ハロウィンの夢の世界
キャラクターノベル(グループ)制作 鳩子納品 2022年12月09日 15時26分27秒
●夢の世界
ハロウィンの魔法が掛かった遊園地は、いつにもまして幻想に満ちている。
オレンジ、紫、黒のガーランドが揺れ、ショップの入口ではカボチャ頭がひょうきんに笑い、街灯の影から愛嬌のあるお化けが顔を覗かせる。案内するスタッフも普段とは一味違う衣装。行き交う客までもが仮装をして、あちらで童話の英雄がチュロスを齧っているかと思えば、こちらではお姫様が自撮りをしている。
「ふぅ、すごい熱気だったな」
「もう少し先の店の方が空いてたんじゃないかな」
賑わう店の一つから押し出されるようにして出てきた高校生の男女が、店内を振り返りながら言った。
苦笑する同伴者に少女は、いや、と首を横に振る。
「これは入園してすぐに買わないと意味がないんだ」
早速買ったばかりの耳付きカチューシャを取り出す彼女を、ジュスト・ヴェルジーは微笑ましく見つめた。
日に透かした琥珀のように輝く瞳、極上のルビーに似た紅い髪。清く、気高く、美しく。世に望まれる美徳をもれなく兼ね備えた麗しき財閥のご令嬢、ローザリカ・L・ディオール。どこか不遜な響きのある少年めいた物言いも、魅力の一つである。
彼女が自身の婚約者であることに、ジュストは何度でも幸福を噛みしめる。代々議員や高級官僚を輩出してきた誉れ高い名家の次男坊であるジュストは、見目の良さと紳士的な振る舞いも相俟って多くの女性から好意を向けられるが、その心の向く先はローザリカただ一人だった。
「さっそく付けよう」
くるくるキャンディーのような大きな耳に、黒いスパンコールのリボンがついたカチューシャ。彼女が身に着けるには少し幼いデザインだけれども、そのギャップもまたよし――等とジュストが内心頷いていた、その時だ。
かぽん、と頭部に軽い感触。
「……ロゼ?」
「うん、これでいい」
ジェイドグリーンの瞳を瞬かせたジュストに、ローザリカは満足げに頷く。可愛らしいハロウィン限定デザインのカチューシャが、何故かジュストの頭に装着されていた。
「君が付けるんじゃないのかい?」
「僕はこっちだ」
ふふんと胸を張り、ローザリカはどこからかもう一つのカチューシャを取り出す。白と黒のお化けが並ぶカチューシャを着け、ご満悦な笑顔だ。
「一体いつの間に」
今月はローザリカの誕生月なこともあり、プレゼントするよ、とリボン付きのカチューシャはジュストが会計したのだが、人混みに紛れてこっそりローザリカも購入していたらしい。
「リボンは君の方が似合うと思うよ」
「そこは、あえてさ。今日はめいっぱいトリックをご馳走すると決めてるんだ」
覚悟してくれよ、と目を細めるローザリカの笑顔があんまりにも魅力的で、ジュストは今日一日リボン付きカチューシャを付けることを受け入れたのだった。
●魅惑のトリック
悪役たちが肩を組んで通り過ぎる。気合の入った仮装姿の客は見るからに楽しそうで、自分たちも何か仮装するべきだったか、とローザリカは考える。
(今度のハロウィンには……来年のことを考えるなんて、気が早すぎるか)
カチューシャは予定通り装着できたのだし、と思い直したところで、ぐいと肩を抱き寄せられた。直後、足元を氷の女王のドレスを着た幼い姉妹がはしゃぎながら駆けて行く。後方から、慌てて母親が追いかける。
「人が多いから、気を付けて」
思いのほか近い声にどきりとしたのも束の間、ローザリカは離れようとするジュストの手を掴んで引き留めた。
「手を、繋いで行こう。迷子になったら時間が無駄になるからね」
熱くなった頬に気が付かれないよう、強引に歩き出す。
普段のローザリカならまずしない行動だ。社交の場で婚約者として振る舞うのはともかく、日常の中で恋人らしいことをするのは気恥ずかしい。ジュストの好意にも素直になれず、つい可愛げのないことを言って誤魔化してしまいがちだった。
(でも、今日はハロウィンだから……)
悪戯にかこつけて、日頃は出来ないことを思う存分する計画だ。女の自分とは大きさも厚みも違う手に内心どぎまぎしていると、ぎゅっと握り返される。
「そうだね。俺がロゼを見失うわけはないけれど、君が俺を見失ったら困るからね」
「っ……あ、あそこに行こう!」
柔らかな声音に、ローザリカは慌てて手近な建物を指し示す。
(……僕だって、君を見失ったりするもんか)
本音を口にする勇気は、まだ持てなかった。
二人が乗り込んだのは、メルヘンの世界を旅するコースター。音楽に合わせ、可愛らしい衣装を着た人形たちが楽器を奏でたり踊ったりしている。
「……ロゼ、少し離れた方がよく見えるんじゃないかな」
「うん? これで全く問題ないとも」
「そう……君が良いなら、良いけれど」
わざとジュスト側にぎゅうぎゅうと詰めて座ったローザリカは、口をつぐんだ婚約者にほくそ笑んだ。
(よし、困ってるな。トリック成功だ!)
さっき動揺させられた仕返しだ――いや、そうじゃない。今日の主旨を思い出して、ローザリカは身を寄せたままジュストの腕に自分の腕を絡ませる。館内は薄暗く誰もが周囲の人形に注目しているから、ちょっぴり大胆な気持ちになれた。
(うん、いい気分だな)
まさか、服越しにもわかるローザリカの豊満な体つきであるとか髪から香る良い匂いだとかに、ジュストの脳内で天使と悪魔の大戦争が勃発しかけているとは、夢にも思わないお嬢様であった。
●トリック・アンド・トリート
お城に海賊船、炎の噴き上がる火山。歩くだけでも楽しい園内では、驚くほど早く時が過ぎていく。いくつかのアトラクションとショーを楽しんだ二人は併設のホテルへ向かった。
紫の茨が絡むゲートを潜り、ロビーに入る。館内はマスコットの像や絵画が飾られていて、まるで作品世界に入り込んだ気分になれる演出がされていた。
フロントの前で、ジュストはそっとカチューシャを外す。
今日はローザリカに振り回された一日だった。カチューシャを初めとして、手を繋いだり腕を組んだり、大きなぬいぐるみを持たされたり――もちろん嫌ではなかったが、脳内の争いを治めるのに苦労した。
夕飯までには、まだ少し時間がある。部屋で一人になって一旦冷静になろう、と思っていたのだが。
「……もうひとつ、悪戯があると言ったらどうする?」
今日に限っては、ジュストのお姫様は小悪魔でもあるらしい。手続きを終えて振り返ったローザリカの手には、ルームキーがひとつ。
前回の泊まりがけデートで起きたハプニングが蘇る。あの夜、ジュストがどれほどの努力で鋼鉄の意志を貫いたのか、彼女は全く知らないらしい。
しかし、そっと上目遣いで窺われては、ジュストにとれる選択は一つだ。
「君って人は……」
ジュストは両手をあげて降参の意を示した。
扉を開けた先は、海を臨むスイートルームだった。
「ロゼ」
ハロウィン仕様の内装には目もくれず、ジュストは恋人の背を抱きしめる。片腕で胴を引き寄せ、もう片方の手で少女の手を捕まえて指を絡めた。
「折角だからトリートもあげよう。とびきり甘いのを」
囁き、ちゅ、と耳にキスをする。
「……っ、馬鹿!」
一瞬で真っ赤になったローザリカが勢いよく振り返るのを捕まえ直して、見つめ合う。
「それとも、トリックをご所望かい?」
「……ばか」
悪態を繰り返し、ローザリカはそっと瞼を閉ざす。
ふたりは御伽噺の王子様とお姫様にも勝る幸福な口付けを交わした。
ハロウィンの魔法が掛かった遊園地は、いつにもまして幻想に満ちている。
オレンジ、紫、黒のガーランドが揺れ、ショップの入口ではカボチャ頭がひょうきんに笑い、街灯の影から愛嬌のあるお化けが顔を覗かせる。案内するスタッフも普段とは一味違う衣装。行き交う客までもが仮装をして、あちらで童話の英雄がチュロスを齧っているかと思えば、こちらではお姫様が自撮りをしている。
「ふぅ、すごい熱気だったな」
「もう少し先の店の方が空いてたんじゃないかな」
賑わう店の一つから押し出されるようにして出てきた高校生の男女が、店内を振り返りながら言った。
苦笑する同伴者に少女は、いや、と首を横に振る。
「これは入園してすぐに買わないと意味がないんだ」
早速買ったばかりの耳付きカチューシャを取り出す彼女を、ジュスト・ヴェルジーは微笑ましく見つめた。
日に透かした琥珀のように輝く瞳、極上のルビーに似た紅い髪。清く、気高く、美しく。世に望まれる美徳をもれなく兼ね備えた麗しき財閥のご令嬢、ローザリカ・L・ディオール。どこか不遜な響きのある少年めいた物言いも、魅力の一つである。
彼女が自身の婚約者であることに、ジュストは何度でも幸福を噛みしめる。代々議員や高級官僚を輩出してきた誉れ高い名家の次男坊であるジュストは、見目の良さと紳士的な振る舞いも相俟って多くの女性から好意を向けられるが、その心の向く先はローザリカただ一人だった。
「さっそく付けよう」
くるくるキャンディーのような大きな耳に、黒いスパンコールのリボンがついたカチューシャ。彼女が身に着けるには少し幼いデザインだけれども、そのギャップもまたよし――等とジュストが内心頷いていた、その時だ。
かぽん、と頭部に軽い感触。
「……ロゼ?」
「うん、これでいい」
ジェイドグリーンの瞳を瞬かせたジュストに、ローザリカは満足げに頷く。可愛らしいハロウィン限定デザインのカチューシャが、何故かジュストの頭に装着されていた。
「君が付けるんじゃないのかい?」
「僕はこっちだ」
ふふんと胸を張り、ローザリカはどこからかもう一つのカチューシャを取り出す。白と黒のお化けが並ぶカチューシャを着け、ご満悦な笑顔だ。
「一体いつの間に」
今月はローザリカの誕生月なこともあり、プレゼントするよ、とリボン付きのカチューシャはジュストが会計したのだが、人混みに紛れてこっそりローザリカも購入していたらしい。
「リボンは君の方が似合うと思うよ」
「そこは、あえてさ。今日はめいっぱいトリックをご馳走すると決めてるんだ」
覚悟してくれよ、と目を細めるローザリカの笑顔があんまりにも魅力的で、ジュストは今日一日リボン付きカチューシャを付けることを受け入れたのだった。
●魅惑のトリック
悪役たちが肩を組んで通り過ぎる。気合の入った仮装姿の客は見るからに楽しそうで、自分たちも何か仮装するべきだったか、とローザリカは考える。
(今度のハロウィンには……来年のことを考えるなんて、気が早すぎるか)
カチューシャは予定通り装着できたのだし、と思い直したところで、ぐいと肩を抱き寄せられた。直後、足元を氷の女王のドレスを着た幼い姉妹がはしゃぎながら駆けて行く。後方から、慌てて母親が追いかける。
「人が多いから、気を付けて」
思いのほか近い声にどきりとしたのも束の間、ローザリカは離れようとするジュストの手を掴んで引き留めた。
「手を、繋いで行こう。迷子になったら時間が無駄になるからね」
熱くなった頬に気が付かれないよう、強引に歩き出す。
普段のローザリカならまずしない行動だ。社交の場で婚約者として振る舞うのはともかく、日常の中で恋人らしいことをするのは気恥ずかしい。ジュストの好意にも素直になれず、つい可愛げのないことを言って誤魔化してしまいがちだった。
(でも、今日はハロウィンだから……)
悪戯にかこつけて、日頃は出来ないことを思う存分する計画だ。女の自分とは大きさも厚みも違う手に内心どぎまぎしていると、ぎゅっと握り返される。
「そうだね。俺がロゼを見失うわけはないけれど、君が俺を見失ったら困るからね」
「っ……あ、あそこに行こう!」
柔らかな声音に、ローザリカは慌てて手近な建物を指し示す。
(……僕だって、君を見失ったりするもんか)
本音を口にする勇気は、まだ持てなかった。
二人が乗り込んだのは、メルヘンの世界を旅するコースター。音楽に合わせ、可愛らしい衣装を着た人形たちが楽器を奏でたり踊ったりしている。
「……ロゼ、少し離れた方がよく見えるんじゃないかな」
「うん? これで全く問題ないとも」
「そう……君が良いなら、良いけれど」
わざとジュスト側にぎゅうぎゅうと詰めて座ったローザリカは、口をつぐんだ婚約者にほくそ笑んだ。
(よし、困ってるな。トリック成功だ!)
さっき動揺させられた仕返しだ――いや、そうじゃない。今日の主旨を思い出して、ローザリカは身を寄せたままジュストの腕に自分の腕を絡ませる。館内は薄暗く誰もが周囲の人形に注目しているから、ちょっぴり大胆な気持ちになれた。
(うん、いい気分だな)
まさか、服越しにもわかるローザリカの豊満な体つきであるとか髪から香る良い匂いだとかに、ジュストの脳内で天使と悪魔の大戦争が勃発しかけているとは、夢にも思わないお嬢様であった。
●トリック・アンド・トリート
お城に海賊船、炎の噴き上がる火山。歩くだけでも楽しい園内では、驚くほど早く時が過ぎていく。いくつかのアトラクションとショーを楽しんだ二人は併設のホテルへ向かった。
紫の茨が絡むゲートを潜り、ロビーに入る。館内はマスコットの像や絵画が飾られていて、まるで作品世界に入り込んだ気分になれる演出がされていた。
フロントの前で、ジュストはそっとカチューシャを外す。
今日はローザリカに振り回された一日だった。カチューシャを初めとして、手を繋いだり腕を組んだり、大きなぬいぐるみを持たされたり――もちろん嫌ではなかったが、脳内の争いを治めるのに苦労した。
夕飯までには、まだ少し時間がある。部屋で一人になって一旦冷静になろう、と思っていたのだが。
「……もうひとつ、悪戯があると言ったらどうする?」
今日に限っては、ジュストのお姫様は小悪魔でもあるらしい。手続きを終えて振り返ったローザリカの手には、ルームキーがひとつ。
前回の泊まりがけデートで起きたハプニングが蘇る。あの夜、ジュストがどれほどの努力で鋼鉄の意志を貫いたのか、彼女は全く知らないらしい。
しかし、そっと上目遣いで窺われては、ジュストにとれる選択は一つだ。
「君って人は……」
ジュストは両手をあげて降参の意を示した。
扉を開けた先は、海を臨むスイートルームだった。
「ロゼ」
ハロウィン仕様の内装には目もくれず、ジュストは恋人の背を抱きしめる。片腕で胴を引き寄せ、もう片方の手で少女の手を捕まえて指を絡めた。
「折角だからトリートもあげよう。とびきり甘いのを」
囁き、ちゅ、と耳にキスをする。
「……っ、馬鹿!」
一瞬で真っ赤になったローザリカが勢いよく振り返るのを捕まえ直して、見つめ合う。
「それとも、トリックをご所望かい?」
「……ばか」
悪態を繰り返し、ローザリカはそっと瞼を閉ざす。
ふたりは御伽噺の王子様とお姫様にも勝る幸福な口付けを交わした。