悩んでいた。父の教練をうまく自分に落とし込めず、かといって自己流では限界が見えていた。
その日の父との稽古の最中、突然雨が降ってきた。雨を避けようと雨宿りした先で、父は――今でも忘れない――あの言葉を口にしたんだ。
「クレア。鍛錬を続けるのはいい。体を鍛えて損はないからな。だが……冒険者になんかなる必要はない。お前には別の道があるはずだ」
父が発した言葉に雷で打たれたような衝撃を受けた。一体何を言っているのか理解できなかった。
父と肩を並べる冒険者になるのが自分の夢。いつか父みたいな――。ずっとそう思っていた夢を『なんか』と言われた。『別の道がある』と、失格の烙印を押された。
今までやってきた事全て、夢の全てを否定された気がした。
「父さん……なんでそんなこと言うの? ボクはずっと父さんを――」
「クレア、お前は女だ。女には女の幸せがある」
その言葉に、ぷつんと何かが切れる音がした。
「もう父さんなんか知らない!」
だから、大声で叫んで雨の中へ飛び出した。
そこからの事はよく覚えていない。走って走って――気が付いたらギルドにいた。
――ずぶ濡れのまま、勢いで冒険者登録をしたんだよね。
今思うと異様な光景だっただろうなと、苦い笑みがこぼれる。
そんな時、母さんがティーセットを運んできてくれた。
「ありがとう、母さん。あの……父さんは?」
と、ボクは思わずそんな事を口にしてしまう。
「うん? 依頼にいってるわよ。何か用事でもあった?」
「べ、別にない……けど」
語尾がしぼんだボクを見て、母さんがくすくすと笑ってる。
「そう言えば父さん。この間も手紙を書いていたわよ」
「あ、うん、ギルドから受け取ったよ」
「また『ごめん』からだったでしょ?」
「……うん、『ごめん』からだった」
そう答えると、母さんは一瞬驚いたけど、すぐに蕩けるような笑顔になった。
「そう、やっぱり書いてあったのね」
それは遠回しに、ボクが手紙の中身を見たかどうかの確認だった。
「……母さん、ずるくない?」
「あら、私には何の事だか」
ジト目で見上げるボクを置いて、母さんは上機嫌で戻っていった。
改めて窓の外を見ながら思う。
今は独り立ちして何でも屋を名乗れる程度にはなった。でも、まだまだだ。あの大きな背中は、道の遥か先にあるんだから――。