ネーベルベルク領復興幕間小噺

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年09月04日 12時53分19秒

●
 シルトラース帝国を襲った崩壊のあの日から、二年程が経過した。
 各地では未だにクリーパーやメドゥの指先、或いは帝国過激派といった数々の強敵との戦いが続いている。だがそれと同時に、帝国内ではかつての平和な日々を取り戻すべく、多くの帝国民がそれぞれの故郷で生活基盤の立て直しに勤しんでいた。
 それはアウレーリア・フォン・ネーベルベルクも例外ではない。ここ最近、彼女は未だ復興途上にあるネーベルベルク領への帰還民の迎え入れに、忙しい毎日を送っている。
 ネーベルベルク領は帝国内でも東部の山沿いに位置し、同伯爵家は山脈方面から襲い来る魔物や蛮族を迎え撃つ武門貴族として代々、この地を守り続けてきた。
 シルトラース帝国の貴族制は世襲ではない。にも関わらず、同家が伯爵家の血筋としてこの地に定着してきたのは、ネーベルベルク家が貴族としての在り方を、常に己に問いかけ続けてきた結果である。
 それ程の武門であっても、あの崩壊時に生じた恐るべき破壊の波には抗えなかった。
 結果としてアウレーリアは故郷からの離脱を余儀無くされ、そして授恵者に目覚めた。
 以後、炎を操る魔術師として数々の苦難を経験し、それらに打ち勝ってきたアウレーリア。
 帝国崩壊は確かに多くの命を奪い、様々な悲劇を生み出してきたが、病弱で己の身を守ることすらも叶わなかったか弱き伯爵令嬢にしてみれば、あの一連の出来事は大きな人生の転機となった。
 それは、紛れも無い事実であろう。
 そして現在――アウレーリアはネーベルベルク家のただひとりの生き残りとして、同領内では最も頼りになる存在として多くの帰還民達から慕われ、そして尊崇の眼差しで見られる様になっている。
 同時に、彼ら彼女らの今後の生活を如何に安定させられるかという課題が、アウレーリアのか細い両肩に重く圧し掛かる様にもなっていた。
 だが、この重責は決して苦痛ではない。寧ろ、全てを前向きに受け止めることが出来る、ひとつのモチベーションとしてアウレーリアの心を静かに鼓舞する材料となっていた。
 帝国崩壊直後には暗黒の悲しみだけが彼女の心を覆いつくしていたが、今はただじっと、真っ直ぐに将来を見据える頑強な精神が、アウレーリアの内に宿り始めていた。
 ところが、そんなアウレーリアの決意に水を差す様な問題が生じた。それは些末ではあるが、しかし決して見逃すことの出来ぬ厄介事だった。

●
 テオドール・ブフマンという男が居る。
 彼はネーベルベルク伯爵家の家令であり、主計課に所属していた。二等行政家士であり、簡単にいえば会計担当の文官ということになる。
 帝国崩壊のあの時、テオドールは偶々所用でネーベルベルク邸を離れていた為に難を逃れ、辛うじて生き延びることが出来た。
 その後アウレーリアがネーベルベルク領の復興へと着手した際にテオドールも同領へと舞い戻り、復興作業の先頭に立って各所での事業推進を牽引し続けてきた。
 いわば、ネーベルベルク領再建への第一人者と呼ぶべき人物である。
 このテオドールもまたアウレーリアと共に、ネーベルベルク領再興に向けて毎日を忙しく過ごしていた。
 ネーベルベルク領への帰還民は日々順調にそれぞれの故郷たる村や集落へと帰り着いているが、従来の居住者以外の帝国難民の姿も決して少なくなかった。彼らは居住に適さなくなった故郷への帰還を諦め、アウレーリアが呼びかけた追加移住に応じた者達だった。
 テオドールはそういった追加移住者達の面倒を見る為にも、領内の各所を毎日の様に走り回っていた。
 そのテオドールがある日、幾分困り顔でアウレーリアの前に姿を見せた。
 アウレーリアは丁度、かつての居宅近くに臨時に設営した復興本部小屋で遅めの昼食にありついていた。
「テオ……また随分と浮かない顔ね。一体、どうしたの?」
「いえ、それが」
 どう説明すれば良いのかと逡巡した様子を見せたテオドールだが、しばらくの後、意を決したかの様な顔つきで切り出した。
「来歴不明の老人? でも、帝国民であることには間違い無いのよね?」
「はい、それは確実かと」
 テオドール曰く、追加移住者の中にひとり、過去の経歴が一切不明な老人が含まれていたというのである。
 件の老人は身なりは決して悪くないのだが、やけに口数が少なく、名前と、自身が帝国民であること以外は何も語ろうとしないのである。
 もっといえば、この老人はネーベルベルク領の追加移住には自分の意志としては希望していなかったらしい。ところが彼に助けられたという多くの移住希望者やネーベルベルク領民が、是非この老人も同領に迎え入れたいとテオドールに懇願してきたのだ。
「しかし当の本人が移住を希望しておられないので、どうしたものかと」
「それは矢張り、本人の意思が第一に優先されるべきだろうけど」
 テオドールに応じながら、アウレーリアはふと、その老人に興味が湧いた。
 一度会ってみるのも、悪くない。

●
 その老人の名は、ドルトフ・カルツといった。
 いかにも偏屈そうな強面の老人で、気難しそうな視線を油断無く、常に左右へと走らせ続けている。
 彼に救われたという領民や移住希望者達の話によれば、ドルトフは先見の明に長けており、魔獣やクリーパーの居そうな場所を的確にいい当て、周囲の者達を絶望的な危険から未然に守り抜いてきたのだという。
 復興本部小屋内のアウレーリアの執務室に足を運んできたドルトフは、伯爵令嬢たるアウレーリアを前にしても決して物怖じせず、寧ろ堂々たる風格を漂わせている。
 確かに、並みの人物とは思えない何かがあった。
「わしゃぁ別に、ここに住みたいとは思うておらん。用事が無いなら、もう出て行かせてくれんかね」
「えぇ、そうね。確かに本人の意思が第一だから、私に貴方を引き留める権限は無いのだけど……」
 しかし、どこか妙だ。
 アウレーリアの直感が、ドルトフをもう少し観察すべきだと告げている。良きにしろ悪しきにしろ、このまま解放すべき人物ではない様にも思えた。
「色々お聞きしたいことがあるから、もう何日か、この近くの村でお過ごし願えないかしら?」
「飯と寝床を用意してくれるなら、別に構わんが」
 ドルトフの要望を聞き入れるという条件で、アウレーリアは彼をもうしばらくネーベルベルク領内に足止めすることが出来た。
 一旦はこの措置で急場を凌ぎ、ドルトフを追加移住者として迎え入れて欲しいと願う帰還民や移住希望者達の話を聞く時間を設けよう――この件はひとまず、そんな形で片付いた。
 ところが、更に別問題が立て続けに舞い込んできた。
 今度は、所有地が一部の領境線で隣接する某伯爵の子息を名乗る人物が、ネーベルベルク領を侵害しているとの報告が飛び込んできたのである。
 帝国崩壊以前では決してあり得ない話であったが、中央の強力な監視体制が失われた今、一部の帝国貴族の中から、まるでリーンエス王国の権力争いを真似るかの如く、妙に小汚い手を使って所領を拡大しようと試みる輩がちらほらと現れる様になったらしい。
 同じ貴族でありながら、こんなヤクザな手法で富や利益を求め様とする者が現れるというのも、情けない話ではあったが、しかし事実は事実として受け止めなければならないだろう。

●
 ネーベルベルク領を侵害しているのはクランティオ・バルモ伯爵子息という中年男性であった。
 このクランティオ伯爵子息なる人物曰く、ネーベルベルク伯爵家は既に崩壊し、領民領地を守る能力は無いと方々で喧伝しており、少しでも多くの他領民や移住希望者を自身の所有地に呼び込もうとしていた。
 バルモ伯爵は所領持ちの貴族ではないが、その財力で買い集めた所有地は結構な面積になる。ネーベルベルク領程ではないが、矢張り村や集落が点在する程度の広さはあるといって良い。
「如何なさいますか、アウレーリア様」
「そうね……私は別に権力や財が欲しい訳じゃないし、帰還民や移住者が平穏無事な生活が送れるなら、バルモ伯爵所有地で生活して貰うことも、別に悪いことじゃないとは思うんだけど……」
 復興本部小屋の執務室で悩ましげな表情を見せるテオドールとは対照的に、アウレーリアは冷静な面持ち。
 彼女にとって重要なのは、ひとりでも多くの帝国民が今後、安らかな人生を送ることが出来るかどうか、その一点に尽きる。その為の方策がバルモ伯爵所有地での生活基盤確立というのであれば、それはそれで悪くないとさえ思っていた。
 ところがその後、テオドールが更に情報を掻き集めてきたところによると、このクランティオ伯爵子息なる男はとんだ食わせ物らしく、伯爵所有地に住まわせた者達には法的根拠の無い妙な自治税を課し、富を懐に掻き集める動向が伺えるとの話であった。
 しかもその自治税の税率は異様に高く、抗議したり、或いは彼の所有地を脱出しようとする者には武力での制裁をも辞さぬという態度を見せているのだという。
 流石にこれは、看過出来ない。
 折角芽生え始めた帝国民の平和な生活を、同じ帝国貴族が侵害しようなどとは到底認めることが出来ない。流石に冒険者ギルドに持ち込める様な事案では無かった為、こればかりは自力で何とかするしか無いだろう。
 アウレーリアはテオドールと共に、クランティオ伯爵子息の邸宅に乗り込むことにした。
「帯剣家士団の再編が追い付いていないのが、少し痛いわね……交渉とは武力と財力が伴ってこそ。いざとなったら、私自身の魔力を使ってでも、少々強引に話を付けるしかないかしら」
「なるべく、穏便に事が進めば宜しいのですが……」
 アウレーリアもテオドールも、半ばぶっつけ本番の恰好でクランティオ伯爵子息との対決を余儀無くされた。正直なところ、勝算があるとはいえなかった。

●
 バルモ伯爵邸の応接室に通されたアウレーリアとテオドールだが、同室内には決して少なくない数の護衛兵が壁際にずらりと並んでいる。
 これだけを見ても、件の伯爵子息が如何に威圧的で暴力偏向な人物であるのかが伺える。
 矢張り、事態をこのまま放置する訳にはいかない――アウレーリアの決意は更に強く、堅固なものへとなっていった。
 やがて厭味ったらしい顔つきの髭面中年男性が、横柄な態度で姿を見せた。
「これはこれはネーベルベルクの伯爵令嬢……今更、何の話をしに来られたのかな?」
「単刀直入に申し上げます。ネーベルベルク領民に対する妙な切り崩し工作や、無理な移住強要はやめて頂きたいのです」
 凛とした表情のアウレーリア。
 そんな彼女に対し、クランティオ伯爵子息は馬鹿にするかの如く、鼻で嗤った。
「よくぞそんなことがいえる……確か、貴殿の兄上殿は帝国過激派に加担した無法者でしたな。その様な危険な男を輩出した家系に、大事な帝国民を預けることが出来るとでも?」
 その瞬間、アウレーリアの端正な面が緊張に凝り固まった。
 何故、この男がそんなことを知っているのか。
 一体どこから、その情報が漏れ出たというのだろうか。
 いや、それよりも問題は、クランティオ伯爵子息がアウレーリアの兄にまつわる情報をもとにして、領民に要らぬ不安を植え付けようとしていることだ。
 しかし領民や移住希望者の立場からすれば、この問題はどの様に映るだろうか。
 これは由々しき事態であった。
「成程……それを吹聴して廻って、我が領内から領民や移住希望者をかどわかそうという魂胆ね」
「これはまたひと聞きの悪い……私は事実を伝えて、彼らを苦難から救ってやろうとしているだけですよ」
 クランティオ伯爵子息はまるで悪びれた様子も無く、いけしゃあしゃあと笑った。彼の所業の方が余程に領民や移住希望者を苦しめている。そんなことは全く、おくびにも出さずに。
 だがアウレーリアとしても、反論の材料が無い。
 このままでは議論は平行線を辿るだけだろう。
 ところが、思わぬ形で事態が切り開かれた。

●
 突然、バルモ伯爵邸内が騒がしくなった。
 何かが激しく炸裂する様な爆音、悲鳴、怒号、更には剣戟の如き乾いた金属音。
 アウレーリアは邸内で戦闘が巻き起こったと即座に察し、テオドールに警戒するよう伝えた。
 それから間も無く、応接室の扉が勢い良く押し開けられた。現れたのは意外にも、ドルトフだった。
「貴方は……」
 驚きの声を上げかけたアウレーリアだが、それよりも早くドルトフの手から放たれた無数の光弾が、室内の壁際に並ぶ護衛兵の半数程を一気に叩きのめした。
「伯爵令嬢、あんたが引け目を感じる必要は無いぞ。何せこの男自身が現役の帝国過激派なんじゃからな。それも、取るに足らぬ下っ端よ。こないな若造、ぶちのめしたところで誰も気にしやぁせんわ」
 ドルトフの語った驚くべきひと言に、アウレーリアは半ば反射的に応じた。指先から放つ炎の魔術で残る護衛兵達を吹き飛ばし、更にクランティオ伯爵子息にも術式発動の態勢を取った。
 クランティオ伯爵子息は顔面蒼白のまま、その場に立ち尽くしている。
「よもやわしがネーベルベルク領に立ち寄っておったとは、お前も運の尽きじゃのう、キャジル」
 ドルトフ曰く、クランティオ伯爵子息を名乗っていたのは赤の他人だとの由。本名はキャジルという詐欺師紛いの小悪党で、現在は帝国過激派の下っ端として細々とした悪事に手を染めているらしい。
「お前のやり口を聞いて、ピンときたわ。帝国魔導院にも同じことをやろうとして、クライスに散々ぶちのめされたのを、もう忘れたか?」
 クランティオ伯爵子息改めキャジルは、その場にがっくりと膝をついて崩れ落ちた。
 相手がアウレーリアだけでなく、ドルトフも加わったとなれば、最早勝ち目は無いと悟った様だ。

 後日、復興本部小屋の執務室で再びドルトフと顔を会わせたアウレーリアとテオドール。
 ドルトフもこれ以上素性を隠すのは無理だと判断し、素直に身上を明かした。
 彼は帝国魔導院の帝都本部に勤務していた魔術師で、元エスタル支部長のクライス・アクバーの同僚でもあったらしい。
 では何故、身分を隠そうとしたのか。その点について訊くと、ドルトフは小さく肩を竦めた。
「クライスから、魔導院出身者はなるべく素性を明かすなとの連絡があってな。どうやら帝国過激派からの接触やら攻撃やらを未然に防ぐ為らしい」
 だが今回、自分が助けた帰還民や移住希望者が帝国過激派の下っ端に良い様にされるのが、黙って見ていられなかった様だ。
 思わぬ人物と知己を得た。
 根は好い老人――それが、アウレーリアが改めて抱いたドルトフ評だ。この老人とテオドールを組ませれば、案外良い仕事をしてくれるのではないか。
 アウレーリアは改めて、ドルトフに領内への居住を求めた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0