路地裏の出会い
キャラクターノベル(グループ)制作 七海真砂納品 2022年09月06日 08時57分26秒
その日、レピド・クロサイトは柄にもなく浮かれていた。表情には出さないようにしていたが、浮かれていた。
何故なら、冒険者になって初めての依頼を解決し、その報酬を手にした所だったからだ。
(今日ぐらいは好きなだけ食べよう)
いつもは節制しているレピドだが、今日は特別だ。分厚いステーキに、鳥と豚と猪の串焼き。前から気になっていた煮込み料理はクリームソースの物を頼む。気付けば肉ばかりになっていたので魚介類たっぷりのペスカトーレと季節の野菜のピザを加えて、よし、これでバランスもバッチリだ!
ひとつ頷き、届いた料理を食べ始める。だがそこに思いがけない誤算があることに、レピドはまだ気付いていなかった。
(…………苦しい、な)
それに気付いたのは、料理を半分ほど食べ終わった頃だった。
普通の人であれば、頼む前に『量が多過ぎるのではないか』と気付いたかもしれない。
だがレピドは、生前の記憶を失っているホムンクルスだった。そして普段の節制生活で『満腹になるまで食べる』という経験をした事が無かったレピドには、自分の許容量が全く判らなかったのだ――!
(なるほど、これが……だが、せっかくの料理を残すことなど出来ない……!)
こんなに美味しい料理を作ってくれたマスターにも失礼な行為だ。レピドは真剣な面持ちで一口、また一口と食事を進め続ける。
そして――。
「……旨かった」
すべての料理をなんとか平らげて、レピドは店を出た。
出たものの、満腹を通り越して食べ続けたレピドの肉体は限界を迎えていた。胃を抱えるようにしてよろよろと歩いたレピドは、近くの路地裏に入った所でよろめく。
「ッ~~~~~」
駄目だ。これ以上もう動けない――。
「ん?」
通りを歩いていたディレイン・オールドケイジは、何か奇妙な物音を聞いた。
物音……いや、声だろうか? 低く唸るような声は只事では無いように感じられて、思わずキョロキョロとディレインが辺りを見回すと、うずくまっている男の姿が見える。
「君、大丈夫かい?」
見知らぬ顔だが放っておけない。ディレインは思わずレピドの方に向かって駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ……」
「いや大丈夫じゃないでしょ、それ」
呻きながら大丈夫と言い張るレピドの様子に、無理しなくていいよと言い置いて。
「おじさんさあ、お医者さんの真似事できるんだよねぇ」
だから診てあげるよ、と呼びかけるディレインに、レピドは疑わしげな目をしながら顔を上げる。
(医者……本当か……?)
ディレインの風貌は(ちょっと残念なことに)清潔感とは遠いものだった。あるいは物盗りの類かもしれないと、身を少し固くしたところで腹痛にまた襲われ、レピドが呻くと「ほらほら、おじさんに任せて」とディレインが手を伸ばす。
「顔色も悪いね。動けないってのはよっぽどだよ……うん?」
その時、弾みでレピドの纏っていたフードが落ちた。露になる後頭部、そこに見えたのは――。
(賢者の石? じゃあ彼、ホムンクルスなのか)
思わず手を伸ばして、確かめるように賢者の石に触れるディレイン。レピドはそれを厭うように身をよじるが、その動作でまた痛そうに腹部を抱える。
(これは……ええ? 普通の人間と同じ対応でいいのかな……)
ディレインにとって、ホムンクルスを診るのは初めてのこと。果たして普通の人間と同じように診て大丈夫なのだろうか、と一抹の不安がよぎるのだけれど、今まさに呻いているレピドを前に、そんな事など言ってられない。
それに。
(ま、やってみないことにはわからんし……やってみるしかないよね、これ)
ヒーラーとしての探求心がそれを上回った。ディレインはとにかく触診に入る。
「痛んだら教えてよ。ここは?」
「…………」
「ここはどう?」
「うっ」
「ふむ。じゃあ、こことか……」
「ッ……」
「ここは?」
「ぁあ……!?」
あちこち触れるディレインの指先に、抵抗しつつもつい苦悶の声をこぼすレピド。その反応を見ながら、ディレインは呟いた。
「ここが痛むなら、うちにある薬草が効きそうかな……立てるかい?」
動けるようなら連れて行った方が早いだろうと、ディレインは手を貸してレピドを立たせると、そのまま彼に肩を貸し、自分の寝床へと連れて帰ろうとする。
「どこへ……」
「俺の家。道端で転がったままじゃ、治るものも治らないからね。そんなに遠くないから。ほら行こう」
「いや、俺は……っ」
別にいい、と言いかけた所を強引に引っ張られる。そのまま半ば引きずられるようにしながら、レピドはディレインの家を訪れた。
乱雑に積み重ねられた衣服や医学書と、薬草の束や治療道具で雑然とした部屋の中を進むと、ディレインはレピドを寝台に放り出した。
(汚い部屋だ……よくこんな所に人を連れて来る気になったな……)
寝台に腰掛け、ゼイゼイと呼吸するレピドは思わずそんな感想を抱いたが、もう言葉は何も出てこない位に調子が悪い。そんなレピドの様子に、ディレインはすぐ湯を沸かし始める。
「はいこれ被って。温めた方が楽になるよ。すぐに薬草を煎じるから……ええと……確かあの下に……」
毛布を渡すと部屋の中から、レピドの症状に合いそうな薬草を見繕って混ぜ合わせ、沸いた湯で煎じてレピドに飲ませた。じゃあ横になって、と言いながら後頭部の賢者の石の辺りに触れるディレインに抵抗する元気もなく、レピドはそのまま体を横たわらせる。
すると、どうだろう。
程なくして、膨れ上がった胃腸が楽になるのをレピドは感じた。
呼吸が、楽になる。試しに体を起こしてみると、重鈍いあの痛みが大分落ち着いているのがわかる。
「あー、ダメダメ。まだ寝ていないと。ほら」
「そんなに何度も賢者の石を弄るな」
「賢者の石っていうか頭ね。ほら横になる」
大人しくしていたら触らないよと言い添え寝かしつけたディレインは、喋る元気が出たなら問診を、と不調になった時の様子について尋ね……この不調の原因が完全に食べ過ぎだと知ると、心底呆れたような顔をした。
「そりゃあ、そんなに食べたら胃腸も悲鳴を上げるよね……」
「……解らなかったんだ。自分の食事量の限界ってのが」
「……そうか」
生前の記憶を無くしているホムンクルスなのだろうと察すると、ディレインは追加でいくつかの薬草を煎じる。腹痛の原因が食べ過ぎなら、これが効くはずだと渡されたそれを、レピドは大人しく飲んだ。
(……処置は適切……本当に医者なんだな)
完全に善意で助けてくれたことを理解すると、レピドは先程までとは違って警戒を解いていた。有難く、そのまま休ませて貰うことにする。
(――医者、か)
おぼろげな記憶の中に残る、暗殺者としての自分。まるで自分とは正反対な、他人の生き様を見せつけられたような気がしながら……レピドは微睡む。
「やれやれ」
この薬も効いてくれたらしい、とディレインは寝息を立て始めたレピドの様子を見つめながら呟いた。
どうやら、ホムンクルスも普通の人間と同じ治療法で大丈夫だったらしい。安堵と、知的好奇心が満たされた心地から息を吐き出すと、すぐに込み上げてきた欠伸を噛み殺す。
「さて、俺も少し休ませて貰おうか」
思いがけないアクシデントで自分も疲れてしまったらしい。ディレインも椅子に座ったまま目を閉じると、しばし休息を取るのだった。
何故なら、冒険者になって初めての依頼を解決し、その報酬を手にした所だったからだ。
(今日ぐらいは好きなだけ食べよう)
いつもは節制しているレピドだが、今日は特別だ。分厚いステーキに、鳥と豚と猪の串焼き。前から気になっていた煮込み料理はクリームソースの物を頼む。気付けば肉ばかりになっていたので魚介類たっぷりのペスカトーレと季節の野菜のピザを加えて、よし、これでバランスもバッチリだ!
ひとつ頷き、届いた料理を食べ始める。だがそこに思いがけない誤算があることに、レピドはまだ気付いていなかった。
(…………苦しい、な)
それに気付いたのは、料理を半分ほど食べ終わった頃だった。
普通の人であれば、頼む前に『量が多過ぎるのではないか』と気付いたかもしれない。
だがレピドは、生前の記憶を失っているホムンクルスだった。そして普段の節制生活で『満腹になるまで食べる』という経験をした事が無かったレピドには、自分の許容量が全く判らなかったのだ――!
(なるほど、これが……だが、せっかくの料理を残すことなど出来ない……!)
こんなに美味しい料理を作ってくれたマスターにも失礼な行為だ。レピドは真剣な面持ちで一口、また一口と食事を進め続ける。
そして――。
「……旨かった」
すべての料理をなんとか平らげて、レピドは店を出た。
出たものの、満腹を通り越して食べ続けたレピドの肉体は限界を迎えていた。胃を抱えるようにしてよろよろと歩いたレピドは、近くの路地裏に入った所でよろめく。
「ッ~~~~~」
駄目だ。これ以上もう動けない――。
「ん?」
通りを歩いていたディレイン・オールドケイジは、何か奇妙な物音を聞いた。
物音……いや、声だろうか? 低く唸るような声は只事では無いように感じられて、思わずキョロキョロとディレインが辺りを見回すと、うずくまっている男の姿が見える。
「君、大丈夫かい?」
見知らぬ顔だが放っておけない。ディレインは思わずレピドの方に向かって駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ……」
「いや大丈夫じゃないでしょ、それ」
呻きながら大丈夫と言い張るレピドの様子に、無理しなくていいよと言い置いて。
「おじさんさあ、お医者さんの真似事できるんだよねぇ」
だから診てあげるよ、と呼びかけるディレインに、レピドは疑わしげな目をしながら顔を上げる。
(医者……本当か……?)
ディレインの風貌は(ちょっと残念なことに)清潔感とは遠いものだった。あるいは物盗りの類かもしれないと、身を少し固くしたところで腹痛にまた襲われ、レピドが呻くと「ほらほら、おじさんに任せて」とディレインが手を伸ばす。
「顔色も悪いね。動けないってのはよっぽどだよ……うん?」
その時、弾みでレピドの纏っていたフードが落ちた。露になる後頭部、そこに見えたのは――。
(賢者の石? じゃあ彼、ホムンクルスなのか)
思わず手を伸ばして、確かめるように賢者の石に触れるディレイン。レピドはそれを厭うように身をよじるが、その動作でまた痛そうに腹部を抱える。
(これは……ええ? 普通の人間と同じ対応でいいのかな……)
ディレインにとって、ホムンクルスを診るのは初めてのこと。果たして普通の人間と同じように診て大丈夫なのだろうか、と一抹の不安がよぎるのだけれど、今まさに呻いているレピドを前に、そんな事など言ってられない。
それに。
(ま、やってみないことにはわからんし……やってみるしかないよね、これ)
ヒーラーとしての探求心がそれを上回った。ディレインはとにかく触診に入る。
「痛んだら教えてよ。ここは?」
「…………」
「ここはどう?」
「うっ」
「ふむ。じゃあ、こことか……」
「ッ……」
「ここは?」
「ぁあ……!?」
あちこち触れるディレインの指先に、抵抗しつつもつい苦悶の声をこぼすレピド。その反応を見ながら、ディレインは呟いた。
「ここが痛むなら、うちにある薬草が効きそうかな……立てるかい?」
動けるようなら連れて行った方が早いだろうと、ディレインは手を貸してレピドを立たせると、そのまま彼に肩を貸し、自分の寝床へと連れて帰ろうとする。
「どこへ……」
「俺の家。道端で転がったままじゃ、治るものも治らないからね。そんなに遠くないから。ほら行こう」
「いや、俺は……っ」
別にいい、と言いかけた所を強引に引っ張られる。そのまま半ば引きずられるようにしながら、レピドはディレインの家を訪れた。
乱雑に積み重ねられた衣服や医学書と、薬草の束や治療道具で雑然とした部屋の中を進むと、ディレインはレピドを寝台に放り出した。
(汚い部屋だ……よくこんな所に人を連れて来る気になったな……)
寝台に腰掛け、ゼイゼイと呼吸するレピドは思わずそんな感想を抱いたが、もう言葉は何も出てこない位に調子が悪い。そんなレピドの様子に、ディレインはすぐ湯を沸かし始める。
「はいこれ被って。温めた方が楽になるよ。すぐに薬草を煎じるから……ええと……確かあの下に……」
毛布を渡すと部屋の中から、レピドの症状に合いそうな薬草を見繕って混ぜ合わせ、沸いた湯で煎じてレピドに飲ませた。じゃあ横になって、と言いながら後頭部の賢者の石の辺りに触れるディレインに抵抗する元気もなく、レピドはそのまま体を横たわらせる。
すると、どうだろう。
程なくして、膨れ上がった胃腸が楽になるのをレピドは感じた。
呼吸が、楽になる。試しに体を起こしてみると、重鈍いあの痛みが大分落ち着いているのがわかる。
「あー、ダメダメ。まだ寝ていないと。ほら」
「そんなに何度も賢者の石を弄るな」
「賢者の石っていうか頭ね。ほら横になる」
大人しくしていたら触らないよと言い添え寝かしつけたディレインは、喋る元気が出たなら問診を、と不調になった時の様子について尋ね……この不調の原因が完全に食べ過ぎだと知ると、心底呆れたような顔をした。
「そりゃあ、そんなに食べたら胃腸も悲鳴を上げるよね……」
「……解らなかったんだ。自分の食事量の限界ってのが」
「……そうか」
生前の記憶を無くしているホムンクルスなのだろうと察すると、ディレインは追加でいくつかの薬草を煎じる。腹痛の原因が食べ過ぎなら、これが効くはずだと渡されたそれを、レピドは大人しく飲んだ。
(……処置は適切……本当に医者なんだな)
完全に善意で助けてくれたことを理解すると、レピドは先程までとは違って警戒を解いていた。有難く、そのまま休ませて貰うことにする。
(――医者、か)
おぼろげな記憶の中に残る、暗殺者としての自分。まるで自分とは正反対な、他人の生き様を見せつけられたような気がしながら……レピドは微睡む。
「やれやれ」
この薬も効いてくれたらしい、とディレインは寝息を立て始めたレピドの様子を見つめながら呟いた。
どうやら、ホムンクルスも普通の人間と同じ治療法で大丈夫だったらしい。安堵と、知的好奇心が満たされた心地から息を吐き出すと、すぐに込み上げてきた欠伸を噛み殺す。
「さて、俺も少し休ませて貰おうか」
思いがけないアクシデントで自分も疲れてしまったらしい。ディレインも椅子に座ったまま目を閉じると、しばし休息を取るのだった。