紅としゃぼん
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 崎田航輝納品 2022年06月24日 16時00分55秒
――ぽわ、ぽわ。
――ぽわり、ぽわり。
浮かべたしゃぼん玉に、微睡むように月が薄く透けている。
今宵も眠りの時間がやってきた。
しゃぼんがぱちんと割れて消えると、それを合図に主天使ネムリカは窓辺でまぶたを閉じていた。
自分も眠る為、というだけじゃない。
そっと地面から足を離すと――淡桃の髪を緩く靡かせて、風のベッドに寝転ぶようにふわりと浮かぶ。そして夜へ意識を揺蕩わせ、現から離れた世界へ流し始めた。
程なく見えるのが……幾つもの夢だ。
人や天使の心が織りなす無限の空間。ネムリカはそこを渡り歩いては、悪夢を楽しい夢に変えてあげるのが好きだった。
(今日は少し早いけど……)
ただ、いつもと違う予感がネムリカの中にはあった。ちりちりと膚を刺すような、痛いような、熱いような感覚が。
その正体はすぐに判った。
それはある一つの夢。
「あつ……!? 此処は……」
その世界に入ると、見えるのは一面に揺らめく焔だった。
「何てひどい……」
景色が不確かな程に燃え、灼け、爛れている。吹き付ける熱に目を開けるのも苦労する、苦悶の世界だ。
「……」
けれどそれ故にネムリカは背を見せない。
「きっとこの夢の主の方が今は苦しい筈……」
ここがただ熱に満ちているだけの場所じゃなく……酷く傷ついている精神の表れだと判るから。
――嗚呼、熱い。
紅く揺らぎ、視界を埋める焔。
そこが夢なのだと智天使ロザリウスは自覚していた。
ロザリウスの炎は不浄を清め悪心を焼く、浄化の力。だがその苛烈さが反動を生み、時にオーバーヒートして自身の精神を傷つけるから。
「己の夢ばかりは癒しようがないとはいえ、だ」
制御が全く出来ない訳ではない。
ただ、ロザリウスにとって己を気遣う事の優先順位が低かった結果だ。
「……これはひさびさにやったかな」
炎熱に橙の瞳を細め、嘆息を零す。
後悔の思いはある――心には浮かぶ姿があるから。
「あの子に怒られそうだ」
だが、今は呟きすら陽炎の中に消えてゆく。
自身を焼いているが故にその炎には手出しが出来ない。
この夢が醒めるまで、ただ耐え忍ぶ事しか出来ないのだ――或いは心の体感で無限に近い時間を。
「仕方が無い」
ロザリウスはそれも受け入れるよう、瞳を閉じようとした。
そこにふと、涼やかな風が吹く。
「さぁ、水よ大地を潤して」
幻影かと間違うような、慈愛に満ちた声が響いた。
ふわりと翼をはためかせ、炎の中へと舞い降りる――ネムリカだ。
ロザリウスがはっとしていると、世界に清流が流れ込む。絹糸のように美しく澄み切ったその流れが、炎を優しく浚うように治め始めていた。
「全ての炎を眠らせ、緑に再びの目覚めを」
そうしてネムリカの思いと共に染み渡る潤いは、花を開かせ、蒼空を覗かせて。清涼な心地と共に世界を元の姿に戻してゆく。
風が吹き抜けるような心地。
ロザリウスは夢の中なのに、まるで爽やかに目覚めていく感覚を覚えた。
「これは……」
見回すと、ネムリカが景色の燻った場所へとしゃぼん玉を飛ばしていた。
ふわりと漂ったそれは、弾けながら大地へ癒やしの力を溶け込ませて。くすんでいた色をゆっくりと再生させてゆく。
ロザリウスは歩んで言葉をかけた。
「この炎を癒やしてしまうとは、驚きだ」
「――嗚呼、ご無事でよかった、貴方がこの夢の主ですね」
ネムリカは正面に向いて頭を下げる。
「私は主天使の1人、ネムリカです。無礼をお許しください。あまりにも荒れていたのでお節介をしてしまいました」
「まさか! 恩人ともいうべき君を咎めることはあり得ないとも!」
ロザリウスは鷹揚に告げた。
それは素直な言葉。彼女が衒いなく――この奇跡を自然にこなしていた事にも興味を惹かれていたろう。
ネムリカは「事情は深くお尋ねしませんが」と前置いて続ける。
「もう暫く無茶はお控えくださいね。私の力では此処が全て癒えるにはもう少しかかると思いますから」
「ああ、ありがとう」
ネムリカの言う通り、未だ炎熱の全てが鎮まった訳ではない。それでもロザリウスは、久しく健やかな朝がやってくるような気がした。
だからこそ、これきりでは無作法とも感じて。
「ネムリカ君、起きたら俺の診療所を訪ねるといい」
自身の事を少しばかり教えつつそう伝えた。
「よろしいのですか?」
「勿論だとも。紅茶は好きかな? とっておきをご馳走しよう!」
「本当ですか? あ、紅茶に使うお水ならお任せください」
ネムリカがおっとりと笑むと、ロザリウスも「おお!」と声音を少々明るくして。
「美味しい紅茶を淹れられそうだ」
その事もまた楽しみにしながら……青空が白んでゆくのを仰ぐ。
夢が覚めてゆく。
自分はきっと彼女を気に入っているのかもしれない。だから、ロザリウスは現実でもこの優しき天使に会える事を期待するように――瞳を閉じた。
――ぽわり、ぽわり。
浮かべたしゃぼん玉に、微睡むように月が薄く透けている。
今宵も眠りの時間がやってきた。
しゃぼんがぱちんと割れて消えると、それを合図に主天使ネムリカは窓辺でまぶたを閉じていた。
自分も眠る為、というだけじゃない。
そっと地面から足を離すと――淡桃の髪を緩く靡かせて、風のベッドに寝転ぶようにふわりと浮かぶ。そして夜へ意識を揺蕩わせ、現から離れた世界へ流し始めた。
程なく見えるのが……幾つもの夢だ。
人や天使の心が織りなす無限の空間。ネムリカはそこを渡り歩いては、悪夢を楽しい夢に変えてあげるのが好きだった。
(今日は少し早いけど……)
ただ、いつもと違う予感がネムリカの中にはあった。ちりちりと膚を刺すような、痛いような、熱いような感覚が。
その正体はすぐに判った。
それはある一つの夢。
「あつ……!? 此処は……」
その世界に入ると、見えるのは一面に揺らめく焔だった。
「何てひどい……」
景色が不確かな程に燃え、灼け、爛れている。吹き付ける熱に目を開けるのも苦労する、苦悶の世界だ。
「……」
けれどそれ故にネムリカは背を見せない。
「きっとこの夢の主の方が今は苦しい筈……」
ここがただ熱に満ちているだけの場所じゃなく……酷く傷ついている精神の表れだと判るから。
――嗚呼、熱い。
紅く揺らぎ、視界を埋める焔。
そこが夢なのだと智天使ロザリウスは自覚していた。
ロザリウスの炎は不浄を清め悪心を焼く、浄化の力。だがその苛烈さが反動を生み、時にオーバーヒートして自身の精神を傷つけるから。
「己の夢ばかりは癒しようがないとはいえ、だ」
制御が全く出来ない訳ではない。
ただ、ロザリウスにとって己を気遣う事の優先順位が低かった結果だ。
「……これはひさびさにやったかな」
炎熱に橙の瞳を細め、嘆息を零す。
後悔の思いはある――心には浮かぶ姿があるから。
「あの子に怒られそうだ」
だが、今は呟きすら陽炎の中に消えてゆく。
自身を焼いているが故にその炎には手出しが出来ない。
この夢が醒めるまで、ただ耐え忍ぶ事しか出来ないのだ――或いは心の体感で無限に近い時間を。
「仕方が無い」
ロザリウスはそれも受け入れるよう、瞳を閉じようとした。
そこにふと、涼やかな風が吹く。
「さぁ、水よ大地を潤して」
幻影かと間違うような、慈愛に満ちた声が響いた。
ふわりと翼をはためかせ、炎の中へと舞い降りる――ネムリカだ。
ロザリウスがはっとしていると、世界に清流が流れ込む。絹糸のように美しく澄み切ったその流れが、炎を優しく浚うように治め始めていた。
「全ての炎を眠らせ、緑に再びの目覚めを」
そうしてネムリカの思いと共に染み渡る潤いは、花を開かせ、蒼空を覗かせて。清涼な心地と共に世界を元の姿に戻してゆく。
風が吹き抜けるような心地。
ロザリウスは夢の中なのに、まるで爽やかに目覚めていく感覚を覚えた。
「これは……」
見回すと、ネムリカが景色の燻った場所へとしゃぼん玉を飛ばしていた。
ふわりと漂ったそれは、弾けながら大地へ癒やしの力を溶け込ませて。くすんでいた色をゆっくりと再生させてゆく。
ロザリウスは歩んで言葉をかけた。
「この炎を癒やしてしまうとは、驚きだ」
「――嗚呼、ご無事でよかった、貴方がこの夢の主ですね」
ネムリカは正面に向いて頭を下げる。
「私は主天使の1人、ネムリカです。無礼をお許しください。あまりにも荒れていたのでお節介をしてしまいました」
「まさか! 恩人ともいうべき君を咎めることはあり得ないとも!」
ロザリウスは鷹揚に告げた。
それは素直な言葉。彼女が衒いなく――この奇跡を自然にこなしていた事にも興味を惹かれていたろう。
ネムリカは「事情は深くお尋ねしませんが」と前置いて続ける。
「もう暫く無茶はお控えくださいね。私の力では此処が全て癒えるにはもう少しかかると思いますから」
「ああ、ありがとう」
ネムリカの言う通り、未だ炎熱の全てが鎮まった訳ではない。それでもロザリウスは、久しく健やかな朝がやってくるような気がした。
だからこそ、これきりでは無作法とも感じて。
「ネムリカ君、起きたら俺の診療所を訪ねるといい」
自身の事を少しばかり教えつつそう伝えた。
「よろしいのですか?」
「勿論だとも。紅茶は好きかな? とっておきをご馳走しよう!」
「本当ですか? あ、紅茶に使うお水ならお任せください」
ネムリカがおっとりと笑むと、ロザリウスも「おお!」と声音を少々明るくして。
「美味しい紅茶を淹れられそうだ」
その事もまた楽しみにしながら……青空が白んでゆくのを仰ぐ。
夢が覚めてゆく。
自分はきっと彼女を気に入っているのかもしれない。だから、ロザリウスは現実でもこの優しき天使に会える事を期待するように――瞳を閉じた。