頑固一族の愛娘ゲルダ・クラインの旅立ち
プロローグノベル制作 望月誠司納品 2020年10月31日 22時23分10秒
ゲルダの父は、小柄で、少年のように若々しかった。
ハーフリングだからだ。
この”小さきヒト”は人間社会では軽んじられる事が多い。
さらに彼は王都でも貧しい下層区域の出身だった。
だが、それにも関わらず彼は商人として一代で大成し、莫大な学費が必要なパンクリアース学園に娘を入学させ、なお余裕をもって裕福に暮らせるだけの巨財を築き上げていた。
その手腕は、まさに偉大な交易商と評して余りある。
王国商人達の間では、羨望と尊敬を込められ”リトルビッグマン”の名で、既に伝説とされている人物だ。
だが、そんな生けるハーフリング立志伝の英雄たる敏腕商人も、家では娘を溺愛するただのオヤジだった。
仕事の場においては、傘下のキャラバンが賊に壊滅させられたと聞いても、笑顔を保ったまま決して動じる姿を部下や取引相手に見せなかった彼であったが、今は顔面を蒼白にして、パイプを握る小さな手をカタカタカタカタカタ……と小刻みに震わせていた。
父は真っ直ぐに己を見詰めてくる娘から視線を逸らし、忙しく室内に視線を彷徨わせ、震える手でパイプを口元へ運んで浅く吸い、息を吐き出す。
紫煙が宙に流れてゆく事しばし、
「……冒険者だって?」
やっとの事で、絞り出すように吐き出された少年のように甲高い声は、酷く掠れていた。
彼は一度咳払いし、痛切な不安を宿した青瞳で愛娘のエメラルド色の瞳を見据えると、
「ゲルダ、考え直しなさい」
「嫌です」
娘はコンマ秒もかけずに即答した。
父がじわっ! と涙目になる。
「でもやっぱり冒険者だなんて……」
美しい金髪と緑瞳を持つヒューマンの妙齢の婦人が、困ったように息を吐いた。
ゲルダを成長させたら将来こうなるんじゃないか? という容姿の女性。
ゲルダ母である。
彼女との結婚も父が王国商人間で名を轟かせた要因の一つだった。
母は貴族令嬢だったが父は資金関係などの政略的な事でなく、純粋に熱烈な恋愛の末に、彼女を射止めたのだ。
貧しい出身ながらも己の才覚によって成り上がった王国ハーフリング商人と伝統ある貴族家の美しい令嬢の大ロマンスとして、もう二十年近くは前の事だが、当時の界隈では大評判になったものだ。
「……ゲルダにはちょっと危ないんじゃないかしら」
母は箱入り娘として育ててしまった愛娘の将来を酷く心配していた。
かつての己がそうだったからだ。
結婚してから後、彼女は妻として夫の仕事を手伝い、夫が仕事で家を留守にする時には彼の代わりに一家を守るようになった。
しかし、それはもう酷く苦労した。
何もかもが今まで生きて来た世界とは違い過ぎた。
夫の事を愛していなければ、とても乗り越えられはしなかっただろう。夜には何度も一人肩を震わせ涙を流したものだ。
彼女は箱入りの危険性を身をもってよくわかっていたので、過去には渋る夫を宥め、パンクリアース学園への入学をゲルダに勧めたりもした。
経験は大事だ。
知っている。
獅子は愛する子を谷に突き落とす。
知っている。
しかしだ。
いくらなんでも冒険者は谷過ぎるだろう。
その生業の過酷さを示す世のエピソードは枚挙に暇がない。
だが、
「お父様もお母様も、心配しすぎだわ。わたしだって、もう子供じゃないんです」
親の心、子知らず。
ゲルダは不満を滲ませていた。十五歳である自分は、既に子供では無い。
幼い頃にならず者に誘拐される、なんて大変な目にあっていても、まったくトラウマの一つにもなっていなかった。
可愛い顔してそのメンタル、鋼もかくやの強さである。
「駄目だッ!!」
父が叫んだ。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だッ!! 絶対駄目だッ!! 心配し過ぎなんかじゃない!! お前はっ! 可愛いんだッ!!」
「あら、また親馬鹿な事をおっしゃってますねお父様は」
「親馬鹿なんかじゃないやいっ!! こんな可愛い娘が冒険者なんて餓えた狼みたいな奴等の中に入っていったらどんな目に合わされるか……ッ!!」
「どうにもなりませんよ。ほんと心配し過ぎですね」
「お前、前にも一度攫われてるんだぞ?! わかってる?!」
「子供の頃の話だわ。それにあれは身代金目当てでした」
「と・に・か・く! ずぇったいにっ! 駄目ッ!!」
ゲルダは穏やかな娘である。
ゲルダは控えめな娘である。
ゲルダは蝶よ花よと大切に育てられ、人を疑うことを知らない純真な娘である。
だが、それと同時に、
「……ごめなさいお父様。もう、決めた事なのです」
決して曲がらない芯の強靭さも秘めた娘だった。
(この子は、昔から、言い出したら、聞かないのですよね……)
この頑固さは一体誰に似たのだろう! と商人との恋を貫き通した元令嬢は溜息をついたのだった。
――かくて、猛反対を続ける両親へと書置きを残し、夜に屋敷から抜け出して、外の世界へとゲルダが半ば家出同然に飛び出したのは、この翌日の事であった。
ハーフリングだからだ。
この”小さきヒト”は人間社会では軽んじられる事が多い。
さらに彼は王都でも貧しい下層区域の出身だった。
だが、それにも関わらず彼は商人として一代で大成し、莫大な学費が必要なパンクリアース学園に娘を入学させ、なお余裕をもって裕福に暮らせるだけの巨財を築き上げていた。
その手腕は、まさに偉大な交易商と評して余りある。
王国商人達の間では、羨望と尊敬を込められ”リトルビッグマン”の名で、既に伝説とされている人物だ。
だが、そんな生けるハーフリング立志伝の英雄たる敏腕商人も、家では娘を溺愛するただのオヤジだった。
仕事の場においては、傘下のキャラバンが賊に壊滅させられたと聞いても、笑顔を保ったまま決して動じる姿を部下や取引相手に見せなかった彼であったが、今は顔面を蒼白にして、パイプを握る小さな手をカタカタカタカタカタ……と小刻みに震わせていた。
父は真っ直ぐに己を見詰めてくる娘から視線を逸らし、忙しく室内に視線を彷徨わせ、震える手でパイプを口元へ運んで浅く吸い、息を吐き出す。
紫煙が宙に流れてゆく事しばし、
「……冒険者だって?」
やっとの事で、絞り出すように吐き出された少年のように甲高い声は、酷く掠れていた。
彼は一度咳払いし、痛切な不安を宿した青瞳で愛娘のエメラルド色の瞳を見据えると、
「ゲルダ、考え直しなさい」
「嫌です」
娘はコンマ秒もかけずに即答した。
父がじわっ! と涙目になる。
「でもやっぱり冒険者だなんて……」
美しい金髪と緑瞳を持つヒューマンの妙齢の婦人が、困ったように息を吐いた。
ゲルダを成長させたら将来こうなるんじゃないか? という容姿の女性。
ゲルダ母である。
彼女との結婚も父が王国商人間で名を轟かせた要因の一つだった。
母は貴族令嬢だったが父は資金関係などの政略的な事でなく、純粋に熱烈な恋愛の末に、彼女を射止めたのだ。
貧しい出身ながらも己の才覚によって成り上がった王国ハーフリング商人と伝統ある貴族家の美しい令嬢の大ロマンスとして、もう二十年近くは前の事だが、当時の界隈では大評判になったものだ。
「……ゲルダにはちょっと危ないんじゃないかしら」
母は箱入り娘として育ててしまった愛娘の将来を酷く心配していた。
かつての己がそうだったからだ。
結婚してから後、彼女は妻として夫の仕事を手伝い、夫が仕事で家を留守にする時には彼の代わりに一家を守るようになった。
しかし、それはもう酷く苦労した。
何もかもが今まで生きて来た世界とは違い過ぎた。
夫の事を愛していなければ、とても乗り越えられはしなかっただろう。夜には何度も一人肩を震わせ涙を流したものだ。
彼女は箱入りの危険性を身をもってよくわかっていたので、過去には渋る夫を宥め、パンクリアース学園への入学をゲルダに勧めたりもした。
経験は大事だ。
知っている。
獅子は愛する子を谷に突き落とす。
知っている。
しかしだ。
いくらなんでも冒険者は谷過ぎるだろう。
その生業の過酷さを示す世のエピソードは枚挙に暇がない。
だが、
「お父様もお母様も、心配しすぎだわ。わたしだって、もう子供じゃないんです」
親の心、子知らず。
ゲルダは不満を滲ませていた。十五歳である自分は、既に子供では無い。
幼い頃にならず者に誘拐される、なんて大変な目にあっていても、まったくトラウマの一つにもなっていなかった。
可愛い顔してそのメンタル、鋼もかくやの強さである。
「駄目だッ!!」
父が叫んだ。
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だッ!! 絶対駄目だッ!! 心配し過ぎなんかじゃない!! お前はっ! 可愛いんだッ!!」
「あら、また親馬鹿な事をおっしゃってますねお父様は」
「親馬鹿なんかじゃないやいっ!! こんな可愛い娘が冒険者なんて餓えた狼みたいな奴等の中に入っていったらどんな目に合わされるか……ッ!!」
「どうにもなりませんよ。ほんと心配し過ぎですね」
「お前、前にも一度攫われてるんだぞ?! わかってる?!」
「子供の頃の話だわ。それにあれは身代金目当てでした」
「と・に・か・く! ずぇったいにっ! 駄目ッ!!」
ゲルダは穏やかな娘である。
ゲルダは控えめな娘である。
ゲルダは蝶よ花よと大切に育てられ、人を疑うことを知らない純真な娘である。
だが、それと同時に、
「……ごめなさいお父様。もう、決めた事なのです」
決して曲がらない芯の強靭さも秘めた娘だった。
(この子は、昔から、言い出したら、聞かないのですよね……)
この頑固さは一体誰に似たのだろう! と商人との恋を貫き通した元令嬢は溜息をついたのだった。
――かくて、猛反対を続ける両親へと書置きを残し、夜に屋敷から抜け出して、外の世界へとゲルダが半ば家出同然に飛び出したのは、この翌日の事であった。