吟遊詩人ギド・フェルミの昼下がり

キャラクターノベル制作 七海真砂納品 2020年11月16日 19時21分59秒

 自称吟遊詩人のギド・フェルミが最近ちょいちょい足を運ぶのは、とある街の広場だ。
 歌と踊りの神をたたえる像が置かれた広場は、かつて神への祈りと共に歌や踊りを披露するための場であったという。もっとも今では神聖さは薄れ、「歌や踊りを披露する場」という部分だけが残った。
 つまり、ここは吟遊詩人や旅芸人が集い、その腕前を披露する場なのである。それを楽しもうとする人々が集まり、いつしか歌や踊り以外の芸術も幅広く披露されるようになり、様々な品を売る露店が出るようになり……多種多様な人々が集う、賑やかで活気のある広場だ。
 その一角に陣取り、ギドはいつものようにリュートを構えた。
「それではお聞きください。叙事詩『ジド・ルウの歌』より……」
 弦を軽く爪弾いて、奏で始めたのはハーフリングのジド・ルウと仲間達の英雄譚の一節だ。昨晩丁寧にさらった部分を上手く演奏できたことで、歌の方も気持ちよくノッてくるギドだったが。
 ……ここはたくさんの芸が披露される場所。演目が斬新という訳でもなく、とびぬけて上手いという訳でもないギドの歌に聞き入ってくれる客はなかなかおらず、すっかり閑古鳥が鳴いてしまっている。

 演奏が途切れるタイミングで客がいないのを確認したギドは、今日はこの位にしておこうかねぇとリュートを下ろした。目の前に置いておいた箱の中身も切ないものだが、
「相変わらず微妙な歌だなァ。けどリュートの方は悪くなかったぜ」
 褒めているのか貶しているのか、雑な拍手が飛んでくる。声の主は、近くで陶器の露店を出している陶芸家のおっちゃんだ。気のいいおじさんで、広場に来るとよく話をする間柄だった。
「おっちゃんかぁ。ありがと、そっちは? 売れてるー?」
「まー、兄ちゃんよりは儲かってるさ」
「ひでェ」
 ケラケラと笑って露店の脇にしゃがみ込む。シンプルなデザインの陶器は頑丈さがウリらしく、あまり詳しくないギドの目から見ても、丁寧に作られているのがわかる。
 まあ、ギドの何倍も客が来ているのは確かだ。
「そういや兄ちゃん、あっちに新しい屋台ができたぞ。知ってるか? 色々なスープを売ってる店だ」
「いや初耳。あったかいスープか、いいなぁ」
 何気ない世間話だが、そう聞くとなんだか美味しそうなスープの香りが漂ってきたような気がして……ぐぅ、とギドのお腹が鳴った。
「……お腹空いた、めっちゃお腹空いてきた……」
「あんだけ歌った後だもんなぁ。音痴な歌だろうと腹は減るわなぁ」
「うるせい音痴は余計だい!」
 知ってるけどさ、知ってるけどさぁとぼやくギドを眺めて、おっちゃんは笑っている。
「まぁ地道に頑張ってんだし、歌の方もいつかは上達するんじゃねぇか?」
「おっちゃん……!」
「今はその気配は全然だけどな! ガハハ!」
 一瞬顔を輝かせたギドが、ガクッと崩れる。ぴえん、でも泣かない男の子だもん!

 そうこうしているうちに日が傾き始め、辺りの人が少しずつ減っていく。秋の日は短く、夜が近付けば肌寒くなるのはあっという間だ。「今日はここまで」という空気が広場全体に行き渡るまで、長い時間は掛からない。おっちゃんも背負子に荷物を片し、ギドは財布とにらめっこ。
「今日は具なしのスープだけになりそうだなぁ」
 スカスカな中身に、新しい屋台はお預けだなと溜息をつく。
「やれやれ……兄ちゃん、これ持って行けや」
 と、肩を落とすギドを見かねたのか、おっちゃんがくれたのは一枚の皿だった。売れ残りの安い皿ではあるが、もちろん物はしっかりしている。
 侘しい具なしのスープでも、新しいスープ皿があれば。
 少しは気分が上向いて、明るい気持ちで味わえるかもしれない……そんな、おっちゃんなりの優しさ、思いやりがあってのことだったが。
「えー? どうせなら肉くれよ肉ー」
 ひもじさのあまり欲望まみれに口を尖らせ、ギドはぶーぶー不満げな顔だ。
「陶器で腹は膨れねえよ」
「アァン? なんだとぅ!? 一枚の皿の大切さってモンがわからねぇのかこのアホ冒険者が!!」
 おっちゃんは陶器のことには人一倍こだわりとプライドを持つ、職人気質のおっちゃんでもあったから。皿を蔑ろにするようなギドの言葉に思わずカッとなったらしく、べしべしとその手がギドの額へ飛んでくる。デコピンいたい。
「ごめんごめん! ごめんて! すんませんでしたー!!」
 ギドは素直に謝った。それに、割れても欠けてもいない、こんなピカピカな皿などギドは持っていない。確かにこういう皿であったかいスープを食べるのは悪くなさそうだ。
「おっちゃん、ありがとう。またなー!」
「ったく……。そのうち、うちのいい皿が買えるくらい稼げるように、せいぜい励めよ兄ちゃん!」
 有難く皿を貰って歩き出したギドは、そんなおっちゃんの激励を受けると「そうだねぇ、頑張ろうか」と前を向く。
 お腹はぺコペコ、でも気分は悪くない。そんなある日の夕暮れだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0