時にはこんな夢物語

キャラクターノベル(グループ)制作 阿瀬 春納品 2022年05月27日 12時38分32秒

 ――夢を、見た。

 その名を口にすれば大抵の人間が感嘆の声を上げる財閥の令嬢であるところのローザリカ・L・ディオールの買物は派手だ。
 屋敷に外商を呼びつけることも可能であるのに、
「君、これはどう思う?」
 わざわざ車を出させて都内のブティック巡りに繰り出すのは、従弟でもあり幼馴染でもあり、最近は家族公認の仲――いわゆる婚約者となった己に荷物持ちをさせたいがためだろうか。
 広い試着室の奥から顔を出すなり素っ気ない口調と態度で問われ、ジュスト・ヴェルジーは翡翠色の瞳をもたげた。
 お気に入りだという個人ブランドのワンピースを数着試着室に持ち込んで、これは二着目。
「どちらも似合うと思うよ?」
 両手に持っていた彼女の荷物を傍らのアンティークチェアに置く。ここでの買い物も長くなりそうだ。
 トップスにボトムス、次のシーズン用のコート。父と兄に蝶よ花よと育てられながらも、時に重すぎるほどの愛情を向けられながらも、淑女として凛と背筋を伸ばすことを知っている彼女は、昔から『外交』に意欲的だった。
 財閥令嬢として『ちょっとしたパーティ』に顔を見せた彼女の淑やかな立ち振る舞いを、ジュストは幼い頃に見たことがある。それは政治家でもあった祖父が主催し、多数の財閥関係者が顔を合わせるものだった。大人でも萎縮するような顔ぶれの中にあって、彼女は堂々たる『財閥令嬢』だった。
 少なくとも、そう立ち振る舞って見せていた。
 由緒正しい生まれであると言い聞かされ続け、祖父の厳しい躾を受け続けながらも、ジュストは次男だった。それはつまり、兄のスペアであるということ。
 スペアでしかなかった己を、『ジュスト・ヴェルジー』として、ひとりの人間として見てくれたのがローザリカだった。
「似合うかどうかではなく、好みかどうかを聞いているんだ」
 両手を腰に当てて呆れて見せる仕草さえ美しくて、思わず見惚れる。
 華麗な女性のお供をすることも、荷物持ちをすることも、あれこれと試着の感想を聞かれることも、なにひとつとして苦痛ではなかった。
「両方とも素敵だ」
 素直に感想を述べているのに、ローザリカはその豊かな紅い髪を揺らして首を横に振る。黄水晶の色した瞳が思わし気に細まれば、その瞳は感情を映すが如く黄金や橙の色宿してきらきらと勝気に輝いた。
「……君好みの女になってやろうと言うんだ」
 傲岸不遜な口調も強気な言葉も、全て照れ隠しであることをジュストは知っている。
「日和った意見は出してくれるなよ」
 そっぽを向いて見せるローザリカの傍へと、ジュストは歩み寄る。真正面からじっと見つめれば、ローザリカの目元は見る間に赤く染まった。
 婚約者の愛らしさに心を奪われながら、ともかくも冷静を装う。
「……一着前の方が好みだ」
「そうか」
 こくり、少女のように素直に頷くローザリカのデコルテがうっかり目に入った。細い鎖骨、ふわりと丸みを帯びた白い肌。
「それはちょっと胸元が開き過ぎじゃ……」
「嫌いか」
「好きだけど」
 上目遣いのまなざしと眩しい胸元のダブルパンチにノックアウトされかけて思わず視線を逸らす。下品過ぎないセクシー路線は好きだけれど、他の男にはあまり見せたくない男心を理解してもらうにはどうしたら良いのだろう。
「そうか、見え過ぎるか」
 襟元をちょこんと摘まんで首を傾げ、ローザリカは次の試着のために奥へと引っ込む。
(……まったく)
 姿見の前に立ち、ジュストの好みに合う次の服を選ぼうとする手がふと止まった。
(身に纏うものまで彼に染められたいだなんて)
 強過ぎる言葉の裡に潜む真意に彼は気付いているのだろうか。気づいていなければ腹立たしいし、気づいているならば恥ずかしい。
 小さく小さく、甘い息を吐く。
(……どうかしている)

●

 ワンピースを数着と、アクセサリーを幾つか。両手に提げた荷物は車と共に待機していた専属運転手に一旦預け、向かったのは出掛ける前に予約していたホテルラウンジ。
 涼し気で淑やかな、絵画の如き紫陽花の庭園を望むソファに並んで腰を下ろし、ジュストはポケットから小さなジュエリーボックスを取り出す。
「ロゼ」
 名を呼ばれ、開かれたボックスのうちにふたつ並んだシンプルなブレスレットを目にし、ローザリカは瞬く。
「お揃い」
「まったく、君はいつのまに」
「ナイショ」
 優男じみて笑うジュストに眉をひそめてみせながら、その端から頬が緩んでしまう。
 ジュストが小さく微笑む。小粒の翡翠と黄水晶を上品にあしらった二対のブレスレットのうちのひとつを手にする。
「……ロゼ」
 差し伸べられた掌に指を重ねれば、婚約者はいっそ恭しい仕草で手首にブレスレットをつけてくれた。
「似合うか?」
「とても」
 微笑み合いながら、ローザリカはジュストに手を差し伸べる。
「……君も」
 婚約者の名を口にするのは、婚約者となった今でも気恥ずかしかった。
 ジュストが差し出してくれた指をそっと取る。ジュエリーボックスから取り出した男物のブレスレットをその腕につける。
 頃合いを見計らったかのように、ウェイトレスが運んできたのは極く薄いグラスにクラッシュアイスと搾りたてのオレンジジュースと紅茶を注いだセパレートオレンジアイスティー。
 爽やかに甘い紅茶に口をつけている間に、次いでテーブルに届けられるのは、淡藤に薄浅葱、薄紅藤に白菫、パステルカラーの琥珀糖に飾られた紫陽花パフェと、純白のクリームの上にこちらも宝石めいた色とりどりのゼリーを散りばめたチーズケーキ。
「夏休みは結局どちら側のホテルに行きたいんだい?」
 美味しいスイーツのお供は、長期休暇にふたりで行く予定のホテル併設型大型テーマパークの話。
「海の方、折角夜まで共にいられるのだし」
「まさか泊まりOKが出るとは思わなかった」
 凄い念押しされたけど、と肩をすくめるジュストに、ローザリカは瞬く。何が、と問うて来そうな雰囲気を読んで、ジュストは窓の外の紫陽花へと視線を逸らした。
 婚約者の様子に首を捻りながら、ローザリカはテーブルの上できらきらと輝きを放つ紫陽花パフェに視線を向ける。
 スプーンにすくいあげるたびに色合いを変える琥珀糖の美しさに瞳を細めるローザリカの頬の滑らかさに、揺れる緋の髪の艶やかさに、ジュストは一度逸らした視線を戻した。翡翠の瞳が知らず和らぐ。そうして、
「ロゼ」
 どこまでも自然な仕草で、自分のスプーンにすくったケーキをローザリカの口元へと運ぶ。
「あーん」
 唇のすぐそばに美しく美味しいものを持って来られてしまえば、口を開かざるを得ない。幾度となく繰り返されるうちにいつの間にか慣らされてしまったことに思い至りながらも、ローザリカは爽やかながらも濃厚な甘さのクリームとチーズケーキをぱくり。舌に乗ればとろりと溶ける甘さに思わず微笑む唇の端、こちらも自然な動作でジュストの唇が触れた。
「……っ、」
「クリームがついていた」
「人前でまた君は!」
 唇の端にちろりと触れた婚約者の舌の熱と感覚にローザリカは絶句して両手で顔を覆う。
(『あーん』までは! そこまでならまだ!)
 頬が熱くて仕方がなかった。心臓が轟いてうるさかった。
 自分ばかり照れるようでなんとなく悔しかった。
「どうしてそういうことを! さらっとやるんだ君は!」
「ロゼだから」
 さらりと返され、ますます照れた。それでも、これだけは伝えねば。
「僕も、君が――」

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0