真っ直ぐな道の上
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2022年08月16日 08時46分56秒
出会いとはいつも数奇なものだ。それはある程度年嵩を得た者であれば、自然と理解できるものだろう。
シルヴィア・A・カペルもまた、それを経験則として把握していた。これまでの彼女の人生、真っ直ぐな道の上に、一体どれほどの人間が突然転がり込んできたことだろう。古くは祖父、師をはじめ、ごく最近であれば今の恋人などがそうだ。真っ直ぐだと思っていた道には多くの脇道があることも知った。
そしてそれらは、時に脇道に逸れたとて、定められたひとつの結末へと至るのだと――ヒトという生き物はそれを、運命、喜劇、悲劇と多様な言葉でもって解釈してきた。シルヴィアが先ほど劇場で奏でた歌も、そのような「人生」を謳うものだった。
「深遠なる知に至るには、ヒューマンの一生は短すぎる。しかしだからこそ、こういう文芸が生まれるのだね」
シルヴィアが『先生』と呼ぶエルフ――ディヴァンス・ファルヴェントは感慨深く賛辞を贈る。
「楽しんでいただけましたか?」
「興味深かったよ」
シルヴィアはディヴァンスを伴い、劇場前の待合座〈ラウンジ・イリゼ〉へとやってきた。
「あの台本には続きがあるんです。よければこちらでお聞かせできたらと」
「それは楽しみだ」
シルヴィアは店の主人から許可をもらおうと一歩を踏み出した。それを、嗄れた声が呼び止める。
「もし、すみません……あなたは、アルヴィン様ではありませんか?」
シルヴィアは驚いて振り返った。店の隅に座っていた老いた貴婦人が、ふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる。ディヴァンスはシルヴィアの前に出てその体を支えた。シルヴィアを守るためでもあるが、何より貴婦人が怪我をしないように、だ。
「アルヴィン様……私です。覚えていらっしゃいませんか。シェティです」
ディヴァンスは貴婦人を再び座らせ、目を瞬くシルヴィアにそっと耳打ちした。
「身なりからして、おそらくシェティ・アーランドだ。彼女の息子が最近、領都に新たに商会を作っている。彼と深い親交があったとは記録がないが、顔見知りくらいならいくらでもいるだろうな」
「話を聞いても?」
「君が判断し、決めると良い」
シルヴィアは頷き、貴婦人と同じテーブルについた。
ここは、劇場で催される演目の合間、休憩や待ち合わせに使う場所だ。彼女がそこで、祖父をずっと待っていたのなら……祖父は女性を無責任に待たせる人ではないし、アルヴィンの名を継ぐ者として、シルヴィアは向き合う必要があると感じた。
それは、昔々の恋物語。魔獣に両親を殺され、塞ぎ込んでいたシェティを励まそうと、シルヴィアの祖父アルヴィンはハープを奏でた。シェティが笑顔を取り戻すまで、日毎に。やがてシェティは淡い恋心をアルヴィンに抱いた。しかしアルヴィンにはすでに心に決めた女性がおり、シェティの恋は誰にも打ち明かされぬままとなった。
『次会った時にも、君の為にハープを奏でるよ』
アルヴィンがシェティに預けた約束は、しかし、果たされなかった。アルヴィンは落命した。シェティもまた訃報を知ったが、それでもアルヴィンの帰還を、彼が爪弾く音色を待ち続けた――。
「アルヴィン様は、もう寂しくはないのですか」
アルヴィンはまだ知り合いの少なかった時期にシェティと出会い、そんな言葉を漏らしていたらしい。
「寂しくは、ないよ。だけど……それに甘んじて、君のことを置き去りにしてしまっていた。すまない」
シルヴィアはアルヴィンとしてそう答える。ずっと求められてきた役割だ、言葉はすらすらと口をついてでた。それを、ディヴァンスは苦い顔で見つめていたが、その表情が見えないシルヴィアは知る由もない。
シェティはすでに、老齢ゆえに過去と現在の混濁が著しく、アルヴィンが死んだことは理解できないと見えた。だが、ただアルヴィンへの想いだけが、彼女をここに縛り付けていたのだ。
「……すまなかった」
シルヴィアは涙を流すシェティの肩を抱く。シェティは緩く首を振り、「今一度お聞かせください」と願った。
それが贖罪となるのなら、慰めとなるのならば――彼女を『果たされぬ約束』から解放できるのなら。シルヴィアは店の主人に許しを得て、ハープを優しく爪弾いた。
「また会いに来るよ」
シルヴィアの優しさは、時に残酷だ。ディヴァンスはその言葉を聞いて、目を伏せた。
「どうか元気で」
おそらくシェティの先は長くない。おそらく、約束は果たされまい。だがディヴァンスはそれを止めなかった。
散りゆく定めの儚い命だ。呪いとはなり得ないだろう。だからこれはおそらくシルヴィア自身が――背負おうと決めたものなのだ。
シルヴィア・A・カペルもまた、それを経験則として把握していた。これまでの彼女の人生、真っ直ぐな道の上に、一体どれほどの人間が突然転がり込んできたことだろう。古くは祖父、師をはじめ、ごく最近であれば今の恋人などがそうだ。真っ直ぐだと思っていた道には多くの脇道があることも知った。
そしてそれらは、時に脇道に逸れたとて、定められたひとつの結末へと至るのだと――ヒトという生き物はそれを、運命、喜劇、悲劇と多様な言葉でもって解釈してきた。シルヴィアが先ほど劇場で奏でた歌も、そのような「人生」を謳うものだった。
「深遠なる知に至るには、ヒューマンの一生は短すぎる。しかしだからこそ、こういう文芸が生まれるのだね」
シルヴィアが『先生』と呼ぶエルフ――ディヴァンス・ファルヴェントは感慨深く賛辞を贈る。
「楽しんでいただけましたか?」
「興味深かったよ」
シルヴィアはディヴァンスを伴い、劇場前の待合座〈ラウンジ・イリゼ〉へとやってきた。
「あの台本には続きがあるんです。よければこちらでお聞かせできたらと」
「それは楽しみだ」
シルヴィアは店の主人から許可をもらおうと一歩を踏み出した。それを、嗄れた声が呼び止める。
「もし、すみません……あなたは、アルヴィン様ではありませんか?」
シルヴィアは驚いて振り返った。店の隅に座っていた老いた貴婦人が、ふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる。ディヴァンスはシルヴィアの前に出てその体を支えた。シルヴィアを守るためでもあるが、何より貴婦人が怪我をしないように、だ。
「アルヴィン様……私です。覚えていらっしゃいませんか。シェティです」
ディヴァンスは貴婦人を再び座らせ、目を瞬くシルヴィアにそっと耳打ちした。
「身なりからして、おそらくシェティ・アーランドだ。彼女の息子が最近、領都に新たに商会を作っている。彼と深い親交があったとは記録がないが、顔見知りくらいならいくらでもいるだろうな」
「話を聞いても?」
「君が判断し、決めると良い」
シルヴィアは頷き、貴婦人と同じテーブルについた。
ここは、劇場で催される演目の合間、休憩や待ち合わせに使う場所だ。彼女がそこで、祖父をずっと待っていたのなら……祖父は女性を無責任に待たせる人ではないし、アルヴィンの名を継ぐ者として、シルヴィアは向き合う必要があると感じた。
それは、昔々の恋物語。魔獣に両親を殺され、塞ぎ込んでいたシェティを励まそうと、シルヴィアの祖父アルヴィンはハープを奏でた。シェティが笑顔を取り戻すまで、日毎に。やがてシェティは淡い恋心をアルヴィンに抱いた。しかしアルヴィンにはすでに心に決めた女性がおり、シェティの恋は誰にも打ち明かされぬままとなった。
『次会った時にも、君の為にハープを奏でるよ』
アルヴィンがシェティに預けた約束は、しかし、果たされなかった。アルヴィンは落命した。シェティもまた訃報を知ったが、それでもアルヴィンの帰還を、彼が爪弾く音色を待ち続けた――。
「アルヴィン様は、もう寂しくはないのですか」
アルヴィンはまだ知り合いの少なかった時期にシェティと出会い、そんな言葉を漏らしていたらしい。
「寂しくは、ないよ。だけど……それに甘んじて、君のことを置き去りにしてしまっていた。すまない」
シルヴィアはアルヴィンとしてそう答える。ずっと求められてきた役割だ、言葉はすらすらと口をついてでた。それを、ディヴァンスは苦い顔で見つめていたが、その表情が見えないシルヴィアは知る由もない。
シェティはすでに、老齢ゆえに過去と現在の混濁が著しく、アルヴィンが死んだことは理解できないと見えた。だが、ただアルヴィンへの想いだけが、彼女をここに縛り付けていたのだ。
「……すまなかった」
シルヴィアは涙を流すシェティの肩を抱く。シェティは緩く首を振り、「今一度お聞かせください」と願った。
それが贖罪となるのなら、慰めとなるのならば――彼女を『果たされぬ約束』から解放できるのなら。シルヴィアは店の主人に許しを得て、ハープを優しく爪弾いた。
「また会いに来るよ」
シルヴィアの優しさは、時に残酷だ。ディヴァンスはその言葉を聞いて、目を伏せた。
「どうか元気で」
おそらくシェティの先は長くない。おそらく、約束は果たされまい。だがディヴァンスはそれを止めなかった。
散りゆく定めの儚い命だ。呪いとはなり得ないだろう。だからこれはおそらくシルヴィア自身が――背負おうと決めたものなのだ。