白浜に咲く薔薇
キャラクターノベル(グループ)制作 久生夕貴納品 2022年08月03日 11時14分29秒
夏の日差しはこんなにも眩しかっただろうか。
遥か遠く、空と海の境界を眺めながらシルヴィア・A・カペルは思わず瞳を細めた。
カペル侯爵領は陸地に囲まれていることもあり、彼女にとって白浜やコバルトブルーが描く水平線はまだまだ見慣れない。
ちらりと隣を見れば、寄り添うように立つエル=バ=ノイアンの横顔がある。緩く結い上げた髪やラフな服装も相まって、その表情はいつもよりずいぶんと柔らかい。
二人が来ているのは、海辺に立つリゾートホテル。
青薔薇を引退して商人になった人間が、カペルへの礼も兼ねて建てたのだそうだ。そのモニターとして白羽の矢を立てられたのが、シルヴィアだった。
「将来的には、貴族を招いても満足してもらえるような施設を目指しているそうだ」
「成程。納得の出来だ」
案内された部屋に入って、二人は目を見張ったものだ。
奥に広がるゆったりとした空間。壁や天井は白を基調に花や植物が描かれ、中央に置かれたキングサイズのベッドには、まっさらなシーツとボタニカル柄のカバーがかけられている。
海辺に面した壁はすべて硝子窓になっており、プライベートビーチが見渡せた。きっと夜になれば、満天の星を眺めることができるだろう。
「スイートルームを準備したと言われていたけれど……想像以上だね」
シルヴィアの漏らしたため息が、ここの価値を物語っていた。貴族である彼女にとってみれば、高価な調度品や美しい絵画はある程度見慣れているはず。
それでも”想像以上”だと感じたのは、ここでしか得られない価値がしっかりと打ち出された部屋だからだろう。
これほど解放感と南国ムードに満たされた空間は、そうそうない。
ウェルカムドリンクのグラスを手にした二人は、しばし窓からの展望を楽しんでいた。
奥に続く白浜は夏の日差しを受け、いっそう白さを際立たせている。
ノイアンはサマードレスに身を包んだ恋人へ、そっと視線を移す。
白地に青のレース模様が刺繍されたドレスは締めつけが少ないデザインで、夏によく映える。普段の凛とした佇まいも、自分の前でだけ見せる今の姿も、どちらも等しく彼女で愛らしくて。
「せっかくの機会だ。今日はゆっくり楽しめるといいな」
そう声をかければ、シルヴィアは花のように微笑う。
「モニターという役目を果たすためにも、思う存分楽しもう」
鮮やかな夏の匂い。
湧きたつ期待と高揚感。
さあ、海にいこう。
燦々と降りそそぐ陽ざしを、ノイアンは眩しそうに見上げた。
陽の光で煌めく海は驚くほど透明度が高く、時おり小さな魚影が横切るのが見える。
白浜のあちこちには南国の木花が植えられており、木陰で涼めるようにもなっているようだ。
「――お待たせ」
恋人の声に振り向き、ノイアンは一瞬固まる。
視線先では水着姿になったシルヴィアが、顔を赤らめてこちらを伺っている。
「ど、どうかな……?」
上品なタートルネックの黒ワンピース。繊細なレースで作られたバックリボンは、艶やかな背中によく映えている。
透け感のあるパレオにはさりげなく薔薇が描かれており、華やかさと上品さを併せ持った雰囲気が、彼女の魅力をより引き立てていた。
「……とても似合っている」
はにかみながら頷くノイアンを見て、シルヴィアはほっとした表情を浮かべた。
貴族令嬢の彼女にとって、肌の露出が多い衣服を身に着けることはとても勇気が要ることだ。
「水着を着ることは一生無いと思っていたのだけれど……恋は人を変えるね」
彼に少しでも喜んでもらえたら。
――綺麗だと、思ってもらえたら。
小さな欲に押されるように、ひと目少ないここでならと踏み出した。
「恋のおかげ、か」
風になびく彼女の髪を、そっと撫で。それを言うなら、自分こそだと内心で思う。
彼女と出会ってから、日々揺れ動く感情に翻弄されることもあった。
しかしいったん受け入れてしまえば、変わっていく自分を楽しむ余裕すら生まれてくるのだから不思議なものだ。
今だって目の前の恋人があまりに綺麗で。眩しくて。
この姿を誰にも見せたくないと思う独占欲を、隠そうともしない自分がいる。
「シルヴィア、俺のために色々と心を砕いてくれてありがとう」
青天を思わせる瞳を見つめると、彼女は嬉しそうにうなずきつつ、そわそわしたように視線を彷徨わせた。
「恥ずかしくて早く宿に戻りたいけど……君と一緒にたくさん思い出を作りたい」
そういって顔を赤くする彼女が可愛らしくて。つい本音を言ってみたくなる。
「まあ俺としてもお前の水着姿をあまり衆目に晒したくはないし、さっさと宿へ引っ込みたいところだが……」
「えっ」
驚いたように見開かれた瞳へ、いたずら気に微笑んでみせ。
「海辺の思い出作りに来たのだから、な」
彼女の手を取り、誘われるように波打ち際へエスコートする。寄せては引いていく波を足元で遊びながら、貝殻拾いをしたり、ヤドカリやカニを観察してみたり。
浅瀬の海はやわらかな冷たさで、火照った肌に心地いい。
「せっかくだし泳いでみるか?」
「そうだね。水面から見えるサンゴ礁が気になっていたところなんだ」
シュノーケルを借り思い切ってコバルトブルーに潜ってみると、驚くほど鮮やかな景色が広がっている。
蒼の世界を彩る、海洋生物の楽園。
その中でたった二人きりでいるような、不思議な浮遊感と静寂に身を委ねてゆく。
いつもより大胆に、夏の海を五感に染めつけるように。
輝く陽ざしの下で咲くシルヴィアの微笑みを、しばし呆けたように見つめる。
――綺麗なんてもんじゃない。
何度だって、この景色を目に焼きつけておきたい。
たとえこの身体がなくなっても、魂が覚えていられるように。
「ノイアン?」
呼びかける声に、微笑を返す。
気がつけば、陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。
〇
思う存分海を満喫した二人は、ホテルの貸切風呂で身体を温めることにした。
広々としたバスタブには一面薔薇が浮かべられ、甘く上品な香りに包まれている。
「これはカペルの薔薇を使っているそうだ」
「そうだろうと思っていた。見事な香りだ」
水着のまま一緒に入った二人は、薔薇の香りに癒されながらゆったりと過ごす。身も心も解放され揺蕩っていると、あまりの心地よさについうとうとしてしまう。
ふと気がつくと、ノイアンがこちらを見つめていた。その表情はやっぱり穏やかで、シルヴィアはなぜか胸が締め付けられる。
「楽しかったか? シルヴィア」
「……うん。とても楽しかったよ」
そうかと呟いた彼の手が、伸びて来た。頬に触れたてのひらは熱く、こちらを覗き込む深青の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。
「また次の夏も……こうして共に過ごしたい」
そう告げるノイアンの声は、静かなのにひどく甘い。高鳴る鼓動を抑えきれず、シルヴィアはつい彼の胸に顔をうずめる。
「私も……来年も、その先も一緒にいたい」
――願わくば、彼のすべてと共にありたい。
こんなにも貴方を愛していることを、どうすれば伝えられるだろう。
見上げた先で、愛しい人は微かに笑んだ。薔薇の香りに酔いしれながら、互いに吸い寄せられるように、唇を重ねる。
遠く聞こえる潮騒の音が、いつまでも耳に残っていた。
遥か遠く、空と海の境界を眺めながらシルヴィア・A・カペルは思わず瞳を細めた。
カペル侯爵領は陸地に囲まれていることもあり、彼女にとって白浜やコバルトブルーが描く水平線はまだまだ見慣れない。
ちらりと隣を見れば、寄り添うように立つエル=バ=ノイアンの横顔がある。緩く結い上げた髪やラフな服装も相まって、その表情はいつもよりずいぶんと柔らかい。
二人が来ているのは、海辺に立つリゾートホテル。
青薔薇を引退して商人になった人間が、カペルへの礼も兼ねて建てたのだそうだ。そのモニターとして白羽の矢を立てられたのが、シルヴィアだった。
「将来的には、貴族を招いても満足してもらえるような施設を目指しているそうだ」
「成程。納得の出来だ」
案内された部屋に入って、二人は目を見張ったものだ。
奥に広がるゆったりとした空間。壁や天井は白を基調に花や植物が描かれ、中央に置かれたキングサイズのベッドには、まっさらなシーツとボタニカル柄のカバーがかけられている。
海辺に面した壁はすべて硝子窓になっており、プライベートビーチが見渡せた。きっと夜になれば、満天の星を眺めることができるだろう。
「スイートルームを準備したと言われていたけれど……想像以上だね」
シルヴィアの漏らしたため息が、ここの価値を物語っていた。貴族である彼女にとってみれば、高価な調度品や美しい絵画はある程度見慣れているはず。
それでも”想像以上”だと感じたのは、ここでしか得られない価値がしっかりと打ち出された部屋だからだろう。
これほど解放感と南国ムードに満たされた空間は、そうそうない。
ウェルカムドリンクのグラスを手にした二人は、しばし窓からの展望を楽しんでいた。
奥に続く白浜は夏の日差しを受け、いっそう白さを際立たせている。
ノイアンはサマードレスに身を包んだ恋人へ、そっと視線を移す。
白地に青のレース模様が刺繍されたドレスは締めつけが少ないデザインで、夏によく映える。普段の凛とした佇まいも、自分の前でだけ見せる今の姿も、どちらも等しく彼女で愛らしくて。
「せっかくの機会だ。今日はゆっくり楽しめるといいな」
そう声をかければ、シルヴィアは花のように微笑う。
「モニターという役目を果たすためにも、思う存分楽しもう」
鮮やかな夏の匂い。
湧きたつ期待と高揚感。
さあ、海にいこう。
燦々と降りそそぐ陽ざしを、ノイアンは眩しそうに見上げた。
陽の光で煌めく海は驚くほど透明度が高く、時おり小さな魚影が横切るのが見える。
白浜のあちこちには南国の木花が植えられており、木陰で涼めるようにもなっているようだ。
「――お待たせ」
恋人の声に振り向き、ノイアンは一瞬固まる。
視線先では水着姿になったシルヴィアが、顔を赤らめてこちらを伺っている。
「ど、どうかな……?」
上品なタートルネックの黒ワンピース。繊細なレースで作られたバックリボンは、艶やかな背中によく映えている。
透け感のあるパレオにはさりげなく薔薇が描かれており、華やかさと上品さを併せ持った雰囲気が、彼女の魅力をより引き立てていた。
「……とても似合っている」
はにかみながら頷くノイアンを見て、シルヴィアはほっとした表情を浮かべた。
貴族令嬢の彼女にとって、肌の露出が多い衣服を身に着けることはとても勇気が要ることだ。
「水着を着ることは一生無いと思っていたのだけれど……恋は人を変えるね」
彼に少しでも喜んでもらえたら。
――綺麗だと、思ってもらえたら。
小さな欲に押されるように、ひと目少ないここでならと踏み出した。
「恋のおかげ、か」
風になびく彼女の髪を、そっと撫で。それを言うなら、自分こそだと内心で思う。
彼女と出会ってから、日々揺れ動く感情に翻弄されることもあった。
しかしいったん受け入れてしまえば、変わっていく自分を楽しむ余裕すら生まれてくるのだから不思議なものだ。
今だって目の前の恋人があまりに綺麗で。眩しくて。
この姿を誰にも見せたくないと思う独占欲を、隠そうともしない自分がいる。
「シルヴィア、俺のために色々と心を砕いてくれてありがとう」
青天を思わせる瞳を見つめると、彼女は嬉しそうにうなずきつつ、そわそわしたように視線を彷徨わせた。
「恥ずかしくて早く宿に戻りたいけど……君と一緒にたくさん思い出を作りたい」
そういって顔を赤くする彼女が可愛らしくて。つい本音を言ってみたくなる。
「まあ俺としてもお前の水着姿をあまり衆目に晒したくはないし、さっさと宿へ引っ込みたいところだが……」
「えっ」
驚いたように見開かれた瞳へ、いたずら気に微笑んでみせ。
「海辺の思い出作りに来たのだから、な」
彼女の手を取り、誘われるように波打ち際へエスコートする。寄せては引いていく波を足元で遊びながら、貝殻拾いをしたり、ヤドカリやカニを観察してみたり。
浅瀬の海はやわらかな冷たさで、火照った肌に心地いい。
「せっかくだし泳いでみるか?」
「そうだね。水面から見えるサンゴ礁が気になっていたところなんだ」
シュノーケルを借り思い切ってコバルトブルーに潜ってみると、驚くほど鮮やかな景色が広がっている。
蒼の世界を彩る、海洋生物の楽園。
その中でたった二人きりでいるような、不思議な浮遊感と静寂に身を委ねてゆく。
いつもより大胆に、夏の海を五感に染めつけるように。
輝く陽ざしの下で咲くシルヴィアの微笑みを、しばし呆けたように見つめる。
――綺麗なんてもんじゃない。
何度だって、この景色を目に焼きつけておきたい。
たとえこの身体がなくなっても、魂が覚えていられるように。
「ノイアン?」
呼びかける声に、微笑を返す。
気がつけば、陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。
〇
思う存分海を満喫した二人は、ホテルの貸切風呂で身体を温めることにした。
広々としたバスタブには一面薔薇が浮かべられ、甘く上品な香りに包まれている。
「これはカペルの薔薇を使っているそうだ」
「そうだろうと思っていた。見事な香りだ」
水着のまま一緒に入った二人は、薔薇の香りに癒されながらゆったりと過ごす。身も心も解放され揺蕩っていると、あまりの心地よさについうとうとしてしまう。
ふと気がつくと、ノイアンがこちらを見つめていた。その表情はやっぱり穏やかで、シルヴィアはなぜか胸が締め付けられる。
「楽しかったか? シルヴィア」
「……うん。とても楽しかったよ」
そうかと呟いた彼の手が、伸びて来た。頬に触れたてのひらは熱く、こちらを覗き込む深青の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。
「また次の夏も……こうして共に過ごしたい」
そう告げるノイアンの声は、静かなのにひどく甘い。高鳴る鼓動を抑えきれず、シルヴィアはつい彼の胸に顔をうずめる。
「私も……来年も、その先も一緒にいたい」
――願わくば、彼のすべてと共にありたい。
こんなにも貴方を愛していることを、どうすれば伝えられるだろう。
見上げた先で、愛しい人は微かに笑んだ。薔薇の香りに酔いしれながら、互いに吸い寄せられるように、唇を重ねる。
遠く聞こえる潮騒の音が、いつまでも耳に残っていた。