アルパカ城でパーティナイト!

キャラクターノベル(グランド)制作 アルパカコネクト運営納品 2022年09月14日 10時00分00秒

●おいでませパーティ会場!
 はわぁ、と目を輝かせるファナン・ハリーリーは、瞳の色に合わせた若草色の可愛いパーティドレスを着ている。
「お城でパーティなんてすごーい! いろんなところがキラキラしてるー!」
 彼女はドレスのスカート端をふんわりと広げながら回った。テーブルには所狭しと見た事も無い豪勢なパーティ料理が並んでいる。
「お料理もおいしそー! あっ! あっちのテーブルはお菓子が乗ってる!」
 キャッキャと喜ぶファナンは、各種パーティ料理を全て一口は食べてみようと思った。可愛いドレスも綺麗な会場も魅力的だけれど、育ち盛りの11歳は何よりも美味しいご飯へ目が行ってしまう。
 ファナンと同じように、会場の雰囲気へ目を輝かせていたオロは、自身の首元にある蝶ネクタイをキリリと両手で結び直した。
「これは何やら解りませんが、パーティでございますね!」
 パーティにはプロフェッショナルな給仕が必要だと考えるオロの傍で、ララ・カレスティアが不思議そうに辺りの様子と自身の姿を眺めている。
「まあ、なにやら華やかな……これは西方風の衣装にございますね」
 シックなワインレッドのパーティドレスに身を包んだララ。
「旦那様の名に恥じない働きぶりを見せるのでございます!」
 気合を入れるオロ。気付いたララがくすり、と微笑む。
「皆楽し気で、危険も無いように見えます。オロ様も給仕ではなく、楽しまれればよろしゅうございますのに」
「むむ、ではいただきましょう! ララ様、わたくしめの分も取ってほしいのでございます~!」
「ええ、承りました」
 取り分けた料理をオロへ手渡すララは、自身の分も皿に取って口へ運んだ。
「美味しゅうございますね」
 言えば、料理を頬張ったままのオロが、こくこく、と頭を縦に振って強く頷いて見せる。

●パーティ会場はたぶん広い
 立食パーティ故にあちこちのテーブルを巡るファナン。
(すごいなぁー。シャンデリアもおっきくてきれい……あれ?)
 彼女が見上げた視線の先。高い天井から吊るされている筈のシャンデリアが、一つだけ他よりも低い位置にある。ピンクのマカロンをもぐもぐ食べながら見ていると、なんとそのシャンデリアがゆっくり降りて来るではないか。
 何故か天井がキラキラと、まるでミラーボールでも回っているかのように輝き出す。同時に何処からともなくシャンパンコールが聞こえて来た。
「もっとちょうだい! もっとちょうだい!」
「姫の愛をもっとちょうだい!」
「ら・ら・ラッシャイ! うーーーッ! やふー!」
 執事になりたかったらしいリカルド・エチェヴァルリアと、彼に協力して盛り上げ役を買って出たニーナ=イーヨン、面白そうだと首を突っ込んだテオドール(テッド)・H(エンダルプ)の三人が、シャンパンコールを高らかに歌っていた。
 三人とも満面の笑みで、大変に楽しそうだ。彼らの傍で肩を落とすテオドール・グロートには誰か後で胃薬を差しあげて下さい。
「頭がシャンデリア……否ッ! シャンパンタワー女ですわ!」
 ゆっくりと降りてきたシャンデリアをよく見れば、頭にシャンパンタワーを組み上げた薔薇冠(バラカンムリ) いばら、その人であった。どうやって頭の上でシャンパンタワーを組んだのかは誰にも解らない。
「今日のあたくし、とっても輝いてますわ~!!」
 いばらのシャンパンタワー(頭に組み上げられた)へ光が当たって、キラキラと乱反射している。輝いているのは間違いない。
「「すご……」」
 同じタイミングで同じ感想を零したファナンとセリオ。二人は顔を見合わせ、目を瞬かせる。
「郵便公社の人だったっけ? 見掛けたことある気がする」
「ですよね、俺もあります。そういえば、この会場は公社の方が多いみたいですね」
 セリオの言う通り、この会場は見た顔(郵便公社の人間)が多かった。ここは国際郵便機構アルフライラ支部向けのパーティ会場だったのかな、と内心零しつつ、ファナンはプリンを食べた。

 ――その頃の会場壁際
「ドレスアップっていうか……お前らまたソレかよぉ!?」
 盛大に溜息を吐くリディア=マッケンジーは、眼前で小さくなる忍(シノブ) サザリと大袈裟に肩を竦めるダンへ呆れ気味な視線を投げ掛けている。
 二人とも心なしかおろしたて(おNEW!)の気配漂う忍装束を纏っているけれど、新しければよいというものでもない。
「忍の正装ということでここはひとつ……」
「ひとつもふたつもみっつもあるか!」
 まったく悪びれることなく言ってのけるダンに、リディアは厳しく突っ込む。空色のドレスでバッチリ可愛くキめて来た俺の心情を答えよ(配点100)などと文句が出そうだ。
「ていうか、ルール? とかいうの読んだか? 師匠」
「読みましたよ」
 リディアの言葉に頷いて見せるダン。すると、彼女は口の端を引き上げてニヤリと笑った。
「強そうなやつらと戦っても怪我しない……つまり戦い放題ってワケだよナァ!」
 可愛い顔して戦闘狂な彼女は、バトルマンガなら舌なめずりをして描かれた事だろう。幸運にもここはお城のパーティ会場なので、リディアの可愛らしいお顔が醜く歪に描写される事は無い。たぶん。きっと。メイビー。知らんけど。
「ヒャッハァー! 強そうなお前ら! まとめて俺の相手をしやがれぇー!」
 どうしてドレスを着ているのに全力ダッシュの飛び蹴りをかまそうと思ったのか。もう一度言うが、ここはお城のパーティ会場である。どこぞの天下一を決める戦場(バトルドーム)ではないのだが、そうなる未来も刻一刻と近付いているかもしれない。
 ダンは弟子の蛮行を止めるどころかよくやったと満足気である。ホワイ アルフライラ ピーポー???
 帰りたい、と小さく縮こまっていたサザリは突如ダンに片腕を掴まれた。
「行きますよサザリさん」
 言うが早いか、ダンは片手に力を込め、ブン、とリディアが暴れている方へ彼を投げ飛ばす。
「サザリ、静かに……したいだけ」
 隠れても巻き込まれる予感はあった、と(´・ω・`)みたいな雰囲気を纏って飛んでいくサザリ。
「手合わせなら暴力じゃないもん! オラッ! オラッ!」
 リディアの周囲は血飛沫こそ飛んでいないものの、《おいでよ戦闘狂の森》が発生しつつあった。

●普通に楽しんでいる人もいます
 騒がしい様子へ目もくれず、Ary(アリー) Cantus(カントス)は辛口料理を口へ運んでいる。辛い物同好会会長を名乗るうえで、異世界の辛い物は須らく試してみなければと、心なしかテンションも高いようだ。
 辛い物同好会会員でもある李(リー) 蓮(レン)は、給仕中であったシャーリー・ブラックモアを捉まえて、アリーと共に辛い物が並ぶテーブルへ案内して貰っていた。
 辛い物は好きだが辛さに特別強いという訳でもない李蓮にとって、見た事も無い辛い料理を躊躇なく口へ運ぶアリーの様子は尊敬に値する。が、同時に困惑も感じていた。
「これ、おいしいです……! 李蓮さんも食べてみてください!」
「ああ、頂きます。……ンンッ!」
 アリーに勧められた料理をパク、と口の中へ入れる。途端、舌や唇がビリビリと痺れ、燃えるように熱い。物理的な熱さではなく、強い辛さによる味覚反応だろう。思わず鼻の穴が広がってしまって、吸い込んだ息でも喉が焼ける。
「どうですか? 美味しいですよね!」
「ンぐ……! 俺の武は……辛味を超えるに至らず……!」
 ぎゅぅ、と強く瞑られた李蓮の両目の端から、僅かに光るものが覗いていた。

 ――その頃の(味が)平和なテーブル
 マルグリット=ヴィッダーは、局所で発生した《おいでよ戦闘狂の森》を眺めつつ「あらあら」と薄く笑みを零していた。
「折角だから楽しんだ方がお得だとお姉さんも思うけれど、喧嘩は駄目よ?」
 マルグリットの言葉を聞く者は、残念ながらあちら(~おいでよ戦闘狂の森~)にいない。
「もう、困った子たちね。……でも、楽しみ方ってきっと人それぞれよね」
 色々なテーブルを巡って流れ着いたファナンが、フローズンバナナジュースをストローで吸い上げながらマルグリットの言葉へ頷きを返した。ファナンと共に食べ歩いていたセリオも、こくこく、とチョコバナナクレープを頬張ったまま頷いている。
「あら、お口にクリームが付いてるわよ。取ってあげるから、じっとしててね」
 そう言って、マルグリットはセリオの口元をテーブルナプキンで拭った。
「うん、綺麗きれい」
「もしかしてママですか」
 呆けるセリオが無意識に口にした言葉へ、二人はきょとんと目を丸くする。
「え? えぇと……貴方のママではないけれど、お姉さんだものそれなりに経験はあるわよ?」
「……ハッ! ごごご、ごめんなさい! なんかぼーっとしてしまいました!」
 我に返ったセリオが慌てて謝罪する様子に、マルグリットはクスリ、と笑んだ。

 ――その頃の向かい側のテーブル
 お知らせの紙を目元へ近付けたり離したりしながら、アンネリーゼ=フォン=バルシュミーデは自身の目を細めている。
「んん? 心なしかギリギリ読めますような……なんですの? ……アルパk、」
「シッ!」
 口元に人差し指を立て、殊更険しい顔をして見せるのは同じテーブルに居る河霧の貴婦人だった。アンネリーゼが読み上げようとした文字は、人ならざる何某かが毛詰まりパワーッ! を用いてほにゃほにゃした不思議文様(ただの文字化け)で記されている。
 河霧の貴婦人は古(いにしえ)の魔女らしい風格を漂わせ、もっともらしく適当言い放った。
「それは声に出して読んではいけない名前なのじゃ」
「あ、そういうものでしたのね。ごめんなさいですの」
「うむ、解ればよろしい。よいこにはアメちゃんをやろうかの」
 そう言って頷く彼女は、何処からか取り出した瓶詰の飴玉をアンネリーゼの掌へ転がす。
「ありがとうございますわ」
「うむうむ。よいこはアルパカ社長の事など忘れて楽しむが良いぞ」
「アルパk……えっ?」
「え?」
 真相はパカ毛のみぞ知る――

●パーティの裏方は大変です
 ――時は戻って、パーティ開始直後
「そうだ! 執事ってやってみたかったんだよね!」
 嬉々としてそう言い放ったリカルドは、その場に居合わせた給仕係たちを呼び集める。
「料理は豪華に! 歌とか踊りとか楽しい催し物があるといいよね! ステージはどこかに無いのかい? 無いなら作ろう! みんなで!」
 何処で見付けて来たのか、リカルドは給仕用と思われる執事っぽい服装に身を包み、颯爽と皆へ指示を出し始めた。
「ズッ友先輩が困っていると聞きましてェ!」
 ドーン! と胸を張ってリカルドに従う意向を示すニーナ。彼女の傍に立つシャーリーは、無理難題(リカルドの頓珍漢な給仕指示)を困惑しているその他大勢の給仕係へ正しく翻訳して伝えた。
 とはいえ、パーティの料理は既に決まっているし、作り始めてもいる。今更変更など出来る訳もなく、たまたま厨房で手伝っていたリヒャルト・フックスが慌ててリカルドを呼び止めた。
「今から料理の変更なんて無茶ですよ!」
「そうかい? じゃあ……」
 逡巡していたリカルドは、歩くテッドの姿に気付く。目が合った彼らは互いに笑みを零した。
「ズットモのクソデカい声が聞こえたから馳せ参じたよ。裏方なんて面白そうな事を考えるね、きみは」
「そうだろう? やってみたかったんだよね! なんてったって楽しそうじゃないか!」
「わかるよ、解る! もてなしは楽しみが大事だというからね。折角だ、私も混ぜて貰おう! 力仕事は是非任せてくれ。なぁに、フォロー上手もいることだし心配はいらないさ。テオ君とかね!」
 ヒェックショィッ! と大きなくしゃみが遠くの壁際で聞こえる。
「執事というのはそれらしい服も必要なのだろう? どこかで拝借してこないとな」
「あっ! 私も執事の服着たいです!」
「それならこっちだ! ついてきて!」
 そう言って、リカルドはテッドとニーナを伴い更衣室へと足を向けた。
「……って料理ぃ! 投げっぱなしじゃないですかー!」
 一人残されたリヒャルトの叫び声。彼の傍をシャーリーが無表情で粛々と通り過ぎて行った。

 ――時は進んで、パーティ最中
 《おいでよ戦闘狂の森》(派手な戦闘音が鳴り響いている場所)から目を逸らし、テオドールは自身の胃がある辺りを片手で擦る。リカルドが大人しくパーティを楽しんでくれればいいなと思っていたのに、まさか裏方をやりたい等と言い出すなんて。ただまぁ、あそこ(おいでよ戦闘狂の森)は彼(リカルド)のせいではないけれど。
 リカルド(派手好き)にテッド(自己中心的好奇心の塊)が合流したら最後、もうテオドール一人では太刀打ちできない。更にニーナ(無意識的トラブルメーカー)まで一緒なのだ。
 彼らはとりあえず好きにやって貰おう。なんて事を考えつつ、テオドールはパーティ会場から廊下へ続く扉を片手で押し開いた。
「どいてどいてー! あぶないよー!」
 どうして何枚も重ねた皿を両手で持って走ろう等と思ったのかシスネ・ティール。そしてどうして何もないところで躓いて転ぶんだぴよちゃん。
 ドンガラガッシャン! とテオドールの眼前で数十枚の皿が割れた(胃が痛いな、解るよ)。
「……はぇ、お皿……われちゃった……ぴぇぇぇん! ごめんなさーい!!」
「……立てます? どうして貴方がお皿運びなんて……?」
「フラミンゴのまねっこへたっぴなひとのおてつだい、したかったのぉ!」
 ぴぇぴぇ泣くシスネへ手を貸すテオドールは、丁度厨房から顔を出したダーヴィト・バルシュミーデと目が合う。
 厨房で料理の味見をさせて貰って大変上機嫌であったダーヴィトは、派手に皿が割れる音を聞き付け、慌てて廊下を覗いたところだった。
「どしたの? 大丈夫?」
「ころんじゃったのぉー! お皿、われちゃったーー! どうしよぉーー!」
 ししょー! とここに居ない人へ助けを求めるシスネ。落ち着いて、と彼女を宥めるテオドールは、ダーヴィトへ向き直り(視線を外したまま)口を開いた。
「片付けは僕がやります。会場のフォローをして頂けますか」
「OK任せて。えーっと、ぴよちゃん。自分の得意な事やろっか」
 うぅぅ、と悲しみに暮れるシスネを促して、ダーヴィトは会場へフォローに向かった。
 小さく息を吐くテオドール。とりあえず大きな欠片だけでも拾っておきたいところだが。
「あ、片付け手伝いますよ!」
 割れた皿の欠片を拾っていたテオドールへ、シャンパンの空き瓶を下げて来たリヒャルトの声が掛かる。彼はテオドールが断るよりも先に「箒取ってきますね!」と掃除道具が収められているロッカーへ駆け出していた。
 程なくして戻って来た彼の両手には、箒と塵取り、バケツが握られている。塵取りだけでは間に合わないだろうと機転を利かせたようだ。
「ありがとうございます。あの……あっち(シャンパンタワー)は今、どうなってます?」
 騒々しい友達(リカルド)を心配するテオドールにリヒャルトは良い笑顔で応える。(既にリカルドへの突っ込みは諦めたらしい)
「手品が始まってキラッキラですよ!」
 それを聞いて、とっても嫌な予感に口の端を引きつらせるテオドールであった。

 ――その頃のシャンパンタワー
「さぁさ皆さんお立合い! 道化の手品をご覧あれ!」
 派手なピエロ衣装に身を包んだバドル=アーケイナがポポポン、と辺りへ花を散らす。翻した片手から次々に花を出現させ、付近の皆へ笑顔で配っていた。
 バドルの披露する手品は盛り上がりを見せ、箱から鳩が飛び出しトランプも宙を舞う。大きく広げた布をひらひらなびかせると、リカルドとニーナを筆頭にしたドラムロール(ボイスパーカッション的な)が奏でられた。
 たっぷりと時間を掛け、見ている人々の視線を充分に集めてからバサリ、とバドルは大きく広げた布を取り払う。そこから出て来たのは、何故か酒樽を肩に担いだテッドだった。笑顔で腰を折り、お辞儀して見せるバドル。テッドも自身を出現させたバドルへ皆と共に盛大な拍手を送った。
 そうして始まるのは飲み比べ大会だ。シャンパンタワーを順次崩しつつ、テッドも担いだ酒樽から酒を配り歩く。行く先々でシャンパンコールならぬ酒飲み音頭が歌われていた。
「飲んで飲んで! ハイッ! ハイッ!」
 手を叩き、笑顔で声を合わせるリカルドとニーナとテッド。腰に片手を当ててグイッ、とシャンパングラスの中身を煽るのはいばらとホープ・ウィスタリアだ。
「……プハァー! 美味ですわー!」
 いばらは全身びしょ濡れである。頭に乗ったシャンパンタワーへシャンパンを注がれたのだからそうなるだろう。濡れた彼女の身体は益々光り輝いている。
「おいしーい!」
 満足気に笑うホープは、ちびちびとシャンパンを飲むギルバート ウィローへ向き直った。
「反戦の聖女さんもぉ! 美味しいご飯を食べてるんでしょうかぁ! ねぇー! ギルさんー!」
「大声で叫ぶのは止めろとさっきも言っただろう」
 静かにしろ、と顔を顰めるギルバート。しかし恐らく酔っているであろうホープは聞く耳を持たず、声を張る。
「反戦の聖女さん! シェラザードさんはぁ! いらっしゃいますかぁ!!」
「バカ、こら、叫ぶな!」
「聖女というくらいですから、きっとひらひらの服を着てるんでしょうね!」
「わかった、解ったから叫ぶのを止めろ」
 これでも食え、とギルバートは大きく開いたホープの口へバゲットサンドイッチを突っ込んだ。もごっ、と咽るホープだが、噛めば美味しいバゲットサンドイッチに気を良くする。
「んふぃいふぇふぅ(おいしいですぅ)」
「よかったな……まったく」
 はぁ、と溜息を吐くギルバート。彼の傍へ歩み寄るシャーリーは、手にした丸いトレー上のシャンパングラスをギルバートへと勧めた。
「お代わりは如何ですか、ご主人様」
「え、ごしゅ……!? あ、ああ、頂こう」
 驚くギルバートへにこやかに応対するシャーリー。クラシックスタイルのメイド服は一目で給仕係だと解るものだ。膝を僅かに曲げ、礼を取った彼女は颯爽と給仕へ戻って行った。
 粛々と料理の運搬や補充、シャンパン等の飲み物類を配り歩く。あっち(~おいでよ戦闘狂の森~)はとりあえず放って置こう、と思うシャーリーは冷静であった。

●宴も酣
「さて、次にパフォーマンスを見せてくれるのは誰だい?」
 バドルの声掛けにシスネが元気よく片手を上げ(頭に鳩を乗せているのは何故なのか?)、歌い出す。その次にセリオがジャグリングを披露した。
 陽気に酒を配り歩くテッド。彼に続くリカルドとリヒャルトとニーナが、先々で開かれている飲み比べ大会をやんややんやと囃し立てる。
 胃を傷めながら給仕に奔走するテオドール。ダーヴィトは苦笑いを零しつつ、テオドールのフォローに回っていた。
 慣れたものだと機敏に給仕を捌くシャーリー。美味しいご飯を思う存分食べ歩いたファナンは、マルグリットやアンネリーゼ、オロとララ、アリー、李蓮らと共に歓談している。彼らの傍で、河霧の貴婦人とギルバートは酔い潰れて転がるホープの介抱をしていた。
 存分にシャンパンを浴びたいばらは、大変満足気な様子で未だキラキラと輝いている。
 《おいでよ戦闘狂の森》に生息する三人はちょっと良く解りませんが、きっと楽しんでいる事と思います。


【執筆:空根 漣】


「ふっふーん! どう、しっくりくるでしょう?」
 パーティと聞いて張り切ったドロッセル・アーテルミアが満足気に胸を張る。支局の皆の装いからマナーまでバッチリ――。
「って、ちっがーう! ちょっとこっち来なさいビート!」
「え、これじゃダメ?」
 振り返ったピート・マイルズのネクタイは……形容する前にドロッセルに引っ張られた。
「おい引っ張るなよ!」
「それならもっと近づいて頂戴!」
「ピート! ドロシー! 今のうちにここの上等な料理食い溜めしておくわよ!」
 目をきらっきらに輝かせたモニール=カモミールの言葉にドロッセルはぎょっと振りむく。食べるのはいいけどもうちょっとお淑やかに――ああソースが跳ねる!
「ご馳走を前にしてそんな事気にしてられないわ!」
「気にして頂戴!?」
 先ほどまでパーティにはしゃぎ、着付けたドレスにはしゃいでいたモニールはどこへやら。ガハハと大きく口を開けて笑う彼女に貞淑さは見えないが、こうして元気に食べている姿の方が彼女らしいと言えば彼女らしいか。
「ちょっと窮屈で動きづらいわね……着替えてきたらダメ?」
「駄目よ!」
 わいわいと騒ぐ様にピートは肩をすくめた。この豪華な場でお淑やかさの欠片もない……が、見れば他にも賑やかな場所はあるようだし、さして注目されないだろう。
「ここの飯うめーな」
 と、気付けばカナタが料理を食べて傍らにいた。着こなしといい立ち振る舞いといい、慣れている気がしてピートが見つめているとカナタが肩眉を上げる。
「やらねーぞ」
「え、いや」
 いらないけど。そう言えば彼はあっさり自分の影に隠した皿を戻した。
 曰く、家で定期的にパーティが行われているのだと言う。しかし今日のカナタはどこかうきうきしているようにも見えて。
「ここじゃ誰もオレを特別扱いしないからな」
 余計にかしこまられては楽しいことも楽しくない。今回はゆっくりご飯も食べられるし、支局の皆を見ているだけで楽しそうだ。
「ふふ、支局のみんなも楽しそうね?」
「おや、誰かと思えばレティシアくんか」
 レティシア・ハーヴェイの姿にキアロ=シーリングスは目を細める。やはり装いを変えると雰囲気も変わるものだ。最も、中身は変わらないようだけれど。
「慣れない草臥れた大人同士、一杯どうだい?」
「あら、キアロ局長。実は私の方が、こういう場に慣れてるかもしれないわよ?」
 なんて視線を交錯させて。お酌をするわとレティシアがグラスを手渡す。
「――おじさまもレティシアも手伝いなさーい!」
「おっと」
「まあ」
 ドロシーの声に手を止め、顔を見合わせる2人。そして仕方ないねと小さく笑う。
(ここまで賑やかなパーティなんて初めてかしら)
 パーティ自体、初めてではないけれど。こういうもの悪くないと、ドロシーのもとへ向かいながらレティシアははにかむ。
「まあまあ、あまりかしこまり過ぎても窮屈だろう?」
「おじさま、パーティなのよ?」
 人が集まってより賑やかになったその光景を、アルフレッド・ロペスは少し離れて眺めていた。
(正直、フォーマルなパーティは勝手がわからん)
 だからこの服装も、会場を流れる音楽も、何もかもが肌に合わなくて居心地は良くない。
 けれどドロシーが皆の服装やマナーに気を使って回ったり、それに対して汚れを厭わずご飯と食べるモニールや、眺めていたところから巻き込まれるキアロたち。そんないつもの仲間がいるから――悪くないと思うのだ。
「えっ!? ここは……」
 ペルル・ロッセルは目を丸くしてきょろきょろ。果たしていつのまにこんな場所へ来てしまったのだろうか。さっきまで――あれ、さっきまで何してたっけ!?
「おちつけ」
「先輩!」
 ぽん、と肩を叩かれて振り向いたペルルは明らかにほっとした表情を浮かべて。視線の先のモナ=ドニーもあからさまな安堵は浮かべずとも、小さく心の中で息をついた。
「モナ先輩、ここはどこなんでしょうか……?」
「わからない……が、ひとまず危険はなさそうだ」
 2人は揃って視線を巡らせる。人、人、人。溢れんばかりの人と、その会話による熱気はどこかお祭りにも似たものを感じさせる。ここで気を張っていても、逆に不審がられるだけだろう。
「む……? これははじめて見る料理だな」
 ふと目を付けたのはテーブルへ所狭しと並べられた料理たち。バイキング形式らしく、各々が好きな分だけの料理を取り分けている。モナは同じように皿へ取り、口へ含んで――。
「――美味いな! うむ、毒もなさそうだ。ペルルも食べてみるといい!」
「本当ですか? ……わ、美味しい!!」
 ぱっと目を輝かせる2人。すっかり警戒心なんてどこへやら、気になった料理を食べては勧め合うのだった。
「こんなこともあるんですね」
 きょろ、と辺りをそれとなく見回す片町 リナ。傍らの那珂湊・沙夜も頷きながら自身の姿を見下ろす。
 この会場に合ったドレス姿である。リナも同様で、いつもと異なる格好も綺麗で一段と好きになってしまいそう。
「こういうものなのでしょう。皆楽しんでいるみたいだし、危険はなさそうだわ。カタリナさん、せっかくだしデートしましょ?」
 ぱちりとウィンクして見せれば、リナがくすりと笑って頷く。とはいえ、2人は飲み友達。お腹に入るのも食事はほどほどに、お酒はたっぷりに。
 景色の良く見える窓側のスペースを確保して、グラスにお酒を注いでいく。
「あ、それかなりレアなお酒じゃないですか」
「気づいた?」
 リナがあっと声を上げれば、沙夜が手元のボトルを小さく揺らす。たぷん、と揺れる酒瓶は、何本か飲んだら確実にパーティ主催者が涙目になるような額のそれであった。
(さすがと言うかなんと言うか)
 微笑ましさ半分、呆れ半分。しかしリナも量は適度であれど、なかなか珍しいボトルを持ってきている。
 果たして2人の酒盛りでいくらほどの金額が飛ぶのか――しかし当人たちは気にする必要もないのである。タダ酒ってすばらしい。
「――っ?」
 パヴェル・A・サムルガチェフは唐突に周囲を知覚し、思わず息を呑んだ。が、周囲がパーティ――つまるところ宴会会場だと気づいてふっと肩の力を抜く。周りもパーティを楽しむ者ばかりだし、危険はなさそうだ。
 しかし1人で飲むのもつまらないもの。誰か良い者はいないかと辺りを見まわせば、良い体格の男に目が留まる。
 一方その良い体格の男――虞淵はパーティの雰囲気に酔いつつあった。広くはありつつも人々の楽しむ熱気が虞淵の気分も持ち上げていく。
 そこへ近づくパヴェルの姿が目に映る。まず視線が吸い寄せられたのは美しい角だろう。
「綺麗な角をしていらっしゃいますね」
「ありがとよ。おめぇさん、1人かい?」
 聞けばその通りだと言うので、一緒に飲もうと虞淵を誘う。対する彼も、パヴェルに興味の視線を向けてきているので断られはしまい。
「それなら、一緒にワインでもどうでしょうか?」
「いいねぇ、気になってた所さなぁ」
 グラスに注いで、軽く掲げる。芳醇な香りが鼻腔を満たした。
 酒が進めば話も進み、そして酔いも進んでくるもので――あ、と声を上げた時には遅い。
「すまねぇ、大丈夫か?」
「ああ、お気になさらず」
 赤い染みが白いスーツへ零れ落ちていく。パヴェルは近くに畳んであった――恐らく予備だろう――朱色のテーブルクロスをばさりと翻した。もし誤解されたとしても、これは一夜の夢なのだからと。
 そう――誰にとっても、一夜の夢だ。
 さて、あの少女は何処へ行ったのか。そんなことも気にしないほどに、ディエゴ・ヴォルテッソは酔っていた。
 目の前のテーブルに転がるのは見る者が見ればすぐわかるほどに度の強い酒。ついでに酒の香を漂わせ、殊更上機嫌な様子を見れば一発で『酔っ払いだな』とわかる典型的な酔っ払いであろう。
「ん? あそこにイイ女がいるじゃねえか」
 酔っ払いの目というのは、美しい女ほどよく見えるもので。その視線に気づいた鬼燈 緋音は、露出の高いキャバドレスで惜しげもなく肌を晒しながらディエゴへと近づいた。
「ねえ、一緒にお喋りでもどう?」
 すらりと長い手足、華奢な肢体と豊満な総丘は女性らしく、甘い香りが酒の匂いと相まってくらりと強く酔わせるようだ。
 若い女ではあるが、手慣れていると感じさせる――実際、すでに多くに接客経験を持つ歴戦の嬢である。虜にならない者などいるだろうか?
 緋音は適度にディエゴへ酌をし、彼の話に相槌を打ち、時にはバカ話で盛り上がる。胸にチップを押し込まれた緋音はあら、と小さく笑った。
「この後――どうかしら?」
「断る理由はねえな」
 2人、含み笑いを持たせて。けれどどこか性急に会場を後にしていく。

 ――本当に、断る理由はなかっただろうか?
 ――本当の、本当に?

「ジジィ……どこアルかー!」
 少女――堧・幫・嚨娟はきっと眦を釣り上げて叫ぶ。応える声はない。もう会場にいないのだからあるはずもないのだが、それを知るにはまだ早い。
 すわ迷子か菓子はいるかと声をかけられるがすべて断り、ルーェンは同行者たるジジィを探す。それは会場のみに留まらず、とうとう城の中まで彷徨って。
 その結果が――見知らぬ女(緋音)とベッドを共にしているなど、信じられようか。
「ジジィ……」
「なんだ、ルーェンか」
 どうしてそんなに、何ともないような口ぶりなのか。こちらはドロドロと醜い感情で胸を一杯にしているのに!
「今日という今日は許さないアル!」
「まあ待てルーェン。許すもクソもねえ、俺ァ誰に束縛される謂われもねえぞ……!」
「えっ何? 修羅場!?」
 唐突にディエゴと緋音の間へ割り込んでくるルーェン。目を丸くした緋音が半身を起こす。
 そう、緋音が御察しの通り修羅場である。そしてこの場にいる以上、否応なく巻き込まれることも必然であった。
 その巻き込まれた状況を本人が望んだか否かと言えば、最初は否であろうが――最終的には是だったのかもしれない。

 そんな一幕が城のどこかで行われている一方で、パーティは続いていた。
「なあなあ2人とも! こっちきてくれ!」
 またか、と柏木 ゆずの眉が寄っていく。この場だけで果たしてどれだけの皺を刻んだか。取れなくなっちゃうよぉ、なんて眉間をつついてこようとする酔っ払いも鬱陶しい!
「そんなに怖い顔してるとちゅうしちゃうよぉ」
 にこにこ上機嫌な八重 謳華の顔をふいと避け、ゆずは満面の笑みでなお2人を呼ぶ音無 小路へ視線を向ける。
「なんですか」
「美味そうなメシ! 食うだろ?」
 それはもちろん。料理と聞いて明らかに興味があるという顔をしたゆずに、小路はにっと笑った。
「なになに、ボクは除け者なのぉ?」
 そこへぷぅと頬を膨らませた謳華が顔を割り込ませ。小路はそんなことないさと笑った。
「美味そうなケーキなんかもあるぜ」
「わぁい! ね、あーんしてぇ?」
 きゃいきゃいとはしゃぐ謳華は随分と上機嫌だ。彼が小路についていくのを横目に、ゆずは肉料理を取り分ける。今なら落ち着いて食べられそうだ。
(自分で作れたらな……)
 ちまちまモソモソと無言で食べ進める。しかしゆずのそんな平穏は――秒で終わった。
「あっいたいた! 聞いてくれよ!」
「このマカロン美味しかったから一緒に食べようよぉ。はい、あーんしてぇ?」
 今しがた聞いた話を伝えたくて仕方ない小路に、ゆずへマカロンを食べさせようとする謳華。板挟みの状態にゆずの眉間が、それはもうシワッシワな状態なのだが……それでも引かない両脇の2人に、しかしゆずは慣れない場所で耐える他ない。
「うるさいです……」
 嗚呼、平穏は一体どこに。
 そんな賑やかさに阿巳蛇 みずちが振り向く。翻った白いドレスが花のように広がった。
(あそこの者たちであれば酒も飲めそうじゃな)
 少女然とした姿だが、あの3人よりよほど齢を重ねている。実年齢? レディーに聞くものではないよ。
 ともあれ、みずちは沢山飲んで談笑できる者を探していた。あちらこちらとドレスを靡かせて色々な話の輪に混ざっていたものの、さて次はどこに混ざろうかと考えていたところである。
 あの3人は仲良いメンバーで固まっているのだろうが、物は試しである。みずちは一緒に飲まないかと誘うべく、迷いない足取りで歩を進めた。
 煌びやかなシャンデリアに、花畑を思わせるドレスたち。そんな空気にくらりと眩暈がしそうだけれど、モーリス=バイロン=ファイアストンは料理を見るなり目を輝かせて飛びついた。
 自由に食べて良いらしい。周りを真似して皿によそい、口に含めば顔も綻ぶというもの。
(ここは夢の世界かな?)
 そうじゃなきゃ説明がつかない、そう考えながらも料理を食べる手は止まらない。他世界から訪れた、見慣れない服装の者がいることも。いつの間にやら自分がドレスアップしていることも。ツッコミどころは満載だがそれより目の前の料理であった。
 不思議だが――こんな夢も悪くない。思い切り楽しんでやろう。
「ねえ、それ美味しい?」
「ああ!」
 モーリスの食べっぷりに声をかけたユニーフィア・シャオンスは、それなら自分も食べようかと皿を手に。ふわりとフリルのついたドレスが柔らかく翻る。
「ねえ、おすすめの料理があったら教えてくれるかしら?」
「ん? そうだな――」
 どれも美味しかったから、と悩み始めるモーリス。その横にお邪魔して、束の間の会話を楽しんだユニーフィアは、会場の隅に用意されたグランドピアノへ目をつけた。
(折角だもの、この場にふさわしい歌を歌いたいわ)
 どうやら参加者が出し物をすることも許されているらしいし、とユニーフィアの視線はモエカ・カワムラへ向く。
 褌にサラシ、水法被の純和風なお祭りコスチュームを見にまとったモエカは張り切ってバチを握る。今こそ密かに特訓した和太鼓を披露する時だ!
「やっぱり、お祭りはこうでなくっちゃッ!」
 九輔幇出身の者や、ダイバーたちの多くは親しみのある音だ。対してユニーフィアのような他の国家出身の者たちは、新鮮な異国の音楽に聞き惚れる。
(私が聞いてきた音楽とは違うけれど、これもまた素敵ね)
 自分の歌と、同じように他の人に素敵だと思ってもらえるように。ユニーフィアは準備するため、そっとその場を離れた。
 ダンスとダンスの合間に、やがてソプラノの声が響き渡る。よく伸びる歌声は人々の視線を自然と集めていった。
 ――どうか、この場にいる皆に祝福がありますように。


【執筆:愁】


「わー!キラキラしててすごいね、ムーさん」
『キラキラ!』

 肩のオウムに語りかけたラズリ・クロックロックは南国風の普段の装束から一変、青いシャツに白スーツをかっちり着込んでいる。いつの間にか知らない場所にいた事に、不思議だというように首を傾げたが、暢気なクロックロックの家風では疑問はそれ程長続きしない。

「楽しそうだから良っか~」

 にへら、と笑って会場へ目をやれば、派手なドレスの御令嬢が地味なドレスの娘に何やら話しかけていた。

「あら、クリニエーラさん。ドレスを隠されてしまって、そんなみっともない格好で出席する事に?(チッ、腹黒会計の辛気臭い眼鏡面を見るとか気分は爆サゲだぜ。衣装を見た所、配役は嫌われ者の令嬢ってところだろ。なかなかいい脚本家だよな?)」
「……いつもながらアイオーラ先輩は想像力が豊かですね。役に成りきっているところは尊敬します(腐れ縦ロール先輩は栄養が胸にいっているんですか? 演技抜きでも悪役令嬢なのは御立派です)」

 二重に声が聞こえるような気がしてラズリは眼を瞬かせた。ここで会ったが百年目……、なのかもしれないが、険悪な割に離れない辺り、この少女二人は腐れ縁と言う奴なのだろうかとラズリは考える。

「でも、あの子のドレスの宝石は綺麗だね。華と宝石は遠くで見るのが一番かなあ」
『棘ガアル! 棘ガアル!』

 そんな事を言われているとは気付かず、パーシア・アイオーラとマリリン・クリニエーラの舌戦はますますヒートアップしていた。

「ふ、主張の強い女性も魅力的だな。そなたら、余の妃とならぬか?」
「「そなたら!?」」

 果敢に声を掛けたディソットは、ユニゾンで帰って来た返答に思わず後ずさる。未来のサザンアイ王たる身にも怖い物は怖い。

「もう一度お話をお伺いしてもよろしいですか(このちんちくりんとアタシを同列に扱ったわけじゃないだろうな)?」
「あ。いや。余は妃に上下はつけぬ。どちらも公平に……」
「私も詳しいお話を伺いたいところです(場合によっては損害賠償を請求します。心の)」
「しかし、そなたらはどちらも……」
「「どっち?」」

 ディソットの明日はどっちか。一方、平和のうちに食を楽しんでいる者もいる。

「ふふっ、不思議なこともあるものですね、エディくん」
「そうですね、エルさん。美味しいですけど不思議ですね」

 ヴェールで顔を隠したエルことエレウテリアが肉料理に手を伸ばしながら楽しげに言い、エドアルド・ジョルニフェリチェももぐもぐと相槌を打つ。エドアルドもよそゆき帽子を粋に被っているので、被り物コンビであった。精悍な成人男性のエドアルドと年齢性別不詳な小柄なエルが並んでいると、エドアルドが保護者のように見えるが実際はそうでもない。

「長く生きていればいろんなこともあるんだね~」

 のんびりそう呟くシーリングヘネシーだが、その視線は好奇心旺盛だ。長い人生で見た事の無い食材や調度の様式。参列者の服装も見慣れないし、人と思えない外見の者もいる。そうやって辺りを見回していると、注がれたグラスを前に困り顔のエルマー=V=ルーサーが目に入った。

「あの、すみません。お酒はちょっと……」
「あ、日本酒じゃないのが良かった? そうよね、ワインかしら」

 エルマーは未成年であるが、そうと気付かず宇京 ひまりは別の瓶を手に取る。眉間にしわを寄せたエルマーは本人の意図よりも不機嫌そうに見えているが、ひまりは気にも留めず別のグラスを勧める。ビュッフェの料理を取りに行っていた宇京 百鬼が、呆れたように声を掛けた。

「ひまり……? 何をしてるんだ」
「あ、なーくん。この人が困ってるみたいだったから、お世話してたの」
「そうなのか?」

 百鬼の視線の威圧感(俺の嫁に粉かけた訳じゃないよな?)にエルマーの腰が引ける。そこへ、シーリングヘネシーの救いの手が入った。

「ごめんね? エルマーさん、まだお酒飲める年じゃないんだよ~」

 挙動不審なエルマーに代わって彼が未成年である事を説明すると、宇京夫妻の困惑も晴れたようだ。頭を下げて去っていくエルマーを見送って、ひまりがいい事を思いついた顔をする。

「なーくん。他の世界の人がいるなら、ここで飲み物の紹介をしてあげようよ」
「……あまり他人の世話ばかり焼くなよ?」
「なーくんのお世話もするよ? はい、あーん」

 ため息つきつつ、百鬼がそう同意すると、皿を受け取ったひまりがにっこり笑い返した。しかし、異世界との接触にトラブルが生じてしまう事もある。

「お、ヨルムンレーク!!」
「……っ!? ナハシュ!?」

 開口一番、自分の胸元へフォークを突き込んで来たナハシュに、ヨル・スレイマンが皿を盾に驚きの声を上げる。ヨルからすれば、知人そっくりのコスプレ悪魔にいきなり攻撃された形。ナハシュの側は殺し合う相手……、そっくりの人間だと今気が付いた。

「ん? あー、ハイハイ。異世界の奴だな? 早く言えよ、うっかり刺すところだ」
「君は君で誰か探しているのかな。俺も連れを探してるんだけど」
「……いるかもしれないしいないかもしれない。まあいたらその内見つかるさ」

 住む世界は違えど、勘違い程度でも命のやり取りが日常茶飯事な状況を知る者同士、特にひきずりもせず構えを解いた。ところへ二人の天使が速足で寄って来る。

「そこの貴方達! 会場での暴力行為は禁止されています!」
「もぐもぐ……います!」

 豪奢な赤いドレスの令嬢騎士と、ふわふわ白いドレスのちみっこのコンビ。会場の巡回を自発的に買って出た、火の天使アルバス・ロウルと、風の天使ルルト・アーキスだった。

「天使か。チッ……」
「あー。俺達はちょっとじゃれあっていただけで、友人みたいなものだよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですね?」

 面倒そうなナハシュに、ヨルが助け舟を出す。アルバスは少し疑わし気に見たが、素直なルルトは「仲良しなのは良い事だよね」などとにこにこしている。

「これは食べてみた? 美味しいよ」
「ん、そうか? お、この肉美味いなぁ!」
 もともと殺気は霧散しており、仲良く料理を頬張る姿はいっそ微笑ましい。
「そうなの? あの、ボクも毒見していいかな?」
「ふふ、確かに毒見も大事だな」

 ルルトは既に料理の方へ視線が動いており、アルバスもそれなら良しと同意した。肉から肉へ旅をするナハシュに、そういう所は同名の友人と変わらぬとヨルは思う。ルルトの無邪気に喜ぶ様子に微笑むアルバスと目が会って、何とはなしに杯をあげた。

「うむ。ドリンクも異常なしだ」
「ボクも、そこのジュースを毒見するんだよ!」
「俺は肉だな」
「はいはい、こっちの肉料理も味付けが面白そうだよ?」

 などと和んだところで、ナハシュとHarley・Lovemanのフォークがかち合った。お行儀が悪いんだよ、とルルトが言うも、ただならぬHarleyの様子にアルバスが身構えた。

「悪魔……じゃねぇな?」
「私は人間で在り、悪魔とやらではないが、この食欲には抗えない。腹が減って仕方がないのだ」

 遣り取りの間も手を止めずひたすらむさぼるHarleyを見て、ナハシュの肉食魂に火が付いたようだ。負けねぇ、と勢いよくテーブル巡りに向かう彼に、ヨルもアルバスたちへ軽く頭を下げてから同行した。再び、天使二人は会場の巡回に戻る。

「嗚呼――、嗚呼、肉の林、肉の塔、肉の城。尽きせぬ肉の饗宴ぞ此処に。酒など不要、肉汁を啜れば足る」

 誰にともなくぶつぶつと言葉を紡ぎつつ、Harleyは肉の皿を空にしていく。現実ならば店が潰れそうな勢いだが、不思議と料理が尽きる事は無い。

「夢ならば覚めないでくれ、こんなにも美味いものはない――」

 Harleyは思うさま、自らの欲を解き放っていく。その食欲は見るものを色々な意味で刺激した。

「夢魔……!? 違う? えっすみません! っていうか同業者さんですか?」

 あたふたする御小夜 イズコに、Harleyは手と口を休めることなく首を振り、同業者と言う所で頷く。それなりにイズコと同じ場所(東京)から来た者もいるようだ、と改めて周囲を見回してみた。

「ドリームダイブ……、じゃねぇんだよな? これ」
「格好が違うわ」

 慣れぬ正装姿に居心地悪そうな伊沢 処の独り言に、こちらは見事にドレスアップした赤羽 瑛莉が応じる。肩から胸元にレースをあしらったオフショルダーの丈の短いドレスは彼女によく似合っていたが、夢の中の姿とは違う。言われてみればそれはそうだと東京からの来訪者たちは納得した。

「ってことは、あっちの人も夢魔じゃない?」
「なんだこの馬鹿みてえな夢は……俺もヤキが回ったか。ん? 夢魔って俺のことか?」

 胡乱気に周囲を見回していたザナド・ツヴァイクが、自分の顔を指差して問う。違うんですか、すみませんとまた謝るイズコに、やはり会場を見ていたグレッグ=ノア=ローテンベルガーがへらりと笑いかけた。

「おお、俺達と同じような人間もいれば、全然違うような種族の奴らもいるのなぁ」
「じゃあ、そこのあんたも人間なの」
「私ですか? ええ、人間……です、が」

 近づいて来る瑛莉に腰が引けるエルマー。これは苛め甲斐がありそうだと嗜虐の虫が疼いたが、それよりも手先が気になった。綺麗な見目なのにお手入れがなっていない。

「あ。あの……?」
「爪、出して。気になるから、こういうの」

 言われるがままのエルマーに、変なネイルアートでもつけてやろうかとも思ったが、まずはボロボロの爪を整えねばならない。果たして、悪戯をする所までやりきれるかどうか。ネイルケアの道具を取り出して腰を据えた瑛莉に、言い出したら聞かない気配を感じた処は自分は自分で楽しみだす。

「そこの人は、きっと人間じゃないですよね? 耳、長いし!」
「エルフだから当然だよ?」

 処に声を掛けられたアラン・スミシーがそう返す。

「えっ本当にエルフ耳!? すっげー!」

 騒ぎ出した処に怯えたのか、スミシーの裾を握っていたエヌがさっと後ろに隠れて顔だけ覗かせた。外見は若々しいスミシーから、不思議と年長者の気配を感じた虞淵が居住まいを正す。

「耳だけが長いのですか?」
「んー、他には……。あ、寿命も長いね」

 知らない人をスミシーが引き受ける間に、だんだん周囲の空気に馴れて来たエヌが料理の卓へ歩き出した。

「それ何だ? 見たことない。教えてくれ」
「これですか? 私も分からないのですが。毒は、無いようですね」
「お花さん、あげる!」

 エヌに話しかけられたパトーナが、自分でも摘まんで食べて見せる。フィーことフィフィルトルは屈託ない笑顔でエヌへ小さな花を差し出した。びっくりして身を引きかけたが、相手が自分と変わらぬ年頃(外見年齢)の少女とわかって、恐る恐る受け取る。

「すてきないちにちに、なりますように!」
「あ、うん。アンタもな」

 言葉を交わして、パトーナが毒見を済ませた料理をおずおずと口へ運ぶ。

「甘い! アラン、これ見てくれ。甘い」
「フィーもたべてみるよ。ほんとだ! あまーい!」
「他の料理も試してみますか」

 頷くお子様たちに、パトーナはホッとした様子で世話を焼き始めた。何をしてよいか分からぬ状況が居心地悪いのは彼も同様であったようだ。毒見代わりに先に食べてから、苦かったり辛かったりする食べ物を避けて取り分けるなど甲斐甲斐しい。おかげで子供たちは楽しく美味しく過ごせているようだ。

「パティおにーちゃんも、お花くばる?」
「そうですね。あとで使いたいので、少しいただけますか?」

 今は配膳に忙しいが、手が空いたら他の人と話して知見を得たい、ともパトーナは思っている。もっとも、フィーから目を離せるかと言えば、心配だ。まあ、ついでがあれば配ろうかと思っていた所へ、横から声が掛かった。

「素敵なお花ですね。わたしにも頂けますか?」
「ええ、どうぞ」

 リュリュ=ソレイユに、パトーナがさっそく持っていた花を渡す。フィーがここに来る前に摘んでいた普通の花だが、摘みたてなだけに新鮮だ。

「もしかして、私も実家のお手伝い中にここに呼ばれていたのなら、ウチのお花を持ち込めたんでしょうか」

 少し残念に思いながら、リュリュは会場のところどころに目立たず飾られた花々を見る。中にはリュリュの知らない花もあるが、知っている花も多い。彼女が郵便局員になる前、花農家として育てていたのはこんな素敵なパーティ会場を飾る為だった。弟や妹と、幾度もごっこ遊びで楽しんだ、空想の中の世界がここにある。いや、空想よりも素敵かもしれない。

「貴族の方の社交場だから、怖い場所だと思っていたけれど、みんな楽しそう」
「これだけたくさんの人がいたら、差別とかもなくなるのかねえ?」

 独り言を口にしたリュリュに、グレッグが思わずと言った感じで声を掛ける。なるほど、種族が違う人が一緒なら、身分の差など些細な物なのかもしれない。

「そうだねえ。皆、綺麗な服を着て楽しそうだ。服の飾りも本物の宝石のようだし、素敵だねえ」

 ラズリが見た所、高価な物も多いが客たちはその価値に無頓着のようだ。自分がそうであるように、他の皆も好みの服装を誰かが選んでくれたのかもしれない。だとしたら、大盤振る舞いな夢だなと、幸せに笑う。

「いやいや、そう単純なもんじゃないだろ」

 来てしまった以上は楽しまねば損と、もぐもぐ食べていたザナドが思わず突っ込む。戦災孤児でストリートチルドレンだった彼にしてみれば、人間とはそんなに綺麗な物ではない。自分と誰かの衣装を比べて喜んだり僻んだり、喧嘩沙汰が起きたって不思議ではない筈だ。ここは喧嘩厳禁らしいが、綺麗な場所にいるからと言って、心の中までお花畑になったとは思えない。

「ま、そうかもしれないがな。ここが綺麗な場所だって言うのは確かだ。今は楽しめばいいだろう」
「へぇへぇ。夢の中ってのはこんな感じなんですかね」

 自身も暗い過去を持っている割に、さらりと流してしまえるグレッグに、毒気を抜かれたザナドが手にした料理へ視線を戻す。確かに、自分も今は楽しむ気分ではあった。ラズリはもう少し宴の空気を楽しみたいと、今度は踊り手のいる方へ向かうらしい。

「帰ったら手紙を書かなきゃ。お姉ちゃん、本物のパーティに参加したんだよ、って」

 リュリュはそう決意して、手紙に書ききれないほど楽しむべく、別のテーブルへと足をすすめる。

「この料理は、美味しいですね。こっちも美味しいですよ」
「そうなんですか? ありがとうございます」

 何から食べようか迷っている様子のリュリュへ、エドアルドがそう声を掛ける。エルはお子様たち(フィーとエヌ)と保護者(パトーナ)へ、やはりお勧めの料理を紹介しているようだ。食べているのは主に肉であるので、差し出すのも肉料理である。

「パトーナくん、フィーさん、このお肉料理がお勧めです」
「ありがとうございます」
「おいしそう!」

 パトーナが礼を言って少しづつ取り分ける。甘味を続けていたフィーも目先が変わって嬉しそうだ。エルは知らない少年のエヌへも、興味津々と言った様子で料理を勧める。

「そちらの方も、お肉はいかがですか?」
「肉、うまそうだな」

 異世界人のエヌも美味しい食事は共通言語とばかりに頷いた。お肉は世界を救う。でも、肉だけでは身体に良くないのでエドアルドは他の美味しい物もお勧めしていた。

「このサラダもフルーツ仕立てで美味しいですよ」
「本当だ」

 エヌもフィーも、勧められれば素直に食べる。向こうでひたすら肉を食っている教育に悪い大人たち(ナハシュとHarley)は、まだ食納めには遠いらしい。東京からの来訪者には、先に事態を受け入れた処があれこれ勧めている。

「なるほど、色んな世界があるんだなぁ」
「おやあなたもヒューマンなのですね。私の様な種族は珍しいですか?」

 早々に異世界概念を受け入れたグレッグは、感慨深くそう呟く。ダヴィーズ=ベニト=エヴェンは、この会場はずいぶん人間が多いなと思いつつ言葉を返した。その言葉にグレッグと、たまたま近くにいたイズコが視線を返し、驚きの声を上げる。

「な……え、竜? 蜥蜴? ええ?」
「ひゃあ!? 怪物!? 竜!?」
「ハハハ、偉大な竜に見間違われるとは光栄ですが」

 丁寧に一礼するダヴィーズは、アルフライラ人のグレッグには見た目こそ奇異に映るが確かな礼儀と配慮を感じる。それならば、と彼は暢気に現状を受け入れた。

「リザードマン……、ああ、蜥蜴の方。ほんと、色々な世界があるんだなぁ」

 先ほどよりも多少、グレッグの言葉が感慨深いのは仕方あるまい。

「お前ら夢魔じゃねえの? ふーん……」
「夢魔っていうのが何かは分からないけど、俺は普通の人間だな」
「私も、普通のリザードマンですね」

 異世界の住人へ、イズコが向ける目が多少ねばっこく変わる。気弱な彼の仮面の下、素の性格は他人に興味などない筈が、さすがに異世界などと言われれば無関心ではいられないようだ。舐めるような視線が蛇を思わせるも、グレッグはともかくダヴィーズはさして気に留めていない。案外暢気なようである。

「そちらの方も、私の見た目が気になりますか?」
「あ、ああ。失礼。確かに、実に興味深い」

 目立っているダヴィーズには、虞淵も興味を引かれていたらしい。じっと見つめる視線に声を投げれば、一言謝罪してから近づいて来る。

「私も集落を出てばかりの時は他の種族の方が物珍しかったのです。お気持ちは分かります」
「なるほど……。俺の世界には人間しかいないからな。見慣れぬ姿には正直興味がある」

 二人とも礼儀正しく穏やかな性格なのが功を奏して、世界と種を越えて話が弾んだダヴィーズと虞淵は、自分達の種族や世界の事を互いに話し合った。

「そうですか。船で大海を。私達の世界では海に大きな怪物がいるのです」
「そっちの世界は物騒なんだな。いや、こっちも大概か……。つい最近まで戦争があったからな」

 一方、明らかに別物であるリザードマンや天使や悪魔と違って、ちょっと違う人間程度に見えるエルフはとっつきやすいのかもしれない。今も、処がスミシーが見せた魔法に目を丸くしている。

「魔法!? すっげー!」
「見た事無い。面白い」

 通りがかったナーディルも興味津々のようで、じっくり考えて朴訥な感想を口にしている。共用語がおぼつかないせいでゆっくり喋るようになった彼は、自分の母語が通じるこの世界でも言葉少ななようだ。

「何、そなたはエーテルなるものを操れるのか? その力、余のために振るってみる気はないか?」
「ええ? おじさん、もう年だから宮仕えはちょっと無理かなー。ごめんね?」

 序盤で引きの悪かったディソットは、包丁で刺されたりする前に何とか逃げ出したらしい。今は元気にスミシーを勧誘している。とはいえスミシーの年齢は200歳を超えており、エルフの里を抜けて来た今、もういちど一か所に縛られるのは望まなかった。

「であるか……。余の魅力が足りなかったようだな。また、会う時があればきっと翻意させて見せよう」
「そうだねえ。というか皆とはまた会えるのかなー?」
「霊障の類であろうかな? 余はさほど詳しくはないのだが」

 このような場が成立している事も、雑談の話題になるようだ。それを聞いた処がそういえばと口を挟む。

「あ、そう言うの書いた本とか、そっちの世界にないんです? 本、好きなんですけどね」
「うーん、本はあまりないんだよねー。文字を読める人が少ないからかな?」
「そうなんだね~。ぼく達の世界は、文字で物事を伝えるのが大事なんだよね。その魔法とは違うかもしれないけど」

 スミシーの返事を聞いて、シーリングヘネシーが興味を引かれたように声を掛けた。世界が違えば、識字率だって違うのだろう。そういえば、言葉はなぜ通じるのか。

「ぼくは、さっきから、自分の言葉で話している。不思議だけど、久しぶりで嬉しい」

 ナーディルはこの恩恵を喜んでいた。アルフライラの言葉はまだおぼつかないし、どう表現したら良いのかわからない事も多いのだが、今日はなぜか言葉の壁が無い。

「そうなの~? それは確かに不思議だね~。という事は、ぼく達は自分の言葉で話してるのかな?」
「ナーディル、公用語で話す。わからない。多い」

 文字を扱う仕事のシーリングヘネシーは興味深げにナーディルの話を聞く。試しにナーディルが公用語のつもりでたどたどしく喋っても、意味は変わらず理解できた。そこへ、同年代の子供がいるのを見つけたちびっこコンビが乱入してくる。

「あなたも、おはなあげる!」
「これ、甘くて酸っぱくて美味しいぞ」
「ありがとう。美味しそう。ぼくも食べたい。どこにある、教えて」

 子供たちは言葉の壁どころか、世界の壁もあまり気にならないようで料理コーナーへと向かって行った。見送ったエドアルドとエルが、再びのんびり話し始める。初めの頃は同じ世界で固まっていた面々も、気づけば方々で新しい出会いを作っているようだ。そして、時が過ぎ。

「ひまり……? 今どれだけ飲んだ……?」
「ん~? んー……。忘れちゃったわ。いつも位かしら」

 こんな夢のような世界の中でも、明日の出勤時間を考えて程々に嗜んでいた百鬼が声を掛ける。外見にはさしたる変化が無いものの、ひまりが飲み干した酒量は決して少なくない。とはいえ、ここは時間があって無きが如し。宴はまだまだ続くようだ。


【執筆:紀藤トキ】


 パーティ会場の一角、スイーツバイキングコーナーの中心に、大きなお菓子の家があった。
 ココアと抹茶のクッキーを煉瓦に見立てた壁。色とりどりの飴を溶かして作られたステンドグラス。ダークチョコレートで組んだ屋根とアーモンドで飾った煙突。細やかな雪化粧はスノーパウダーだ。
 もちろん、すべて美味しく食べられる。驚異のクオリティである。
 製菓スタッフは八葉 ひまり。デザイン・設計は八葉 あいら。そして、複数のスタッフが協力してくれた。
 あいらにとってお菓子の家の製作は、子供の頃からの夢だった。
「あたしが考えたお菓子の家……。本当にできたんだ。なんか信じられない……」
 嬉しくて、涙ぐみそうになる。
「ありがとうな、ひまり」
「あいらの設計が優れているからだよ。それに、スタッフの皆のおかげだ」
 ひまりにとっても、パティシエとして、こんな大仕事は初めてのことだ。
 口々に感嘆の声を上げるパーティ参加者たちに、厳選素材などについて説明しつつ、ひまりもまた、万感の思いでお菓子の家を見上げる。
 八葉 るちるは、そんな妹たちから少し離れ、小型カメラを向けていた。お菓子の家の製作過程も、ばっちり撮影している。これはもう、永久保存版である。
 ……と。
 レンズの端に、エメラの姿が映った。
 地下組織・veda所属のエメラ。あいらの「父親違いの双子の弟」という、特殊で複雑な血縁者である。
 しかし、そのことをあいらは知らない。地下組織所属のエメラは、八葉姉妹と公には関われないと思っているため、こんな場においてさえ、距離を取り、遠くから見ているだけなのだ。
 だが、るちる姉さんとしては、もっとフリーダムでいてほしい。
 なので、そのまますたすたとエメラのそばに行き、がっつり腕を取り、物陰に引きずり込んだのである。
「るちる姉さんは、いつも強引やなあ」
 ため息をつくエメラに、畳み掛ける。
「で、いつvedaを出てうちに来てくれるんですか?」
「そうやねえ……。姉さんと結婚すれば、ボクも八葉家に入れるんやない?」
 冗談とも本気ともつかない調子で返され、るちるはふふっと笑った。
「そしたら、あいらのお兄さんになっちゃうじゃないですか。あなたは弟じゃないと」

「まあ、とても素敵なパーティーですね」
 スィーリーンはおっとりと周囲を見回す。上品なロング丈のパーティドレスを、美しいアクセサリーが彩っている。銀の髪の動きに合わせ、瞳と同じ色のイヤリングがきらきらと揺れた。
「……それに、お城の内装も、とても綺麗」
 参加者たちの多彩な顔ぶれや趣向を凝らした衣装、所狭しと並ぶ数々の料理。
 そしてアルパカ城のしつらえは、華やかで精緻で、スィーリーンが自身で装飾品を製作する際の参考になりそうだった。
「この装飾の精巧さ、素晴らしいです……!」
 薔薇のレリーフがついたプレートホルダーに目を細めてから、スィーリーンはうやうやしく乗せられた前菜に向き直る。
 そっと手に取り、一口。
「美味しいです!」
「美味しいですよね!」
 間髪入れず呼応したのはフィオナ・フォーサイスだ。
 フィオナの衣装は、白いレースに縁取られた薄紅いろのドレス。可憐な花が散りばめられ、フィオナによく似合う。
「こんにちは。とても可愛いお召し物ですね」
「ありがとうございます!」
 スィーリーンがにっこり笑い、フィオナも笑みを返す。
 そして、照れ隠しのように、スイーツコーナーに目を向けた。
「わぁ、いろんなお菓子がある! ……あっ!」
 フィオナが関心を示したのは、アルパカを象ったケーキだった。
 手に取る。
 じっと、見つめる。
 アルパカのつぶらな瞳と目が合う。
「かわいい……。食べるのもったいない……」
 しかし。しかーし。
(アルパカさん、ごめんなさい……!)
 覚悟を決めて、ぱくり。
「美味しい……」
 幸せそうに食べるフィオナちゃんだった。
「すみませ〜ん。お願いがあるの」
 フィオナの隣にいた、浴衣姿のデュラハン少女、八上 ひかり(の頭部分)が口を開く。
「はい?」
「実はね」
 ひかりは事情を話す。
 本日のお目当ては、まさしくこの、宝石を散りばめたようなスイーツバイキング。なんといっても食べ放題。たくさん食べたい乙女心が爆発しているのだが、何しろデュラハン。頭を小脇に抱えたままで皿は持てない。いや、持てるが片手が塞がったままではケーキもタルトも取りにくいでしょ問題が勃発しているのだと。
 なので。
 頭はテーブルに置いたまま、胴体が飲食物を取りに行く。
 で、頭のほうは、胴体が取ってきたものを食べさせてほしい、と。
「わかりました!」
 フィオナが快く了承し、ひかりもまた、食べ放題満喫仲間に加わる。
「う~ん、この苺ケーキ最高!」
 
(素敵な髭のお方はいるかしら?)
 そんなことを思いながらベートはパーティに参加した。
 髭はいい。特に、掴みやすそうな立派な髭はたまらない。髭フェチなベートさんであるが、しかしながら、パーティといったら美味しい食事であろう。それも、普段はあまり食べる機会のない、珍しいものにチャレンジしてみよう。
(このもっちりツルツルなものや、トゲトゲは本当に食べていいのかしら)
 もっちりつるつるの食べものは、じゃがいも団子にソーセージを入れたもの、トゲトゲのツノがユニークな、濃いオレンジのフルーツは、ふたつに割ってスプーンで食べるものらしい。
 変わり種を堪能しつつも王道なラインナップも試したい。
「お肉の丸焼きとか? ああ、プリンもいいですね♪」
「プリン? 今、プリンって言った? 言ったよね!!」
 プリンと聞けば即参上。超プリン推し属性の栗花落・クグがものすごい勢いでベートに声を掛ける。
 パーティーと聞いて駆けつけ、まずはプリンを探そう、当然あるよな、万が一なかったら無言で失神してやるとスイーツコーナーに直行したのだ。
 そこは想像以上のプリンパラダイス。天然バニラビーンズのカスタードプリンをはじめ、濃厚なショコラプリン、新鮮ミルクプリン、蜂蜜紅茶プリン、胡麻プリン、かぼちゃプリンなどなど。すでに5、6個ほど平らげたところである。
「え、ええ。食べてみようかなって」
「プリンはいいよ最高だよとろける食感みなぎる多幸感」
「たくさんあって迷いますね。どれがおすすめですか?」
「やっぱり最初は王道からかな」
 クグはベートにカスタードプリンを勧めるのだった。

「何事だ!?」
「霊障かしら?」
 アトリア=フロストとリタ・ロイは顔を見合わせる。
 アトリアは、ここに転移する直前まで本を読んでいた。それは、ある帝国の千の城を巡る冒険譚であったため、最初は、本の世界に吸い込まれたかと思った。が、見事なお菓子の家や、まばゆいばかりのスイーツ、彩り豊かな料理などを見て、ひとりで納得する。
「わかった。ここはリタが選んだ店だろう」
「違うわよ」
「じゃあ夢?」
「どうなのかしらね。何らかの怪奇現象なんでしょうけど」
 リタはリタで、一瞬だけ困惑したものの、そこは局員、怪奇現象には慣れっこである。
「ここ、パーティ会場じゃない? 何かの記念かしらね。皆、楽しそう」
 持ち前の芯の強さもあいまってすぐに落ち着き、順応するのだった。
「騒いでも仕方が無いわ。せっかくだし、食事にしましょ」
「そうだね」
「夢なら満腹にもならないけど、タダなんだし」
「あはは」
「お酒もあるじゃない。わ、ヴィンテージワイン! 気前がいいわね」
 アトリアとリタは、パーティならではの豪華な食事と飲み物を楽しむことにした。
 開き直ってみれば、見るもの全てが興味深い。
「知らないものがたくさんあるなんて、わくわくするね。……それにしても」
 お菓子の家に近づいて、前から横から、しみじみと眺める。
「すごい技術だね。こういうの作れるなんて、魔法みたいだ」
「「「「……!!!!」」」」
 遠巻きにしていた八葉きょうだいズの胸に響いたことに、まだアトリアは気づかない。

 ドレスアップをした美女&美少女が4人、スイーツコーナーのテーブルを囲んでいる。
 エウラ・アルセイス、シェラ・カーライル、リルピス、凰 翠蘭の、甘味大好き仲間たちだ。
 髪をオールバックにまとめ、マニッシュなドレスをしなやかに着こなしたエウラだが、こういう豪華絢爛な場にはあまり馴染みがない。とはいえ、郷にいっては郷に従えという。
「ともあれ、まずはしきたりに従おう。つまり沢山踊り、楽しみ、語ろう!」
「うふふ。そうですね。こんな素敵なパーティですもの」
 シェラはカクテルドレスを身につけていた。絞り込んだウエストと、ふわりと広がるスカートが愛らしい。
「素敵なスイーツもいっぱいで、目移りします。リルピスさんのお皿のお菓子、美味しそうですね」
「はい、感激してます。このお菓子、図書館でも見たことないかも」
 海色のパーティドレスを纏ったリルピスは、緑の瞳をにっこりと細める。友人たちと甘味を堪能できるのも楽しいし、異世界のお菓子も珍しい。
「む? むむ? これは良い。それもあれも美味じゃ」
 右手に取り皿。左手にフォーク。フェミニンなフリルをあしらったチャイナドレスといういでたちだというのに、翠蘭はすでに臨戦態勢で、怒涛の勢いでスイーツを平らげている。
 チェリーを飾った蜂蜜ゼリー、メロンのショートケーキ、栗のパンナコッタ。
 端から盛りに盛り、ぱくぱくと豪快に食べているさまは、いっそ小気味良い。
「あ、翠蘭さん、こちらに白玉がありましたよ? 抹茶&白玉の黒蜜きな粉ですって」
 シェラが指差し、翠蘭が飛びつく。
「おお、これはまた魅惑の味わいじゃ」
「翠蘭ちゃん、何かお気に入りありました? わたしも食べてみたいです」
 問うリルピスに、翠蘭は、そうじゃのう、と、首を傾げる。
「どれも甲乙つけがたいが、先ほど、クグなる御仁が『プリン』を激推しして去っていったぞ」
「あ、わたしが食べているこれのことでしょうか。シェラさんは知ってます?」
 リルピスの皿には「とれたてりんごのプリン」なるものが乗っている。
 シェラはふるふると首を振り、
「初めてですけど、食べてみますね」
 果敢に挑戦し、ひとさじ口に運んで、にっこり。
「美味しいです!」
「やれやれ」
 美少女たちの食べっぷりに、エウラはふっと笑う。
「それで、どこまで食べ放題なんだい? 限界はあるのかな?」
 そんなエウラに、リルピスとシェラが畳み掛ける。
「お饅頭の中に果物が丸ごと……! ほらっエウラさん、すごいですよ」
「エウラさん、甘味に合うワインだそうですよ!」
 勧められたスイーツとワインを手に、エウラは苦笑する。
「ありがとう」
「ふふっ、こんな豪華な甘味会、めったに経験できないですね」
「……そうだね。とても楽しいよ」
 微笑むシェラに、頷きを返しながら。

 メルヴィル クワンは両手に皿を持ち、それぞれに、丁重に料理を盛り付けていた。
 ここは未知なる世界。それでも人々は食と共に生きている。食文化は、その国を知るいいサンプルになる。
 それに。
 この豪華な料理や菓子類も、宴が終わったら、食べ残しは廃棄されるのだろう。
 その日の食事にも事欠く、貧しい街で育ったメルヴィルとしては、それは気に食わなかった。
「踊りよりも、食ですか」
 ノアヴィスは、ゆっくりと、メルヴィルに歩み寄った。
 何かと構ってくるノアヴィスを、メルヴィルは疎ましくは思っているのだが、何だかんだで共に過ごす時間は増えている……ような気がする。
 それがノアヴィスに伝わっているのかどうか。
 ともあれノアヴィスは、メルヴィルの現状を指摘した。
「両手、ふさがってるね」
 食材を無駄にしたくないと思う気持ちを読んだかのように、意味深な笑みを浮かべる。
「ほら。これも食べなよ、もったいないよ」
 ノアヴィスはその手に、瑞々しい苺を持っていた。
 それを、メルヴィルの口に放り込む。
 不意を突かれ、思わず噛み砕き、呑みこんでしまった。
 ごほごほと咳き込むメルヴィルを笑って見つめ、追い討ちをかける。
「……知ってた? サジスターでは、手づから苺を食べたなら、その相手の求愛を受け入れるって意味なんだよ」
「……知っているか? グラバールでは、望まぬ婚姻を強いる者から見つからぬよう、目をくりぬく女神がいると」
「……冗談でしょ?」
 ノアヴィスは引きつった笑いを浮かべた。メルヴィルのオッドアイが鋭い光を帯びている。
「さぁ、どうかな?」
 にやりと、メルヴィルは皿を持ち直した。
「お前も食べろ。もったいない」


【執筆:神無月まりばな】


●世界を越えた出会い
 ここはアルパカ城。一人パンフレットを片手にパーティ会場を珍し気に見渡すのはサマエラ=フォリウムだ。このパーティ会場で楽しんでほしい。それがパンフレットの内容で、なるほどここは害意など微塵も無い様に思えた。
 分からん。どうすればいいのか分からん。
 周囲を見渡せばドレスアップをした人たちだらけだ。
「とにかく、何とか目立たない程度に見繕わねば……!」
 いざ足を踏み出すとそこには一人の黒髪の少女が立っていた。
「弱ったな……このような場所ではどう振舞えばいいのか? 正直よく分からない……」
 ぽつりと呟いたのは八上・麻衣(やがみまい)だった。普段ドリームダイブ時には、学校の制服姿か、和装なのだ。それなのにこんなドレス……困惑するのも無理はない事だった。
 唸る麻衣にサマエラは親近感を持つ。そうして彼女は――迫害を受けて苦しんできた彼女にとっては稀有な事に――思い切って麻衣に声を掛けてみる事にしたのだ。
「お前も、迷っているのか」
「えっ」
 声を掛けられるとは思っていなかったのだろう麻衣は素っ頓狂な声を上げてから、ぱちくりと目を瞬かせた。その段になってようやく自分が声を掛けられているのだと気が付いたらしい。麻衣は小さく頷いて、それから「アンタ、もなのか」と口にした。
「あぁ、それに見た通り、お前よりも場違いだ」
 ドレスアップしていない自分の姿を麻衣に見せながら、サマエラは「ふぅ」とため息を吐いた。
「それならば、衣装を貸してもらうのはどうかしら?」
 三人目の声が響いた。小鳥が囀るようなその声は鈴のように転がり落ちた。サマエラと麻衣が振り返れば淡紫の髪をアップに飾り立て、同じ色のマーメイドラインのドレスに身を包んだオルカがカクテルグラス片手に二人を見てニコリと笑った。
 きっとこれは会うも話すも一日限りの夢であって、時計の針が過ぎ去ればまた各々の世界に戻る。漠然とはしていたがその確信だけがオルカにはあった。ならば。
「きっと似合いの素敵なドレスがあるわ」
「そ、そんなもの私には……」
「楽しみましょう?」
 さよならを告げる、その時までは。
 
 
●アーテル家の休日
 ラベンダーカラーの、ふわふわとしたシフォンドレスを身に纏った少女が、くるりと城内ホールで一回転。キラキラと光るシャンデリア、ピカピカの螺旋階段に胸がときめく。
「わぁっ」
 歓喜の声を上げる少女、アリア・ハーツイーズ・アーテルを見守る黒いタキシードの紳士は彼女の父親であるヴァーリー・ホダー・アーテルその人である。
「パパ、お姉ちゃんたち見て! ちゃんと着れてる?」
 末妹の言葉に微笑んだのは父だけではない。背中が大胆にあいた深紅のミニドレスを纏ったシャーリー・ターナー・アーテル、少し着にくそうに青みがかったシルバーのオフショルダーのマーメイドラインのドレスを着ているルーチェ・スペランツァ・アーテル。それから真っ青なAラインのドレスを纏ったリゼット・レジェ・アーテル。美しいアリアの姉たちがそれぞれ末妹のはしゃいだ姿を微笑ましげに見ている。
(色とりどりのドレスを着てみんな俺にとっては可愛い……ハッ! そうか、こうやって娘を見ている輩がいるかもしれん、まずい!)
 娘たちの晴れ姿を不躾に見やる輩のために父が周囲を警戒する。それをよそに、娘たちはホールを行きかう見たこともない格好の人々や、テーブルに並んでいる御馳走に目を奪われていた。
(わくわくしちゃう、ダメダメ。妹がはぐれないように見守らないと!)
 シャーリーはふと、主催者に挨拶などしなくてもいいのかと思い立ち、周囲を見渡したがどこにも主催者の姿はない。仕方なく、妹たちに料理を取り分けてあげることにした。
「ありがとうシャル姉」
 着なれないせいで動きにくく、もし今度そんな機会が有ったならば絶対に男物を着てやる……と強い意志を持ってルーチェは料理を口に運ぶ。
「美味しいわね、家でも作れないかしら」
「でもシャル姉が作ってくれる料理の方が美味しい気もするなぁ。パパもそう思わない?」
「ん? ああ、そうだな!」
 それまで周囲を警戒していたヴァーリーは思い出したかのように料理を頬張り始めた。
「あ、リゼ、リア! こっちにラッシーあるよ!」
 この美味しい奴って家でも作れないかな……ぐぬぬと唸りながらご馳走に舌鼓を打っていたリゼットは急に呼ばれてハッとなる。そしてルーチェの指さす方向にあるラッシーを見た。アリアもいつの間にか隣に来ている。本当はリゼットもドレスには興味がない。だが、アリアが何よりも楽しそうなのでよし、なのである。
 ラッシーは色んな種類があるようで、普通の色のもの、いちご味だろう赤みがかったもの、ブルーベリー味だろう青みがかったもの、ブドウ味だろう紫色のものなど色とりどりだった。
「なんだか、今日のみんなのドレスみたいな色合いね」
 そう言ってリゼットが微笑むと、自分のドレスの裾を引っ張って、アリアが、それとラッシーの色を見比べて目を輝かせる。
「わたし、紫の奴飲みたい!」
 急き込むアリアにくすくすと笑い、リゼットは紫色のラッシーを彼女に渡す。それからシャーリーに赤色のものを、ルーチェに白色のものを渡し、自分は青色のものを手に取った。娘たちの意図を汲んだヴァーリーは近くのボーイから黒色が美しいカクテルを受け取った。
「それじゃあ、パパ、乾杯しましょっ!」
 シャーリーの言葉に頷いて、ヴァーリーはコホンと咳ばらいを一つ。それぞれに出自の異なる家族の姿がそこにはあった。
「では、今日という良き日に、愛らしい娘たちと共にこの場にこれたことに感謝して。乾杯!」
 乾杯! と声が重なった。
 
 
●二組の夫妻と一組の男女と
 遠野北都(とおのほくと)は会場に入った時点ですでに疲れた顔をしていた。その横には友人の氷室直輝(ひむろなおき)が立っている。お互いの妻を待つ間に、北都の口からはため息が零れた。
「帰りたい……」
 北都の呟きに苦笑して、直輝は「いつも心配をかけているんだから、たまの奥さん孝行だと思って我慢しろよ」と耳元で囁いた。そんな二人の前に、華やかなパーティドレスを着た三人の女性が現れる。
 一人は淡いミントグリーンのドレスに真珠のピアスを付け、華やかな中にも清涼感のあるコーディネイトだ。反対に、ワインレッドのドレスにルビーのアクセサリーをチョイスして大人の女性の色気を前面に押し出しているのは、直輝に手を振る女性。最後の一人は白いマーメイドドレス姿のおっとりとした女性で、こちらは連れを探しているようできょろきょろと周りを見渡している。
 北都と直輝がともに自分たちの愛妻、遠野花音(とおのかのん)と氷室月乃(ひむろつきの)の元へと足を踏み出せば、別の方面から最後の一人、上水流(かみずる)まりあの連れが一足早く彼女たちに近寄っていく。北都と直輝の共通の友人である佐倉芙蓉(さくらふよう)だ。
「まりあさん、どうぞ」
 そう言って芙蓉がまりあに手を差し出すと、まりあは小さく微笑んでその手を取る。
「広くて人がたくさんですから気をつけてくださいね」
「はい。わあ、人もたくさんでとっても賑やかです」
 二人が話をしながら周囲を見渡していると、花音は少し緊張してきた。
「北都さん、似合うって言ってくれるかしら」
 小さくぽつりと呟く花音に月乃がくすりと笑って「大丈夫よ」と続けた。
「北都さんは花音を悲しませることはしないと思うわ」
 そう言って自分たちへと向かって歩いてくる愛する旦那様たちに向けて花音の背中を押す。可憐に着飾った花音に、北都は目を見張る。その間に、直輝はスッと月乃へと当然のように手を差し出した。
「お手をどうぞ、奥様」
 月乃は、その如才なさにくすりと頬を緩ませてその手を取った。
 その隙の無い直輝のエスコートを花音はほう、と見て夢心地になる。そんな愛妻の姿を見て、北都は直輝のエスコートを見よう見まねで花音に手を差し出す。差し出された手に花音は目を丸くしてから、満面の笑みを浮かべてその手を取った。
「ありがとう!」
 その花開いたような愛妻の笑みに微笑み、北都は「良く似合う」と言った。
「佐倉さん! 見てくださいこの料理! とっても美味しそう、どれを食べます? 取りますよ?」
 ウキウキとした声でまりあが芙蓉に語り掛けながら、その視線の先で遠野夫妻と氷室夫妻が揃ったことを確認してぺこりと頭を下げた。同じく、彼女の視線の先を見て芙蓉も両夫妻に手を振る。
「佐倉さんもまりあさんと来ていたんですね」
 いけしゃあしゃあと言った直輝は二人をじっくりと見てからくすりと笑った。
「お似合いですよ」
「直輝さん!?」
 芙蓉は直輝のまるで揶揄うような言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「おや? 衣装の話ですよ、二人ともよくお似合いだ」
 そう言って直輝は微笑む。それを聞いて芙蓉は「はぁ」とため息を吐いた。そんな芙蓉の姿を見て、北都と月乃は同時に思った。
(あの二人、まだ付き合っていない、とは……)
 ただ一人、この場において自分と芙蓉の関係がやり玉に挙がっているのを理解していないまりあはため息を突然吐いた芙蓉に疑問符を浮かべながらキョトンとしていた。
「あの、佐倉さんどうかしましたか」
「いや、あの、なんでもないですよ」
 直輝に指摘されたからかなのか、芙蓉の受け答えはため息交じりのものとなった。花音は突然あからさまにぎこちなくなった芙蓉に首を傾げて北都を見上げる。肩を竦めた北都は「あんまり揶揄いすぎるなよ」と直輝に告げた。
「揶揄うだなんて、実際まりあさんの衣装良く似合ってるだろ?」
「あら、ありがとうございます」
 ニコリとまりあが微笑む。それが二つの意味を持っているなんて彼女は全く思っていないのだ。それにまた芙蓉はため息を吐く。まりあの手をそっと掴むと「まりあさん、料理食べましょうか」とついにその場を離れようと強く心に決めて、告げた。
 
 
●従者の心、主知らず
 チェリーレッドのドレスを華麗に翻して呉飛鳥(くれあすか)は従者で、自分自身の将来の伴侶と疑わない群雲巳琴(むらくもみこと)の手によってエスコートされていた。巳琴は普段と同じ燕尾服を身に纏っている。その二人の姿はまさにお似合いの主従であった。
「本来ならダンスを申し込むところですが、それはもう少し先までとっておいてあげるのですわ」
 一つウィンクをして飛鳥がそう告げると巳琴はくすくすと笑って目を細めた。
「それならもう少しダンスのレッスンを増やすべきですね、お嬢様」
 その言葉に飛鳥はムッとしてツンとそっぽを向いてしまう。やれやれと口では言いながら、巳琴の胸中は荒れに荒れていた。
(ああああ飛鳥様いつもの三割増で麗しい~!)
 いつその胸中が涼やかな外面に漏れ出るか分からない状況下で、巳琴はキッと周りを見渡した。最愛の主に悪い虫がつかないように見張っているのだ。もし愛する主に手を出そうとするものが現れたならば、すぐさま排除するような心積もりで周囲を見渡す。今のところ、周囲にその様な輩はいないようだった。
「どうかしたのかしら? 群雲?」
 ふと、不安そうな飛鳥の声が聞こえた。いけないいけない。愛するお嬢様を不安がらせるわけにはいけない。にこやかに微笑むと「いいえ、折角ですし、楽しみましょう」と声を掛けた。それに飛鳥は思いっきり頷いた。
 
 
●兄妹二人寄り添って
 可愛らしい膝丈のパーティドレスで周囲をくるくると見渡して目を輝かせているのは、鏑城彰音(かぶらぎあやね)だ。先日誕生日を迎えたばかりの十二歳の少女にとって煌びやかなアルパカ城の装飾もパーティの豪華さも全てが夢物語の事のようだった。
「あの人が着てるものも、あの人が着てるものも、ぜーんぶ綺麗! すごーい! 美味しそうな食べ物もいっぱい!」
 はしゃぐ妹を見ながら微笑むのは洒落たパーティスーツに身を包んだ鏑城彰斗(かぶらぎあきと)だった。
「お兄ちゃんもとってもかっこいい!」
「ありがとう、彰音。彰音もドレスとても似合っているよ」
 兄に褒められた彰音は頬に両手を添えてにぱっと笑む。満面の妹の笑みを見て、彰斗はこの場に来られた事に満足感を得た。
「誕生日おめでとう、僕が用意したパーティじゃなくて悪いけど、今日はたくさん楽しもう」
 兄の言葉に彰音の顔がさらに明るく花開く。
「私の誕生日のお祝いも一緒? 嬉しい! お兄ちゃんありがとう!」
「うん、料理もたくさん、好きなだけ食べて大丈夫だよ」
 そう彰斗に促された彰音は「食べていいの!」と歓喜の声を上げて豪華なご馳走に目をやった。普段以上にはしゃいだ妹の姿に目を細めて、彰斗は「でも、無理はしないようにね?」と最後に一言だけ付け加えた。「はーい」という妹の元気な返事に、笑みが零れた。


【執筆:結城慎之介】


 煌めく集合灯(シャンデリア)の下、薄布の黒いドレスを揺らめかせて深海・月音は不思議そうに数度瞬きをした。
(……何かしら、ここ)
 気が付けば居た周囲(見知らぬ場所)を見回せば、月の羽衣(銀の髪)が月下香(チュベローズ)と共に空気を撫でる。
 楽しそうな声が響く会場(そこ)に危険が無いと判断した彼女は、それでも仕事(ダイバーとしての自分)からオフへは切り替えずに。静かに音楽へ耳を傾けた。
 すると通り掛かる二人の少女。揃い(双子コーデ)のドレスを身に纏う、バンシーとオルテンシアだ。
「こんな綺麗なドレスをあなたとお揃い出来るなん……夢みたいです!」
 嬉しそうなバンシーに、オルテンシアは無表情ながらも頷き返す。
「今日は、いろいろと特別な日。エスコートするぜ、べいべー」
 月音が仲良しなのねと見守っていると、はたと若草色の少女(バンシー)と目が合う。そして彼女は月音へ屈託のない笑みを浮かべた。
「わあっ、お綺麗ですね。とても似合ってます!」
「ありがとう。あなた達も可愛らしいわ」
 仕事柄、パーティは珍しくなく、こうして褒められるのもよくあること。だが月音の言葉に純粋に笑う少女を見て、彼女も漸く演技でない(作り物でない)微笑みを浮かべた。
(折角だし一曲踊ってみるのも良いかもね)
 こうして月音は踊る人々の輪へ、一人踏み出す。

「楽しそうですね!」
 会場を彩るダンスを眺めているバンシーを細指がつつく。パッと振り向けば案の定オルテンシアが居た。
「バンシーちゃん、1曲いかがですか」
「……! ぜひ!」
 こうして二人は踊り出す。オルテンシアのリードを受け、手を繋いでくるくる、気ままにぴょんぴょん。太陽(バンシー)と月(オルテンシア)のブローチが光を反射する。
「大事なお友達とだから、こんなに楽しいのですね。なんだかきらきらです」
「あははっ、わかります」
 ウキウキオーラを漂わせるオルテンシアにバンシーはより笑みを深める。
 そして曲が変わった途端、リードを代わりくるりと回って――オルテンシアを持ち上げた。それは大好きな友達(大切な宝物)を自慢するように。
「でもオルテンシアさんが一番きらきらしてますよ!」
「ええ、私から見たバンシーちゃんも同じであります」
 片や笑顔、片や無表情。凸凹な二人だが、楽しむ気持ちは一緒だ。彼女らのダンスはまだまだ続くだろう。

 双子の星(太陽と月)が踊るのを、先程から雰囲気を楽しむが如く会場を歩き回っていたルー・マリエットは微笑ましげに眺めていた。
「あ、マリエットさん!」
 すると明るく柔らかな声を伴って、やってきたのは琰 立夏。
「すごく華やかな衣装ですね! 綺麗です!」
 天真爛漫な笑顔でルーと出会えたことに喜ぶ彼女に、青の瞳が優しく細められる。ルーの格好は一見ドレスのような雰囲気があるが、男性用の衣装だ。フリルで飾り付けられたそれは中性的な容姿にとても似合っている。
「あら、立夏ちゃんも来てたのね。ふふ、今日は一段と可愛らしいわね」
「あ、ありがとうございます……ちょっと恥ずかしいですね……」
 頬を赤らめる立夏の動きに、ドレスの赤が揺れる。漢服風のそれは長い布が優雅に靡き、彼女の儚くも活気ある雰囲気を惹き立てる。
「あら、ワルツだわ」
 そうして二人が話している間に、気が付けば曲が変わっていたようだ。聞き覚えのある拍子にルーが呟く。
「……そうだ」
「素敵な曲ですね。……? マリエットさん?」
 急に畏まった様子で手を差し出したルーに立夏はきょとんとした表情を浮かべ、だがその真剣な目に静かに言葉を待つ。
「綺麗なお嬢さん。宜しければ私と一曲、踊って頂けませんか」
 きりりと締まった表情を見せ、甘く言葉を紡ぐ――と思いきや、直ぐにそれは解け、いつもの茶目っ気ある笑顔が戻った。
「……なんてね。ウフフ、どうかしら?」
 あまり見ない表情に立夏は一瞬驚いたが、微笑んで差し出された手を取って。
「あ、喜んで……えっと、アタシはこういった踊りは初めてなので、上手くできなくても笑わないでくださいね……?」
「勿論、笑ったりなんてしないわ。じゃあ、宜しくね」

 赤(立夏)と青(ルー)の瞳が交わって、共にダンスを踊り出す。それは美しい滑り出しを見せたが、まだワルツらしい動きは見せていない。
「立夏ちゃんはワルツ、初めて?」
 原因に思い当たったルーが、踊りながら立夏の耳元に顔を寄せて囁くように尋ねる。
「ちょっと足運びや体重移動がいつもの踊りと違うので……多分慣れれば踊れます」
 彼女は踊り子として十分な才能を持ち合わせている。ただ多くの文化に触れるようになったのは最近で、九輔幇の踊り以外は彼女にとって未知の領域だった。
 上手い下手以前にまだ形にすらなっていないのはそのせいだ。
「OK、じゃあ最初は私に合わせて。大丈夫、立夏ちゃんならすぐに慣れるわ」
 立夏の言葉を受け、ルーは暫く彼女をリードすることに決める。紳士的な仕草と優し気な声で丁寧にタイミングや動きを伝えていく。
 そして徐々に声は止(や)み、動きは淀みなくなって、気づけば当初の不安定さは立夏から感じられなくなっていた。そう経たない内に、彼女は慣れれば踊れるという(言葉通りの)結果をもたらしたらしい。
「立夏ちゃん、どう?」
「凄く楽しいです。ワルツもそうですが……何より、マリエットさんと一緒なので」
「あら、嬉しい!」
 他愛ない会話をしながら、満月(円)を描く。
 ルーと友達になりたいと思っている立夏にとって、こうして楽しい時間を過ごせることは願ってもないことだった。

「はぁー、結構踊りましたね」
 数曲分、夢中で踊った二人は食事の並ぶエリアへと戻ってきていた。満足そうな様子の立夏にルーも同意を示し、それから隣のテーブルに飲み物を取りに向かう。
「失礼するわね」
 テーブルの傍で語らう賑やかな男女に声を掛ければ、彼らの中の一人、エィレニア・ティス・フェンガーリが礼儀正しく会釈する。どうぞ、と返された言葉にルーは微笑みで返してノンアルコールカクテルを2つ手に取った。
「どうぞ、喉が渇いたでしょ」
 戻ってきたルーは、立夏へカクテルを差し出す。彼女の髪のような淡い桃色が可愛らしい一杯だ。
「あ、ありがとうございます!」
 喜色満面の笑みでそれを受け取り、立夏は美味しそうにカクテルを飲んでいる。ルーも同じ桃色で口を潤した。
「ウフフ、楽しかったわ。いつも誘いに乗ってくれてありがとうね」
「ワタシこそ、今日はありがとうございました!」
 初めてのワルツで描いた円は、二人の縁を深める一助となる。乾きが潤ったなら次は食事をしましょうという提案に、賛成の声が響いた。

 一方、ルーが先程訪れたテーブルの傍で、4人の男女はまだ和気あいあいと話をしていた。
「男装も似合うな」
「うん、格好いいね」
 違和感なく男装(フォーマルなジャケット)を着こなすリルク・C・ラトウィッジに、同じく正装を身に纏うジルギス・ランバートと、ワンピースドレス姿のルーシェ・アルジェントが微笑(ほほえ)む。
「ルーシェもとっても素敵だよ! ジル先輩は……悔しいくらいかっこいいな!」
「だよね! ジルも格好いい」
「ありがとう、ルーシェは可愛いぞ」
 明るい笑みを浮かべたジルギスは、それに、と言葉を続ける。
「ニアは大人っぽくて綺麗だ。つい、年下なのを忘れるよ」
 その言葉に二人も綺麗、素敵と言い、礼を返すエィレニアの頭でエレガントなドレスに合わせた髪飾りが揺れる。
「ふふ、皆も素敵です。ありがとうございます」
 それは彼女らしい丁寧な所作だが、ジルギスは僅かに違和感を覚えていた。

 何故だか目が合わない。
 パーティーとなれば、慣れない人が居るのも当然で。考えた後(のち)、ジルギスは彼女に近づいた。
「これ美味いぞ。どうだ?」
「え……あっ」
 料理を差し出され、少し驚いた声が零れる。それはジルギスなりに彼女の緊張を解こうと試みての行動だったのだが……実のところ、彼女は彼の正装にドキドキしており、距離を開けたがっていたので逆効果となった。
 だが目の前に差し出された料理は美味しそうで、腹は鳴らずとも胃がきゅうっとなるのを感じる。
(……料理の誘惑には勝てませんっ)
 高鳴る鼓動を感じながら、エィレニアは料理を受け取った。

「あれって……!」
 その頃、他の二人も思い思いに食事を楽しんでいた。そこでルーシェはふと、踊る人達を見つけ声を上げる。楽しそうな様子に体が疼き、直ぐに動き出して料理を頬張るリルクの手を引いて歩いていく。
「ねね、わたし達も踊ろうよ!」
「えっ、ダンスなんてよくわかんないよ?」
 急に手を引かれ驚きと困惑が混ざった表情で笑う彼女は、もうルーシェに誘われ踊りの輪の中だ。
「大丈夫、大丈夫、わたしに任せて♪」
 自信満々に答えるルーシェは、リルクをリードしながら楽しそうに笑って踊る。
 上手なだけでなく心からダンスを楽しむ彼女に、リルクは身を任せることに決めてやれやれと微笑んだ。
 滑らせるように足を動かし回って、同時に円を描くように二人は踊り――そこでルーシェが一度動きを止める。彼女の意図に気付いたリルクはにっと笑って、二人は一緒に手を振った。
「ほら、ジルとニアもおいでよー!」
「ジルせんぱーい! ニアー! 踊ろう!」
 それに気付いたジルギスは今行くと答え、それからじぃっとエィレニアを見つめた。暫くして彼女がちらりと視線を向ければ、ばっちり二人の目が合う。
 思わず目を逸らされる前に、彼は軽く会釈をして笑顔で手を差し伸べた。
「オレと踊って頂けますか?」
 エィレニアの手が少し戸惑うように動く。だが触れる事への戸惑いよりも嬉しいという気持ちが勝てば答えは一つだった。
「喜んで」
 そっと手を取り、はにかんで。二人は友の呼ぶ場所へ歩き出す。

 こうして楽しく過ごす彼らを遠くからただ見つめる影があった。その正体、ルナ・クライストは静かに佇みながら誰かを待ち続けている。
 それは遠い昔の約束。引っ越しの別れの時、いつかまた貴方に会いに行くとルナは誓って――未だ、会えないまま。
 この広く人の入り乱れた此処(パーティー会場)でなら見つけられないかと、ずっとずっと、赤い髪を飾る白い星花と共に立っている。
 けれどそれも終わり。
「一曲、付き合ってもらえるかな?」
 やってきたのはレグルス・クライトン。
 彼は純白のドレスと柔らかなメイクで彩られたルナを見て、普段と違うその美しさに思わず感嘆し息を吐く。そして彼女の待ち人だと言わんばかりに手を差し伸べて、そう告げたのだ。
 目を細め、優し気に見つめるその白いタキシードに、ルナは何故か僅かに瞳を潤ませる。
「レグルス、ありがとう。迎えに来てくれて」
 彼女は差し出された手に手(同じもの)を重ねる為、そろそろと腕を伸ばして微笑んだ。そう、彼こそがルナの待ち(約束の)人。
(私は行けなかった。でも、貴方から来てくれた)
 感謝の言葉はエスコートに対してか、それとも約束に対してか。曖昧に笑う彼女の手がレグルスの手に重なる。
 瞬間、彼は一つの強い縁を感じた。あたたかなそれに静かにはにかみ、その正体を、ルナの表情の理由を彼は知る。
 それはとうの昔に置き去りにしてしまっていたレグルスとルナの縁(約束)。

 そして二人の影は重なり合って踊る。
 手を取り合って踏み鳴らすステップの中で、レグルスはルナに語りかけた。
「今わかった。あの日約束した女の子、それは――」


【執筆:星灯】


 悲喜こもごも。様々な感情が渦巻いていた。
「悪くないな」
 ジャミル(十六島・甘美)は嘯く。これでBGMがレクイエムなら最高だったのだが、さすがにそれはこの社交場には望むべくもない。その代わりに、極上の人間模様がここにはあった。視線の先には、一組の男女の姿が見える。

※※※

「お一人かな?」
 そう声を掛けた相手のその顔が、あまりに妻に似ていたものだから――長谷部 勉は軽く息を飲んだ。だが、似ているだけだった。

妻ではない。

 だから差し出した手はそのままに、微笑みかけた。壁の花に声を掛けるのもまた、紳士の役割であるはずだったから。

「どうでしょうね。独りかも、しれませんよ」
 ドゥー(来瞳 諄)は微笑む。何も知らずにいるその様が、どこかの女を彷彿とさせたから。だが、普段は露にすることが出来ない嗜虐心も、この場においては着飾る必要が無い。だから、彼は嘲笑(わら)った。
「私は男ですよ」

 それ以上に男(エスコート気取り)のプライドを傷つける言葉も、そうは無いだろう。完璧なはずの仮面にわずかな軋みが走る。

「なるほど。いや、お暇そうだったから話し相手などどうかと思ってね」
 相手が女ではないからと言って、手の平を返すのは自尊心が許さなかった。妻によく似た顔から逃げ出すような真似は、善しと納得できなかった。
「それでしたら」
 どうぞ、とドゥーが答えようとした――その時を待っていたかのように闖入者が割って入った。

「よう。お二人さん。酒も、料理も。ホールも空いてるぜ?」
 声を掛けてきたのはジャミルだった。事実、期を窺っていたのだ。苛立ちや困惑(会話をブッた切って)、極上の黒い感情を味わう(全部台無しにする)ために。

「そう――ですね。まずは酒でも取りに行きましょうか」
 あくまで気を悪くした様子の欠片も見せずに、勉はにこやかにドゥーとジャミルへ提案する。そんな彼へ、ドゥーはまたしても微笑んだ。
「ふふっ」
「――何か?」
「可愛げがない」
 神経を逆撫でするように、続けた。
「賢しらな振りをして――まだ、貴方よりも駄犬の方が利口なのに」

 いちいち妻に似た、男だった。
((俺の)じゃじゃ馬の方が余程マシだ)
 気づかなかったフリをして、勉は口の中でつぶやく。

 そんな様子を、悪魔だけが見て嗤っていた。

●
「今日は、飲んでもいいだろう?」
「――酔いすぎない程度にな」
「分かってるさ。大丈夫だとも」
 招待状を片手に上機嫌の神楽坂 礼蘭の、その後ろを羽柴 真幸は歩いてゆく。彼女の美しく整った濃紺の髪に、紅の薔薇が咲いていた。
『君の、瞳の色だな』
 そう言ってドレスと揃いで礼蘭が選んだのだ。だから自分も彼女の色を身に纏った。

 立食パーティは中々に盛況のようだ。あちこちで人の輪が咲いている。
「誰か、知り合いは来ているかな?」
「どうだろう」
 ウェイターからワインを受け取ろうとした、その時に誰かが礼蘭にぶつかってしまった。
「――うわっ!?」
 真幸が腕を伸ばすが間に合わない。

※※※

「きゃっ!?」
 料理を手に取ろうとしたところで、リーチェは背中に軽い衝撃を感じた。振り返ればムーンストーンの瞳がこちらを見つめている。
「――何か?」
 問い返すとその女(礼蘭)は気まずそうに視線を外し、詫びた。
「っ……! すまない人違いだったようだ」
「はい。私は貴女を知りません」

 連れの男と共に去っていくその背中に胸がざわつく感覚を覚えつつ、リーチェは改めて料理を取る。
「大丈夫か、リーチェ? 今のは?」
 タイミング悪く外していたヴェーロフェリコが戻ってきては彼女へ声を掛けた。
「フェリコ様――なんでもありません。お知り合いかと問われましたが、覚えがありません」
「なるほど……俺もあんな青い連中には覚えがないが」

 気を付けろ、と声を掛けてヴェーロフェリコはリーチェの腰を抱き寄せる。空いている二人掛けのソファに腰を下ろすと、リーチェが問うた。
「あの方は私の知り合いだったのでしょうか?」
「知らんな」
 ヴェーロフェリコの口調はいつもよりも素っ気ない。その厚い胸板に抱き留められてリーチェからはその表情が見えなかった。だから、その心の臓に囁くように呟いた。
「フェリコ様。貴方の嫉妬はとても……美味です」
 空いた手で、かり、と爪を立てる。傷痕を疼かせるように、何度も、何度も。

「嫉妬など、していない」
 言い捨ててヴェーロフェリコはステーキを噛みしめる。肉汁と共に、僅かな血の味がした。その肉を、血を、魂を、命を咀嚼して――彼は伴侶へと分け与える。その存在のほんの欠片さえも、自らと同化させるように。
 そんな傲慢な男の求めを、嫉妬の悪魔はただ、受け止める。

※※※

 既に二人の姿はここからは見えない。去り際のあの男(ヴェーロフェリコ)の視線がどうにも不快に感じられ、距離を取ったのだ。
「あれは、昔の私かな」
「似ている、のか? 昔の君と――」
 呟いた礼蘭の一言一句に、真幸の胸の裡がざわつく。不快感を拭うように赤ワインを呷れば、渋さだけが口に残った。
「いや、あれは別人だ。私は――君といる」
 そんな真幸に、礼蘭は掌を重ねる。少し鼓動の早い脈動が感じられた。
「ああ……わかるよ」
 一緒にいよう。そう微笑み、真幸も手を握り返した。程よい喧騒の中、時間だけが過ぎてゆく。

●
「ヒガサはどこじゃぁい!?」
 アロマ・ファミーユは憤っていた。アロマはヒューラントの出である。普段は灰桜の髪が美しい、18歳の特務局員である。物腰の柔らかさも相まって、周囲からの人徳は高い――酒が入っていなければ、の話だが。
 気が付けばこの場所にいた。周囲には、おとぎ話に聞いたような純白の羽根を持つ男女の姿。ここが天国ならば、死に別れた婚約者だって――。その後ろ姿を探すうちに、少しばかり今日は飲みすぎていたのかもしれない。だから次の瞬間には身体が動いていた。
「いた! 馬鹿馬鹿馬鹿会いたかっだぁぁ!」

「ぐぇっ」
 突如として死角から現れたアロマのタックルを喰らって、蛙の鳴くような声を上げたのはカナメ(大地 奏名)だった。今日はコハク(天国 コハク)のエスコートを――と思っていたのに、何たる羽目だ。押し倒されて痛む身体を無理やり起こして視線を巡らせる。
 ――ぱちり。
 事の次第に取り残された、コハクと目が合った。
「カナさん……」
「ち、ちがっ」

 弁明の言葉は、アロマの叫びにかき消されてしまう。
「私を置いて行くなんて酷い!」
「だーっ! 人聞き悪い事言うな!」
 女性に手を上げるのは本意ではないが、この場はどうしようもない。尚も抱き着いてくる女を引きはがそうと腕に力を籠め、その肩を押し返す。
「一応言っとくがコハ、この女とは何の関係も……」
 ない、と続けようとした、カナメのその動きが止まる。視線の先のコハクは、あろうことか瞳を輝かせて二人の様子を見守っていた。
「私、生の修羅場を見るの初めて! こんなに胸が高鳴るのね……!」
「――って、悦ぶんじゃねぇ!」
 溜息と共にアロマを振りほどき、立ち上がるカナメ。

 それを見上げたアロマが次に口にするには――
「……って誰? 騙したな! この詐欺師!?」
「大丈夫、分かってるから。カナさんも男の人だって」
「何も分かってねぇな!?」
 頼むからこの頭痛は悪酔いのせいであってくれ。切にそう願うカナメに救いの手は無かった(みんな見て見ぬフリをした)。

●
 花のかんばせの、眉間に深々と皴を刻んでセレジェイラ(明坂 桜侍)が怒声を上げた。
「お前ら力いっぱい勝手なことすんな!」
 視線の先には惨状が――惨状としか言いようがない現実が、横たわっていた。
※※※
 せせらぎの様なピアノの旋律をバックに、鈴のような歌声が伸びやかに広がる。さすがに贅を凝らしたパーティの会場だけあって、備え付けられているピアノも申し分ない状態の一級品だ。サルファー(匂坂 沙羅)は笑った。なんと楽しいことだろうか。隣を向けば、カメリオ(鴨井 椿)の瞳が微笑んでいた。
 頷きをひとつ交わし、テンポを上げる。パーティの楽しげな空気を乗せて、どこまでも、どこまでも走るように。
「僕たちの音楽(歌)、聞いてよ!」
「俺たちの音楽(演奏)、聞いてくれよ!」
 大広間に音を響かせてゆく。天使も、悪魔も。人間も――見たことが無い種族もいたけれど、皆が、二人の音を聞いていた。ああ、あそこには――テルメティ(明坂 壱之丞)がいつものように漂っている。彼女の黒い羽根は、自分たちとはまた違って美しい。
 その艶やかな光沢をモチーフに曲を作ったら、どんな調べになるんだろう?
 インスピレーションに任せて転調、大きくジャンプ。サルファーは躊躇わない。カメリオがちゃあんと着いてくることを知っているから。魂を分け合った彼らには音楽だけで十分だった(言葉は必要ない)。
※※※
「あ~、さいこ~~~」
 テルメティは溶けていた。大広間にステージという概念はないが、ここならばサルファーとカメリアの顔が良く見える。二人とも楽しそうに、音を紡いでいた。時折りテルメティの前を横切る無作法者がいないでは無かったが、それら全ては軽く魔術を掛けて外に放りだしておいた。
 酒も極上、スタッフの教育も行き届いている。
(来てよかったな~)
 何杯目か分からぬ酒のグラスを傾け、瞳を閉じる。耳から身体を振るわせる音の響きが心地よい。
 夢見心地の中、テルメティはミュアン(明坂 みゅみゅあん)もついでにポイっとする。
『なぜッ!?』
 遠く聞こえる断末魔(ざつおん)は、音の魔法で遮断しておいた。
 エンターテイナーを花と賛辞で労う、その特権は自分だけのものだから。
※※※
 気が付けば、ミュアンは屋根に突き刺さっていた。おかしい。
「アネキ(テルトゥメティ)のお気にって――」
 お前ら? と、声を掛けようとしただけだった。実際には、最初の『ア』を言い終わる頃には、テルメティに吹っ飛ばされていた――のだと思う。たぶん。
 七魔連合の一角に名を連ねるミュアンをしても、何をされたのかわからなかった……頭が、どうにかなりそうだった……。
 アネキのお気にで、ちょっと遊んでみたかっただけなのだ。そうすれば、もっとアネキの事が分かるかと思ったのに。
「鉄壁ディフェンス、厳しくね!?」
 叫びは夜の黒に溶けていく。
「――っていうか、ここどこ!?」
※※※
「こんな所で魔術使うな!」
 セレジェイラはこめかみを押さえる。主催者(変なアルパカ)は『喧嘩はご法度』と言っていなかったか。こいつらの脳みそはプリンか何かなのだろうか。
「アンタも! そこで座ってないで!」
 憤懣遣る方ない様子で指差す先にはアルニール(鴨井 蓮)がいた。広間の騒ぎ自体には興味が無い様子で唯ただ、この場の解析に耽っている彼女が自身の上官だとは――そんな事実を認めたくは無かった。幼稚園児の引率は、上官の役割じゃあないだろうか。
 なら、上官が小学生(ちょっとマシな程度)なら……? 眩暈がする。

「争いごとが禁止なら、悪魔は気にせずともよいのでは」
 アルニールは副官からの指摘にそう答えた。事実、争いごとには至っていない。賑やかなのは、このパーティの空気としてはそう悪くないように――彼女には思えた。
「そうだよな。せっかくの楽しい日なんだから、平和にいこうぜ?」
 アルニールに纏わりついた、プラナス(新橋 杏子)も続ける。最前からアルニールに向けて水煙草の煙を吹きかけたり、魔法陣を宙に描いて見せたりとちょっかいをこれ見よがしに掛けている彼女の姿も、また、セレジェイラの頭痛の種の一つであった。
「細けぇこと(悪魔も天使も)、気にすんなよ?」
 久しぶりにゆっくり話そうと、見せつけるようにプラナスはアルニールの腕へと自身のそれを絡める。彼女の反応が無いと知っていて、なお、セレジェイラへ見せつけるために。
「俺らは俺らで――ゆっくりするからさ」
 副官サンも、ごゆっくり。
 煙と共に、言葉(呪い)を掛けた。
「――いや、私はそろそろ帰りますよ」
 手にした巻物を几帳面に巻き取って、アルニールが立ち上がる。気が付けばサルファーとカメリオのパフォーマンスも終わったようだった。解析を終えたアルニールとしては、十分にこの場に来た目的は達した。
「二人を呼んできてください」
 セレジェイラへと声を掛け、帰還の魔法陣を描くアルニール。
 そんな様子も、また、いつもの事。プラナスは哂った。
「またな!」
 返事は、無い。魔力がひとつ波打って、そして、消えた。
 パーティ会場は、元のさざ波のような談笑が聞こえてくるばかり。悪魔たちもまた、この場を一人、また一人と去っていく。ある者は地獄へ還り、ある者はこの不思議な空間をまだ楽しむのだろう。饗宴の夜は長い。
●
 このパーティ会場が如何な空間であったとて、シャルラッハ(鬼燈 緋音)のすることに何ら変わりはない。むしろ適度に酒に酔った連中は警戒心も薄く、軽く色香を匂わせるだけで面白いように暗がりから手招きする彼女の手を取った。
「――あら?」
 そんなつまみ食いに精を出していた彼女の目の端に、褐色の悪魔の姿が映る。部下(お気に入り)の一人である、シトラ(中野・詩繫)だ。

(ああ……クソッ)
 シャルラッハの護衛の任を任されていたのに、逸れてしまったのは確かに失態かも知れない。だからと言って――何も、あんなどこの馬の骨とも分からない貧相な男の精気なんて吸わなくても! シトラは憤っていた。
 苦労して彼女を見つけてみれば、これ見よがしに食事中と来たものだ。こちらの視線には気が付いているだろうに、一向に構う素振りが無い。

「邪魔だよ!」
 被害者たち(生気の抜けた表情で呆ける男ども)を蹴散らし、シトラはシャルラッハへと歩み寄る。
「あんなの見せつけられたら、あたしだって昂るんだけど」
 笑みの形に吊り上がった、その艶めかしい唇が開く前にシトラはそれを貪る。答えなぞ求めていない。二つ名(『怪力乱神』)に違わぬ膂力を以て主を抱き上げると、人気のないラウンジへと向かう。
(ふふっ、かわいい子)
 シャルラッハは承諾の返事の代わりに舌をねじ込み、首へ回した腕に力を籠めて身体を密着させた。

 彼女たちの宴はこれから、始まる。


【執筆:かもめ】


「ここはドコなのだワヨ」
 Lucienne・Mussetは城のような豪華な景色に迷い込んでポカン。
「……どこ、でしょうね」
 振り向くと隣に化良(けら)・応介(おうすけ)がいた。パーティースーツに身を包み、胸にラナンキュラスを挿している。
 応介(密かな想い人)の艶姿にLucienneの心臓は壊れそうだ。
「ブグバクチャン! なんて格好してるだワ」
「それは……リュシーさんもでしょ。その、似合ってますね」
 胸元は白く裾に近づくにつれ焔色に染まるプリンセスラインのドレスをLucienneは纏っていた。頬も焔色だ。

 その時会場にセオ(朽木 星音)の歌が鳴り響く。六翼の天使が謡うは神(尊き主)へ捧げる祝福の歌。
(悪魔なんて穢らわしい)
 会場にちらほらと見える悪魔を、今すぐに焼き払いたいが、神(尊き主)がこの場での戦いを禁じられたなら不承不承従うしかない。
「人よ、神様から詔を賜ったこのめでたい日を共に祝おう」
 
「デルタでス! コチラの帽子にゴ注目!」
 デルタミール・アックドネメシスが帽子をひっくり返すと鳩が飛び立った。
 セオはショーを盛り上げるべくBGMを歌い、バックダンスを踊り、魔法で水飛沫をあげて演出を施す。
 豪華な演出も相まってデルタミールのマジックショーは大いに盛り上がった。拍手喝采を浴びて、デルタミールはどこへともなくお辞儀をする。
 二人が舞台を降りると、管弦楽の音色が流れ、会場は舞踏会(ダンスホール)に早変わり。

 セオは応介達と似た顔を天界で見た気がした。
「君達、どこかで会ったかな」
「ンマ! 運命の出会いナイあるヨ」
「天使の知りあいがいたら、会ってみたいですね」
「気のせいかな。邪魔をしたね人の子よ」
 セオが立ち去ると応介は呟く。
「想い出した。リュシーさんを俺がパーティーに誘ったんですね」
「ドウシテ?」
「……お世話になっているので」
 気恥ずかしさに眉を寄せつつ、日ごろの親交に感謝を込めて、上品な花飾りをそっと贈る。Lucienneは金魚のように口をぱくぱくさせ、ばんばん胸を叩く。
「ンモゥ! バカバカ! heartのお準備アルだワヨ!」
 焦って憎まれ口しか出てこない。内心冗談っぽく誤魔化せただろうか? と思いながら。応介はそっと手を差し出した。
「……せっかくだし、踊ります?」
「……ちゃんとエスコートするシテよネ!」
 嬉しくてにっこり手をとった。
 人と手を繋ぐのは苦手な応介のリードはぎこちなく。それでも懸命にステップを踏む。彼女に楽しんで欲しいから。
 応介を見つめて踊るLucienneは、日だまりのような笑顔を浮かべた。

 オールバックに礼装を着た芳田(よしだ) 権三郎(ごんざぶろう)は慣れない衣装に嫌そうに首回りを緩めようとした。
「せっかくの服が台無しですよ」
 内藤(ないとう) 司(つかさ)が咎めると、権三郎はばつが悪そうに目をそらす。司の衣装にも慣れない。細身の肢体によく似合う中華風のAラインドレスを纏って、眼鏡もなく髪をアップにしている。普段は性別不祥のラフな格好なのに、今日は綺麗な女性にしか見えない。
 権三郎が戸惑う間に、司は会場内の料理を山盛りに盛って戻ってきた。
「どうぞ?」
 いつもは司が強制的に食べさせられている。その意趣返しのつもりでぐいと押し付けると、権三郎はにっこり笑って司の顎を掴んだ。
「……っ!!」
「上手に食べれたら踊ってやろうか? はい、あーん」
 権三郎は揶揄するような笑顔で、顎を押さえたまま料理を突っ込む。司は飲み込まざるを得ない。
(……クソが)
 手を振り払って痛む顎を撫でつつ、権三郎を睨んでもぐもぐ。
「……踊れもしないのによくもまあ。いいですよ? ちゃんとリードしてくださいね?」
 挑戦的な笑みを浮かべて、司は皿を机に置いて権三郎の手を掴む(喧嘩を売る)。
 繋ぎ直した手(売られた喧嘩は買う主義)を引いて、司の腰に手を回し権三郎はステップを踏んだ。
 娘にせがまれ昔取った杵柄。これくらい……と思ったが、娘とサイズが違う司にモタつきかける。踊りは得意な司ににやりと笑われ、舌打ちして誤魔化すようにくるりと回した。
 仲良く喧嘩しながら、音楽に乗って回る回る。

 地の天使リュラ(卯咲・心)は色欲の悪魔アルファ・アクィラエ(半田・笹丸)を無理やり誘って舞踏会に参加した。
 夜空の星を纏ったドレスの裾を掴み、リュラはきょろきょろ見回す。黒い燕尾服のアルファが逃げ出さぬよう、しっかりと手を握りしめたまま。
 リュラは踊りを終えた司達へ近づいた。
「そちらも夫婦でご参加ですか。うちも夫婦で」
「「「夫婦じゃない」」」
 司と権三郎とアルファの全否定に、リュラは羽をぴこぴこ縮めてしょんぼり。恨めしげにアルファを見つめる。
「結婚してくださいといいましたのに」
「……」
 夫婦は否定するが羽がぴこぴこ動くあたりアルファも吝かではない様子。何か口にしかけ固まった。舞踏会の中心で大勢が輪になって踊るのが目を引いた。
 蝶ネクタイをつけた鳩ジュールとポラリス・ポモナ・ポリュディケースが、音楽に合わせて器用にダンスを踊る。ポラリスは土鳩(カワラバト)ようなドレススーツを着て、胸元にはクラバットと鳩のピンでアクセント。周りにいる人を引き込み踊る。
「そこの鳥の羽が素敵な人、アナタも鳥ですよね? 踊りましょう」
 リュラやアルファの翼を鳥仲間と認識したらしい。アルファは思案する。二人きりで踊るのは勘違いをされそうだが、他の者と一緒なら……。
「……興が乗った。踊るぞ」
 アルファが手を取ると、リュラは嬉しそうに笑う。
「はい、もちろん」
 二人はポラリスと並んで踊り出す。リュラは絶対離さないという勢いでアルファの手をぎゅっと握りしめる。
「もうこれは夫婦では? 相思相愛では!?」
「何故だ! まぁ、堕天してくるなら面倒をみてやらんことも……」
「堕天はしません。結婚してください」
「だから、どうしてそうなる」
「一目惚れです。結婚してください」
 ぐいぐいと結婚を迫るリュラと嫌がるアルファの姿を、ポラリスは微笑ましく見守り、ジュールを手の甲に乗せ、ひらりと踊る。
「ははは、仲良いんですね」
 リュラとアルファは踊りながらジュールを見た。
「まあ、可愛い鳥さんですね」
「鳥と踊るとは器用だな」
「ああ、鳥は元々美しいが、オレのジュールがやっぱり一番だな!」
 ジュールの自慢をしながらパートナーを変え、鳥が空を舞うように華麗に踊り続ける。

「鳥と一緒に踊るの楽しそうだね」
 乃木平(のぎひら) 乙女(おとめ)は青空色のロングドレスを纏って、そわそわと会場を見回した。
「周囲を見てないと危ないぞ」
 煌びやかな会場に戸惑いつつ朔真(さくま)が腕を差し出すと、躊躇いがちに乙女は腕に手を添えた。
 白地に蒼が映える幻想(ファンタジー)の騎士のような衣装が朔真にとても似合っていて、思わずじっと見てしまう。
(はわわ、かっこいい)
 朔真も艶やかなドレス姿の乙女を思わず見てしまい、目と目が合う。心の奥から湧き上がる温かなものに、自然と朔真の眼差しは和らいだ。
「乃木平は踊れるのか?」
「ちゃんと踊れるように、私準備はばっちりです! 任せてください」
 きゃっきゃっはしゃぎながら、朔真の手をとりステップを踏んで見せる。朔真も乙女をお手本に真似た。
「手の位置はこうです」
 片手を繋いだまま、朔真の手を腰に導いた。抱きしめるように向き合い、気恥ずかしく目を逸らす。優雅な音に合わせて、二人は踊りはじめる。
「流石乃木平、未来の女優たるものの嗜み、だな」
「役ではやったことありますけど、本物の舞踏会なんて初めてですよ~!」
 結い上げた髪のうなじは色っぽく、普段より大人びてみえるが、中身はいつもと同じく無邪気で。そんな乙女と踊る朔真の心も弾む。
 近すぎる距離とロマンティックな雰囲気に、乙女の胸もドキドキ。
 音楽と胸の鼓動をシンクロさせて、二人で踊る円舞曲(ワルツ)は幸せのリズム。

 地獄では魔王として君臨していたカリナ(暁 狩奈)だが、ここでは暴力行為はご法度。言い寄る男共を無視してアオイ(香澄・葵)の元へ駆け寄る。
「カリナっち。こっちこっち!」
「一人で勝手に行かないでよ。アオイ」
「ごめんって、はい、あーん」
 アオイが料理をフォークで差し出すと、自然とカリナの口が開く。
「美味しい?」
「うん、美味しいって……アオイ。口元についてる」
 アオイの唇についたクリームを指で拭うと、カリナはぺろりと指を舐めた。その妖艶さにアオイは恥ずかしげに目をそらす。
「んふふ♪ アオイはいつみても可愛いわね。さ、踊りましょ」
「しょうがないなぁ……カリナっちは」
 食事を中断し二人は踊りの輪に交じる。手を繋いだまま相手しか目に入らずに、くるりくるりと回る。フリルたっぷりのスカートがふわりと揺れた。
 カリナがアオイの腰に手を置いてぐいと引き寄せる。
 腰が露になったアオイの服はあまりに無防備だ。じろじろと見ては遠巻きにアオイの悪口を言う悪魔達に、目力(魔力)のみで殺せそうな威圧をする。その威圧に逆らえず悪魔達は散っていった。
「カリナっち、どうしたの? 怖い顔して」
「ううん。何でもない。アオイが可愛すぎるのが罪なのよね」
「……カリナっちも、可愛いーよ」
 アオイの褒め言葉に、先ほどの威厳は消え、甘く蕩けるような笑顔が咲く。
 魔王だけれど、アオイ(シンデレラ)の犬だから。二人の視界には誰も映らない。

 悪魔達が踊るのを眺めナサニエル(矢薙・知晴)はため息をつく。本来なら成敗したいがここで暴力行為が禁止らしい。隣のシャカ(迦空・真)に話しかける。
「まさか卿とこのような形で再会するとはな」
「その名はもう棄てたッスよ、大天使サマ」
「その名しか私は知らない。その名が嫌なら今の名を名乗れ」
「オレの名はシャカ」
 ナサニエルに憧れ、自分だけを見て欲しくて堕天使になった。再会して想いは余計に膨れて歪む。
「アンタがこうさせた……だからよく憶えておいて下さい」
「覚えた。が、呼ぶかどうかと、我が身が誰のものかは私が決める」
 煽るように応える傲岸不遜な態度が相変わらずで、シャカは白い翼に触れた。
(穢れ無き翼をもいででも……自分の物にしたいって。解ってるんッスかね)
 白い翼と黒い翼が一瞬重なり合う。
 ナサニエルが名を聞いて満足そうに目を細めたのは一瞬。黒い翼に眉をひそめると、シャカの口に皮肉な笑みが浮かんだ。
 一瞬で距離をつめ、ナサニエルの耳元に囁く。
「イイ顔ッスね」
 悪戯っぽく笑いながらさっと離れ、優雅にお辞儀をして、すっと手を差し出す。
「一曲、踊って下さいッス。ナサニエル様」
 悪魔らしからぬ(天使の片鱗を残した)態度に、一瞬見惚れてからナサニエルは頷いた。
「……構わないよ」
 手を掴んで腰に手を伸ばし、強引にステップを踏み始める。シャカも文句一つ言わずソレに合わせた。
 天使と悪魔。今日別れたが最後、永劫逢わぬ円舞曲(ワルツ)を惜しむように二人は回る。

 天使と悪魔の円舞曲(ワルツ)を眺め、かつて天使だった強欲の悪魔リュッカ(影谷 揺楽)は、せつなげにため息をつく。
「天使と悪魔が踊るのね」
 憤怒の悪魔アインスト(二ノ宮 鉄騎)はリュッカに寄り添い笑った。
「俺達はもう悪魔だろ」
「そうね……」
 リュッカの手をとって、手の甲に口付けを落として微笑む。リュッカはほんのり頬を染めた。
「折角だ。踊ろうぜ」
「……いいわよ」
 管弦楽の演奏に合わせて。二人は円舞曲(ワルツ)を始めた。
 鮮やかな蒼と深みのある紫に彩られたフィッシュテールドレスの裾が、踊りに合わせて揺れる。
 彼女を腕の中に閉じこめるアインストはブラックスーツにシルバーのネクタイを締めている。立派な紳士淑女の舞いにしか見えないが、リュッカは一人戸惑っていた。
「ねえ……近くない……?」
「ダンスってのはそう言うもんだろ?」
 顔も体も近すぎる上に、いつもより甘いアインストの言動に翻弄されて心が乱れる。戸惑う姿をニヤニヤと眺め、慣れた手つきでぐっと腰を引き寄せ、耳元で囁く。
「なんだよ、人が見てると恥ずかしいってか?」
「そういうのじゃないわよ……」
 心を乱されながら、彼にならもっと翻弄されたいと願ってしまう。くるりと回る瞬間、二人の目と目が合った。
「俺だけ見てろ」
 まっすぐに告げて、口付けを落とす。大胆不敵な様子に負けじと言い返す。
「あなたしか見てないわ……いつも」
 お返しに噛みつくようなキスを返して。悪魔達は愛を囁きあう。

 円舞曲(ワルツ)の音色に乗って、何組ものカップルが踊る。アオイとカリナが踊る横を、乙女と朔真が通り過ぎる。ナサニエルとシャカ、リュッカとアインストが交差して翼がはためいた。

「え……いま……」
 ネア・ファミーユの視界に、一瞬リュッカ達のキスが見えた。子供に刺激が強いだろうとムーツィオ・フラグランツァが割って入る。燕尾服姿も堂に入った紳士的な仕草でお辞儀。
「俺がお嬢様方をエスコートするですぞ」
「助かります。こういう所は……慣れないもので」
 レオナ・マイグレックヘンはブルーグレイのドレスを纏い、もじもじと身をよじる。パーティもダンスも未経験で振る舞いが解らない。二人の友人がいてくれるから、少しだけ安心できる。
「踊った事、ない、けど、レオナさん、ムーツィオさんとも一緒なら、大丈夫、かな?」
「私も踊ったことはありません」
「足、踏んじゃったら、ごめんなさい」
「ご安心を。小猫の様な足に踏まれても痛くはありません。ステップはこんな風に」
 ムーツィオがお手本を見せると、ふんわり白い膝丈ドレスを纏ったネアは見様見真似で踊った。
「お上手ですぞ。さあレオナさんも」
 妖精のような可憐なネアに見惚れたレオナは慌ててステップを踏む。間違えないよう気を張るから、表情も動きもぎこちない。
「失敗を恐れずに。そも、ダンスとは自由で良いのですぞ! 音に任せて、心の赴くままに!」
 レオナがステップに慣れてくると、ネアは楽しそうににこにこ笑いながら手を伸ばす。レオナと手を繋ぐと、ネアの体がふわふわする。レオナがひらひら舞うのも美しい。
(花を水に浮かべて風に任せているみたい……)
 ネアが笑うと、自然とレオナも笑みがこぼれる。
「ムーツィオさんも、一緒に、どう、かな?」
「では、俺も踊りの輪に入りますかな」
 ネアとレオナと交代しながら、ムーツィオは華麗にリードする。
「はは! 社交場と言えば息が詰まる日もあるが、今はこんなにも楽しい!」
「息が……詰まる? 苦しいの?」
「ダンスで間違わないか、息が詰まりますね」
 二人の勘違いを否定せず、ムーツィオは楽しげに踊り続ける。
 ネアが見回すとシャンデリアに照らされて、皆が楽しそうに踊る姿が、きらきら輝いて見える。
「ふふ、楽しい。皆のダンス、素敵、だね」
「まるで夢のようですね」
 レオナは舞踏会の眩しい光景に、思わず目を細めつつ幸せを感じた。

 ムーツィオはネアとレオナの為に飲み物を取りにいき、白井(しろい) 真珠(しんじゅ)が壁の花になっているのに気がついた。
「失礼。お加減でも悪いのですかな?」
「……いえ、心配ありがとうございます」
 真珠は左目を隠し、右目だけでちらりと見て首を横に振る。それ以上深入りせずムーツィオは去った。
 ほう……とため息をついて、真珠はドレスの裾をつかんだ。海のような蒼地に、白い光沢の鱗のように輝くスパンコールがあしらわれたマーメイド風ドレス。大人びたドレスを着てみたが、きらきら輝く舞踏会に自分は浮いてないだろうかと、居心地の悪さを隠しきれない。
 円舞曲(ワルツ)を踊る華やかな天使と悪魔達が眩しくて、場に馴染めないコミュ障ぶりを発揮してしまった。
 そこへ飲み物を取りに来たデルタミールが通りがかった。
「おや、目の前に本物のマーメイドが佇んでいるかと思いました」
「あ、デルタさん……」
 やっと知り合いを見つけて、真珠は安堵のため息を漏らす。
「貴女の名を表すようですね。よく似合っていますよ」
「にあっ、……デルタさんこそ、よく似合ってる……と思います、よ」
 薄い白塗りに赤い唇のメイクと華やかな燕尾服は、豪奢な会場にしっくり馴染んで見えた。
「さっきのマジック見ました……凄いですね」
「人を笑顔にするのがワタシの仕事ですから」
 そう言いながら、人さし指で唇の端をぐいと押し上げて見せる。戯けた様子に少しだけ真珠は緊張を和らげる。デルタミールはぽんと手のひらを合わせた。
「折角です。ワタシと一曲、いかがでしょうか?」
「え? ……あ、はい」
 差し出された手に、手を延ばしつつ頭の片隅で考える。
(もっと気の利いた返答が出来たらいいのに)
 デルタミールは会場の空気に飲まれている真珠を気づかって、最初は緩やかなダンスでリードする。
 体を動かしてみると、真珠も少しだけ呼吸が楽になった。管弦楽の音色を聞きながら、リズムに合わせて華麗なステップを踏む。
「素晴らしいセンスです。真珠さんにはダンスの経験が?」
「少しだけ。広く浅く、いろんな種類のダンスを学ぶタイプの教室だったのでほんの少しですけど」
 実の父が生きていた頃、ダンススクールに通っていた。父の死後スクールは辞めてしまったが、今でもソシャゲの歌と振りをコピーするのが趣味である。
「本当に、少しだけ。だから正式な作法とかは詳しくなくて……」
 最後はもごもごときまり悪そうに言葉を濁すと、持ち前の運動神経を生かしてデルタミールは華麗にリードしながら笑った。
「作法というものはあくまで手段ですよ。相手を笑顔にするためのね」
「相手を笑顔に、ですか……?」
 真珠がきょとんと戸惑い、足を止めそうになって、慌ててくるりとターンを踏んで回る。振り返るとデルタミールのまっすぐな視線と目が合った。
「この様な場でも東京の街角でも、ワタシが求めるのは周囲の笑顔です」
 そう言われて、真珠は踊りながら考える。
(そういえば笑ってなかった、かも? いきなりこんな所にきて、一人で笑っていられるかと言えば無理なんだけど……)
 音楽の終幕(フィナーレ)と共に手を離し、デルタミールは丁寧にお辞儀をしてみせる。
「貴女も是非楽しみ、笑顔で居てください。どの装飾品やドレスよりも価値がありますよ」
「は……い。頑張ってみます」
 飲食スペースを指し示し、デルタミールはぱちんとウィンクをした。
「そう、例えば美味しい食事は人を笑顔にします。食品はワタシの同僚とも言えますね」
 デルタミールのジョークに、真珠は意識して笑みを作った。
「少し変わった同僚をお持ちなんですね。紹介してもらえませんか?」
 踊り終えて飲食スペースに入ると、デルタミールは皿を手に取って二人分の料理を取り分けようとする。
「レディはサンドイッチがお好きでしたよね」
「レディというのは……辞めてください。サンドイッチは、あ……鳩にならなければ……」
「ではこれと真珠さんには、咽を湿らす飲み物も必要ですね」
 デルタミールはボーイを呼び止めて飲み物を頼む。
「ノンアルコールの飲み物を二つお願いします」

「こっちも二つ。冷えた紅茶か。ほら、好きだったよな。どうだ」
 ケン・Z(ツヴァイ)・ブラッドリーがボーイから飲み物を受け取ると、エデル=マグノリアに渡した。
「ありがとう」
「お、おお」
 純白のドレスに身を包んだエデルの華のような笑顔を見て、照れたように目線をそらし軽食をつまむ。豪奢な城で正装に着飾るのは慣れない。場に戸惑いつつケンは精一杯リードしようとしていた。
 一方エデルもデートに誘われた事は嬉しいが、まだ付き合ったばかりで照れてしまう。ちらりと見て、目が合っただけで思わず頬を染めてしまったり、ぎこちない。
「ああ……そうだ。一曲、どうかな?」
 ケンがちらりと踊りに視線を送りながら手を差し出すと、エデルははにかみながら手をとった。
「よろこんで」
 舞台の中心に躍り出るのは、気恥ずかしいから。ひと目がつきにくいバルコニーへ誘って。遠くから聞こえる音楽を聴きながら、エデルの腰を抱き寄せた。ゆっくりステップを踏んで、小さな円舞曲(ワルツ)を踊りつつ、ケンは空を見上げた。
「今夜は月が綺麗だね」
 ロマンティックな愛の言葉を聞いて、エデルはケンの胸に顔をうずめるように俯いて小さく呟く。
「……時が止まればいいと思うわ」
 最高の刻を永遠に閉じこめたい。切なる願い。
 耳まで赤いエデルの可憐さに、ケンは心の中だけで思う。
(月よりもきれいな華がここにいるんだけどな)
 初々しい恋人達を月光が照らす。

 城の中からバルコニーまでセオ(天使)の歌声が漏れ聞こえる。
 今日という日を言祝ぎ、主の恵みが皆に授けられよと願うように。


【執筆:雪芽泉琉】


「わ……なんだかすごいですね」

 ドレスやタキシードに身を包んだ紳士淑女に、贅を凝らしたご馳走の並ぶテーブル。圧倒されるようなパーティ会場に、ニーナ=イーヨンは両の義足で床を踏みしめた。その隣で、彼女と知己であるノエル=ウィスタリアもまたこの熱気に息を呑む。

「なるほど、これは普段とは勝手が違いそうだ」

 しかし、二人の気持ちは決まっていた。彼女らは郵便都市の特務局員だ。届けるべき荷物があり、ここに配達を待つ誰かがいるのなら、やることは一つ。

「はい! 状況はわかりませんが、ポルタルだったらやるしかないです。最速のルートを模索します!」

 配達人はこの二人だけではない。エマ・ウィリアムズとクリストファー・シュヴァルツも、それぞれ届け物を携えて会場にやってきた配達員である。

「この会場から“ソフィアちゃん”って人を探さないといけないんだ。……見つかるといいな」
「名札を付けてくれているって訳でもないっスからね。ううん、地道に聞いて回るしかないかも」

 可憐な仕草で眉尻を下げるクリストファーの言葉に、エマもまた心を決める。自分が運ぶことで繋いだ気持ちは、きっと皆を幸せにできるから。

「そうね。終わるまでに絶対に届けなきゃ」
「俺達の腕の見せ所っスね。頑張りましょう!」

●
「あら? 手紙が落ちてる」

 モカラ・ファミーユは、大きな新緑色の瞳を見開いた。それは手紙というには少々厚みのある封筒で、差出人の名前は無く、青い花のシールが一つ貼られていた。

「モカラ、どうしたの?」

 少女の横から覗き込むように、エレノア・バーンホストも封筒に触れた。幸いにも、モイライの楔はまだ出ていない。

「不穏な感じはなし。想いは強く籠もっている感じね」

 安堵しつつも、パーティの最中で見つけたそれには正直複雑な心情だ。

「霊障の心配もあるし、届けてあげたいな。この手紙はきっと読まれたがっているもの」

 対し、モカラはすでにポルタルの表情。その目を見て、エレノアは小さく苦笑した。いかに非日常であれ、この後輩はどうやらいつもと変わらないらしい。

「ホントにもう、どこまでもポルタルなんだから。私も付き合うわ。パーティを楽しむのはその後ね」
「うん! ありがとう、エレノア」

 だけど――次にドレス姿の郵便局員(先輩後輩)は互いの顔を見合わせた。丁寧に書かれた宛名の文字は、今まで見たことがないものだったからだ。エレノアが先輩らしく提案する。

「このパーティの参加者が落としたのなら、読める国の人がいてもおかしくないわ。探してみましょう」

●
「随分広い場所だね。ロボ、どこか行きたいところはある?」

 グレイウルフは周囲をまじまじと眺めながら、傍らの灰色狼(ロボ)の毛並みを撫でた。ロボは大人しく鼻先を擦りつけて小さく鳴いた。

「そうだね。やっぱりテーブルの方かな。見たかい? 大きなローストビーフを運んでいたんだよ」

 グレイウルフとロボはパートナーとしても長い付き合いだ。言葉を交わすことはできずとも、言いたいことはなんとなくわかる。
 のんびり歩く二人の後ろから、風が一陣走り抜けた。――否、

「おお、良い狼だな。優しそうな顔してる」

 同じく大きな灰色狼を連れたシルフィード・フェルナールが、快活そうな笑みを浮かべて足を止める。

「ぼくのランディスも負けていないけどね! テーブルに行くなら一緒にどう?」

 ランディスと呼ばれた狼は、子供のように小柄なシルフィードの体格を覆い隠すほどに大きかった。そういえば、彼女の耳は少し尖り過ぎている気もする。異国人と言うには少しばかり違いすぎる――が、この大人しい狼を見れば、シルフィードが気の良い人物であることは歴然だ。二人の間に繋がる信頼を感じ、グレイウルフも朗らかに笑う。

 そんな二人と二匹のやりとりを、少し離れて見つめる一人がいた。

(かっ、かわいぃ……!!)

 そう、ノネ=ェメは心の中で叫んだ。丁度、無意識に口ずさみながら会場を見て回っていたところである。パーティ会場でこんなにも愛らしいモフモフに出会えるなんて、いったい誰が予測できようか。
 ノネは胸の内でこの幸運に感謝した。その感情は不思議と表にはあまり出ず、優しい視線でそっと近付く。

「ぁの、はじめまして。……可愛らしぃもふもふ、少し撫でてもいぃ?」
「うん、ランディスとロボ(この子)のことかな。きみ、狼を怖がらないんだね」

 ランディスとロボの綺麗に整えられた毛並みを撫でて、ノネは思わず頬を緩ませた。ビバ・もふもふ。

「ありがとぅ。どちらもとても良い子だもの、こゎくなぃに決まってるょ」

(ちらほら人じゃない方も見かけるけど、危険はなさそうかなぁ)

 ノネの様子を微笑ましく眺めていたグレイウルフの目の前を、ついと翼ある者が横切っていった。

●
(よーしよし。天使はこのあたりにはいなさそう)

 怠惰の悪魔であるハルル(羽野・遥奈)は蝙蝠翼をぴこぴこ、周囲を伺った。せっかくのパーティで戦闘なんてしたくないしと、天敵である天使から逃げるように飛んできたのである。
 ふと見れば、目の前には巨大チョコファウンテン。周囲にはカットフルーツやお菓子がキラキラと宝石のように並べられている。翼で浮いているハルルから見てもかなり高い位置からチョコソースが流れ落ちていた。

「すごい! こんなのもあるんだ」
「まあ。これはチョコレートを付けて食べるのですね」

 声に声が重なった。ハルルが思わずそちらを見れば、シェラ・カーライルもまた串を片手に視線を向ける。青いイブニングドレスが静かに揺れた。司書らしい上品な振る舞いで、シェラは小さく息を呑む。

「あなた、空が飛べるんですね」
「そうよー。私、天使から逃げてきたの」
「それなら、暫くここにいると良いかもしれませんね。ファウンテンの影なら見つかりにくそうですし」

 シェラはそう頷くと、果物などを刺すための串を一本ハルルへと差し出した。

「ありがと! あなたも少し天使みたいだけど、優しい天使は好きだよ?」
「ふふ、天使だなんて。でも、そうね。せっかくのパーティですもの、楽しみたいですよね」

 もしもう少し隠れて落ち着いたら、彼女をダンスに誘ってみましょうか。楽しそうに周囲を見回しているハルルを見つめ、シェラは温かな想いを胸にチョコがけ林檎を味わった。

●
「狼に異種族に悪魔とは……まるで悪夢(ナイトメア)の中のようですね」

 ドリンクのグラスに口を付けながら、阿閉(アツジ)・終(シュウ)はそんな周囲の様子を観察していた。よく見れば異国人と言うには少々見慣れぬ(アルフライラから来た)者も多い。
 そこまで理解をしながら、終に動揺の色は見えない。むしろ無感情と言って良いほど冷静だ。問題が起こるようなこともなく、実に平穏に時間が過ぎている。

「すみません。少し宜しいですか?」

 終に話しかけたのは二人の少女(異世界人)――エレノアとモカラだ。手には封筒が握られていた。

「この文字が読める人を探していて」
「ああ、見ましょうか。……なるほど、これは『シロハナシャ』の『ナツエヒロキ』さん宛てみたいですね」

 二人の少女が礼を言って駆けていくのを見送ると、終は冗談めかし肩を竦める。

「ゴーントよりよほど話がわかる。いつもこういう悪夢ならいいんですけどね」

●
 会場では皆思い思いにいつもと違う正装を着こなしているが、着慣れているかについては人それぞれだ。スヴール ロシェは自身のドレスのスカートを摘まみ、苦笑いした。華美な服装はどうにも慣れない。

「なんだか気恥ずかしいねえ。これじゃ戦いにくいんじゃないか? なあ、レオ」

 ロシェがそう言って目をやれば、レオはちょうど姿見に向かってポーズを決めているところだった。

「タキシード(こんな立派な服)を着るのは初めてだが、なかなか様にはなっているな」

 着慣れていない感はどうしても隠しきれていないのだが。しかしそんなことは気にも留めず、レオは視線に気付いて颯爽とロシェの所へと歩み寄った。

「しかし、礼装というのはどうにもまどろっこしいな。アルベルティナはちゃんと着れたのか?」
「あったりまえでしょ!」

 溌剌とした良く通る声に、ロシェとレオが振り返る。そこにアルデルス アルベルティナは仁王立ちしていた。

「普通に着ても面白くないし。どうかな? かっこいいでしょ!」

 ドレスを大胆に着崩し、肩はバーンと大きく開いている。本来どこに付ける飾りだったのかは最早わからないが、帯飾りを首に巻きトレードマークのマフラーのようにしていた。目立つ。とにかく目立つ。アルベルティナは二人を見て目を瞬かせた。

「って、なんで!? みんな真面目に着てるじゃん!」
「真面目に着ないという発想がまず無かったな。流石はアルベルティナ、というところか」

 煽るように口にするレオのその態度も、仲が良いからこそのもの。そんなレオの前に、ロシェが不意に滑り込む。

「おっとレオ、ネクタイずれてんぞ」
「ああ、悪いな」
「ちょっとロー姉! レオばっかじゃなくて、私のも直してよ~。急に恥ずかしくなってきたんだけど!」

 レオのネクタイを軽く手直しし、ロシェはアルベルティナを見やる。

「アルルは……似合ってるからそのままでいいんじゃないか?」

 そうなのだ。かなり大胆なファッションではあるが、それはそれで様になっているのがアルベルティナだった。ロシェは心からの笑顔でそう返すが、

「そんなぁー!」

 本人は不服そうに声を上げるのだった。正装であっても、いつもと変わらぬ空気が心地良い。

●
「あれ? ミーニャさん?」
「ミニーちゃん! あなたも来ていたのね」

 ミーニャ・ローバーが仕事仲間のミニー クーパーを見つけた時、ミニーもまたミーニャを見つけて笑顔になった。

「ミニーちゃんのドレス、綺麗な青でとっても素敵ね! よく似合ってる」

 ミニーの深い青のドレスを見て、ミーニャはほうと息を吐く。アルフライラの晴れた日の空のような色は、本当にミニーによく似合っていたから。

「自分で選んだ訳じゃないけど、このドレス気に入ってるんだ。だって、アタシのスキッパーと同じ色なんだもん!」

 お金を貯めて買った念願のローバーミニー(自分専用スキッパー)に想いを馳せるミニーに、ミーニャも思わず頬を緩めた。

「そしたら一緒にご馳走を食べに行きましょうか。夢の中なら、いくら食べても太らないでしょう?」

 テーブルいっぱいに並ぶ各国の料理の、美味しそうな香りが鼻腔を擽る。二人が見たことのない料理も幾つかあったが、どれを口に運んでもとろけるほど美味しい。

「もしかして、食べたら現実に帰れなくなっちゃったりして……ふふ」
「もう、ミーニャさんったら怖いこと言って」

 口を尖らせて言うミニーは、そこでふと別の人影を見つけ目を瞬かせた。

 ベアトリクス・アルムガルトはやや曇った表情で周囲を見回していた。右側に深くスリットが入る上品な色気の青いドレスが、実によく似合っていた。

「あの、何か探しているの?」

 ストロベリーブロンドを揺らし、ミニーが問う。ベアトリクスは少しだけ驚いて、それから青い目を伏せた。

「ああ……実はある人の身辺警護をするはずだったのだけど、見失ってしまって」

 ベアトリクスはアントニオ・デ・オリウエラの護衛――を装い、彼を監視する手筈だったのだ。しかしそれを察してか、それとも自由人な彼に振り回されているだけなのか、広い会場で姿を眩まされてしまった。

(……何事もなければいいけれど。世界の秘密を握る男に、死なれては困る)

 彼に危険が迫れば、ベアトリクスは本気で戦うつもりでもいた。けれど、本当にそれだけ? 揺れる乙女心は誰にもわからないまま、彼女はまた一つ溜息を吐くのだった。

●
 日野(ヒノ)・カナタは人知れず頭を抱えていた。

「カナくん、大丈夫? 何か忘れ物?」

 心配そうに声を掛ける篠月(シノヅキ)・準一郎(ジュンイチロウ)へ、カナタは慌てて首を横に振った。言えるはずが無い。探し物は、こっそり出すはずの準一郎へのファンレターなのである。
 便箋十枚にわたる大作だ。好きを伝える手紙など幾らでも書けるのだけど、最新話を読んだ勢いで書き綴ったあの情熱と同じものを二度したためられる自信はない。

 その時だ。

「シロハナシャのナツエヒロキさんはいらっしゃいますかー!」

 モカラの元気な声が二人へと届く。耳馴染んだその名を聞いて、まずカナタがはっと顔を上げた。夏江(ナツエ) 広希(ヒロキ)――それは、準一郎のペンネームだからだ。

「今、準一郎さんを呼ぶ声が聞こえたような」

 異国の郵便屋(モカラたち)の姿はすぐに視界に入った。カナタは小さく「あっ」と叫ぶ。彼女が手に持っていたのは、カナタが落とした封筒であった。

「あなたかしら? よかった! お手紙ですよ」
「これは、青花くんの手紙」

 封筒に貼られた見覚えのある青い花のシール。準一郎の表情が輝く。そして、思わず胸に抱きしめた。

「二人とも……ありがとう。とても大事な手紙なんだ」

 モカラは胸がいっぱいになる。届けられて良かった。隣のエレノアも微笑んでいた。充足感に満ちた様子で、二人はハイタッチ。

「よ、良かったね! こんな場所でも郵便、届くんだ……」

 俺には関係ない話なんだけど! そう誤魔化しながらも、手紙を受け取った準一郎の顔が忘れられずカナタはしどろもどろになってしまう。

(そしてカナくんも、ありがとう)

 そんなカナタを、準一郎は優しく見つめていた。

●
 十六島(ウップルイ)・甘美(カンミ)はドレス姿で立ち尽くしていた。気がついたら巨大なお城でパーティなんて、誰かの夢(ナイトメア)だとしても相当では?
 そんな甘美の肩を、やはりおしゃれなドレスに身を包んだ狩野崎(カノサキ)・千夏子(チカコ)がつんつんつついた。手に持った皿には結構しっかりご馳走が盛られている。

「まあまあ甘美ってばー、今は楽しんだ方がお得じゃん」
「馴染みすぎじゃないですか……!?」

 警戒を怠っている訳ではないものの、千夏子の方は冷静だった。甘美が助けを求めるように隣を見ると、ソフィア・ウッドも落ち着いた様子で笑い返す。綺麗に整えた金色の髪が楽しげに揺れた。

「みんなとパーティ、とっても嬉しい。ここが何で、何故私達がいるのかはわからないけど……」

 ソフィアにとって、友人らと過ごすこの時間こそかけがえのないものだった。皆も楽しそうにしているし、だからこれは悪い夢じゃないんじゃないかな、なんて。

 そんな三人の元に、霧ヶ原(キリガハラ) 美亜(ミア)が夜城(ヤジョウ) ・海愛(ウイ)の手を引いてやってきた。初対面も多いであろう海愛に、美亜が友人を紹介するためである。

「こんな機会は滅多にないもの。海愛さんも楽しんで欲しいから」
「ふふ、ありがとう美亜ちゃん。こういう出会いもなんだか素敵ね」

 爽やかな海を思わせるドレススカートを揺らし、海愛が軽く頭を下げる。繋がる縁が嬉しくて笑みが零れた。
 夢の中だというのにまるで女子会のようだと、甘美も半ば事態を飲み込み始める。自然と、まずは自己紹介をしようという運びになった。
 そこに、元気な声が飛び込んだ。

「あっ、もしかして十六島さんですか!? お届け物でーす!」

 荷物を抱えたニーナである。次にノエルが、エマが、クリストファーがやってくる。
 広い広いパーティ会場。目を丸くする面々へ、ついにプレゼントが辿り着いた。

「なになに、プレゼント? 誰から……?」

 千夏子はクリストファーから受け取った箱を持ち上げて、まじまじと底面を覗く。何の変哲も無い箱だ。

「ふわふわの金髪に金色の目の⋯⋯、君がソフィアちゃん? 私はエマ! 特務局員だよ。君にお届け物があって」
「とくむ、きょくいん?」

 ソフィアは聞き慣れない言葉に首を傾げる。でも、届いた荷物はどうやら自分宛であるらしい。渡された箱の重みはどこか優しい温かさを感じた。

「無事に届けられて良かった。いや、それが仕事なのだから必ず届ける所存ではあるのだが」

 あまり表情に変化のないノエルも、内心安堵したように美亜と海愛へ届け物を手渡す。

「こんな場所まで届け物を頼むんだから、送り主はきっと素敵な人なのね。何が入っているのかな」

 甘美に渡した後も、ニーナは内心そわそわ。だって仕事はこれで終了だ。自分達が届けたものが一体何だったのか、興味が無い訳がない。

 特務局員たちに見守られながら、五人はおそるおそる届けられた箱を開けた。

 ぱん! とクラッカーが鳴る。箱から飛び出したのは煌びやかな紙吹雪。派手な演出に、会場にいた他の人たちも思わずそちらを振り返った。高い天井に届きそうなほど大きく浮かび上がった文字は、

『二周年おめでとう!』

「――そうだ。今日はこのお城が二周年のお祝いだったね」

 ソフィアが思い出したように、キラキラと降る紙吹雪を見つめ目を細めた。なんて良い日なんだろう。


「すごかったです! 一体どんな人が送り主なんでしょうね」
「そ、そうですね……少しびっくりしました」

 楽しげに甘美に話しかけるニーナのテンションに、やや押され気味に甘美が答える。

「お仕事はもう終わったのかな。良かったら、一緒に楽しもう」
「一緒に? そうだね、仕事も終わったし……パーティだものね」

 人懐こい笑みを浮かべるソフィアに、エマも思わず頬を緩めた。

「お兄さん? お姉さん? どっちかな……? 今夜はスペシャルナイトだよ、めいっぱい楽しもう!」
「あ、俺男ッスよ-。女子会じゃなかったんスか? それでもいいなら混ざるっス!」

 届け物を開けてから一気に安堵したのか、千夏子もまた持ち前の鋼メンタルでぐいぐいとクリストファーを引っ張った。女子の集まりなのでは? と気にしていたクリストファーだが、その中性的な外見は混ざっても違和感がない。二人のやりとりに、美亜もまた頷く。

「男の子だったんだ! 外国系の美少年って珍しいね。見た目も綺麗だし、大歓迎だよ。ええと、そちらの郵便屋さんもどうかな? 一緒に楽しもう!」

 はしゃぐ美亜の視線の先にいたのはノエルだ。いつも通りクールに様子を見ていたのだが、仲睦まじい二人の元気いっぱいさに内心たじたじである。
 けれど、今日はパーティだから。海愛もまた、彼らの労を労おうと前に出た。ご馳走の乗った皿を差し出して。

「お届け物で人と人を繋ぐって素敵だと思うの。こうして出会えた縁に感謝、ね♪」
「うんうん。それに、郵便屋さんたちとはここでしか会えない気がするの」

 美亜と海愛に引かれ、パーティに加わるノエルは自身の弟子や仲間のことを思い出していた。ここで得た出会いもまた、手紙が繋いだ永遠の縁(よすが)であるのだろう。

(ならば、この日のことは忘れまい)

 さまざまな世界で今日も頑張っている、皆がいることを、決して。


【執筆:夏八木ヒロ】


●
 光に、満ちている。
 和無田 美蘭は圧倒されるように天井を見上げる。豪奢なシャンデリアからきらきらと光が降り注いでいるようだ。
 天鵞絨のカーテン、ひんやりとした大理石造りの柱、おおよそアルフライラらしくない風が優しく吹き込む巨大な広間。
 着替えた覚えもないイエローのドレスは肌に触れるたびさらさらと流れるように体を包み込んでいる。
「ここは夢の中なのでしょうか? それにしては、現実的ですが……」
 数少ない記憶を思い返してみるまでもなくドレスを身に纏うなど初めての体験だ。夢、と口にすれば驚くほど納得がいく状況である。
 しかしたとえこれが夢であれ、何故だかどうしても心が躍る。夢ならば、それが何だというのだろう。
 よし、と一息。それじゃあどこから見て回ろうか。

●
「わ、……ええと、お城の、中?」
 幾度となく通ってきた冒険者ギルドへの扉の先が、舞踏会の会場になっていた。
 唐突の衝撃にゲルダ・クラインの瞳が揺れるように大きく瞬き、意識は流れるように自分の隣へ向いた。
 触れずともわかる寄り添い慣れたナハティガル=ラーの気配が変わらずある事を確認し、一度息を吐く。
 とはいえ状況は変わらない、困惑を見せるゲルダの肩にそっと手がかかる。見上げると、ナハティガルの鋭い表情が視界に入る。
 片手でゲルダの肩を自分の方へ寄せ、もう片手はしっかりと短剣「白顎」を掴んでいる。
「……見慣れぬ服装の者達、それに有翼人だと? 此処はもしや――異界か!?」
 唸るような、押し殺した音でそう呟く彼の視線は、他の参加者たちに向けられているようだ。
 確かによく見れば不思議な、不可思議な格好をしている者達がそこかしこにいる、が。
 自分を守るように肩を抱く相手の仕草がどうにも場違いに思えて、思わず吹き出すように笑ってしまう。
「ナハティガル様」
 大丈夫、とあやす様に彼の手に自分の手を重ねればどこか怪訝げな視線で見下ろす彼と目が合った。
 降り注ぐ照明の光に照らされて、彼の髪がきらきらと煌めいているのがよく見える。
 まずは情報収集を。きっとこう言えば彼は提案を受け入れてくれるだろう。

●
 ドレスの裾がひらりと舞い、華奢な踝が露わになる。
 光沢のあるイブニングドレスを物珍しげに軽くつまんで見せた青柳・佐保の姿に辻子・常若がサングラス越しの視線を細くする。
「絵本に出てくる舞踏会みたい」
 そんな絵本、ちゃんと読んだことなんかないけど。付け足されたように口をついて出た言葉は、自分自身に向けたかのように微かだ。
 彼女の言葉通り、自分たちは舞踏会にいる。その上自分は着た覚えも買った覚えもない正装でしかも髪までしっかりとセットされている始末だ。
 うっかりダイブでもしてしまったのだろうかと考えが過るも、自分が自分の姿である以上それはない、筈だ。
「絵本かあ、そう言われてみると人間じゃなさそうな姿もあるなあ」
 青柳からそれとなく視線を逸らす口実に、丁度自分たちの傍を通り過ぎた額に二本の角が生えた男へと顔を向け、そのまま視線だけで見送る。
「何かのお祝いなのかな。かんぱい、する?」
 そんな辻子の仕草にも表情一つ変えず、青柳はいつの間にか手にしたグラスをこちらに掲げてみせている。
 しゅわしゅわと小さく発泡するドレスに似た薄紫色の奥から青柳・佐保がこちらを見つめている。
「……乾杯しようか。お祝いでもお祝いでなくとも、ご馳走になるに越したことはない」
 傍に控えたウェイターからドリンクを受け取り、勿体ぶったような仕草で彼女のグラスにそっと触れた。

●
 アルベリク・アントナン・シャトリエが慣れた様子で給仕に勤しむウェイターを呼び止めた。
 上質なものだと一目でわかるタキシードに身を包み、差し出されたトレイから二つ分のグラスを受け取る。
 ひとつは目の前で微笑む妹、ヴィオレーヌ・ルイーズ・シャトリエへ。そしてもうひとつは自分の手に。
「素敵なパーティーですわね。この様な場にお兄様と参加出来た事、嬉しく思いますわ」
 グラスを受け取ったヴィオレーヌが周りを見る事も無くそう口にする。
「私もお前と参加出来て嬉しいよ、私のヴィオレーヌ」
 舞踏会も夜会も思い返してみれば家を出た妹がこうして隣に立っているのは随分と久しい。
 そうしたささやかな兄の感慨を知ってか知らずかヴィオレーヌがくすりと体を揺らし、上質なドレスの光沢が柔らかに色を変える。
「お兄様も今夜はお仕事を忘れ楽しんで下さいまし。私、それが一番嬉しいですもの」
 この兄はまじめで、厳しく、とびっきり甘い。こうしてたまの息抜きをさせるのも或いは妹としての務めだろう。
 思惑通り、どこか固かった兄の相好がようやくほんの少しだけ柔らかに崩される。
「仕事も今夜ばかりは忘れようか。この会場で一番の花を独占出来ているのだから」
 
「可憐な花と共に舞う栄誉を私にいただけるだろうか?」
「お兄様のお誘いならいつでも大歓迎ですわ」
 差し出された手に、優しく触れた。
 
●
 眩しい。
 明るい照明も、華やかな光景も、身に纏った真っ白なドレスも。何もかも。
 くるり、くるりと目の前を回りながら通り過ぎていく何人もの人々を夷 熊蜂はただ視線で追いかける。
 これは夢だ。だというのに自分は楽しむこともせず、煌びやかな輪から外れ、見ているだけ。
 ただ一歩踏み出せば、壁に張り付いた背をほんの少しだけでも前に押しやれば、きっと彼らの様に踊る事ができるのだろう。
 だが、そうはしない。
 笑いあい、見つめ合う幸せな人達の幸せな一時を、遠くから見られれば。それでいい。
 夢はいつか覚めるものだ。夢で幸せを知ったら。醒めた後、続きを探してしまいそうになる。
 実に、この場には似つかわしくないな。と自分の事ながらおかしさがこみ上げてくる。
 おかしいついでに先程からこちらをちらちらと窺っている男性にも、笑顔を向けてやった。
「貴方を探しているお姫様は、明るい処にいますよ」
 夢は夢のまま、終わらせるのが一番だ。

●
 M・R・2は閉口した。
(一体これはどういう事でしょうかね……)
 いつの間にか、そこにいた。まるで自分が奇術にかけられたようなちぐはぐな感覚に襲われるていると、背後から声がかけられる。
「こんにちは、格好いい帽子ですね」
 開口一番にしてはどこか性急な言葉を発したの着慣れないらしいタキシードの袖を指でつまみ少し窮屈そうにした青年だ。
「この帽子が格好いい? どうもありがとう。明るいのが苦手なんです。原因はわからないんですけどね」
 ジョーイ・ジョーハンソンと名乗った彼の求めた握手に応じ、すらすらと滑らかな台詞を口にする。
 実を言うと……原因だけじゃなく過去も何もわからないんですよ、と付け足した言葉に笑い声を添えてみればつられたのか控えめな笑い声が返ってきた。
 そんな自分の笑い声に恥ずかしくなって、慌てて素敵な場所ですよね、と話を逸らせようとする姿も微笑ましい。
「貴方も、素敵なお顔ですね」
 と指先で自分の目元を軽く叩く。そわそわと落ち着かない素振りであったが青年が、きょとんと目を丸くして、照れたように破願する。
「……この顔のペイントは、父が描いてくれたんです」
 今はどこにいるか、わからないんですけど。と口をついて出た言葉に慌てて今は関係ないですね、と続けるあたり素直に好感が持てる。だから。
「夢の中、のような場所ですけど……きっとまた会えますよね」
「ええ、きっと。またどこかで」
 きっとどこかで。その言葉は確かに本心から零れ出たものだ。
 
●
 色が、溢れている。
(ここは……?)
 何処か夢見心地な光景だ。温かな光の中をきらきらとした者たちが手を取り、回り、そして離れていく。
 さらりと、自分のすぐそばを流れるような白が通り過ぎてゆく。瞬間、夢が覚めるように現実に引き戻された。
「カメリア……?」
 口をついて出たその名前が喉の奥でひりついた様に留まっている。今のは、あの子だ。
「待ってくれ! 待って……! どいてくれ!」
 いくら人込みを掻き分けても確かにそこにいたはずの彼女を見つける事ができない。
 楽しげな人たちの談笑が、笑い声が、まるで自分をあざ笑っているように頭に響く。大切なものを見失ってしまった焦燥に、足が止まる。
「マリアさん?」
 自分の名前を誰かが呼んでいた。
 
 見知らぬ相手とのダンスを終え、少し休憩しようかとした矢先。
 夢心地の世界の中で、まさか見知った相手に出会えるなどとは夢にも思っていなかった。
 軽い足どりが考えるよりも先に彼女へと向き、思うより先に彼女の名前を口にした。
 瞬間、跳ねるように視線が交わる。何かを期待したように、それが叶わなかったように、彼女の唇が歪む。
 ワンダ、と自分の名前を呼ぶ彼女の声は焦燥と、悔しさに満ちている。
「悪いけど、わたしはやることがある」
 もしかしたらここに妹がいるかもしれない、何故かわからないがそんな気がする、と矢継ぎ早の言葉が飛ぶ。
 呆気にとられた表情をしていただろうか、漸く視線をあげたマリア ブラックドリームが漸く息を飲んだ。
「ここに妹が、『カメリア』もいるような……気がするんだ。夢でもいい。妹に会えるなら」
「妹は一人では生きられない。わたしが傍にいないと」
 そう言ったきり、俯いた彼女のぎり、と引き締めた唇が無理やりに開かれると、小さな言葉を絞り出される。
「わたしは必ず妹を見つける」
 それ以上の言葉もなく踵を返したマリアを和無田が追う事はなかった。追う事など到底出来なかった。
 数少ない自分の記憶に、彼女の口にした名前は存在しない。ならばきっと自分は彼女の力にはなれないのだろう。
(あんなに一生懸命になって……家族ですか……私にもきっといたはずです。今は、何も思い出せないですが)
 先程まで光に満ちていた場所に、ほんの少し暗闇が落ちた気がした。
 
●
 本日何度目かの「素敵なお帽子」という声にM・R・2は「ありがとう」とにこやかに返事をする。
 ウエンズデイ・リルシュ・キメラプランツの軽い会釈に、恭しく、深々と礼を返す。
「帽子を誉めていただき、ありがとうございます。目隠し姿で申し訳ありません。何分これが無いと外出できないものでして……」
 お礼にこちらを、とハンカチーフがゆらゆらと揺れる、一度、二度、三度目で可憐な花へと姿を変えれば小さな歓声が上がった。
「マーリン・レインウォーター・二世と申します、ささやかながら手品を生業としております」
 シルクハットに手をやり軽く一礼、純粋な仕草からの称賛はやはり素直に耳に心地良い。
「とはいえこちらは芸名でして、何分記憶が無いもので」
「まあ、記憶がございませんの? 私と同じですわね! 私は本名だけはわかりますけれど、そう……芸名ですのね」
 驚いたように、嬉しそうに、困ったように、くるくると代わるウエンズデイの表情はどうにも忙しない。
「はて。今日日、記憶がないというのは珍しいことでは無いのでしょうか」
 M・R・2がそうやっておどけてみせればきょとんと眉があがり、口元にやった手の影からくすくすと笑いが漏れる。
「思い出すばかりがいいとは限りません、レインウォーター様のお好きなように生きられたらよろしいのですわ」
 私もそういう風に生きているのですよ。と彼女もまたおどけてみせるのだった。

●
 パーティも終盤。人もまばらになり始めた頃。
 去りゆく彼らを見送るメイド、シャーリー・ブラックモアの前に一人の青年が表れる。
 暗い、葬儀用の服を着たヒースクリフ・アルドリッジの姿に何の疑問も持つことなく口元が微笑む。
 貴方を待っていたのだと、どうしようもなくそんな思いが胸にあふれては、唇にまで達する事も無く消えてゆく。
 いつしか、シャーリーは赤いドレスを身に纏っていた。まるで彼女が見送ってきた何人もの招待客のような。
 何故だかヒースクリフの顔を見る事ができず、自分の足元へと俯いていた視線に一通の手紙が差し出される。
 自分に宛てて書かれたのであろうそれを受け取った瞬間、忘れようもない現実が記憶を満たしてゆく。
 彼は既に死んでいるではないか。
 手の中の手紙は封がされたまま、私は決してこの手紙を読むことはないだろう。
 それが何を齎すのか、シャーリーは確かに理解している。それでも。何が起きようとも私は彼の想いと運命を共にしようと。
 言葉にできない思いを、手紙を、胸に抱いた彼女を抱き寄せ。かつての自分と同じことを思った彼女にそっと唇を重ねた。

●
 これは人生のうちに見る那由多の夢の一つ。
 それでも、確かに存在した一夜の記憶だ。


【執筆:杞】


 シャンデリアの煌めく光が、闇をも消し去ろうとする勢いで会場に降り注いでいる。
 そんな荘厳で豪奢な場所で広げられた白翼は、何よりも美しく、そしてこの場に相応しいように見えた。
「あれ、僕達は……」
 旅をしていたはず――地の主天使ハウェト(長谷崎 恭也)はまず、傍らに彼がいるのを確かめて。その背を見て瞠目した。
「ユーライラ、翼、が……」
「ああ、失ったはずなんだが、不思議だな」
 ハウェトの視線を受けた火の主天使ユーライラ(有栖川 結)は、タンザナイトの瞳を向けて。
「ここがどこだとか、翼があるとか、考えることはいっぱいなんだろうけど」
 ふたりで天界を出奔したはずだった。こんなところに居るのはおかしいと思う。それに自分の背には、失ったはずの翼があって。けれども。
「せっかくお前とふたりなんだ、今夜はたのしもうぜ」
「ああ、君の言う通りだね」
 記憶の不一致や無くしたものがここに在るという現象――それよりも大切なことがふたりにはあるから。
「もう一度、一緒に飛ぼう。さあ、お手をどうぞ」
 温もりに温もりを重ね、ふたりは翼をはためかせる――。

●
 違和感を覚えなかったわけではない。
「あら貴方。おひとりなら私と楽しまない?」
 正装してシャンパングラスを傾けていると、声をかけてきたのは烏丸・九郎にとって見覚えのある顔だったけれど。その背には、漆黒の翼が広がっていたのだ。
「お嬢さんも時間を持て余して?」
「貴方に興味があるだけよ」
 返事をすれば、ユゥ(蘭 鏡子と瓜二つの女性)は九郎の頬に指先で触れて。ユゥとしては、お気に入りの悪魔(色欲の悪魔セクスウェノム)と瓜二つの人間に興味を惹かれただけであるが。
「私では不満かしら?」
「まさか。こんな魅力的な女に不満なんて」
 誘い文句に返される言葉は、刹那的な駆け引きじみていて。互いに本気でないと分かる。
(鏡子ちゃんに見せたら面白いことになりそうだな)
 心中で笑う九郎。
「なら、このあと――」
「おっと、女性に皆まで言わせない主義でね」
 ユゥの言葉を遮る。その先に続く言葉が九郎には分かるから。そっとその細腰に手を回した――その時。

「なっ……!?」

 呻きに近い絞り出されたような声と、何かの落ちる音。ふたりが視線を向ければ、会場入口の方から近づいてきたドレス姿の女性――蘭 鏡子が、驚きと羞恥に顔を染めていた。
「なん……」
 言いたいことはたくさんあるはずなのに、言葉にならない。ぱくぱくと口を開閉させる鏡子の頭の中は、パニックに近い。
 だって、せっかくオシャレをしているというのに、自分と同じ顔の羽の生えた女が、烏丸にすり寄っているのだ。
 状況が飲み込めないけれど、迸るのは羞恥と嫌悪と、嫉妬のようなもの――自分と同じ見た目でそんなことをするなんて恥ずかしいやめてほしい自分だってそんなあからさまな事したことない――ぐるぐると胸中渦巻く思いは、正しく言葉にはならないけれど。
「……離れてもらえます?」
 小さく拳を震わせながら、やっとそれだけ吐き出した。
「……あら」
 そんな鏡子を見たユゥは、あからさまに九郎に身体を擦り付ける。自分と同じ顔の女とこの男の関係を、瞬時に理解したからして。
「貴女の物でもないんでしょう? なら私が貰っても?」
「なっ……!?」
「羨ましいのなら、貴女も同じ事をすればいいのではなくて?」
 ユゥの挑発は的確だ。

「貴女やきもちを焼いているのね、素敵!」

 その時突然視界に入ってきた白翼。それが更に混乱を招くだろうと察したのは、おそらく九郎とユゥだけ。
「やきっ……!?」
「素直な気持ちは大事にすべきだわ! 恥ずかしがることはないのよ」
 白翼の天使(クローウェル)は、鏡子にウィンクしてみせて。九郎へと歩み寄る。
「こんなに愛してもらっているのよ、殿方ならお返ししてあげないと」
「……それは俺のキャラじゃねぇし?」
 飛んできた火の粉を軽く振り払い、九郎は鏡子へと再び視線を戻した。
「鏡子ちゃんにしてはぐいぐい来るわけだ」
 鏡子とユゥを交互に見て。思った通り面白いことになったと心中で嗤う。
「なんなんですかもう……!」
 パーティーも鏡子の苦悩も、始まったばかり――。

●
 目覚めると視界いっぱいに、彼女の顔があった。その信じられない光景に、熾天使コノエル(近衛・巧)は目を丸くせざるを得なかった。
「如何されましたか? コノエル様」
 自分を見守るようにして覗き込む彼女――在りし日の如く膝枕をされているのだと理解し、コノエルはそっと彼女の頬へと手を伸ばした。
「ヴィオールチェさん」
 触れた指の先には、確かに温もりがある。遠い昔に失ったはずの、彼女の温もりが。
「夢みたいだな、と」
 けれどもその温もりと穏やかな微笑みが、夢現(ゆめうつつ)の区別などどうでもよくさせてしまう。
「夢、ですか?」
 満面の笑みを浮かべる彼を見つめ、微笑みを崩さぬまま、風の座天使ヴィオールチェ(宮片 菫)はコノエルの手を引き、彼を引き起こした。
「あちらが随分賑やかですね」
 夢かどうか、それがどうでもいいのはヴィオールチェも同じ。今ふたりは、確かにここに居るのだから。
「何かあるのでしょうか?」
 視線を向けた先には、随分と人が集まっているようで。
 コノエルも視線を向ければ、手を取り合って会場を飛ぶ天使たち(同胞たち)の姿も見て取れた。
 このままふたりで過ごすのもいいけれど、せっかくなのだ、共にいろいろと楽しめるに越したことはない。
「本当だ。行ってみます?」
「はい。参りましょうか」
 ふたりの間に流れる穏やかな空気と同じように、手を繋いで共にゆっくりと歩き出す――。
●
 これは消滅(死)の先の夢なのだろうか。
 確かに最期の時を、もう二度と片翼に逢えないと、ただそれだけを痛いほど突きつけられた最期。痛みと後悔と慟哭で満ちた、その記憶は消えていないけれど。
「翡翠(ジェイド)? ……翡翠!!」
「黄昏(シトリン)……ああ、黄昏。ちゃんと覚えているとも」
 互いを認識するやいなや、どちらからともなく手を伸ばし。触れた先から一欠片も取りこぼさぬようにと、掻き抱いた。
 身体のすべてで互いを感じると、一枚ずつの翼がふるふると震えた。共鳴している。
「もう一度、こうやって君を俺の腕の中に閉じ込めておけるなんて」
 強欲の悪魔・翡翠(ジュスト・ヴェルジー)は、腕の中に彼女を感じ、熱の籠もった息をついた。
「熱も香りも柔らかさも、確かに俺の黄昏だ……」
 彼女の肩口に顔を埋め、その存在を確かめる。これがたとえ夢であっても、もう二度と離さないとばかりに。
「翡翠……」
 強く、強く抱きしめられて。強欲の悪魔・黄昏(ローザリカ・L・ディオール)は、瞳を閉じる。
 こうして彼のものだと感じられる時だけが、黄昏の全てであった。それが、あんな別れ方で終わってしまったのだ。
「翡翠、僕の翡翠……もう二度と離すことなど許さない」
 絞り出すように告げられた黄昏の言葉。それは翡翠を満たす、何よりも甘い毒。
 薔薇色の髪を優しく梳く翡翠の指先。埋めた先から感じる鼓動。
 抱きしめた腕から感じる黄昏の柔らかな肉感。立ち上る彼女の香り。
 修羅場の喧騒は遠く、ふたりは互いに酔う――。

●
 月明かりの降り注ぐテラスは、ホールの喧騒も遠く。
 まるで妖精と見紛いそうな、ひらりとした可愛らしいドレスに身を包んだサラは、傍らに立つだわの方を向く。慣れぬヒールで歩いたせいか、少しばかり上体がぐらついたけれど。
「あの、……えっと、ね。だわおにいちゃん」
 カチッと騎士の礼装を纏った彼は、いつもと違って見えて。
「……一緒に、踊って欲しい、な。……ここだったら、誰も、見てない、よ」
 緊張と不安からか、胸が張り裂けそうだ。ダンスの申し出を拒否されたらどうしよう、不安は残るけれど、せっかくだからと勇気を出した。
「ん……ではお手をどうぞ」
「……!!」
 囁くような彼女の言葉に配慮を感じ、だわは手を差し出した。エスコートの仕方は、騎士の位を得るときに一通り学んでいた。セリフも、こんな感じで良かったはずだ。
 おずおずと乗せられた手、期待と喜びに満ちた彼女の緑の瞳。それが答え。
 身長差を身体能力と技術でカバーしながら、だわは緩やかにステップを踏み始める。彼のエスコートでサラも、自然と足を動かして。
 少し遠い音楽に耳を澄ませながら、静かにふたり、揺れて。
 不慣れな上に照れが混じってサラのステップは拙いけれど――それは問題にならない。
 月の光がしんしんと、ふたりに降り注いでいた――。

●
(いやいや、何でこんな所にいる訳ぇ? パーティとか全く興味ないんだけど)
(気が付いたらこんな所に……ふむ……夢だろうか)
 パーティ会場にいた自分に驚くのは、ほとんどの者に共通して見られる反応。黒暗とアレクシアも同じだった。
(これ程の大きなパーティは初めてです!)
 驚きよりもわくわくが勝(まさ)ったのか、リリィ・ガーデンはきらきらと瞳を輝かせている。
「色々な方がいますね」
「興味深いのもいるねぇ」
 リリィに声をかけられて、黒暗はシャンパングラスを手にして応えた。会場をぐるりと見渡せば、明らかに人外と思われる者も多い。あちらで何か修羅場のようになっていれば、こちらでは仲睦まじく会場を飛んだり、談笑している彼ら。
「貴方も何か飲みませんか?」
「私……ですか?」
 次にリリィが声をかけたのは、物思いに耽りながら歩いてきたアレクシアだ。昔読んだ本によれば、パーティに参加する夢は確か吉兆を示すらしい。悪くない。
「ジュースをもらいましょう」
 どうぞと渡されたぶどうジュースのグラス。礼を述べて、アレクシアはまた歩き出す。
「このお酒、飲みやすくて美味しいです」
「飲みすぎないようにねぇ」
 果実酒のグラスに口をつけたリリィに軽く忠告をし、黒暗は自身のグラスを空にする。
 視線の先の修羅場は、どうやらカタがついたようで。黒暗はそろりと会場を抜け出した。千鳥足は演技で、寄ったふりをして途中のテーブルで酒瓶を一本拝借。
(お、ここがいいかねぇ)
 静かな場所を探してたどり着いてみれば、そこからは月がよく見える。テラスの奥では先客たちが秘密のダンスを楽しんでいるようなので、邪魔をせぬよう壁に寄りかかり、月見酒。
「一夜だけの奇跡の出会いってやつも悪くないかねぇ」

「78点の空ですね」
 物思いに耽りながら歩いていたアレクシアは、いつの間にか中庭らしき場所にたどり着いていた。見上げればそこには、美しい夜空が広がっていて。手帳を取り出して点数を書き留める。
「綺麗な夜空ですね」
 飲み過ぎた少女を介抱した帰りに偶然通りがかったリリィも、空を見上げて。
 喧騒遠く見上げる月も、悪くはない。

●
 ギラギラと目に痛いタキシードを纏った男と、七五三のごとくタキシードに着られている男が、ぽかーんと立っている。突然すぎて驚き、豪奢な風景に圧倒されているようだ。
 しかしそれもつかの間。
「いっちー」
「典ちゃん」
 友を見つけて安心したのか、連れ立ってテーブルへ。
「うっまー☆」
 ワインとローストビーフにありついてご機嫌な御風音・一刃。
「酒も肴も無尽蔵ってことか」
 なら楽しまにゃ損と、乙・典暁も肉料理に手を伸ばす。
 一通り目ぼしいものを味見してのち、ワインボトルとグラス、皿に盛った肴を持ち出してテラス席へ。
「典ちゃんじゃんじゃんのんじゃって~~♪」
 一刃が典暁のグラスにワインを注いで、それを飲み干した典暁が一刃のグラスに注ぐ。少し行儀悪く肴をつまみながら、気のおけない者同士、この時間を楽しむ。
「気になるコとかいる? コイバナコイバナ☆」
「こちとら敬虔な僧侶、色恋に身を任せるワケにゃいかんのよ」
 一刃の問いに答え、典暁はワインをあおる。そして恐らく立派な名前がついているだろう肉料理をつまみにぱくり。敬虔な僧侶という自称が、見事に上滑っていく。
 けれども彼らとしては、これでいいのだ。
 ケラケラと笑うマブダチと共に、酒をあおる。これもまた、至高の時間に違いない。

●
「なんじゃこりゃ。一体どこだ?」
 どう見てもパーティ会場。コルト・ラリー・アートが声を上げるのも無理からぬ事。その上窮屈だと思えば、タキシードを纏っているではないか。
「ラリー?」
「なんで、いる?」
 聞き覚えのある声に呼ばれて振り返れば、明かりを受けて輝く金の髪と漆黒の瞳がラリーを見つめていて。驚きというより苦虫を噛み潰したような声が出た。
「何よそれ? どうしちゃったの……」
 声の主、クジャナ ヴァーミリオンは絞り出すように告げたが。
「ひっ……ふぁっ……」
 腹部と口元を抑えながら、小刻みに肩を震わせて笑うのをこらえ――きれていない。
「なに笑っていやがる? 好きで着てるんじゃねえぞ……」
 笑いに雪崩のように襲いかかられ、クジャナはそのまま座り込んで全身を震わせ始めた。ひぃひぃと喉を引きつらせていて、すぐには収まりそうにない。
 笑うなと言ってもどうせ無駄だろう、そう思いラリーはジャケットを脱ぐ。その襟部分に指をかけて、肩から背中へ背負うように持った。
「おい、いつまで笑ってんだ」
 まだ笑うクジャナ。ラリーに呆れの色が浮かんだその時。

「おい、お兄さん。女性を泣かすなんて」

「は? 違う、泣かしてんじゃねえ、こいつは笑ってんだ」
 声をかけてきたのは、細身で長身の若い男。クジャナが泣いているように見えたのだろう。
 何はともあれ変な誤解をされたままというのはいただけない。未だうずくまっているクジャナへ向けるように、靴の先で床をタンタンと叩いてラリーは催促。
「おい、自分で説明しろ、ユンファ」
「違うのよ」
 すると彼女がゆるりと立ち上がる。その目尻に雫が見えたがそれが、笑い過ぎによるものであることは言うまでもない。
「ホントに笑ってただけ。人の格好見て笑うなんて失礼よね、ごめんなさい。でも、だって、ああまた笑いが」
「なんだ、本当に笑ってただけか」
 誤解を解いてなお笑いが募るクジャナを見て、さすがに若い男(シルエイティ・ワンビア)も、ならよかったと胸を撫で下ろして。
「それじゃあ、また」
「ありがとう親切なお兄さん」
 ほんのひと時、絡み合った糸。再びふたりとひとりに分かれ、場内へ散る。
(さっき『ユンファ』って言ってたような……)
 自身の妹と同じ名が、シルエイティの胸に引っかかる。だがさすがにそんな偶然なんて。
「まさか、な」
 小さく首を振り、彼もまた喧騒へと紛れた。

●
 音楽が流れ、人々が舞い、飲んで食べて――そんな会場の隅、ぽつんと置かれたソファを見つけてつい寝そべった。
 ごろごろ、ごろごろ。とても寝心地が良くて、ウォーゼルはいつもより更に眠たげだ。
「ウォーゼル?」
「コレとっても寝心地いいよ。パルド、キミも座りなよ」
 戻ってきたパルドの手には、料理の乗った皿とカトラリー。料理を取ってくる間に、席を取っていてくれたのだろうか。
 起き上がったウォーゼルが、ぽんぽんとソファを叩いて促す。ゆっくりと腰をかければ、ウォーゼルの言う通り、ふんわり柔らかい。
「ほんとだ」
 にこりと微笑めば、すでにウォーゼルの視線はごちそうに釘付け。フォークを手にし、「あーんして」と告げようとしたのだが。
「あー」
 それよりも先に口が開いたものだから。
「ふふ」
 ついつい笑みが漏れてしまった。
「んー……ふふ、美味しい」
 ウォーゼルの顔に笑顔が咲いて。当然のごとく今度はパルドの番。
「キミもどうぞ。ほら、あーん?」
「ん、美味しい」
 食べさせあいっこはもちろん楽しい。けれども。
 そっとパルドが寄り添えば、ウォーゼルはそれを受け入れて。絡められた尾に、返事のごとく尾を絡める。
 ただ、傍にいられるだけで。それだけで、嬉しい。
 幸せなひと時が、ここにはある――。

●
 ここはどこだろう。いつの間にか赤いフォーマルベストを着て見慣れぬ場所にいた。マガト・バーゲストは即座に状況把握のために周囲を見回す――すると、そこには……。

「オリビア?」

 つい、その名が口から漏れた。視線の先の黒髪は記憶にあるものに近く。それを持つ人物は、記憶の中にいる姉に似て――否、姉そのものなのだから。


 気がつけば、緑色のかわいいドレスを纏っていた。なんでここに居るのだろうと考えを巡らそうとした時、不意に名を呼ばれて。オリビア=A=ベトゥーラは黒髪を揺らして振り返った。
 誰に呼ばれたのだろう――そんな困惑が表情に出てしまったのかもしれない。一瞬の、間ができた。
「失礼、人違いのようだ」
 オリビアの顔を見て、その青年は一瞬瞳を揺らした。けれども謝罪とともに踵を返そうとするものだから。
「ま、まって!」
 つい、ではなく自分の意志で、彼を引き止める。


「ルディだよね?」
「!」
 彼女の一瞬の困惑に、人違いだと自分を納得させようとした。その時、彼女が呼んだのは――マガトの本当の名前。再び彼女に視線を向ける。
「すぐ気づかないでゴメンね! アタシ、ルディが大人になれる世界があればいいのにって思ってたのに!」
 そう、最初はわからなかった。けれども本能のようなものがオリビアに告げたのだ。
 じぶんよりずーっと年上に見えるこの青年が、弟だって。
「ねえルディ、踊りに行こう!」
 まさかこんな事が起こるなんて――真実も辻褄も今はどうだっていい。
 重なった手を強く握り、ふたりは共に――。

●
 パーティー会場を見渡せば、覚えのある顔が目について。
「君はこの間の」
「あ、この間のお兄さんッスか?」
 振り返った彼女――ミリア・クロステル・ヴァリスは、服装こそエース ニーセンの記憶の中とは違うが、その人懐っこそうな表情は同じである。
「この間は話を聞かせてくれてありがとう」
「また会えて嬉しいッス!」
 先日、ひょんなことから少しばかり話をしたふたり。まさかこんな形で再会するとは思いもよらなかったが、再会は嬉しい。
「見てください、キラキラッスよ~!」
 くるりと回ってみせたミリアは、ドレス姿。
「ドレス、似合ってるな。……俺には少し眩しすぎるくらいだが」
 彼女を眩しく感じるのは、照明や服装のせいだけではない。
「それにしても一体ここは……」
「夢ッスかね?」
「夢……か。きっとそうだろうな」
 彼女の言う通り、これが夢であるならば――。
「よかったら、一緒に踊ってほしい」
 こんな風に過ごしてもいいだろうと、エースは手を差し出した。
「踊りッスか? 喜んでお受けするっす!」
 ミリアが眩いほどの笑顔で手を取ると、ふたりはダンスフロアへ。
「実は小さい時、ダンスも習ったんスよ! ヒューラントにいた頃に……」
「……」
「だ、大丈夫ッス、元気ッスよ! さあ、一緒に踊ろうッス!」
 彼女の声色が微かに変わるのが分かった。けれども慰める言葉を、エースは持ち合わせていない。
 出来るのは、明るく振る舞おうとする彼女と、この時間を過ごすだけ。
 ゆらりゆらりと、音色に乗って。

●
 ここは豪奢で優雅なパーティ会場。すでに音楽に合わせて踊っている人も、料理やお酒を楽しんでいる人たちもいて。
「また不思議な世界に迷い込んだんだな」
 望月 英俊は今の状況を、納得はできないが理解はできた。経験者であるからして。
「望月先輩! あれ見てください!」
「ん?」
「シルヴィアが!!」
 いつの間にか赤いドレスを纏っていた天石 茜に、タキシードの裾を引かれて視線を向ければ、見覚えはあるが常では出会うことのない人物が見えた。
「茜!」
 茜の声に気がついたようで。その淑女――シルヴィア・A・カペルは、青いドレスの裾を揺らして足早にこちらへと向かってきた。ドレス姿で走り出さないところに、本物を感じる。
「また会えて嬉しい!」
「私もだよ、茜、英俊」
 抱き合って再開を喜ぶ女性陣を微笑ましく見つつ、英俊も「俺もだ」と頷いた。
 予想もしなかった縁の糸が、再びこうして引き合ったのだ。

●
「多国籍パーティみたいだから、ご飯もあるよね?」
 瞳を期待で輝かせる茜の提案で、三人一緒に食事コーナーへ。
「おにぎりあった!」
 何よりも先におにぎりを見つけた茜の瞳には、もうおにぎり以外映らない……。パーティ料理らしく、白米の上に高そうな具材が乗ったおにぎりがずらり。
(海苔はお好みで、自由に巻けるんだね)
 ひと目でシステムを理解して手を伸ばしたら――。
「あっ」
「!」
 色白の指先と、目的のものが同じだったようで。視線を上げればそこには、それこそ茜の好きなファンタジーPBWのような美少年がいるではないか。
「えっ、君、おにぎり好きなの?」
「えっ……ああ。母さんが極東生まれで、よく作ってくれたんだ」
「すごい、嬉しい! ファンタジー世界の人にもおにぎりが好かれてるんだね!」
 歴史ある米店に生まれた茜としては、明らかに西洋風というかファンタジー風の少年が、パーティで他の料理ではなくおにぎりに手を伸ばしてくれたことが嬉しくて。せっかくだから一緒に食べようよ、と声をかけた。
 どれも美味しそう。プレートに書かれた具を確認しながら、ふたりで皿へと盛って行く。


「英俊に描いてもらった絵、今でも大切にしているよ」
「それは……」
 シルヴィアからの報告。以前出会った夏祭りにて、シルヴィアと茜の絵を描いた英俊。それを大切にし続けてくれていると聞いて、嬉しく思わないはずがない。
「……嬉しいな」
 自然と微笑みが浮かぶ。英俊にとってこれは、とても珍しいことなのだ。シルヴィアも同じように微笑み返す。
「ところで茜は、料理を盛りすぎていないかな?」
 一足先にテーブルへと張り付いた茜。帰ってくる様子がないものだから。
「天石はあのテーブルに……誰かと話しているな。行ってみよう」
 何かトラブルだろうか。コミュ力の高い彼女のことだから変なことにはなっていないだろうと思いながら、ふたりが茜の元に向かえば。
「小舟ちゃん、何をしているのかな?」
 長身の男性が美少年――浮舟へと声をかけた。
「おっさん……何もない。ただおにぎりの話をしていただけだ」
 仕事仲間のグレッグ・デュークへ冷たく告げる浮舟。タキシードを着ても胡散臭さは拭えないなと目が物語っている。
「あ、自己紹介まだだったよね! 望月先輩、シルヴィア、こちらおにぎり好きの美少年です!」
 茜の言葉に、これも縁だとそれぞれ自己紹介となったのだった。


「調べてみたけど、どうやら宴の主催者は、本当に危害を加える気はないらしいよ」
「ならせっかくだし、踊るのはどうかな?」
「踊りたいです!」
 グレッグの報告を受けてシルヴィアが述べた提案に、誰よりも乗り気なのは茜だ。
「おい天石、ダンスなんて踊れるのか?」
「自分で言うのもなんですが、素質はあると思います」
 心配した英俊の言葉に、茜がそう返すのを見て。
「いいね、気にせず楽しもう。僕は退屈が一番嫌いなんだ」
 賛成の意を示すグレッグ。
「こういった場の礼儀作法には詳しくないから、教えて欲しい」
「パーティ参加なんて、学会後の形式的なもの以外滅多にないだろうが、礼儀作法は覚えておいて損はないか」
 こうなったら乗るしかないかと教えを請う英俊に、管轄外ではあるが未知の知識に興味を示す浮舟。
「ダンスやマナーなら、私に任せて」
 見るからに貴族であるシルヴィアが教えてくれるなら、十分すぎる。
「僕も基本的なものなら教えられるよ」
 重ねた年の数だけ、若者たちよりは経験があるグレッグ。練習をするべく会場の隅へと移動中に、視線を感じた。視線の主は、案の定――。
「何を企んでるんだ?」
「何も企んでやしないさ。人聞きが悪いことを言わないで欲しいな」
 浮舟の問いにグレッグは微笑を向けて。
 ――ダンスを教える善良なおじさんだよ。多分ね。
 そういう態度だから、胡散臭くて疑われるのである。


 一通りのことは教えたが、浮舟は特に覚えが早いとシルヴィアは感じた。年下に教える楽しさを覚えながら、浮舟とともに躍り出る。
(弟がいたらこんな感じかな)
 シルヴィアの心を反映してか、足取りは軽やかだ。
(本物の貴族はやっぱり違うんだな……俺とは大違いだ)
 反対に浮舟の心中は、純粋な楽しさだけとはいかなくて。
「君からは生まれ持った気品を感じるよ」
 かけられたその言葉に、彼女の顔色を窺ってしまう。
「……亡国の王子って言ったら信じるか?」
「……亡国の王子様、か」
 浮舟の呟いたそれは、話題のひとつでしかなくて。知識を負う者にとってはなんの意味もない言葉だと、誰よりも浮舟自身がわかっている。シルヴィアの反応を待てば、彼女は。
「君の一番の魅力は、出自や肩書ではなく瞳に宿る知性だと思う」
 意外な言葉。ターンするたびに、返事の代わりにに水仙の仄かな香りが小さな主張を。
「またいつか会えたら、君の本当の名前を教えてよ」
 それは叶う保証のない約束。けれども憧憬から、浮舟は頷いて答えた。


 差し伸べた手に小さな手が重ねられて。緊張しながらステップを踏むのは、ふたりとも同じ。
「ドレス、その……悪くないな」
「かわいいドレスですよね!」
「いや、褒めたのはドレスではなくて……」
 沈黙から脱出すべく用意した言葉は、気の利いた者とは程遠く。真意が伝わらずに英俊は再び口をつぐんだ。

『彼女をきちんとリードしないとね』
『かの!? 後輩というだけですから……!』

 ダンスに集中しているはずなのに、教わっている時にグレッグとシルヴィアにからかわれたことを思い出してしまう(浮舟からは同情の視線を貰った)。
 普段と違う姿の茜をスケッチしたいと思うと同時に、このまましばらく踊っていたいとも思うのだ。
「海外の大学では」
 英俊がまた黙ってしまったから、茜は話題を探して口を開く。頬が温かいのは、普段と距離が違うからだ、きっと。
「卒業前のパーティで踊るって聞いたことがありますよ」
「大学か。医学部にそんな余裕があるのかわからないが」
 その言葉から、英俊がすでに進路を決めていることが感じられて。すごいなぁと素直に感心してしまう。
 けれども曲が終わるまでは、学校も進路も全て投げ捨てて、この距離で――。


 経験者同士、流れるようにステップを踏む。密着状態で繰り広げられるのは、恋情のやり取りというよりは。
「君のような素敵な娘を持って、親御さんはさぞ鼻が高いだろうね」
「買いかぶり過ぎだよ。それとも私から、なにか聞きたいことでもあるのかな?」
 まるで、空間を仕切らない特殊な密室での、腹の探り合いのよう。
(味方でも厄介、敵だと恐ろしい男といったところかな)
 近い距離でグレッグを感じながら、シルヴィアはそう感じて。
「いやいや。深い意味はないよ?」
 嘘か真か判別し難い返答をし、グレッグは続ける。
「ただ、あまり若者をからかっちゃ駄目だよ。そういう役割はおじさんに譲ってもらわないと」
 その含み笑いが怪しいのだけれども。
「君のような人間が、誰かの隣りにいること自体が意外だよ」
「相方じゃなくて商品だよ」
 シルヴィアの言葉に返したところで、曲が終わる。互いに礼をして戻ると。
「商人と商品?」
 近くで踊っていたから会話が聞こえたのだう。茜が不思議そうに呟いた。
「何だか仲の良いバディだよって言ってるみたいですね!」
「そうだな」
 それにシルヴィアまで同意を示すものだから。グレッグはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「まぁ、今後はわからないけどね……バディ、あるかもしれないね?」
「随分と浮舟を気に入っているね」
 嘯きに向けられたシルヴィアの言葉には、否定も肯定もせず。
「グレッグさん、私とも踊ってください!」
「仰せのままに」
 茜の求めに、大仰に諾の意を示したのだった。


「英俊」
「ああ、ありがとう」
 疲れて壁際の椅子に座っていると、差し出されたグラス。それを受け取って喉を潤せば、生き返るような心地だ。
「茜は君のこと、好きだと思うよ」
「げほっ……」
 けれども突然、シルヴィアがそんなことを言い出すものだから。危うくジュースを吹き出しそうになったではないか。
「自覚の有無は別にして……そんな気がするんだ」
「……」
 シルヴィアと茜の間にある不思議な関係性のせいだろうか、それとも同性ゆえにか。
 なんと返していいのかわからず、英俊はグレッグと踊る茜に視線を向けた。


 やっぱりお米は美味しいと、ダンスで消費したエネルギーを取り戻すかのようにおにぎりを口に運ぶ茜。浮舟やシルヴィアも彼女に倣って。
「白米、美味しいよね」
「私の国では主食なんですよ」
「美味しいおにぎりがいつも食べられるの、いいね」
 シルヴィアの、茜の、浮舟の、それぞれの世界の話に花が咲く。もきゅもきゅと、様々なおにぎりを口に運びながら。
「あの三人は、米同盟だな」
 ぽつりこぼされた英俊の呟きを拾ったグレッグは、壁に持たれてワイングラスを傾けながら、くつくつと笑っていた。

●
 ――記念撮影いかがでしょう?
 いつも持ち歩いているカメラを手に、そう声をかけて岩野 貫はひと夏の思い出を写真という形で残して回る。
 翼を持つ者も、持たぬ物も、獣のような耳を持つ者も、持たぬ者も。
(色んなタイプの被写体がいて、とてもいい場所だな)
 次は誰に声をかけようか――視線を動かせば、目に入ったのは。

 なぜ招待されたのかは、謎である。ただこのひとときの出会いを楽しまなければ損だということは、カペラ=イルマーレにも分かる。
 さてどうしようかと思ったところ、警備員よろしく会場の様子を見て回っている男性に気がついた。
 青い髪の長身の男性がこちらへきたので、思い切って声をかける。
「あの、バルコニーへ上がるには、どう行ったらいいですか?」
「ア?」
 声をかけられたボイラーマン(テオドール・Hのもう一つの人格)は一瞬、なぜ自分が声をかけられたのか理解できなかったが。少し考えて何となく理解し、少女を見下ろした。
「あっちの扉の裏に、階段があるぞ」
「ありがとうございます」
 少女が求めたのは、会場上部にぐるりとある、会場を見渡せるバルコニー。まあ悪用はしないだろうと、その背を見送ったのだった。

 セーラーカラーのブラウスを纏った少女と青髪の男性が言葉をかわして。少女はどこかへと向かった。なんとなく興味を覚えて、貫はその後を追う。
 すると少女は内バルコニーに上がり、そこから大量の花を降らせたではないか。
 そう、フラワーシャワーだ。会場にいた人々から歓声が上がる。貫は反射的にカメラを構え、花を降らせる彼女と花降り注ぐ会場を、息をつく間も惜しく感じながら写真で切り取っていく。
「花?」
 庭や外バルコニーに向かおうとしていたボイラーマンは、ひらひらと目の前に降り注いだ花弁を一枚、つまみとった。
 さっきの少女の意図を理解すると同時に、花なんて自分には縁のない存在だと思ったが。
 まあこんな日があってもいいか、と息をついた。

 花の降る素敵な空間。喜びの声が聞こえる。
 自分のできることで成果を挙げられたと感じ、カペラも満足げに頷いたのだった。

●
「綺麗だな」
「ああ」
 花の降る中を飛べるなんて。

「素敵だわ」
「ロマンチックですね」
「悪くないな」
「はい」
 素敵な光景に、複雑な心は抑え込まれて。

「やっぱり夢かな」
「素敵な夢ですね」
 穏やかな時間に、彩りが。

「ああ――」
 花の香りは、互いの香りに混ざって甘く。

「……ん」
 室内から飛んできた花弁を、差し出して。

「花か」
「ん……?」
「あら」
 グラスに、本に、ほっぺたに、月の光を浴びて飛んできた花弁。

「おい、花びら――」
 声掛けは間に合わず、肉とともに食べられてしまう花弁――ここは花より団子。

「なんだ?」
「あら、綺麗ね」
「花……」
 降り注ぐ花は、離れていても同じで。

「ふふ」
「花まみれ、だよ」
 ソファに降り注ぎ、笑みを呼んだ。

「花?」
「不思議だね!」
 不思議なことには不思議なことが重なって。

「……」
「花捕まえたッス!」
 夢の中ならば、楽しく過ごしてもバチは当たらないと。

「わぁぁぁぁ」
「圧巻だな」
「綺麗だね」
「どこからこんなに?」
「良い演出だね」
 世界は違えども、等しく花は降り注ぐ。

 この不思議な時間を、縁を、楽しむ者たちへ――。


【執筆:篁みゆ】

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0