喪いの旅立ち
プロローグノベル制作 崎田航輝納品 2020年11月21日 21時33分29秒
蠢きながら村を飲み込み、命を求める大群。
溢れ出る異形は――まるで濁流だった。
帝国崩壊。
それが何時如何なる状況で起こったのかは判らない。
それでもその渦中、リカーダ・アインホルン率いる部隊は退かず、難民を逃す為獅子奮迅の働きを見せていた。
「ミツキ、向こうの人を頼むよ」
「うん、判ったわ」
苛烈な剣撃で闇色の人型を斬るリカーダの、その声に背を押され疾駆するのはミツキ・アインホルン。迫る敵を魔力で退けながら老人を退避させてゆく。
その様子に部隊一の実力者、ヴァゲリスが快活な表情を向けた。
「言われた通り出来るなんてやるじゃねぇか!」
「……いつまでも子供扱いするんだから。私ももう副官よ」
呆れるミツキに、ヴァゲリスはそれでも子供は子供さ、と笑んで敵を斬り伏せていた。
「それだけ、ヴァゲリスはミツキが可愛いんだよ。勿論私もね」
言い添えるのはリカーダ。
ヴァゲリスは馬鹿言うな、と言いつつ満更でもない。
それがミツキには少しくすぐったかった。
ただ、前を見れば今も出処不明のクリーパーが無数。
既に幾つも街が消えたらしく、この難民がいた村も同様だ。
ヴァゲリス達は鼓舞しているけれど――状況は劣勢だとミツキには判っていた。
――それでも皆が一緒なら。
ミツキは思う。
リカーダの実力は疑いない。
オフでは少々抜けていて、寝ぼけて靴を左右逆に履いているのをミツキに注意されたりもするけれど……戦えば一騎当千の女性だ。
大剣で敵を薙ぎ払うヴァゲリスも、言わずもがな。
ミツキにも自負はあった。
孤児だった自分がリカーダに拾われて幾年月。
アインホルン家の一員として迎えられてから勉学と鍛錬に励み続け――やっと傍で戦えるようになったのだ。
その全てに報いる為に自分も力になりたい。なれる筈だ。
だから大丈夫、と。
それは多分、願いだったのかもしれない。
突如甲高い音が響く。
隊士達の剣が何者かに弾かれていた。
それは敵の中にいた暗色。軟体で、人と蠍を合わせたような悍しい異形。尖った腕先で――次々に隊士達を穿ち貫いていた。
血溜まりを這うそれは、無数。
ミツキはぞっとした。
他の敵とは違う。あれが本当の脅威だったのだ。
――勝てない。
理解するのに時間はかからなかった。
一人また一人と倒れる隊士達。ミツキは焦りを抑えて策を探ろうとする。
が、その時。
ミツキはリカーダが何かを見ているのに気付いた。
それは逃げ遅れた幼い兄弟。複数の暗色の異形の眼前で、どう考えても助からない位置にいる。
不思議な不安が過ぎった。
リカーダはまるでそれを形にするように――迷わず飛び込み、異形を剣で押さえ込む。
「ミツキ。この子達を安全な所まで護衛して。私が足止めをしている間に」
「……リカーダ!」
ミツキは声を荒げる。当然だった。そんなの、隊を置いて逃げるようなものなのだから。
「私も戦うわ! 力を合わせれば……」
「ミツキ」
けれどリカーダの声は優しくて。穏やかな、聞き慣れたあのいつもの調子だった。
「ミツキが助けてくれないと、困ってしまうな」
それは単なる命令じゃなく。
――「お願いだよ」と。
「……」
ミツキは拳を握り締める。そして震える唇で頷いた。
よし、と。リカーダが言うのを背に、ミツキは兄弟の手を引いて離れ始めた。
左右からもクリーパーが迫る。だがそれをヴァゲリスの斬撃が振り払っていた。
「行け!」
「ヴァゲリス……!」
「頼むぜ、“副官”」
ウインクしたヴァゲリス。そして志を同じに敵へ向かう隊士達。ミツキは何かがこみ上げるのを感じながら、戦場に背を向けて走る。
不意に兄弟の弟が転んだ。
ミツキは振り返り、手を伸ばそうとして――それを見た。
倒れる隊士達の姿。そしてクリーパーの腕が、リカーダとヴァゲリスの胸を貫く所を。
――お願いだよ。
視界が涙で滲んだ。けれどミツキは兄弟の手を握って走った。
それが彼女の、最後のお願いだったから。
どれくらい経ったろう。ミツキは兄弟を安全な場まで届けていた。
生き残った人々を含め、多くの者に讃えられた。
けれど一人だった。
リカーダの存在は故郷そのものだ。居場所だった部隊も失い、道筋までもを失くした。
帝国崩壊について知ったのは数日経ってから。
アインホルン家とは音信不通。あの戦場がどうなったかも知るすべはない。
孤児の頃と同じ、空虚がそこに在った。
「……」
否、と思う。
自分はアインホルンの名を継いでいる。リカーダ達が教えてくれた事、優しい心。それは少なくとも自分の中にある。
だから――
「――ミツキ・アインホルンさん。これであなたは今日から冒険者です」
窓から差す陽光が黒髪を照らす。
ギルドにて、ミツキはその所属手続きを終えていた。
ご健闘を、という言葉に静かに頷く。
これが今の自分に出来る事。
先に何があるかは判らない。けれどミツキは、歩み出す。
溢れ出る異形は――まるで濁流だった。
帝国崩壊。
それが何時如何なる状況で起こったのかは判らない。
それでもその渦中、リカーダ・アインホルン率いる部隊は退かず、難民を逃す為獅子奮迅の働きを見せていた。
「ミツキ、向こうの人を頼むよ」
「うん、判ったわ」
苛烈な剣撃で闇色の人型を斬るリカーダの、その声に背を押され疾駆するのはミツキ・アインホルン。迫る敵を魔力で退けながら老人を退避させてゆく。
その様子に部隊一の実力者、ヴァゲリスが快活な表情を向けた。
「言われた通り出来るなんてやるじゃねぇか!」
「……いつまでも子供扱いするんだから。私ももう副官よ」
呆れるミツキに、ヴァゲリスはそれでも子供は子供さ、と笑んで敵を斬り伏せていた。
「それだけ、ヴァゲリスはミツキが可愛いんだよ。勿論私もね」
言い添えるのはリカーダ。
ヴァゲリスは馬鹿言うな、と言いつつ満更でもない。
それがミツキには少しくすぐったかった。
ただ、前を見れば今も出処不明のクリーパーが無数。
既に幾つも街が消えたらしく、この難民がいた村も同様だ。
ヴァゲリス達は鼓舞しているけれど――状況は劣勢だとミツキには判っていた。
――それでも皆が一緒なら。
ミツキは思う。
リカーダの実力は疑いない。
オフでは少々抜けていて、寝ぼけて靴を左右逆に履いているのをミツキに注意されたりもするけれど……戦えば一騎当千の女性だ。
大剣で敵を薙ぎ払うヴァゲリスも、言わずもがな。
ミツキにも自負はあった。
孤児だった自分がリカーダに拾われて幾年月。
アインホルン家の一員として迎えられてから勉学と鍛錬に励み続け――やっと傍で戦えるようになったのだ。
その全てに報いる為に自分も力になりたい。なれる筈だ。
だから大丈夫、と。
それは多分、願いだったのかもしれない。
突如甲高い音が響く。
隊士達の剣が何者かに弾かれていた。
それは敵の中にいた暗色。軟体で、人と蠍を合わせたような悍しい異形。尖った腕先で――次々に隊士達を穿ち貫いていた。
血溜まりを這うそれは、無数。
ミツキはぞっとした。
他の敵とは違う。あれが本当の脅威だったのだ。
――勝てない。
理解するのに時間はかからなかった。
一人また一人と倒れる隊士達。ミツキは焦りを抑えて策を探ろうとする。
が、その時。
ミツキはリカーダが何かを見ているのに気付いた。
それは逃げ遅れた幼い兄弟。複数の暗色の異形の眼前で、どう考えても助からない位置にいる。
不思議な不安が過ぎった。
リカーダはまるでそれを形にするように――迷わず飛び込み、異形を剣で押さえ込む。
「ミツキ。この子達を安全な所まで護衛して。私が足止めをしている間に」
「……リカーダ!」
ミツキは声を荒げる。当然だった。そんなの、隊を置いて逃げるようなものなのだから。
「私も戦うわ! 力を合わせれば……」
「ミツキ」
けれどリカーダの声は優しくて。穏やかな、聞き慣れたあのいつもの調子だった。
「ミツキが助けてくれないと、困ってしまうな」
それは単なる命令じゃなく。
――「お願いだよ」と。
「……」
ミツキは拳を握り締める。そして震える唇で頷いた。
よし、と。リカーダが言うのを背に、ミツキは兄弟の手を引いて離れ始めた。
左右からもクリーパーが迫る。だがそれをヴァゲリスの斬撃が振り払っていた。
「行け!」
「ヴァゲリス……!」
「頼むぜ、“副官”」
ウインクしたヴァゲリス。そして志を同じに敵へ向かう隊士達。ミツキは何かがこみ上げるのを感じながら、戦場に背を向けて走る。
不意に兄弟の弟が転んだ。
ミツキは振り返り、手を伸ばそうとして――それを見た。
倒れる隊士達の姿。そしてクリーパーの腕が、リカーダとヴァゲリスの胸を貫く所を。
――お願いだよ。
視界が涙で滲んだ。けれどミツキは兄弟の手を握って走った。
それが彼女の、最後のお願いだったから。
どれくらい経ったろう。ミツキは兄弟を安全な場まで届けていた。
生き残った人々を含め、多くの者に讃えられた。
けれど一人だった。
リカーダの存在は故郷そのものだ。居場所だった部隊も失い、道筋までもを失くした。
帝国崩壊について知ったのは数日経ってから。
アインホルン家とは音信不通。あの戦場がどうなったかも知るすべはない。
孤児の頃と同じ、空虚がそこに在った。
「……」
否、と思う。
自分はアインホルンの名を継いでいる。リカーダ達が教えてくれた事、優しい心。それは少なくとも自分の中にある。
だから――
「――ミツキ・アインホルンさん。これであなたは今日から冒険者です」
窓から差す陽光が黒髪を照らす。
ギルドにて、ミツキはその所属手続きを終えていた。
ご健闘を、という言葉に静かに頷く。
これが今の自分に出来る事。
先に何があるかは判らない。けれどミツキは、歩み出す。