とある婚約者たちの些細なすれ違い
キャラクターノベル(グループ)制作 紀藤トキ納品 2022年07月14日 14時23分11秒
●彼の気持ちは知らない
派閥や集団を率いるには家格に不足が有れど、ジュスト・ヴェルジーには華がある。だから、学内に人の輪があれば、その中に彼の姿を見つける事も多い。いや、正直になろう。ここ最近、ジュストの姿を探す時には、人だかりを見つけて覗くのが効率的とローザリカ・L・ディオールが学習しただけであった。
(……面白くない)
良く知らない顔に囲まれて、笑顔を振りまいているのはまだ許せる。アレは本当の笑顔ではないと知っているから。彼の時間の幾ばくかを他人が占めている事についても、まあ寛大に許してやらない事も無い。
(わかっているのか? 許してやっているんだぞ。認めている訳では無いからな)
教室移動中、廊下の窓越しにじっとり睨んでも、校庭のジュストに気付いた様子はなく、それもまた腹が立った。
「ローザリカ様、どうかなさいまして?」
「いや。何でもない」
「あ、ジュスト様ですわね。こんな遠くから見つめていらしたの?」
「まあ、ローザリカ様は可愛いですわね!」
先を歩いていた学友に声を掛けられ、平静を装って返したが一歩遅く。誤解されて黄色い声が上がった。真実はまったく違う。視線で刺せるものなら刺してやろうと睨んでいたのだと、言って通じた事は無いので最近は諦めている。遠くから愛情を込めて見つめてる、なんていうシチュエーションは、……まあ、有りか無しかで言えば無しじゃないしむしろ有りだしそれはきっと楽しいのだけど、そんなこと人前でできるわけがない。
「……はぁ」
「ため息は幸せが逃げますわよ?」
「知っているよ」
ちゃんと気持ちを交わして、互いの親族へも話を通して、婚約の準備段階に入って、と順調なはずなのに。2人だけで話す機会は喧嘩していた頃の方が絶対に多かった。気のせいかと思って夜に数えあげてみたのだから間違いない。以前よりもジュストの周囲に他の人が居る事が増えた気がするし、それを言うなら自分の周りもそう。そういえば、今でこそ何気ない会話をしている彼女たちと、初めて話をしたのはごく最近だ。
「そういえば、君達はどうして僕と話すようになったんだい? ディオールの娘だから、ずっと敬遠されていると思っていたんだが」
「まあ、そういう所も無かったとは申しませんが……」
「お家の話で言うのなら、前からご縁はありましたのよ。私の実家は交易が無ければ成り立ちませんもの」
気になった事を直球で尋ねてみれば、苦笑交じりに帰って来るのは『以前のローザリカは怖かった』というもの。解せぬ。昔と口調を変えてもいないし、令嬢らしからぬ性格だって今更治る筈もない。前は怖かったが今は怖くない、というほど何かが変わったのだろうか。
「僕の何かが変わったって事かな。自覚はないんだが……」
「……良いのですよ、ローザリカ様はそのままで」
「ええ。変わったのは私達の見方ですもの」
「そうかい?」
いまひとつ釈然としないまま、今日も煙に巻かれる。そういえば、去年までは何かあると怯えたような目を向けられる事が多かったのに、最近はどこか暖かい視線に変わっている気もした。けれども、そこを深掘りすると負ける気がする。負けるって何にだ。イライラを抑えきれずに、また窓の外を見る。と、偶然目が合ったジュストが、片目を瞑るのが見えた。
(……っ! もう! なんなんだ、もう!)
顔が赤くなるのは、きっと怒り。そう、これは怒りなのだ。思い出してみれば、誤解が解けて仲直りしたばかりの頃は、目が合えば手を振ってくれていた。そのうちにっこり笑うだけになって、とうとう今日は目で合図するだけ。ローザリカの側は気に掛ける度合いが変わっていないどころかむしろ深みに嵌っているのに、ジュストからの扱いはどんどん雑になっているのでは? これは怒ってよい事に違いない。
「あら、見ました?」
「ふふふ、婚約発表もまだなのに、目と目で通じ合われるのね。素敵だわー」
断じてそんな、甘い言葉に絆されて許すべき所では無いのだ。ローザリカは怒っているのである。
●校庭の苦労人
合同戦闘実習の授業は、学園の森の浅い場所まで行って戻るだけ。授恵者であるジュストにとっては遊びのような物だ。実際に戦場に立つ可能性が低い非授恵者の子息や令嬢ですら遊び気分なのだから、こんな実習に意味があるのか疑問にも思う。まあ、護衛依頼の練習と割り切れば多少は学びもあるのかもしれない。などと学問の意義に思いを馳せていた横顔に、キラリと光が差した。顔を向ければローザリカがこちらを見ている。
(……今度、流行りの菓子折りでも送っておくかな)
手鏡で合図を送ってくれた協力者に内心で礼を述べつつ、ローザリカへ片目を瞑った。ついでに、さっきから距離の近い男爵令嬢にやんわりと断りを入れる。
「綺麗な花に近づきすぎて、俺のお姫様がお冠のようだからね。少し離れて貰ってもいいかい?」
「うふふ、綺麗な花だなんてお上手ね。でも、ローザリカ様ってあんなに遠くから見ているのかしら。少し怖くありません?」
ああ面倒だ、という心中をジュストは顔には出さずに曖昧に微笑んだ。ローザリカには近づけたくない顔として、心の中で名札をつける。とはいえ、この小さな遠征班の中心人物は彼女ではない。ジュストでもない。
「それにしても、随分な変わりようですこと。学園の外でも随分ご活躍と伺っていますけれど」
「家を継ぐとなれば、いつまでも遊んでばかりはいられないって事さ」
「ふふふ、今更とは申し上げませんわ。そうそう。冬に私、学友の皆様を招待して舞踏会を催す予定なのですけれど、ご出席いただけますか? ジュスト様のような素敵な殿方にお会いするのも、妹には良い経験だと思いますの」
「それは楽しみだね。婚約者と一緒に御挨拶に伺うよ」
親し気に話しかけてくる侯爵令嬢の目は笑っていない。今のジュストの取柄など、授恵者としての個人の力以外は幼い令嬢を喜ばせる程度だと丁寧に釘を刺された。が、繋がりを得られただけでも御の字だ。身の程を知らされた程度で委縮している暇などはない。
「アーデルハイド様、舞踏会を開かれるのですか?」
「あら、申し訳ありません。今は実習の相談の時間でしたわね。学園の森は歩きやすいとはいえ、魔獣も出るそうです。班に授恵者は4名ですから……」
物欲しげな顔の男爵令嬢をスルーして、少女はてきぱきと分担を決めていく。適材適所で人へ指示を出す事は、ジュストにもきっとできるだろう。しかし、級友達がジュストにリーダー役を期待する事が無い。人の輪の中へ持ち前の社交性で入り込むことは出来ても、評価されているかどうかはまた別なのだ。人脈を重視する貴族子弟であれば、五年次までに積み上げるべき信頼や実績が彼にはなかった。卒業までの残り僅かな日数で、級友たちの評価を『華のある面白い遊び人』から『対等に渡り合える次期当主』へ塗り替えるなど、絶望的にも思えたが。
(――将来の社交界で、ロゼが笑い物になるのは許せないからな。俺のせいなら、尚更だ)
先々を考えれば、今は遊んでいる場合ではない。ジュストも最近会う機会が減った事に、婚約者殿がお冠なのには気が付いている……、というか協力者が教えてくれているのだが。分かってくれているはずと高をくくっていた彼が、お怒りの手紙に慌てるのは後日の事である。まだまだ、すれ違いも続く若い2人であった。
派閥や集団を率いるには家格に不足が有れど、ジュスト・ヴェルジーには華がある。だから、学内に人の輪があれば、その中に彼の姿を見つける事も多い。いや、正直になろう。ここ最近、ジュストの姿を探す時には、人だかりを見つけて覗くのが効率的とローザリカ・L・ディオールが学習しただけであった。
(……面白くない)
良く知らない顔に囲まれて、笑顔を振りまいているのはまだ許せる。アレは本当の笑顔ではないと知っているから。彼の時間の幾ばくかを他人が占めている事についても、まあ寛大に許してやらない事も無い。
(わかっているのか? 許してやっているんだぞ。認めている訳では無いからな)
教室移動中、廊下の窓越しにじっとり睨んでも、校庭のジュストに気付いた様子はなく、それもまた腹が立った。
「ローザリカ様、どうかなさいまして?」
「いや。何でもない」
「あ、ジュスト様ですわね。こんな遠くから見つめていらしたの?」
「まあ、ローザリカ様は可愛いですわね!」
先を歩いていた学友に声を掛けられ、平静を装って返したが一歩遅く。誤解されて黄色い声が上がった。真実はまったく違う。視線で刺せるものなら刺してやろうと睨んでいたのだと、言って通じた事は無いので最近は諦めている。遠くから愛情を込めて見つめてる、なんていうシチュエーションは、……まあ、有りか無しかで言えば無しじゃないしむしろ有りだしそれはきっと楽しいのだけど、そんなこと人前でできるわけがない。
「……はぁ」
「ため息は幸せが逃げますわよ?」
「知っているよ」
ちゃんと気持ちを交わして、互いの親族へも話を通して、婚約の準備段階に入って、と順調なはずなのに。2人だけで話す機会は喧嘩していた頃の方が絶対に多かった。気のせいかと思って夜に数えあげてみたのだから間違いない。以前よりもジュストの周囲に他の人が居る事が増えた気がするし、それを言うなら自分の周りもそう。そういえば、今でこそ何気ない会話をしている彼女たちと、初めて話をしたのはごく最近だ。
「そういえば、君達はどうして僕と話すようになったんだい? ディオールの娘だから、ずっと敬遠されていると思っていたんだが」
「まあ、そういう所も無かったとは申しませんが……」
「お家の話で言うのなら、前からご縁はありましたのよ。私の実家は交易が無ければ成り立ちませんもの」
気になった事を直球で尋ねてみれば、苦笑交じりに帰って来るのは『以前のローザリカは怖かった』というもの。解せぬ。昔と口調を変えてもいないし、令嬢らしからぬ性格だって今更治る筈もない。前は怖かったが今は怖くない、というほど何かが変わったのだろうか。
「僕の何かが変わったって事かな。自覚はないんだが……」
「……良いのですよ、ローザリカ様はそのままで」
「ええ。変わったのは私達の見方ですもの」
「そうかい?」
いまひとつ釈然としないまま、今日も煙に巻かれる。そういえば、去年までは何かあると怯えたような目を向けられる事が多かったのに、最近はどこか暖かい視線に変わっている気もした。けれども、そこを深掘りすると負ける気がする。負けるって何にだ。イライラを抑えきれずに、また窓の外を見る。と、偶然目が合ったジュストが、片目を瞑るのが見えた。
(……っ! もう! なんなんだ、もう!)
顔が赤くなるのは、きっと怒り。そう、これは怒りなのだ。思い出してみれば、誤解が解けて仲直りしたばかりの頃は、目が合えば手を振ってくれていた。そのうちにっこり笑うだけになって、とうとう今日は目で合図するだけ。ローザリカの側は気に掛ける度合いが変わっていないどころかむしろ深みに嵌っているのに、ジュストからの扱いはどんどん雑になっているのでは? これは怒ってよい事に違いない。
「あら、見ました?」
「ふふふ、婚約発表もまだなのに、目と目で通じ合われるのね。素敵だわー」
断じてそんな、甘い言葉に絆されて許すべき所では無いのだ。ローザリカは怒っているのである。
●校庭の苦労人
合同戦闘実習の授業は、学園の森の浅い場所まで行って戻るだけ。授恵者であるジュストにとっては遊びのような物だ。実際に戦場に立つ可能性が低い非授恵者の子息や令嬢ですら遊び気分なのだから、こんな実習に意味があるのか疑問にも思う。まあ、護衛依頼の練習と割り切れば多少は学びもあるのかもしれない。などと学問の意義に思いを馳せていた横顔に、キラリと光が差した。顔を向ければローザリカがこちらを見ている。
(……今度、流行りの菓子折りでも送っておくかな)
手鏡で合図を送ってくれた協力者に内心で礼を述べつつ、ローザリカへ片目を瞑った。ついでに、さっきから距離の近い男爵令嬢にやんわりと断りを入れる。
「綺麗な花に近づきすぎて、俺のお姫様がお冠のようだからね。少し離れて貰ってもいいかい?」
「うふふ、綺麗な花だなんてお上手ね。でも、ローザリカ様ってあんなに遠くから見ているのかしら。少し怖くありません?」
ああ面倒だ、という心中をジュストは顔には出さずに曖昧に微笑んだ。ローザリカには近づけたくない顔として、心の中で名札をつける。とはいえ、この小さな遠征班の中心人物は彼女ではない。ジュストでもない。
「それにしても、随分な変わりようですこと。学園の外でも随分ご活躍と伺っていますけれど」
「家を継ぐとなれば、いつまでも遊んでばかりはいられないって事さ」
「ふふふ、今更とは申し上げませんわ。そうそう。冬に私、学友の皆様を招待して舞踏会を催す予定なのですけれど、ご出席いただけますか? ジュスト様のような素敵な殿方にお会いするのも、妹には良い経験だと思いますの」
「それは楽しみだね。婚約者と一緒に御挨拶に伺うよ」
親し気に話しかけてくる侯爵令嬢の目は笑っていない。今のジュストの取柄など、授恵者としての個人の力以外は幼い令嬢を喜ばせる程度だと丁寧に釘を刺された。が、繋がりを得られただけでも御の字だ。身の程を知らされた程度で委縮している暇などはない。
「アーデルハイド様、舞踏会を開かれるのですか?」
「あら、申し訳ありません。今は実習の相談の時間でしたわね。学園の森は歩きやすいとはいえ、魔獣も出るそうです。班に授恵者は4名ですから……」
物欲しげな顔の男爵令嬢をスルーして、少女はてきぱきと分担を決めていく。適材適所で人へ指示を出す事は、ジュストにもきっとできるだろう。しかし、級友達がジュストにリーダー役を期待する事が無い。人の輪の中へ持ち前の社交性で入り込むことは出来ても、評価されているかどうかはまた別なのだ。人脈を重視する貴族子弟であれば、五年次までに積み上げるべき信頼や実績が彼にはなかった。卒業までの残り僅かな日数で、級友たちの評価を『華のある面白い遊び人』から『対等に渡り合える次期当主』へ塗り替えるなど、絶望的にも思えたが。
(――将来の社交界で、ロゼが笑い物になるのは許せないからな。俺のせいなら、尚更だ)
先々を考えれば、今は遊んでいる場合ではない。ジュストも最近会う機会が減った事に、婚約者殿がお冠なのには気が付いている……、というか協力者が教えてくれているのだが。分かってくれているはずと高をくくっていた彼が、お怒りの手紙に慌てるのは後日の事である。まだまだ、すれ違いも続く若い2人であった。