学園身体測定と諜報部隊のスペック報告書
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2022年09月03日 09時29分14秒
雨上がりの朝の空気は冷涼さを帯びて澄んでいる。
青空で強く輝く初夏の陽の光が降り注ぎ、濡れた葉が鏡のように輝いていた。
「セラン、おはよう」
明るい女声が響いた。
寮から教室へと向かう道の途中、セラン・フェルゼンブルクことセロンガード・シュタインドルフが視線を向けると、道の向こうから革鞄を両手で持っている少女が一人、小走りに駆け寄ってきた。
小柄だが足は長く、腰は細く、でるべき所は豊かな曲線を描いて出ている。
腰まで伸びている薄紫色の艶やかに長い髪が、駆ける夏空色の瞳の少女に合わせ宙に躍っていた。
「雨、止んだみたいで良かったわ」
「キャロは晴れてる方が好きなんだっけ?」
「ええ。雨もそんなに嫌いではないけれど、私は晴れている方が好きだわ」
キャロライン・ネッカーラントことカサンドラ・フィン・ベルリヒンゲンは今の晴れ切った空のような明るい笑顔で答えた。
「朝晴れていると気持ちが良いもの。今日も一日頑張る気になれるわ」
それはセロンの記憶の中にある、以前の彼女が言っていた言葉と変わりがなかった。
ただ、好みや性格は変わっていないようだったが、髪は少し伸びたかもしれない。
「フィーネは?」
共に学舎へと向かって道を歩きつつ、登校時は大抵一緒にいるカサンドラの妹分的な友人の姿が見当たらないのでその名を出すと、
「昨日、狩猟部へいって朝練するって言われて、だから今日は別行動なの。たぶんもう射撃場へいって訓練してるんじゃないかしら」
「朝練?」
フィーネ・メローヴィングなる偽名で過ごしているゾフィー・マルテルは、あれでかなり勤勉な人間だったが(セロンやカサンドラよりも才能の面で劣るのに、それでも彼女が彼女の学年で弩弓課程を首席卒業だったのは努力の成果であろう)少なくともリーンエス王国のパンクリアース学園に潜入してからは普段、朝練などをするような習慣は無かった筈である。
「ええ、ほら、今日って身体測定があるじゃない?」
「ああ」
セロンは合点がいった。
「少しでも身体を絞っておきたいんですって」
涙ぐましい努力をしているようだ。
「フィーネは特に太ってるようには見えないけどなぁ」
「私もそう思うわ。でもまぁ気になるものなのよ、そういうのは」
お年頃の女子というのはそういうものらしい。
しかし年頃の女子というなら今、隣を並んで歩いているカサンドラもそうである。
「キャロも実はそういうの気にしてたりする?」
抜群のプロポーションを誇る彼女であったら気になるものなど何もなかろう、と思ったりもしたが、
「ええ、そうね、まったく気にしていないっていうと嘘になるわ」
それでも本人的にはまったく無頓着という訳でもないらしい。
「ただ、普段通りの生活をしていて自分の身体がどんな状態になっているのかの数値を知れた方が今後の役に立つと思うから、検査当日の朝に特別に運動したりするような事はしないわ」
彼女らしい理知的な事をカサンドラは言った。
「なるほどね」
セロンは頷き、そして、
「――ええ、急に背が伸びたりはしないもの。無駄よ、そんな事をしても」
彼女にしては珍しい怨念じみた声音でカサンドラは言った。
他人からは外見的なスペックにはまったく悩みが無さそうに思えるカサンドラだったが、実は本人的には背が低い事を結構気にしているのかもしれない、セロンはふとそんな事を思ったのだった。
●
運動する時に用いる薄手の服に着替えた少年少女達が男女別にわかれて教室や廊下に並び、それぞれ受け取った結果に一喜一憂して声をさわがしくあげている。
貴族の子女が多いパンクリアース学園らしからぬ光景であるが、教育の一環として貴族も平民も同じようにこの測定は行われているそうだ。
薄紫色の艶やかな長髪と大粒の青い瞳を持つ少女カサンドラは手にしている紙に記述されている数値に目を通しつつ、表情を変化させないようにする事に苦心していた。
優秀な彼女が努力している甲斐あって、ポーカーフェイスの成果はでており、周囲には彼女の胸中は悟られていなかった。
しかし、本来でて欲しかった方の努力の成果は紙面に記述された数値にはまったく反映されていなかった。
(背が……背が……まったく伸びてないぃぃっ)
表面では平静を保ちつつもくぅと内心で涙する。
そこには146cmという無慈悲な数値が書かれていた。
カサンドラはセロンと同年の生まれだ。誕生日は7月23日でまだ来ていないので16歳である。
16歳の女子の平均身長からすると146cmというのはかなり低めなものであった。
そしてこれは去年からまったく変わりがない数字だった。
もう自分の背はこれ以上伸びないのだろうかと暗澹たる気持ちになる。
「あ~、体重増えちゃってる、最悪だよ~」
「あたしもー、あぁダイエットしなきゃ……」
周囲からはそんな悲鳴があがっていたが体重に関してはカサンドラはどうでも良かった。
人の目には体重なんてものは容易には測れはしないのだ。
実際、彼女は結構しっかり筋肉がついていたり胸が大きかったりするので、見た目の印象よりも割と重かったりするのだが(とはいえ小柄なのでたかは知れている)、しかし太っていると言われた事は今まで一度もなかった。思われた事も恐らくない。
肝要なのは実際の重量よりも見た目、体型なのである。
その点はカサンドラは出る所は出ていたが手足はすらりと伸びていて体型は全体的に引き締まっており申し分なかった。これまでの弓剣体術と馬術の鍛錬の成果である。
(でも背……っ! 背……っ!)
背だけはハッキリと目に見えるのである。
無論、人間の大半は印象とイメージで生きているから、ある程度の誤魔化しは効く。背筋をピンと姿勢良く伸ばし胸を張っていれば実際よりも大きく見てくれるものである。それをカサンドラは知っていた。
しかし、
(でも直面したら、真実には勝てないのよね)
だいたいの人はカサンドラの方がゾフィーよりも大きいと思っている。
だが真横に並んで歩くと偶に「おや?」と意外そうな表情を浮かべる人間がいるのだ。
目敏い人間である。
そう、実はカサンドラの方が妹分的な存在であり年下であるゾフィーよりも背が低いのである。
カサンドラは紙面から顔を上げた。
視線の先には銀色の光沢のある髪を後頭部でポニーテールに結い上げている少女が、手にした紙を睨みつつ歩いて来ているのが見えた。
ゾフィーである。
「フィーネ、結果どうだった?」
「んー、理想にはちょっと届かなかったけどまぁこんなもんかなぁって体重だったよ。まぁまぁかな?」
完璧ではなかったらしいが、そこそこ満足してそうな表情で赤眼少女が言う。
彼女的に一番気になっていたのはやはり太っているか太ってないかであったらしい。
しかしカサンドラが気になっているのはそこではない。
「頑張ってたものね。他の部分ってどうだった?」
「他? 健康状態には特に悪い点はないってさ。あ、そういえば背が前より2cm伸びてた。まだ伸びるんだね背って、びっくりしちゃった」
「そう、それは良かったわね」
「キャロの方はどうだった?」
「前とまったく変わってなかった」
「へ~、さっすがキャロ! 体調管理までも完璧だね!」
フィーネが目を輝かせて称賛の声をあげてくれる。
彼女に言わせるとそういう事になるらしい。
「ありがとう。でも私は変わりたかったわ……特に身長とか身長とか身長とか」
「……あっ…………そ、そういえばキャロって背、もうちょっと欲しいんだったっけ? でも大丈夫だよ、そんなん気にしなくてもキャロは今のまんまで完璧に素敵だよ!」
ゾフィーが一瞬バツの悪そうな表情になってから、気遣うような笑顔を作ってそう言ってくる。
彼女にとっては身長は「そんなん」であるらしい。
「ありがとうフィーネ。でも私の心にその慰めは今は響かないわ……」
「キャロ~?! そんな、気にする事ないってー!」
「気にするわ。気にするから気になる故に気になるの。わかるでしょう?」
「ま、まぁ……で、でも私は本当にキャロはそのまんまで完璧に素敵だと思う!」
銀髪少女が必死な表情で言って来る。
どうやらゾフィーは本心からそう思ってるらしい。
カサンドラは自分を慕ってくれている少女になんだかんだで慰められてくすっと微笑を洩らした。
「ありがとうフィーネ。そう言って貰えるとちょっと心が晴れたわ」
すると銀髪少女はほっとしたように表情を緩くした。
「まぁでも気になる事は気になるんだけどね。今後も牛乳は飲む事にするわ」
「……うん、がんばってー、応援するよ」
そんな調子で少女達は身体測定の結果に一喜一憂したのだった。
●ヴェヒター・ヌルに納められている資料よりの抜粋
■対象姓名
カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲン
■瞳の形と色
つぶらな大き目の瞳
澄んだ明るい青
■髪型と色
腰まで伸びたストレートロング
艶やかな薄紫色
■年齢
16歳(1220年6月時点)
■外見年齢
若く見える(やや童顔で小柄な為)
■誕生日
7月23日
■性別
女
■身長
146cm
■体型
手足がすらりと長く、ウエストが細く、バストとヒップが大きい。いわゆるトランジスタグラマーな体型
全体的には引き締まった「細身」な印象
■弱点・コンプレックス
実は密かに背が低いのを気にしている。
基本的に品行方正に振る舞い自己を犠牲にして他者に尽くしがちな性格な為、周囲の対応によっては自分でも気づかずに不満を溜め込みやすく「欲求不満」になりがち。
ただしゾフィーにはそれなりに不満を言ったり弱音を吐いたり甘えたりするので彼女が傍にいる間はメンタル面はそれほど酷い事にはならない。
またかつてはゾフィーからお姫様根性のやわらかメンタルと言われる程度に父親に逆らう事ができない性格をしていた。
現在は父親からは距離をおいている為、ひどい事にはなっていないが、基本的に親愛をおいている相手からの要求などを過分に受け容れがちな「受動的」な性格をしている。
ただし戦闘に関しては、自ら最前線に立って自らを盾にし、他者を守る事を自然に行う程度に勇猛果敢である。
■経歴など
シルトラース帝国の都市メルンホルンを統治していたベルリヒンゲン子爵家の生まれ。
ベルリヒンゲン子爵ポイボスの一人娘。
貴族の娘として父親から結婚相手を決められており、同じシルトラース帝国のバラム伯爵ジギスムント・イッシュトヴァンの婚約者だった(歳の差およそ40以上)
まだ幼いカサンドラは伯爵の花嫁になりたくなかったので父親と交渉した結果、帝国の弩弓課程を首席で卒業すれば嫁にいかなくても良い、という条件を引き出す事に成功、それ以降勉学と訓練に励んだ。
爺さんの嫁になりたくなかったカサンドラは必死で頑張り、弩弓過程では一、二を争う成績にまで登り詰める。
高スペックな上に献身的で面倒見がよく寛容な性格もあって同輩や後輩に好かれた為、学生自体は取り巻き的な友人が多かった。
このままいけば首席で卒業して何十も歳の離れた男のもとへと嫁がなくてもすみそう――だったのだが、その時代の彼女にとっては不幸な事に同学年にはセロンガード・シュタインドルフがいた。
弩弓課程時代、両者の実力は伯仲しており激しく鎬を削ったが、最終的にセロンガードが勝利。
首席の座は獲得する事ができず次席に終わり、軍人への道は閉ざされバラム伯爵と結婚する事が決まった。
しかしその後、バラム伯爵はメドゥの指先でありベルリヒンゲン子爵もそれに協力している事が発覚、弩弓課程を首席卒業し帝国諜報部隊ヴェヒター・ヌルに所属していたセロンとゾフィーは彼等を捕縛する為カサンドラに協力を要請した。
カサンドラは家族の助命を協力条件に出し、セロンはこれを承諾、危険な橋を渡りつつも上層部に認めさせ、カサンドラの協力を得て子爵と伯爵を捕縛した。
カサンドラ達は死罪は免れたものの子爵家は取り潰しとなったがその際の働きとセロンからの取り成しが認められ軍人としてヴェヒター・ヌルに所属する事となり、セロン達と共に諜報員として働く事になったのだった。
■対象姓名
ゾフィー・マルテル
■瞳の形と色
赤い瞳
■髪型と色
後頭部で結い上げたポニーテール
光沢のある銀色の髪
■年齢
15歳(1220年6月時点)
■外見年齢
若く見える(童顔で小柄な為)
■誕生日
10月22日
■性別
女
■身長
150cm
■体型
引き締まった「細身」
バストは地味に大きいがヒップは小さめ。脚の長さは普通
■弱点・コンプレックス
良くも悪くも自分の感情に正直な傾向がある。
その為「怒りっぽい」といえるし「嫉妬深い」ともいえるし「不安定」ともいえるし「視野狭窄」ともいえる。
歯に衣着せぬ言動をするので反感を買いやすく一般社会に馴染みにくいので「コミュ障」ともいえるかもしれない。自分よりも強い相手にも反感を抱けば牙を剥くので「向こう見ず」でもある。
しかも意志はそれなりに強いが本当にキツイ目にあうと泣きが入るので「意志薄弱」ともいえる。
感情に素直に突き動かされる分、その言動は素直じゃなくなる事も多々。
尊敬している人間や好きな人間には割と素直に懐く。気に入らない人間や許せない人間には攻撃的になる。
総じて基本的に子供っぽい。
ただし、頼れる者が付近にいなくかつ、ゾフィー的に守らなければならないと思う者がいる場合は「自分がしっかりしなければ」という思いが働くのかそこそこ冷静沈着になる。(逆に言うと普段は無意識にセロンやカサンドラらに頼って甘えている節がある。我儘言ったりするのもそれ)
また秀才っぽく「理屈家」でもある。無駄にシャルガネなどの東方系の知識に詳しい。
■経歴など
シルトラース帝国の貧しい男爵家の生まれ。
兄弟姉妹の数が多く、真ん中あたりの位置の生まれ。
曰く
「私のかわりなんて産まれた時からいくらでもいたから、跡取りになる兄さんや後で猫可愛がりされた下の妹達と比べるとわりとお金かけずにぞんざいにテキトーに育てられたんだよね」
との事。
その為、愛情に餓えている節がある。
家にはお金がなかったが成績優秀だったので立身出世を願われて帝国軍の弩弓過程へと入隊。
そこでカサンドラと出会い、彼女は面倒見がよくゾフィーのことを優しく甘やかしてくれたのであっさり懐く。
他の取り巻き立ちとの仲は微妙だったが、カサンドラとの仲は良好だった。
(カサンドラ様と様づけと尊敬語で心から話す程度に尊敬している。パンクリアース学園の潜入任務の為に現在は敬語をやめているが、任務がなければ今でも様づけと尊敬語でカサンドラへは話す。なんなら任務中でも油断すると敬語になりそうになるくらいには彼女の中ではそれがデフォルトである。それはそれとして甘えたり我儘言ったりしたりはするし、遠慮せずにザクッと正直なところを言ったりもするが)
卒業試験でカサンドラがセロンに敗北しその未来が閉ざされた為、セロンを怨む。
一方のゾフィーはその後彼女の学年において首席で卒業、セロンから一年遅れてヴェヒター・ヌルへと入隊する。
カサンドラの件からのセロンへの怨みから入隊当初はセロンとの仲は非常に険悪だった。
しかし、セロンから教育係として世話になったり、任務の際に命を助けられたりなどの積み重ねで徐々に態度を軟化させてゆく。
カサンドラの父親がメドゥの指先と繋がりがあり、重罪、死罪も免れ得ないだろうという厳しい状況の中で、セロンがカサンドラを諦めずに救い出した為、すっかり(ゾフィー的には)手の平を返す。
カサンドラの事は尊敬していて大好きだし、セロンにも現在は好感を持っているが、その二人が自分をほっぽって二人だけで仲良くしてると不機嫌になったりもする。
総じて子供っぽく感情的で友好的な目上に甘えがちだが、セリーヌら好感が持てる年下の前でかつ、回りに頼りになる人間がいない場合は「自分がなんとかしなければ」とかなり冷静沈着かつ勇猛果敢にシャキっとする。
青空で強く輝く初夏の陽の光が降り注ぎ、濡れた葉が鏡のように輝いていた。
「セラン、おはよう」
明るい女声が響いた。
寮から教室へと向かう道の途中、セラン・フェルゼンブルクことセロンガード・シュタインドルフが視線を向けると、道の向こうから革鞄を両手で持っている少女が一人、小走りに駆け寄ってきた。
小柄だが足は長く、腰は細く、でるべき所は豊かな曲線を描いて出ている。
腰まで伸びている薄紫色の艶やかに長い髪が、駆ける夏空色の瞳の少女に合わせ宙に躍っていた。
「雨、止んだみたいで良かったわ」
「キャロは晴れてる方が好きなんだっけ?」
「ええ。雨もそんなに嫌いではないけれど、私は晴れている方が好きだわ」
キャロライン・ネッカーラントことカサンドラ・フィン・ベルリヒンゲンは今の晴れ切った空のような明るい笑顔で答えた。
「朝晴れていると気持ちが良いもの。今日も一日頑張る気になれるわ」
それはセロンの記憶の中にある、以前の彼女が言っていた言葉と変わりがなかった。
ただ、好みや性格は変わっていないようだったが、髪は少し伸びたかもしれない。
「フィーネは?」
共に学舎へと向かって道を歩きつつ、登校時は大抵一緒にいるカサンドラの妹分的な友人の姿が見当たらないのでその名を出すと、
「昨日、狩猟部へいって朝練するって言われて、だから今日は別行動なの。たぶんもう射撃場へいって訓練してるんじゃないかしら」
「朝練?」
フィーネ・メローヴィングなる偽名で過ごしているゾフィー・マルテルは、あれでかなり勤勉な人間だったが(セロンやカサンドラよりも才能の面で劣るのに、それでも彼女が彼女の学年で弩弓課程を首席卒業だったのは努力の成果であろう)少なくともリーンエス王国のパンクリアース学園に潜入してからは普段、朝練などをするような習慣は無かった筈である。
「ええ、ほら、今日って身体測定があるじゃない?」
「ああ」
セロンは合点がいった。
「少しでも身体を絞っておきたいんですって」
涙ぐましい努力をしているようだ。
「フィーネは特に太ってるようには見えないけどなぁ」
「私もそう思うわ。でもまぁ気になるものなのよ、そういうのは」
お年頃の女子というのはそういうものらしい。
しかし年頃の女子というなら今、隣を並んで歩いているカサンドラもそうである。
「キャロも実はそういうの気にしてたりする?」
抜群のプロポーションを誇る彼女であったら気になるものなど何もなかろう、と思ったりもしたが、
「ええ、そうね、まったく気にしていないっていうと嘘になるわ」
それでも本人的にはまったく無頓着という訳でもないらしい。
「ただ、普段通りの生活をしていて自分の身体がどんな状態になっているのかの数値を知れた方が今後の役に立つと思うから、検査当日の朝に特別に運動したりするような事はしないわ」
彼女らしい理知的な事をカサンドラは言った。
「なるほどね」
セロンは頷き、そして、
「――ええ、急に背が伸びたりはしないもの。無駄よ、そんな事をしても」
彼女にしては珍しい怨念じみた声音でカサンドラは言った。
他人からは外見的なスペックにはまったく悩みが無さそうに思えるカサンドラだったが、実は本人的には背が低い事を結構気にしているのかもしれない、セロンはふとそんな事を思ったのだった。
●
運動する時に用いる薄手の服に着替えた少年少女達が男女別にわかれて教室や廊下に並び、それぞれ受け取った結果に一喜一憂して声をさわがしくあげている。
貴族の子女が多いパンクリアース学園らしからぬ光景であるが、教育の一環として貴族も平民も同じようにこの測定は行われているそうだ。
薄紫色の艶やかな長髪と大粒の青い瞳を持つ少女カサンドラは手にしている紙に記述されている数値に目を通しつつ、表情を変化させないようにする事に苦心していた。
優秀な彼女が努力している甲斐あって、ポーカーフェイスの成果はでており、周囲には彼女の胸中は悟られていなかった。
しかし、本来でて欲しかった方の努力の成果は紙面に記述された数値にはまったく反映されていなかった。
(背が……背が……まったく伸びてないぃぃっ)
表面では平静を保ちつつもくぅと内心で涙する。
そこには146cmという無慈悲な数値が書かれていた。
カサンドラはセロンと同年の生まれだ。誕生日は7月23日でまだ来ていないので16歳である。
16歳の女子の平均身長からすると146cmというのはかなり低めなものであった。
そしてこれは去年からまったく変わりがない数字だった。
もう自分の背はこれ以上伸びないのだろうかと暗澹たる気持ちになる。
「あ~、体重増えちゃってる、最悪だよ~」
「あたしもー、あぁダイエットしなきゃ……」
周囲からはそんな悲鳴があがっていたが体重に関してはカサンドラはどうでも良かった。
人の目には体重なんてものは容易には測れはしないのだ。
実際、彼女は結構しっかり筋肉がついていたり胸が大きかったりするので、見た目の印象よりも割と重かったりするのだが(とはいえ小柄なのでたかは知れている)、しかし太っていると言われた事は今まで一度もなかった。思われた事も恐らくない。
肝要なのは実際の重量よりも見た目、体型なのである。
その点はカサンドラは出る所は出ていたが手足はすらりと伸びていて体型は全体的に引き締まっており申し分なかった。これまでの弓剣体術と馬術の鍛錬の成果である。
(でも背……っ! 背……っ!)
背だけはハッキリと目に見えるのである。
無論、人間の大半は印象とイメージで生きているから、ある程度の誤魔化しは効く。背筋をピンと姿勢良く伸ばし胸を張っていれば実際よりも大きく見てくれるものである。それをカサンドラは知っていた。
しかし、
(でも直面したら、真実には勝てないのよね)
だいたいの人はカサンドラの方がゾフィーよりも大きいと思っている。
だが真横に並んで歩くと偶に「おや?」と意外そうな表情を浮かべる人間がいるのだ。
目敏い人間である。
そう、実はカサンドラの方が妹分的な存在であり年下であるゾフィーよりも背が低いのである。
カサンドラは紙面から顔を上げた。
視線の先には銀色の光沢のある髪を後頭部でポニーテールに結い上げている少女が、手にした紙を睨みつつ歩いて来ているのが見えた。
ゾフィーである。
「フィーネ、結果どうだった?」
「んー、理想にはちょっと届かなかったけどまぁこんなもんかなぁって体重だったよ。まぁまぁかな?」
完璧ではなかったらしいが、そこそこ満足してそうな表情で赤眼少女が言う。
彼女的に一番気になっていたのはやはり太っているか太ってないかであったらしい。
しかしカサンドラが気になっているのはそこではない。
「頑張ってたものね。他の部分ってどうだった?」
「他? 健康状態には特に悪い点はないってさ。あ、そういえば背が前より2cm伸びてた。まだ伸びるんだね背って、びっくりしちゃった」
「そう、それは良かったわね」
「キャロの方はどうだった?」
「前とまったく変わってなかった」
「へ~、さっすがキャロ! 体調管理までも完璧だね!」
フィーネが目を輝かせて称賛の声をあげてくれる。
彼女に言わせるとそういう事になるらしい。
「ありがとう。でも私は変わりたかったわ……特に身長とか身長とか身長とか」
「……あっ…………そ、そういえばキャロって背、もうちょっと欲しいんだったっけ? でも大丈夫だよ、そんなん気にしなくてもキャロは今のまんまで完璧に素敵だよ!」
ゾフィーが一瞬バツの悪そうな表情になってから、気遣うような笑顔を作ってそう言ってくる。
彼女にとっては身長は「そんなん」であるらしい。
「ありがとうフィーネ。でも私の心にその慰めは今は響かないわ……」
「キャロ~?! そんな、気にする事ないってー!」
「気にするわ。気にするから気になる故に気になるの。わかるでしょう?」
「ま、まぁ……で、でも私は本当にキャロはそのまんまで完璧に素敵だと思う!」
銀髪少女が必死な表情で言って来る。
どうやらゾフィーは本心からそう思ってるらしい。
カサンドラは自分を慕ってくれている少女になんだかんだで慰められてくすっと微笑を洩らした。
「ありがとうフィーネ。そう言って貰えるとちょっと心が晴れたわ」
すると銀髪少女はほっとしたように表情を緩くした。
「まぁでも気になる事は気になるんだけどね。今後も牛乳は飲む事にするわ」
「……うん、がんばってー、応援するよ」
そんな調子で少女達は身体測定の結果に一喜一憂したのだった。
●ヴェヒター・ヌルに納められている資料よりの抜粋
■対象姓名
カサンドラ・フォン・ベルリヒンゲン
■瞳の形と色
つぶらな大き目の瞳
澄んだ明るい青
■髪型と色
腰まで伸びたストレートロング
艶やかな薄紫色
■年齢
16歳(1220年6月時点)
■外見年齢
若く見える(やや童顔で小柄な為)
■誕生日
7月23日
■性別
女
■身長
146cm
■体型
手足がすらりと長く、ウエストが細く、バストとヒップが大きい。いわゆるトランジスタグラマーな体型
全体的には引き締まった「細身」な印象
■弱点・コンプレックス
実は密かに背が低いのを気にしている。
基本的に品行方正に振る舞い自己を犠牲にして他者に尽くしがちな性格な為、周囲の対応によっては自分でも気づかずに不満を溜め込みやすく「欲求不満」になりがち。
ただしゾフィーにはそれなりに不満を言ったり弱音を吐いたり甘えたりするので彼女が傍にいる間はメンタル面はそれほど酷い事にはならない。
またかつてはゾフィーからお姫様根性のやわらかメンタルと言われる程度に父親に逆らう事ができない性格をしていた。
現在は父親からは距離をおいている為、ひどい事にはなっていないが、基本的に親愛をおいている相手からの要求などを過分に受け容れがちな「受動的」な性格をしている。
ただし戦闘に関しては、自ら最前線に立って自らを盾にし、他者を守る事を自然に行う程度に勇猛果敢である。
■経歴など
シルトラース帝国の都市メルンホルンを統治していたベルリヒンゲン子爵家の生まれ。
ベルリヒンゲン子爵ポイボスの一人娘。
貴族の娘として父親から結婚相手を決められており、同じシルトラース帝国のバラム伯爵ジギスムント・イッシュトヴァンの婚約者だった(歳の差およそ40以上)
まだ幼いカサンドラは伯爵の花嫁になりたくなかったので父親と交渉した結果、帝国の弩弓課程を首席で卒業すれば嫁にいかなくても良い、という条件を引き出す事に成功、それ以降勉学と訓練に励んだ。
爺さんの嫁になりたくなかったカサンドラは必死で頑張り、弩弓過程では一、二を争う成績にまで登り詰める。
高スペックな上に献身的で面倒見がよく寛容な性格もあって同輩や後輩に好かれた為、学生自体は取り巻き的な友人が多かった。
このままいけば首席で卒業して何十も歳の離れた男のもとへと嫁がなくてもすみそう――だったのだが、その時代の彼女にとっては不幸な事に同学年にはセロンガード・シュタインドルフがいた。
弩弓課程時代、両者の実力は伯仲しており激しく鎬を削ったが、最終的にセロンガードが勝利。
首席の座は獲得する事ができず次席に終わり、軍人への道は閉ざされバラム伯爵と結婚する事が決まった。
しかしその後、バラム伯爵はメドゥの指先でありベルリヒンゲン子爵もそれに協力している事が発覚、弩弓課程を首席卒業し帝国諜報部隊ヴェヒター・ヌルに所属していたセロンとゾフィーは彼等を捕縛する為カサンドラに協力を要請した。
カサンドラは家族の助命を協力条件に出し、セロンはこれを承諾、危険な橋を渡りつつも上層部に認めさせ、カサンドラの協力を得て子爵と伯爵を捕縛した。
カサンドラ達は死罪は免れたものの子爵家は取り潰しとなったがその際の働きとセロンからの取り成しが認められ軍人としてヴェヒター・ヌルに所属する事となり、セロン達と共に諜報員として働く事になったのだった。
■対象姓名
ゾフィー・マルテル
■瞳の形と色
赤い瞳
■髪型と色
後頭部で結い上げたポニーテール
光沢のある銀色の髪
■年齢
15歳(1220年6月時点)
■外見年齢
若く見える(童顔で小柄な為)
■誕生日
10月22日
■性別
女
■身長
150cm
■体型
引き締まった「細身」
バストは地味に大きいがヒップは小さめ。脚の長さは普通
■弱点・コンプレックス
良くも悪くも自分の感情に正直な傾向がある。
その為「怒りっぽい」といえるし「嫉妬深い」ともいえるし「不安定」ともいえるし「視野狭窄」ともいえる。
歯に衣着せぬ言動をするので反感を買いやすく一般社会に馴染みにくいので「コミュ障」ともいえるかもしれない。自分よりも強い相手にも反感を抱けば牙を剥くので「向こう見ず」でもある。
しかも意志はそれなりに強いが本当にキツイ目にあうと泣きが入るので「意志薄弱」ともいえる。
感情に素直に突き動かされる分、その言動は素直じゃなくなる事も多々。
尊敬している人間や好きな人間には割と素直に懐く。気に入らない人間や許せない人間には攻撃的になる。
総じて基本的に子供っぽい。
ただし、頼れる者が付近にいなくかつ、ゾフィー的に守らなければならないと思う者がいる場合は「自分がしっかりしなければ」という思いが働くのかそこそこ冷静沈着になる。(逆に言うと普段は無意識にセロンやカサンドラらに頼って甘えている節がある。我儘言ったりするのもそれ)
また秀才っぽく「理屈家」でもある。無駄にシャルガネなどの東方系の知識に詳しい。
■経歴など
シルトラース帝国の貧しい男爵家の生まれ。
兄弟姉妹の数が多く、真ん中あたりの位置の生まれ。
曰く
「私のかわりなんて産まれた時からいくらでもいたから、跡取りになる兄さんや後で猫可愛がりされた下の妹達と比べるとわりとお金かけずにぞんざいにテキトーに育てられたんだよね」
との事。
その為、愛情に餓えている節がある。
家にはお金がなかったが成績優秀だったので立身出世を願われて帝国軍の弩弓過程へと入隊。
そこでカサンドラと出会い、彼女は面倒見がよくゾフィーのことを優しく甘やかしてくれたのであっさり懐く。
他の取り巻き立ちとの仲は微妙だったが、カサンドラとの仲は良好だった。
(カサンドラ様と様づけと尊敬語で心から話す程度に尊敬している。パンクリアース学園の潜入任務の為に現在は敬語をやめているが、任務がなければ今でも様づけと尊敬語でカサンドラへは話す。なんなら任務中でも油断すると敬語になりそうになるくらいには彼女の中ではそれがデフォルトである。それはそれとして甘えたり我儘言ったりしたりはするし、遠慮せずにザクッと正直なところを言ったりもするが)
卒業試験でカサンドラがセロンに敗北しその未来が閉ざされた為、セロンを怨む。
一方のゾフィーはその後彼女の学年において首席で卒業、セロンから一年遅れてヴェヒター・ヌルへと入隊する。
カサンドラの件からのセロンへの怨みから入隊当初はセロンとの仲は非常に険悪だった。
しかし、セロンから教育係として世話になったり、任務の際に命を助けられたりなどの積み重ねで徐々に態度を軟化させてゆく。
カサンドラの父親がメドゥの指先と繋がりがあり、重罪、死罪も免れ得ないだろうという厳しい状況の中で、セロンがカサンドラを諦めずに救い出した為、すっかり(ゾフィー的には)手の平を返す。
カサンドラの事は尊敬していて大好きだし、セロンにも現在は好感を持っているが、その二人が自分をほっぽって二人だけで仲良くしてると不機嫌になったりもする。
総じて子供っぽく感情的で友好的な目上に甘えがちだが、セリーヌら好感が持てる年下の前でかつ、回りに頼りになる人間がいない場合は「自分がなんとかしなければ」とかなり冷静沈着かつ勇猛果敢にシャキっとする。