踊り、さざめき、美の到来
キャラクターノベル制作 川並もも納品 2022年09月11日 10時44分38秒
●そしてさらにそれからというもの
「こういうものをことさらに記録に残そうという者は少ない。だからこそ価値があると思うんだ」
何度目かの邂逅、冒険者として近況を聞きに来たついでに侯爵令嬢として誘った舞踏会。それを「恐れ多いです!」と遠慮している青年――かつて依頼で出会い、それからときおり気にかけている文筆家兼画家――を相手に、シルヴィア・A・カペルは力説した。
「世界は日々変わってゆくけれど、記録に残るということはそこに楔を打ち込むようなもの。後世にこのような美しい文化があったのだとわかれば、未来の誰かが希望を持つかもしれないだろう?」
「た、確かに……ですが、その」
やりとりに、同席している壮年の男性――青年を見込みある描き手として支援している、劇場の刷り物を扱う商会の大旦那――が、穏やかな笑顔で口を挟む。
「行ってきなさい」
「い、いえ、侯爵家の舞踏会に出られるほどの作法は、私には……」
「なに、たっての頼みなのだから、問題になりにくい立場にはしてもらえるだろう。……つまり、君のパトロンは一人ではないということさ」
その後押しにシルヴィアは我が意を得たりと大きくうなずき、次いで青年も、了承の意として小さくうなずいた。
そうして青年を招待した舞踏会から、三ヶ月が過ぎ。
シルヴィアの手元には、最初の出会いのときに青年に渡した花言葉辞典にも負けないほどの、流麗な装丁の本がある。
●ここに記すは明晰なること
ページをめくり最初に目に入った絵は、ホールの全景。紀行文と風景画を得意とする彼の面目躍如というべき出来映えだ。
〈花の領地と呼び習わされるカペル領の中でも、ここ”花の領地の侯爵邸”で開かれる舞踏会は特筆すべき大輪の花である。主催や賓客は当然のことながら、給仕や演奏家にいたるまで、みずみずしい喜びに満ちている〉
次いで描かれているのは、踊る人々。〈言葉で描ききれぬのが歯がゆく感じられる優美さ〉と注釈されたあとには、曲目と感想が書き付けてある。なるほど、音は言葉には訳しきれないものだと納得しつつまたページをめくると、こちらにも〈言葉で描ききれぬというのは書き手の名折れ〉と注釈され、成立過程や食した感想が記された料理の挿絵がある。味も確かに言葉だけでは難しいものだ、とシルヴィアは思わず吹き出してしまう。
そうして文と絵を読み進めているとふと、目が止まった。
「…………?」
何か、鏡を見たような気がする。目を瞬いて本を見つめ直すと、ページは半ばを過ぎており、月光が明るく照らす夜の庭園にたたずむ人物が描かれている。注釈として〈小休止〉とだけ書かれたその絵を見て、あ、とシルヴィアは声をこぼした。
「私だ」
瞳の色に合わせた碧玉のイヤリングとネックレス、きりりと編み込まれ結い上げられた髪に数多咲く絹の白薔薇。それらを優美にまとめ上げる、スリムなシルエットながらも美しく裾の広がる濃紺のドレス。――まさしく、あの日のシルヴィアが緻密に描かれていた。いつのまにこんなに上手くなったんだろう、とやわらかくつぶやいて、そうっとページをめくる。
庭園の風を感じて心新たにしたのだろう、本の中のシルヴィアは舞踏会を心ゆくまで楽しんでいる。親類と喜ばしいことについて談笑し、知己と世間について弁舌爽やかに語り合い、その合間にホールの中央でくるくると鮮やかに踊る。踊りの相手が影絵のようにぼかされているのは、邪推を防ぐためだろうか。それがいっそう彼女の魅力を強調していた。
〈才気に満ち、けれど驕慢さはなく。涼やかなふるまいは遠い海を思わせるが、その裡には未来を見据える炎のごとき情熱が渦巻いている。花にとどまらず、世界のさまざまな美を、その歩みの中で己のものとした、麗しの青〉
そのような書き出しでシルヴィアの知られている事績が記された文章の次に、最後の見開き。――そこには、あの日の音楽があった。
主旋律を奏でているシルヴィアの周囲に、思い思いに過ごしている人々が遠景として描かれている。明かりは煌々と灯っているが、その穏やかな筆致は舞踏会の終わりを予感させるものだ。事実、この曲が終わった少し後に、部屋に戻る者たちが多かったという記憶があった。それを裏付けるかのように、ページが尽きる。
〈ここにひとときを刻む。時経ても、記したことごとくが尊ばれる美であることを願う〉
舞踏会の終わりは、そう締めくくられた。
本を閉じ、次いで天を仰いで目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶあの日の記憶がより鮮明に、細密に彩られていく。
薄れかけた記憶へ強く打ち込まれた楔に、これだ、とシルヴィアは満足げなため息をついた。
「こういうものをことさらに記録に残そうという者は少ない。だからこそ価値があると思うんだ」
何度目かの邂逅、冒険者として近況を聞きに来たついでに侯爵令嬢として誘った舞踏会。それを「恐れ多いです!」と遠慮している青年――かつて依頼で出会い、それからときおり気にかけている文筆家兼画家――を相手に、シルヴィア・A・カペルは力説した。
「世界は日々変わってゆくけれど、記録に残るということはそこに楔を打ち込むようなもの。後世にこのような美しい文化があったのだとわかれば、未来の誰かが希望を持つかもしれないだろう?」
「た、確かに……ですが、その」
やりとりに、同席している壮年の男性――青年を見込みある描き手として支援している、劇場の刷り物を扱う商会の大旦那――が、穏やかな笑顔で口を挟む。
「行ってきなさい」
「い、いえ、侯爵家の舞踏会に出られるほどの作法は、私には……」
「なに、たっての頼みなのだから、問題になりにくい立場にはしてもらえるだろう。……つまり、君のパトロンは一人ではないということさ」
その後押しにシルヴィアは我が意を得たりと大きくうなずき、次いで青年も、了承の意として小さくうなずいた。
そうして青年を招待した舞踏会から、三ヶ月が過ぎ。
シルヴィアの手元には、最初の出会いのときに青年に渡した花言葉辞典にも負けないほどの、流麗な装丁の本がある。
●ここに記すは明晰なること
ページをめくり最初に目に入った絵は、ホールの全景。紀行文と風景画を得意とする彼の面目躍如というべき出来映えだ。
〈花の領地と呼び習わされるカペル領の中でも、ここ”花の領地の侯爵邸”で開かれる舞踏会は特筆すべき大輪の花である。主催や賓客は当然のことながら、給仕や演奏家にいたるまで、みずみずしい喜びに満ちている〉
次いで描かれているのは、踊る人々。〈言葉で描ききれぬのが歯がゆく感じられる優美さ〉と注釈されたあとには、曲目と感想が書き付けてある。なるほど、音は言葉には訳しきれないものだと納得しつつまたページをめくると、こちらにも〈言葉で描ききれぬというのは書き手の名折れ〉と注釈され、成立過程や食した感想が記された料理の挿絵がある。味も確かに言葉だけでは難しいものだ、とシルヴィアは思わず吹き出してしまう。
そうして文と絵を読み進めているとふと、目が止まった。
「…………?」
何か、鏡を見たような気がする。目を瞬いて本を見つめ直すと、ページは半ばを過ぎており、月光が明るく照らす夜の庭園にたたずむ人物が描かれている。注釈として〈小休止〉とだけ書かれたその絵を見て、あ、とシルヴィアは声をこぼした。
「私だ」
瞳の色に合わせた碧玉のイヤリングとネックレス、きりりと編み込まれ結い上げられた髪に数多咲く絹の白薔薇。それらを優美にまとめ上げる、スリムなシルエットながらも美しく裾の広がる濃紺のドレス。――まさしく、あの日のシルヴィアが緻密に描かれていた。いつのまにこんなに上手くなったんだろう、とやわらかくつぶやいて、そうっとページをめくる。
庭園の風を感じて心新たにしたのだろう、本の中のシルヴィアは舞踏会を心ゆくまで楽しんでいる。親類と喜ばしいことについて談笑し、知己と世間について弁舌爽やかに語り合い、その合間にホールの中央でくるくると鮮やかに踊る。踊りの相手が影絵のようにぼかされているのは、邪推を防ぐためだろうか。それがいっそう彼女の魅力を強調していた。
〈才気に満ち、けれど驕慢さはなく。涼やかなふるまいは遠い海を思わせるが、その裡には未来を見据える炎のごとき情熱が渦巻いている。花にとどまらず、世界のさまざまな美を、その歩みの中で己のものとした、麗しの青〉
そのような書き出しでシルヴィアの知られている事績が記された文章の次に、最後の見開き。――そこには、あの日の音楽があった。
主旋律を奏でているシルヴィアの周囲に、思い思いに過ごしている人々が遠景として描かれている。明かりは煌々と灯っているが、その穏やかな筆致は舞踏会の終わりを予感させるものだ。事実、この曲が終わった少し後に、部屋に戻る者たちが多かったという記憶があった。それを裏付けるかのように、ページが尽きる。
〈ここにひとときを刻む。時経ても、記したことごとくが尊ばれる美であることを願う〉
舞踏会の終わりは、そう締めくくられた。
本を閉じ、次いで天を仰いで目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶあの日の記憶がより鮮明に、細密に彩られていく。
薄れかけた記憶へ強く打ち込まれた楔に、これだ、とシルヴィアは満足げなため息をついた。