夏の日の、あらゆる雪解け

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年07月03日 08時46分04秒

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 真夏の強い陽射しは、リーンエス王国カペル侯爵領にも容赦無く降り注ぐ。
 外はうだるような暑さだが、カペル侯爵邸内の大食堂は生活紋具による涼やかな空気に満たされ、食卓に就いているひとびとの面には汗ひとつ見られない。
 この日、カペル侯爵邸では領内の一部の有力者達を呼び集めての定例食事会が催されていた。
 主催者は現カペル侯爵家当主のエクスリオ・カペル。
 出席者はいずれも、錚々たる顔ぶれだ。
 上座に腰を下ろしているのはカペル侯爵家の事実上の最高権力者イザベラ・カペル。
 次いでエクスリオと、その妻ネメディアのカペル侯爵夫妻。
 以下、順にカペル侯爵領騎士団長ジェレムス・ローギリアン、青薔薇の花匠アーカネラ・ユルヴェウス、カペル領植物研究所の所長メザレア・ホルトス、カペル侯爵家の家令長テゴルモ・シェダンと続く。
 そして下座にはカペル侯爵家の長女シルヴィア・A・カペルの姿があった。
 今日の定例食事会は、この八名で執り行われるとの由。
「皆様からの案件の前に、ひとつ私の方からご報告したいことがあるの」
 開口一番、イザベラがエクスリオによる進行を遮って、不意にそんなことをいい出した。一体何事かと誰もが不思議そうに顔を見合わせる中、イザベラは下座に座っているシルヴィアに優しく微笑みかけた。
「シルヴィア……あなた、栄えある青燕兵曹の称号を頂いたんですってね」
 不意に話を振られたシルヴィアは、驚きの余り青い目を瞬かせた。本来なら自分の口で告げるべき話なのに、一体誰が先だって祖母の耳に入れたというのであろう。
 父エクスリオと母ネメディアは、苦笑を浮かべて互いに頷き合っている。この両親の髪色と瞳の色は、いずれもシルヴィアとはまるで異なる。シルヴィアの髪色と瞳の色は、今は亡き祖父からの隔世遺伝だといわれているのだが、その顔立ちすらも祖父そっくりだということは最早周知の事実である。
 だが流石に両親は、外見こそは余り似ていないものの、矢張りシルヴィアの生みの親達だ。シルヴィアのこの反応は既に予想済みだったらしい。
 ジェレムスとアーカネラも、そしてメザレアやテゴルモといった面々も、笑いを堪えるのに必死だった。
「あの……その話を一体、どこで?」
「青薔薇の諜報力をお忘れ? どんな些細なことでも、孫の情報はいの一番に私の耳に入ってくるのですよ」
 困惑するシルヴィアとは対照的に、イザベラは心底嬉しいといった様子で笑った。
「それで、アクファリテ西方辺境伯閣下は、お元気でしたか?」
「あ、えぇ、はい……とても気さくなお方でした。私のことも、美魔女んとこのお孫さんと呼んで下さったりして……」
 これには流石のイザベラも堪えられなかったらしく、口元に手を当てて静かに肩を揺すった。他の面々に至ってはもう我慢出来ぬとばかりに、穏やかな笑い声を漏らしている。
「流石に西方辺境伯閣下らしいね。私も以前、とんでもないあだ名を頂いたことがあったよ」
 エクスリオはいつもの貴族然とした冷徹な仮面を脱ぎ捨て、素直に笑った。
 西方辺境伯は家格でいえば公爵家に次ぐといわれており、当然ながらカペル侯爵家よりも上だ。にも関わらず現アクファリテ西方辺境伯はカペル侯爵家のひとびとに対し、友人の様に接してくれる。かの御仁は家格ではなく、目の前の個人を見て、この人物は尊敬するに足るかどうかを見極めるのだという。
 イザベラも、そしてエクスリオも現西方辺境伯とは友人同士の間柄らしく、シルヴィアに奇妙なあだ名を付けたのも、いわば彼なりの親しみの表現なのだそうだ。
 でなければ、イザベラ程の人物を気安く美魔女呼ばわりなど出来ないだろう。
 更にイザベラは視点を変えて、今度は学園生徒会副会長で頑張っているシルヴィアの、パンクリアース学園での生活についても言及した。
 もう何から何まで、イザベラにはすっかりお見通しの模様。
 出席者達からはシルヴィアの日頃の頑張りを称賛する声が相次いだ。
 父エクスリオや母ネメディアからも、親バカの様に娘を褒め称える言葉が飛んできた。
 シルヴィアは何だか恥ずかしくなってきて、顔から火が出る程に火照ってくるのが自分でも分かった。

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 ひと通り場が落ち着いたところで、各担当からの案件報告へと入る。
 最初に手を挙げたのは、カペル領植物研究所の所長メザレアだった。
「それでは……植物研究所での先月の研究進捗をご報告いたします」
 メザレアは鹿の半獣人だが、女性の為、角は生えていない。一見すれば普通のヒューマンと見間違えられることも少なくない人物だ。
 幼き日にシルヴィアの祖父アルヴィンに片想いしていたという噂も囁かれているが、彼女が植物研究所で数々の成果を打ち出しているのは、ひとえにその熱い研究心からだろう。
 シルヴィアもメザレアの研究所は何度も訪れたことがある。観光地の名物である小さなガラス温室や、季節を問わず解放されている花屋敷の様なカフェは多くのひとびとの目を楽しませている。
 この日のメザレアの報告は、青薔薇生成の研究進捗であった。カペル家の家紋でもある青薔薇は、品種として創り出すことは不可能ともいわれているが、それでもメザレアは果敢に挑み続けていた。
 次いで挙手したのは、アーカネラである。彼女からの報告はいささか重い内容だ。即ち、シルトラース帝国とその周辺で生じている騒乱についてであった。
「シルトラース帝国では、西と東の双方で大きな動きがありました」
 この日アーカネラが口にした内容は主に、フィルエス大森林に現れた皇帝ヨゼフ・バルダスと帝国過激派の動向、及び先日解放されたばかりの東の都市エスタル周辺の現況についてであった。
 青薔薇は本来、王国内の諜報に力を注ぐ組織だが、外国で起きている大きな問題についてもそれなりに情報を仕入れている。近い将来、リーンエス王国にどの様な影響を与えるかを予め読み解く為だ。
 アーカネラからの報告が主にシルトラース帝国側のものに偏った為、王国内での諜報活動結果については、エクスリオとジェレムスがそれぞれの担当分を報告する格好となった。
 特にエクスリオが語った内容は、非常に重要だ。彼は何十年も前からカペル侯爵家をつけ狙う謎の吸血鬼の調査にも着手している。今のところ、その吸血鬼がかつてイザベラを拉致した下位吸血鬼の親吸血鬼であることはほぼ間違い無い、というところまで分かっている。だが、その行方は未だ掴めずだ。
 エクスリオ自身はカペル侯爵という貴族でありながら、優秀な魔術師であり、自ら方々に飛び回るという今どき珍しい活動家の侯爵でもあった。
 そのエクスリオの情報力を以ってしても、謎の吸血鬼は未だに尻尾を掴むことが出来ない。中々に手強いと嘆息を漏らした父の姿に、シルヴィアは沈痛な面持ちを向けた。
 そして報告主がジェレムスに移った時、彼は大食堂の入り口扉へと視線を向けた。同時に、家士が豪奢な扉を押し開く。
 すると、そこに思わぬ人物が静かに佇んでいた。
「せ……先生!?」
 思わずシルヴィアが、腰を浮かせかけた。
 そこに居たのは、もう十年程行方知れずとなっていたかつての師匠ディヴァンス・ファルヴェント――先代の青薔薇花匠であった。
「やぁ、久しぶりだね、シルヴィア」
 どこかぎこちない笑みと、硬い声音。
 かつてシルヴィアを、亡き友の生まれ変わりだと決めつけ、恐るべき呪縛の中に押し込めようとした。その後ろめたさが、ディヴァンスの表情を強張らせているのだろう。

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「どうぞ、先代花匠。こちらの席へ」
 ジェレムスに誘われる形で、ディヴァンスは一礼してから食卓の一席へと歩を寄せた。
 アーカネラは事前にジェレムスから話を聞いていたらしく、驚きの表情は流石に見せなかったものの、矢張りその美貌はどこか落ち着かない。イザベラも無表情を装っているが、その内心では多少の波風が立っているものと思われる。
 そして、シルヴィアだ。彼女はディヴァンスに訊きたいこと、尋ねたいことが山ほどある。だが、その衝動を必死に堪えた。
 ジェレムスが定例食事会という公式の場に態々ディヴァンスを呼んだのには、何か意味がある筈だ――シルヴィアはその様に判断した。だからこそ、我慢した。
 そして事実、ジェレムスに促されたディヴァンスは、挨拶もそこそこに、極めて重要な案件が勃発したと語った。
「このカペル侯爵家を狙っている吸血鬼は、シャルガネのとある暗殺組織と接触した模様」
 その組織の名が天陽道と呼ばれていることを、ディヴァンスは淡々と語った。
 この場に居る誰もが、聞き覚えの無い名であるとして互いに顔を見合わせた。辛うじてジェレムスだけは聞き知っていたらしいが、それでもその詳細については余り明るくない様だった。
 一方、シルヴィアはシャルガネと聞いて、ふと幼少の頃を思い出した。そういえば一時期、先生と一緒に滞在していたことがあったな、などと昔の記憶が蘇ってくる。
 だが今は、かつての楽しい想い出とはまるで次元の異なる話だ。天陽道と呼ばれる組織は恐るべき暗殺組織であり、現在は帝国過激派やメドゥの指先、果てはシラー砂漠の太信党と呼ばれるバルバロイ組織とも密接な関係を結んでいるらしい。
 それ程の強敵が、カペル侯爵家というひとつの家庭に狙いを定めているとの由。
 呑気に構えていられる状況ではなかった。
「私はかつての愚行を恥じ、敢えて皆さんの前から姿を消した。だが今は、私の個人的な感情を優先させて良い状況ではない。その様に判断した故、こうして舞い戻った次第です」
 ディヴァンスが、あれ程の決心を固めてシルヴィアとアーカネラの前から姿を消して、早や十年。そんな彼が抱える苦しげな思いや迷いが、一瞬で吹き飛んでしまう程の重大事――それが天陽道の介入なのだろう。
 少なくともシルヴィアは、その様に理解した。
「今後は、更なる厳重な防衛体制と情報収集力強化が必須、という訳ですね」
 イザベラは努めて冷静に、淡々と答えた。
「シラー砂漠の太信党との戦いも、更に激化するものと思われます。であれば、太信党と連携した天陽道がその混乱に乗じて、王国内でどの様な動きを見せるのか分かったものではありません」
 くれぐれも油断するな、とディヴァンスは神妙な面持ちで言葉を締めくくった。
 その口ぶりから察するに、どうやらディヴァンスは今後もカペル侯爵家の近くで対天陽道の諜報に力を入れるつもりらしい。
 つまり、シルヴィアの師はもう二度と、姿をくらますことは無いということだ。そういう意味では、いささか不謹慎ではあったが、シルヴィアは内心でほっと胸を撫で下ろす気分だった。

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 緊張感のある話題が続いたが、ひと通りの報告が終わったとあって、場は漸く落ち着きを取り戻した。
 語るべきことは語ったとしてディヴァンスもやっと、硬い表情を崩した。それから今更気づいた様に、シルヴィアの成長した姿に目を見張る仕草を見せた。
「君は本当に……アルヴィンそっくりに育ってきたね」
「先生、そんなことより、薔薇の砂糖漬けを一緒に食べませんか? そろそろデザートが欲しくなってしまって……」
 シルヴィアの申し出に、ディヴァンスは嬉しそうに目を細めた。
 その後、しばらくは祖父アルヴィンの思い出話に花が咲き、そしてどういう訳か父エクスリオと母ネメディアの馴れ初めや、結婚後のふたりの関係性についてまで話題が飛んだ。
 暴露の主はイザベラだったが、恥ずかしがる両親を何とか抑えつけて、シルヴィアはイザベラから色々な話を聞き出すことが出来た。
「そういえば、先程先代花匠殿はシルヴィアがお義父様によく似ているとおっしゃってたけど、本当にその通りですわね。正直申し上げて、私も今のシルヴィアの姿に驚かされることが少なくないのです」
 ネメディアは話題逸らしの為なのか、おっとりした口調で話を再び祖父アルヴィンへと引き戻す。父エクスリオの表情が幾分ほっとした色に染まっていたのは、気の所為だろうか。
 この時、シルヴィアはアーカネラが隣に座るディヴァンスに熱い視線を送り続けていることに気付いた。いつもは青薔薇花匠として凛とした姿を崩さない黒髪エルフ美女だが、ディヴァンスに対してだけは何か異なる感情を抱いているらしい。
 そしてその感情の正体が何であるのかは、シルヴィアはそれとなく察する様になっていた。
(良かったね、アーカネラさん。もう先生は、多分どこにも行かないと思う)
 声に出してはいえなかったが、シルヴィアはアーカネラの為にも、ディヴァンスが今後はカペル侯爵領内に留まることを強く希望した。
 たとえその理由がカペル侯爵家を狙う不届きな連中に対処する為であっても、だ。
 勿論敬愛する祖母や、愛する両親を傷つける様な敵は決して許すことは出来ないし、見逃す腹積もりも無い。だがディヴァンスがこの地に留まる理由づけになるのだとしたら、それはそれで悪くないという気分が芽生えてきていることも、また事実であった。
(何も深く考えることはない……私が、天陽道とかいう連中を全部斃してしまえば、それで良いんだ。そうすれば先生だって私の自立した強さに安心して、もう二度と、姿を消す様なことはしないだろうし)
 シルヴィアは、アーカネラとディヴァンスの幸せの為なら、死力を尽くして頑張れる自信があった。
 そのシルヴィアに、不意にイザベラが難題を吹っかけてきた。
「ところでシルヴィア……今後の進路についてはもう、決心を固めたのかしら?」
 何でまたこんな時にそんな面倒なことを、とシルヴィアは軽い頭痛を覚えた。
 次期侯爵として研鑽を積むのか、或いは青薔薇所属のまま冒険者を続け、別の道を歩むのか。
 既にパンクリアース学園に在籍し、一流貴族へと昇り詰める為の足掛かりは得ている。後はシルヴィアの思いひとつだ。
 シルヴィアの脳裏に、愛しいひとの面影が思い浮かんだ。彼のことは父エクスリオも知っており、今後シルヴィアが身分その他で思い悩む日が来るかも知れぬと、悶々とした気分を抱くこともあるらしい。
 エクスリオもネメディアも、妙な差別意識は持たない人物だ。しかし世間は、そうはいかない。シルヴィアのカペル侯爵家跡取りという立場が、彼女を近い将来、重く苦しい感情へと引きずり込むことになるかも知れないだろう。
「そうか……シルヴィアもいよいよ、そういう話が出てくる年頃だったか」
 ただひとり、何も知らないディヴァンスだけは妙にしみじみとした調子で腕を組み、何度も頷く。
 この時ばかりは流石のシルヴィアも、苦笑を返さざるを得なかった。

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