傷跡

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2022年06月27日 08時07分43秒

「ティト!」

 セロンガード・シュタインドルフは叫んだ。
 篝火に揺れる虚ろな瞳。そのくせ、技の冴えは微塵の陰りも見えない。
 白刃が闇を裂き確実に急所を狙う、最高率の暗殺術。一瞬でも判断を誤れば、それはすなわち死を意味する。
 人の急所を知り尽くし、人の挙動を本能で感じ取る。天性の才能としか思えないその動きをいつも頼もしく思っていた。遠距離主体の私の短所を補ってくれるその力をいつも頼りにしていた。……それが、こんな事になるなんて。

 ティトがあの屋敷へ発ったと聞いたのは、仲間(『元諜報部』)からだった。内偵を進めていた仲間(『元諜報部』)が、館の主と我々の裏切者が結託しているとの情報を掴み、作戦決行のタイミングを計っていた矢先だった……。
 ティトに心配させたくなくて、『影』を見せたくなかった自分のエゴが、この事態を引き起こしてしまった。
 ちゃんと話をするべきだったのに……一人で背負わせるべきではなかったのに。
 後悔しても、もう遅い。今はこの状況を何とかしなくては――――。

「セロン、何をしている、の。ここは、きみのいる場所じゃ、ないよ」
「それはこちらの台詞ですよ、ティト」

 呼びかければ答えが返ってくるのに、彼女は洗脳されている。

「貴方がこんな事をしなくてもいいんです。子供達は助けますから。黒幕もちゃんと処理します」
「……そう、なんだ。じゃ、全部終わらせなきゃ」

 再び白刃が闇を切り裂く。
 お気に入りのフードの端がごっそりと持っていかれた。

「ティト、そのナイフを下ろしませんか。これでは話もまともにできません」
「話? 何の話をする、の……。そんな事より、はやく、どいて。でないと、あの子達が遠くに行ってしまう、の」

 ダメか……。やはり言葉で術を説くのは無理のようだ。
 ティトがかけられたのは幻覚か、それとも暗示の類か。いくら『影』を覗いて情緒が不安定だったからといって、授恵者であるティトを術中にはめる術者がいる。仲間達は無事だろうか……。
 ティトの鋭い攻撃をバックステップでかわしながら、ちらりと背後に視線をやった――。

●
 どうして、邪魔をする、の……?
 きみは、ぼくの味方じゃない、の……?
 そこを、どいてよ、セロン。
 きみがいたら、先に、進めない。
 きみがいたら、子供達に、会えない。
 ほら、聞こえる、でしょ。
 きみの後ろから、聞こえる、でしょ……子供達の声、が。
 許してと、言っている、よ。
 助けてと、叫んでいる、よ。
 帰りたい、と……泣いている、よ。

●
「ここは私に任せて術者を探してください!」
 地面に矢を打ち込み、ティトの突撃を止めながら、仲間達に声をかける。
 返事はなく、気配だけが遠ざかっていった。
 やはり彼等は頼もしい。襲撃の予定を早めてくれと無理を言った私の要請も快く引き受けてくれた仲間達(元諜報部員達)。
 そんな頼れる仲間達に応えるためにも、彼女の事は私が何とかしなければいけない。

「ティト、覚えていますか。貴方の故郷へ行った時の事を」
「……もちろん、覚えて、いるよ。それがどうした、の」

 柱の陰に身を潜め、近づいてくる気配に向けて話しかける。

「では、あの時にした約束も覚えていますよね?」
「約束……?」
「忘れたのですか? それはショックですね」

 今だ。
 ティトの姿が柱の角から見えたタイミングで、マントを投げつける。奇襲とはいえ、ティトほどの身体能力であれば避ける事は容易いだろう。
 だからこそ、次に私の姿を見た時が――――。

「そう来ますか!」

 流石だと思った。
 マントを避け後方へ飛ぶかと思ったティトが、逆をついた。ティトはマントへと突っ込むと、そのままの勢いでこちらへ突撃してくる。
 だが、そのパターンも想定していなかったわけではない。
 セロンガードは、突っ込んでくるマントと交錯するタイミングで身を捻ると、そのまま捕まえようと手を伸ばす……が。

 避けられた!

 完全に視界が塞がれているにもかかわらず、勘だけで避けた。
 流石だと諸手を上げて賞賛したい所だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 ならば次です!

 セロンガードはすぐに弓に矢を番える――――。

●

「捕まえましたよ、ティト」
「……離して、苦しい、よ」
「申し訳ありませんが、その可愛らしいお願いは聞いてあげられません」

 ようやくだ。ようやく捕まえた。何重にも仕込んだ『罠』がようやく彼女を捉えた。
 久しぶりに感じる体温に、胸をなでおろす。
 このまま動きを封じ、何とかして洗脳を――。

「そう……そんな、聞き分けの無いセロンは、きらい……」

 ――ずぶり……。

 右太ももに熱が走り、痛みが全身を駆け巡る。

「ティト、痛いですよ」
「……離さないと、使えなくなっちゃう、よ」
「構いませんよ、貴方の為なら足の一本なんて惜しくもありません」

 そうだ、この程度の痛みで彼女を離すわけにはいかない。
 セロンガードはティトを抱く腕にさらに力を込めると、ナイフで刺された脚を、蹴り上げた。

 ――ボキッ!

 骨が折れる鈍い音が地下に木霊する。

「……痛いよ、セロン」
「これで痛み分け、という事でどうでしょう」
「……やだ」
「そうですか。それは残念」

 腕を折ってしまった事を申し訳ないと思いつつも、洗脳が解けていないかと期待した。

「ティト、貴方はここへ何をしに?」
「ここ……? そんなのきまって、る。ぼくはここへ……ここへ……?」

 効果はあった。痛みで洗脳が解けかけている。
 それでもまだ不完全だ。ならば、もう一押し。

「貴方は私達と一緒に、悪いやつらを退治しに来たんですよ。忘れたんですか?」
「忘れ……? なにを、言っているの、セロン……」

 まずい、意識がぐらつく。血が流れ過ぎたか。
 しかし、ヒールの為に手を放すわけにはいかない。まだ彼女の意識はこちら側に戻ってきていない。

「ティト、帰りましょう。もう、お仕事は終わりました」
「おわり……? もう……帰る、の?」
「ええ、そうです。終わりです、さぁ、目を閉じて」
「目を……」

 素直に従うティトを愛おしく思いながら、セロンガードは彼女の耳に歯を立てた。
 びくりと震え、腕の中でもがくティトを力でねじ伏せると、その白い髪に血が滲むほど強く強く歯を立てた。
 拒絶の言葉と熱い吐息を吐きながら暴れていたティトの身体から、ようやく力が抜けたのは、セロンガードが意識を手放すと同時だった――。

●

「セロ、ン……?」
「おはよう、ございます、ティト」

 ティトがその大きな瞳にいっぱいの涙をため、唇を震わせている。
 頭に温もりを感じるのは、膝枕をしてくれているからか。

「ごめん、セロン……ごめん、なさい……!」
「貴方が謝る必要は、ありません。怖い思いをさせてしまいましたね……」

 どうやら洗脳は完全に解けたようだ。
 自分がやったのか、それとも仲間が術者を倒したからなのかはわからないが、ともあれよかった。
 今にも決壊しそうなティトを見る。
 こういう時こそ抱きしめてやれればいいのだが、体に力が入らない。
 傷口は仲間が塞いでくれたようだが、失った血は戻らない。

「帰りましょうか、ティト」
「うん……おんぶ、する?」
「それは流石に恥ずかしい……と、言っていられる状況ではありませんね。お願い出来ますか?」
「……うんっ!」

 笑顔と共にこぼれた涙が頬に落ちてきた――。

 Fin

 腕を折った事と、耳を齧った事は……後で叱られよう。うん。


登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0