長い終焉へと続くPrologue

プロローグノベル制作 夏八木ヒロ納品 2020年11月19日 18時37分01秒

 『生きることを願われる英雄』は存在するし、『死ぬことを望まれる悪辣』もまた存在する。無論、命の重さは平等だ。それでもこの二つがあるからこそ剣闘は面白い。

●

 長らく暮らしていた、辺境都市国家のとある地区の名を俺は知らない。治安の程はまあ底辺の、地味な街だったと記憶している。その街には月に数回、街の外から多くの人がやってきた。一体何をしに来るのかというと、彼らの目的は一様に地下にある。
 まるで汚物の如く、地中深くに隠蔽されていたのは円形闘技場。そこには、人間を同じ人間や獣と戦わせ高みの見物する、剣闘という娯楽(あそび)が存在した。

 剣闘士に鎧は要らない。支給されるのは武器が一つと最低限の防具のみ。怪我をした方が盛り上がるし、すぐに決着がついては見所に欠ける。小さな街を隠れ蓑にした興行なだけに、その内容は剣闘としてみても杜撰だった。
 勝った方が生き延び、敗けた方はその場で死ぬかほぼ処刑。実に理解りやすくシンプルなルール! 奴隷だった俺が剣闘士として売られたのはガキの頃で、共に売られた子供達は、既に全員が死んでいた。

●

「よぉ、ヨルムンレーク。良い試合だったな」

 その夜、酒瓶を抱えて声をかけてきたのは既知のリザードマンだった。ヴリトラという名の男。歴戦の剣闘士であり人気も高い。だから俺は、皮肉だと思い肩を竦める。

「なあに、君ほどじゃない」
「拗ねるな拗ねるな。野次は仕方なかろう」

 というのも、俺の試合というのはいつだって酷い有様なのだ。理由は明快、ヨルムンレークなる剣奴は悪辣だったからだ。石を投げる。初手で目を潰す。武器を奪う⋯⋯そういう男だから、俺の試合では罵詈雑言が一層飛び交った。靴が飛んできたこともある。皆が皆、俺が死ぬのを望んでいた。無様に死を晒すことで貴族様の溜飲を下げる、それが俺の需要だった。

「君とは違う。俺は、ああでもしないと勝てない」

 ここに来てすぐ、剣だけ持たされ獣の前に放り出されたのを思い出す。ただの奴隷の子に剣が使える訳がない。怯えるままに逃げ延びたら、それが面白かったらしく処刑を免れた。それから努力はしたものの、剣の腕は大して上がっていない。強さも技術も乏しいなら、誇り(プライド)を売るより他は無い。
 対するヴリトラは英雄だ。大型の獣であっても果敢に攻め抜く姿は観客を魅了してやまない。生きて欲しいと願われる者。俺とは違う――だからこそ、彼の次の言葉は少し意外だった。

「良いじゃないか。勝った者だけが生きられる」

 その通りだと思った。だから俺は、突き出された彼の杯に乾杯をした。

 それから、俺達はたまにこうして祝杯をあげた。実質は敵ですらある他の剣闘士と友情を育むことはついぞなかったが、もしかしたら彼だけは友と呼べたのかもしれない。
 話してみれば、彼は此処では珍しく信心深い男だった。この世界には沢山の神がいて、戦いの神は『ウル=アルティス』というのだと、教えてくれたのはいつだったか。

「俺達の神だ。信じて戦い続ければ、いつか救ってくださる」
「はあ……」

 呆れる俺に、彼は尚も言うのだ。

「その日まで共に生きよう。ヨルムンレーク」

 返事はできなかった。

●

 結論を言えば、その約束は果たされなかった。この数日後、中型クリーパーの群れが地下闘技場に押し寄せたのだ。よりにもよって試合中だ。そして、この地下施設に逃げ場などない。
 石壁を破壊し侵入してきた合成獣(キメラ)のような化け物達は、観客も剣闘士も等しく食い荒らした。

 果敢に戦う剣闘士もいた。ヴリトラもそうだ。遠く、紙くずのように喰い遊ばれた彼の死骸を見ても、俺は動けなかった。その一瞬、狂乱に乗じて横合いから出てきた別の個体に踏み潰される。骨の砕ける鈍い音、気の遠くなるような激痛。朦朧とする意識の中、痛みから逃れようと藻がき血を吐いた俺は――そこで女神の姿を見た。

 光に包まれた、金糸の髪の神々しい女だった。いよいよ死ぬことで見た夢想だったのかもしれないが。

 ――救ってくださる。

 なんで俺なんだ。今にも叫んでしまいそうだった。あいつはずっとお前を待ってた。俺よりずっと信心深い心で待っていたはずだ。
 それなのに俺は手を伸ばしていた。なんて浅ましいんだろう。俺は縋ることに慣れすぎていて、

「たすけ、て」

 そこで死を選べるだけの気高さを、とっくに捨ててしまっていたのだ。

●

 長らく暮らしていた、辺境都市国家のとある地区の名を俺は知らない。滅んだ街には看板も遺されていたが、字を読むことができなかったからだ。
 あの後、目覚めた俺は授恵者(レシーバー)とやらになっていた。適正がヒーラーであったのは、無意識に激痛からの解放を願った故だろうか。我ながら情けなくて笑えてしまう。

 もし俺に与えられた神の祝福(ギフト)に何らかの意味があったとしたら――いや、それは考えまい。もう何もかも終わったのだ。ヨル・スレイマンとなった俺は、美味い酒だけあれば良い。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0