愛哀剥離

キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年08月30日 15時23分31秒

「――っ」
 脇をすり抜けた矢を追うように手が動く。ローザリカ・L(リベラ)・ディオールの後ろには、彼がいる。そう思った時にはすでに遅く、鈍い音がした。
「ぐっ……」
 地面に膝をつくジュスト・ヴェルジー(幼馴染み)の肩には矢が突き刺さっていた。
「ジュストっ――」
「前を見ろ!」
 ジュストの鋭い声に、ローザリカははっとする。そうだ、まだ戦闘は終わっていない。ローザリカはぎりと唇をかみしめて扇子を握ると、前を向いた。
 直後、治癒師の一人が彼の傷を癒やしたようだ。それにほっとすると同時に、なにかもやもやとした気持ちも生まれてしまう。
(集中しろ、まったく僕は……!)
 だからジュストに怪我などさせてしまうのだ。ローザリカは扇を開くと、森の中からのこのこと現れたシューター目掛けて魔法を放つ。形勢有利と誤認したのだろうが、いい的だ。

 そんな敵の油断により、戦闘自体はすぐに終息する。
 隊商の荷物を狙う夜盗を、たかがごろつきと侮る余裕がなくなってきたのは、帝国崩壊以降の授恵者の増加ゆえだろうか。原則として帝国崩壊以降に覚醒した授恵者は冒険者ギルドへの登録が定められているが、全ての人間がそれに従っているわけではない。単に報せを知らない者もいれば、悪意を持って力を活用しようという者もいる。今回の襲撃犯の中には後者がいたというだけの話。
 そして戦闘時の昂揚が引けば、後からようやく恐怖が襲ってくるのは、いくら場数を踏もうと変わらない。
 王都にて依頼の完遂を報告すれば、冒険者たちはそれぞれの用事をこなしに散る。ローザリカはジュストを安静に休ませるためにひとまず冒険者ギルドの二階の部屋を取り、やたらと遠慮するジュストを強引に寝台に放り込んだ。
「なんだろう、この間もこんなことがあったような……」
 ジュストは手当してもらった肩を庇いながら茶化すが、ローザリカは寝台脇の椅子に腰掛けて俯いたままだ。
「ロゼ?」
「いいから休んでくれ。そのうちに迎えが来るから、それまで、すこしでも……」
 絞り出した声は震えてはいなかったが、やはり何かを堪えるようで。
 出ていこうにも一歩も動けない、その代わりに唇を噛むのは、昔からの癖。
(どうして僕は、繰り返してしまうんだろう)
 自分のせいでまたジュストが深手を負った。並び立つどころか、これでは足を引っ張っている。喪失の恐怖が心を締め付ければ溢れてくるのは、自己嫌悪。
(僕は、僕が嫌いだ。こんな、弱い自分が)

 思い出すのは、ジュストに庇われたあの日。要人警護の依頼だった。ローザリカを狙った一撃を、彼はそれが当然であるかのように受け止めて見せた。
『また、かっこ悪いところ見せちゃったな』
 任務終了後、王都のヴェルジー邸に担ぎ込まれたジュストは、寝台の上でローザリカに向かってそう告げた。
『どうして……!』
 苛立ちは、ジュストに対してというよりは、自分に対して、だ。ローザリカは目を伏せる。この苛立ちをジュストに向けても仕方がない。悔しい気持ちを紛らわすように、ローザリカは膝の上に置いた手を握り込む。
『どうして、か』
 ジュストはぽつりとつぶやいた。依頼を完遂したという現状、そしれ疲労もあるのだろう、いくらか緊張の和らいだ表情からは、どこか幼さも感じられる。
『君を守りたかった。あの日も、今回も……』
 ジュストが言っている『あの日』のことを、ローザリカが忘れたことはない。まだふたりが幼かった頃、ジュストはローザリカを魔犬の群れから守るために身を挺し、大怪我を負ったことがある。
 簡単にできることではない。一歩間違えば死んでいたし、死ぬと予想できただろう。それでも幼い体を突き動かした気持ちの正体を、ジュストはこの時、受け入れた。
『泣かないで、ロゼ』
 ジュストの言葉にローザリカは慌てて頬に触れた。涙は、まだこぼれていない。だが拍子に感情が堰を切って溢れそうになり、ローザリカは顔を逸らした。ジュストはそんなローザリカに手を伸ばす。
『……俺、もっと強くなるから。だか、ら……』
 指先がローザリカの唇に触れるか触れないかのところで、ぱたりとジュストの腕から力が抜けた。ローザリカははっと顔を上げたが、ジュストは浅く寝息を立てている。疲労が限界だったのだろう。
 ローザリカはジュストの腕を取ると毛布の下に入れる。
『強くならなきゃいけないのは……私の方なのに』
 そう呟けば、堪えていたものが溢れた。声を殺し、唇を噛み締める。
 しばらく、滞在時間が許すまでジュストの様子を見ていたローザリカは、後ろ髪を引かれる思いでヴェルジー邸を後にする。その途中、玄関ホールでたまたま出会した人物に、ローザリカは息をつめて背筋を伸ばした。
『ローザリカ嬢か』
 ヴェルジー家の前当主――ジュストの祖父にあたる男だ。厳格で容赦のない印象が拭えないのは、その鋭い目つきゆえだろう。ローザリカはその視線にあてられると、どうにも自分がちっぽけな存在に思えてしまって苦手だった。ジュストに関して負い目が降り積もっているのもあるだろうが。
『またかね』
 軽く膝を折り、挨拶をしようとしたところで、嘆息とともに抉るような一言がローザリカに投げつけられる。
『申し訳――』
『早く帰りなさい』
 男はローザリカの返答を待たずして踵を返した。弁明の余地は元々ないが、謝罪さえ受け取ってもらえない。それに、ローザリカは目を伏せて耐えるしかなかった。
 悔しいが、致し方のないことだ。今はまだ――。

「ロゼ」
 噛み締めていた唇に指が触れ、ローザリカは我に返った。どうやら物思いに耽っていたらしい。
「君の悪い癖だね。変わらない」
 自罰的に何かを堪える時、ローザリカは唇を噛み締める。ジュストになんどか唇を優しくなぞられて、ローザリカはようやく力を抜いた。
 ジュストはサイドテーブルの上に置かれた皿を取る。フォークに小さく切り分けられた果物を刺して、そのまま食べるのかと思いきや、ローザリカの口元へと近づけた。
「ロゼが大怪我しなくて良かった」
「ふざけっ……」
 ローザリカが「ふざけるな」と憤慨し開いた口に、ジュストは器用に果物を放り込む。
「君が傍にいてくれた方が、俺は安心して戦える」
 ――だから、離れていかないで欲しい。
 言外に示された言葉に、ローザリカは黙って果物を咀嚼するしかない。
「……君はやっぱり、ずるい」
 そんなことを言われたら、離れられなくなってしまうのに。きっとわかって言っているのだ。ローザリカ本人が、その優しさに抗えないことを。
(どうしようもなく……君が好きなんだ)
 そんな優しさに触れるたびに理解させられる、自分の気持ちを。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0