成らなかった杯事の二つの顔

キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2022年06月23日 11時52分54秒

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 フォルトゥナ学園長の掲げた学園改革の結果、王国貴族に関わらぬ平民、異種族や他国者がパンクリアース学園に通う道筋が開かれつつある。新たな生徒会の副会長として選ばれたシルヴィア・A・カペルは、自分達の主な仕事も改革に携わる事であろうと考えていた。しかし、実際の生徒会の業務はそう単純なものでは無かったのだ。

「……生徒会の仕事は、貴族の領政と似ている所があるんだ。と朔(君)に言っても仕方がないかもしれないが」
『うにゃん?』

 子猫の顎をくすぐりつつ、シルヴィアは呟く。例えとしては不適切かもしれないが、例えば実家のカペル家が明日から貴族派に鞍替えしても、領主としての仕事のほとんどは変わらないだろう。領地を健全に経営し税収を上げ、問題が起きれば解決し、家臣の手配も行き届かせて、その後でようやく派閥がどうのと言う話に取り掛かれる。もっとも、商家の娘ならば商家の経営に似ているというかもしれない。あるいは異種族の者ですら同じように感じるだろう。

 つまり、今まで通りをきちんとこなした後で、ようやく新たな挑戦へ手を伸ばせるという事だ。確かに、かつての生徒会は貴族の談合により選ばれ、旧態依然とした体質のまま続いていた組織だったかもしれない。が、言い換えれば彼らは、昔から続く仕事だけは変わらずしっかりこなし続けていたとも言える。

「生徒会つきの職員が何をしているのかなど、ただの学生の頃はあまり考える事が無かったな。これも良い勉強……、と簡単に言うにはなかなか大変だよ」

 間近に関わって見れば、生徒会付きの職員は学園に関わる実に様々な雑事をこなしていた。例えば学園で催しごとがあれば施設設備を貸し出し、損傷の連絡を受ければ修理や交換に関わる発注もせねばならない。学生からの『これまで通り』の依頼に応じ、生徒会つきの職員が『これまで通り』に対処できるように連絡するのは『これまで通り』学園生徒会の職務である。それが、思っていたよりも重い職務であった。

「あるいは、何も考えない方が『これまで通り』に過ごせるのかもしれないな、猫の場合は」

 歩兵団の運営が変わると聞いた。人員の削減や入れ替えがあるのなら、『これまで通り』子猫を隊へ預かって貰えるかはわからない。などと言っても人の都合は猫には意味がない事だろう。貴族の都合も学園運営には意味がない、と言えればどんなに楽だろうか。

『~♪』

 もっと撫でろ、と指先に擦りつく様子を見ていると、悩むことが馬鹿らしくなりそうだが。

 先の選挙で『学園派』は勝ちすぎてしまった。かつての生徒会は派閥間の談合による産物だったが、だからこそ各派閥の代表者が所属していた。派閥と言う上下関係を通じ、貴族学生の要望を吸い上げる仕組みが存在したのだ。人の好悪や立場の良しあしで恣意的に握りつぶされたりもする不完全な経路ではあったろうが、窓口が在ると無いでは大違いである。

 ――夜間、貴族寮への道を照らす紋具灯が切れていた事を、半月も見落としてしまった。

「幸い、冒険者からの報告が生徒会へあがり、学園側に保全に動いてもらう事が出来た。しかし、これがもっと大きな問題であったとしたら、どうだろうか。例えば、不審者の目撃とか?」
『にゃう』

 判ったような顔で相槌を打つ朔に、シルヴィアは苦笑する。貴族の子弟が猫ほど扱いやすければ、話は簡単だったろうが。貴族社会の住人であるシルヴィアは、彼らが面子に拘り『平民の生徒会に何かを頼むなど絶対にしたくない』だろうと予想できた。生徒会の唯一の貴族生徒として存在するシルヴィアが、彼らの窓口足りうるかと言えば、否。貴族派の子弟は王党派のカペル家の娘に借りなど作りたくないと考えるだろう。一方の王党派貴族の本質は王家への忠誠を声高に謳いながら権力闘争を行う集団であり、王家への忠義に励むカペルのような家は少数派だ。

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「なるほど。それで私にお声掛け頂けたのですね」
「アーデルハイド様は、王都の邸宅でサロンを開き、時に他派閥の令嬢も招いていると伺いました。何か問題を耳にする事があれば生徒会へ知らせていただきたいのです」

 シルヴィアには冒険者としての課外活動で得た知己がある。と言いたいところだが個人的に懇意な相手に協力を願うだけでは限界があった。現実が見える故か大貴族の子弟は現生徒会にそこそこ協力的なのだが、中堅の子女にそっぽを向かれては下級貴族家の学生の声は上がってこない。あの家には近づかない方が良い、と実家に言われてこれまで距離を置いていたヴァーゲナー侯爵令嬢に協力を依頼したのは、彼女の庇護下にある子女の声を集められると見込んだからだ。

「シルヴィア様からのお声掛けですもの。もちろん――と、申し上げたいのですが。一つお願いを聞いて頂いても?」
「お伺いいたしましょう」

 アーデルハイドはシルヴィアからの話に『お願い』とは言わず、自分からは『願い』と口にした。前者を断ったとてシルヴィアに恥を掻かせはしない配慮と、後者をシルヴィアが断りにくくなる計算を感じとる。

『良いでしょう。生徒会があの連中より我々の活動について高い評価をつけるのであれば』
『ハハハ、約束通り、次週の観劇の授業であの男の席よりも前に、私の椅子を確保してくれたまえよ?』

 ふと、今までの交渉の席で鷹揚に話を飲んだ相手の顔を思い出した。敵なりライバルなり、あるいは恋心なりを作っている相手ならば、どこをどう動かせば良いか分かりやすい。が、この少女については接点が無かった事もあり、掴みどころが見えなかった。

「願いと言うのは、私の兄の事なのですわ。兄に一度、会って頂きたいのです」
「兄上とは……?」
「あら。知っていて避けられているのかと思っておりました。ルードヴィッヒ・ヴァーゲナーは私の兄なのです」

 フルネームで聞いて、ようやく遠い日の記憶を思い出す。立ち消えとなった婚約者候補の顔は、もはやあまりはっきり覚えていないのだが、確かにアーデルハイドと同じ綺麗な金髪だったような気がした。なるほど、だから近づかない方が良いと言われたのかと合点がいきつつも、過保護が過ぎると思いもする。既にシルヴィアの中では、ほとんど忘れた事だったのだ。

「これまで心に秘めておりましたが、私はシルヴィア様のファンなのです」
「そう、ですか。……それは光栄です」
「ですが、過去のいきさつからか、兄はどうもシルヴィア様を誤解しているようで、話しかける事を止められておりましたの。一度お目に掛かる機会を得られれば、兄も思い違いに気づくと思いました」
「なる、ほど?」

 予想の外から飛んできた言葉が出まかせなのか本心なのか、演技に詳しいシルヴィアをもってしても判断がつきかねた。彼女は茶会にシルヴィアを招待し、その席で偶然を装って兄に会わせたいようだ。確かに、それ位しか無茶を通す手立てはないだろう。同格の侯爵令嬢として正式に招待する形式を踏んでいるのだから、身の危険を考える必要は薄い。あえて外で会わずに自らの邸宅に招いて、シルヴィアが体調でも崩そうものなら面倒な立場になるのはヴァーグナー侯爵の側だ。よくも色々思いついたものと感心する。

「それでは、約束ですわ。シルヴィア様」

 こちらの願いは聞き届けられ、シルヴィア側が支払うものは大したことではない。同じ派閥とはいえ、令嬢の招待に一度応じるだけで同格の侯爵家の協力が得られるのだ。他もそうなら、根回しはもっと楽だっただろう。

「……ええ。お招きをお待ちしております」

 頷きつつも、いささか狐に騙されたような、煙に巻かれたような不思議な心持ではある。だが、兄とシルヴィアを会わせる事が本心からの願いであれば、アーデルハイドからすればこれが千載一遇の機会だったのかもしれない。たかが一度の茶会で侯爵令嬢の協力を得られたなら安い。しかし、普段なら飲まぬ奇妙な条件を飲まされたとも言えた。果たして、この取引はどちらが得をしたのだろう。

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「本日は、お招きいただきありがとうございます。アーデルハイド様」
「ようこそ、シルヴィア様。朝から待ち遠しく思っておりましたわ」

 ヴァーゲナー侯爵家の王都の邸宅にて、2人の令嬢が挨拶を交わし合う。アーデルハイドはシルヴィアより年下だが、入学が遅めだったシルヴィアと学年の上では変わらない。だからと言って気安く言葉を掛け合うような関係かと言えばそうでは無く、この場所をシルヴィアが訪れるのも初めてだ。金髪の少女は庭に茶会の用意があると告げ、楽し気に自ら先導する。

「私、本日は急に御心変わりされても仕方がないと思っておりました。……ついでの用件が用件ですもの」
「まさか、そんな事は」

 曖昧に首を振るが、シルヴィアとて理由がなければ応じる事は無かっただろう。頷く理由が本来ならば彼女の側にはない。生徒会関係の依頼がなければ、同意はしなかっただろう。シルヴィアの師が異種族である事を揶揄した少年に対する、彼女の心情は今もなお悪かった。あれから15年、今更何の話があるのかと見当もつかない。

「派閥の女子生徒を取りまとめて頂くお手間を掛けるのです。お願いをしたのはこちらなのに、お招きいただくのは却って申し訳なく思います」
「まあ、水臭いですわ。同じ王党派のシルヴィア様とは、私ずっと仲良くしたいと思っておりましてよ?」

 背中を向けたまま、コロコロと笑うアーデルハイドに、シルヴィアは改めて怪訝に思う。15年前には、ヴァーゲナー侯爵が貴族派に接近していると言う話を『青薔薇』が掴んでいた筈。しかし、今回の接触に際して改めて調べてみれば、ヴァーゲナー侯爵は王党派から出た事など無い。

「同じ王党派……、ですか」
「うふふ。これは、ご案内する庭園の話ですが――。高名なカペルの薔薇には見劣りするかもしれませんが、我が家の庭番もなかなかのものですの。がっかりされる事は無いと思いますわ」

 水を向ければ、彼女はシルヴィアの意を読み取ってあっさり答えを教えてくれた。さしずめ、カペル家が破談の理由を探していると察し、手の者を使って偽の情報を流したのだろう。『青薔薇』が裏も取らずに容易に騙されるとは思えないが、状況からするに信じた振りをすることはあり得る。とすると、シルヴィアが少年を嫌った故だと思っていたあの破談には、何か幼い彼女に知らされない複雑な事情があったのか。

「兄は昨晩から急な仕事が入ったとの事で、まだ帰宅しておりませんの。怖気づいて逃げ出した訳ではないと思うのですが」

 などと辛らつに言うが、兄妹仲は悪くなさそうだ。そういえば、婚約者になるかも知れなかった少年の事を、シルヴィアは良く知らない。三度顔を合わせただけなのだから当然とも言えるが、興味が失せた後は特に彼の事を調べる気にはならなかった。今回の茶会の前に本来なら調査すべきなのだが、事の経緯からして実家(青薔薇)経由で聞くのは気が引けるし、自分の目と耳ではそんなに急いで情報は集められない。

「……ルードヴィヒ様はお仕事につかれているのですか? 侯爵家の跡を継がれる準備をされているのでは?」
「兄はそれだけでは暇だなどと申しておりまして、王都の騎士団に。仕事人間ですわね」

 シルヴィアは昔の印象を上書きする。王都騎士団に所属するという事は、学園卒業前後に王国騎士位を得ている筈だ。侯爵家の継嗣となる為の経験や知識を積んで尚、そこまで武を磨けると言うのはかなり優秀だったのだろう。あの頃のように、うっかり内心を漏らして令嬢の心情を害するような少年ではもうないのかもしれない。

 ――いや。シルヴィアの婚約者候補としてカペルが認めた程の少年が、何の意図もなく本当に迂闊なだけの言動をするのだろうか? 今まで関心を向けてこなかったが、状況を考えればシルヴィアはその点も疑わしく思えてきた。

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「貴女がシルヴィア嬢、ですか? ……こんなに小さな方であったとは」
「だから言ったでしょう? シルヴィア様は愛らしい素敵なご令嬢だ、って」

 遅れてやってきたアーデルハイドの兄、ルードヴィッヒは背が高く肩幅もある頑健な男性だった。しかし、幼少時の彼はシルヴィアが大きく見えたという。妹はそのトラウマじみた感情を払拭したいと、この席を設けたのだと言った。

「確かに、幼い頃とは言え失礼な感想ではありましたが、私は貴女が怖かったのですよ」
「怖い……、ですか」

 シルヴィアに、恐れられるような行動を取った覚えはない。問い返せば、青年は申し訳なさそうに視線を落とした。

「……友と成りたい、と私に手を伸べた貴女に、私は王の威風を感じたのです」

 成りたいと口では言い、しかし相手が断る事など考えてもいないと思った。『考えさせてほしい』と彼が即答を避ければ、自分に悪い所があるならば言って欲しいと返したと言う。細かい記憶はないが、幼い頃の自分であれば、心許したいと願う相手に包み隠さずそう問うような気はした。それが悪い事なのか、と言われればそうは思えないのだが。

「――まるで、悪い所を直したなら良いのだろうと。自分の言葉が最後には通るものだと言う自負を感じました」
「そういうつもりは、無かったのですが……」
「あるいは、幼い私が貴女の隣に立つことに怖気づいただけだったのかもしれません。確かに、貴女はあの頃から美しい方でした」
「兄様。口が過ぎると義姉様に言いつけますよ?」

 シルヴィアとの件があったのちに良縁があり、今では彼は妻帯者なのだと言う。ルードヴィッヒは改めて姿勢を正し、僅かに頭を下げた。

「何とか貴女に嫌われたい。そう願ってあの時は心にもない事を申し上げました。優秀な者を家臣として重用するのは当然です。このような場ですが、あらためて謝罪申し上げます。……ええ、私の謝罪は受け入れては頂けずとも仕方がないのですが、叶うならば妹とは親しくしてやって欲しい」

 何となく言わされている感があふれるセリフである。特に後半。と思って横を見れば、刺すように兄を睨む妹の姿があった。

「……考える時間を頂けますか?」
「まあ、そこでそういうお答えを為さる所、素敵ですわ」

 コロコロと笑うアーデルハイドに油断ならぬところを感じつつ、シルヴィアは事の真相が本当に彼らの話す物なのか、考えずにはいられない。

(もちろん、真相は一つなのだろう、が)

 もしもこの話を問えば、『可愛い孫娘に自分の方こそが嫌われたと知らせたくなかった』と当たり障りの無い理由を祖母はしれっと告げるのではないだろうか。そんな予感がした。

(重ねて問えば、何が真実なのか、自分で判断するだけの材料はある、と叱られそうだな)

 愛されている事を無条件に信じられる身内であっても、だからこそ。その言葉を無条件に信じられるとは限らないのが、貴族というものなのかもしれない。

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