甲斐甲斐しい仕置き

キャラクターノベル(グループ)制作 しまだ納品 2022年06月20日 15時27分15秒

 エル=バ=ノイアンは、読み終わった報告書を伏せる。隈の刻まれたその横顔は、いつも通り落ち着いている……ように、傍からはきっと見えるだろう。
 けれども、よっぽど親しい者でしか、その違和感には気づかないほど些細なものだったが、青色の瞳は複雑な感情に揺れていた。
 報告書には、ノイアンにとって愛しい人、シルヴィア・A・カペルの名が記されていた。これは、ノイアン自身ではなく、先日とある依頼をシルヴィアがこなした時の報告書なのだ。
 依頼は確かに成功したとある。それは、恋人として誇らしく、褒めるべき事なのだろうけれど。
(どうにも、気分が晴れないな)
 もやもやとした感情のせいで、今日のノイアンは畑仕事の最中も手が何度も止まってしまったし、路地裏の猫との癒やされる時間さえ心の底から楽しむ事が出来ずにいた。
 なにせ、この依頼で、シルヴィアは妓女として花宿に潜入しようとしたのだ。
 ノイアンの胸にくすぶるそれは、嫉妬の炎であり、純粋に彼女を心配する気持ちであった。
 出来るだけシルヴィアには自由にさせてやりたいが、危険に自ら飛び込んで行く事には、やはり賛成出来そうもない。

●
(何故なの……?)
 シルヴィアは、目の前に立つノイアンから確かな怒気を感じ、胸中で首をかしげる。
 先日の依頼については、事前にノイアンにも話はしてあった。結果的には違う作戦をとる事になったものの、花宿の従業員として潜入する事も依頼に必要ならば仕方ないと許可を貰っていたはずだ。
(それなのに怒られるのは、やや理不尽では……!?)
 ノイアンの瞳が、(許可は出したが、怒らないとは言っていない)と語っているように思えて、シルヴィアは困惑してしまう。
 しかし、ノイアンの気持ちも分からないわけではない。逆の立場だったら、自分も同じように心配してしまっていただろう。
「そうだね。悪かった、と私も反省しているよ。……仲直りのために、一つ、何でも言う事を聞こう」
 シルヴィアのその誓いに、何かを考えるようにノイアンは黙り込む。
 そして、数秒経った後、ようやく口を開いた。
「じゃあ――」
 その言葉はシルヴィアにとって予想外のもので、彼女はぱちくりと瞬きをするのだった。

●
「おはよう、シルヴィア」
 目を覚ましたら、そこには先に起床していたらしいノイアンの顔があった。こちらを覗き込む彼に朝の挨拶を返してから起き上がろうとしたシルヴィアを、何故か彼は手で制す。
 そして、そっと優しく彼女の背へと手を回し、その上体をゆっくりと起き上がらせるのだった。抱きしめられるのかと思って、一瞬ドキリとしたのは内緒である。
 事態が飲み込めずしばし硬直しているシルヴィアを、ノイアンがカーテンを開けてくれたおかげで差し込んできた朝日が照らした。同じく彼が開いた窓から香る潮風の匂いが、彼女の事をゆっくりと夢の中から現実へと引っ張り上げる。
 だんだんと意識がハッキリとしてきた。ノイアンが、まるで当たり前のようにシルヴィアの着替えを持ってきた時に、彼女は昨日の事を思い出す。
(そうだった……今日はノイアンに、一日仕置をされるんだった)
『じゃあ――明日は、俺に一日お世話される事』
 昨夜、彼がシルヴィアに告げたお願いは、あまりに想定外なものだったので彼女は驚愕してしまった。
(けれど、誓いは守らないとね)
 うん、と頷いたシルヴィアは、数分後にはその決意を後悔する事になるなんて、この時はまだ想像すらしていなかったのだ。

●
 ノイアンの持つ櫛が、シルヴィアの美しい白い髪を撫でる。
 その、長く伸びた艶やかな髪を梳くたび、落ち着かない様子で身じろぎしそうになる彼女に、「動かない」とノイアンは優しくも厳しく注意の言葉を呟いた。
 言われた通り、なるべく動かないように気をつけている様子の彼女の耳は、すでに羞恥からかほのかに赤く染まっている。きっと胸中では、(恥ずかしいけれど、約束したからね)と考えている事だろう。
(悪いが、容赦する気はないぞ)
 シルヴィアをこらしめようと一計を案じた時点で、ノイアンは今日彼女をどこまでお世話するのか決めていた。だから、その手付きに迷いはない。
 髪を結ってやると「ありがとう。綺麗に結んでくれたね」と表情を和らげたシルヴィアだが、その穏やかな笑みは次のノイアンの言葉で固まった。
「次は服の着付けだな」

 さすがに身体を拭いたり、下着を取り替えたりまではしない事には、ノイアンの気遣いを感じる。立場上婚姻を結ぶまでは清い間柄でいたいというシルヴィアの思いを、きっと尊重してくれているのだろうとも思って嬉しさを覚える。
 それでも、朝の身支度を彼にさせるのは気恥ずかしくてたまらなかった。侍女からの世話なら慣れているが、相手が恋人なら話は別だ。普段は飄々としているシルヴィアだが、実は初心なのである。
 服を着付けられたシルヴィアは、彼がわざわざ部屋まで運んできてくれた料理を前にして、何とも言えない顔をした。目で助けて欲しいと訴えてみたが、今日のノイアンはとびきり甘いのに甘くない。
 フォークとナイフを手にするという当たり前すら、今のシルヴィアには許されていなかった。
 隣に座るノイアンが、「ほら、口を開けな」と言って料理の刺さったフォークを差し出してきた時、ついにシルヴィアは焦った様子で首を横へと振る。
「さ、さすがに自分で食べるよ」
「これはお仕置きだ」
「……」
 けれども、そう言われて青色の双眸に見つめられると、シルヴィアは何も言えなくなってしまう。
 しぶしぶ、そっとフォークへと彼女は口付けた。こんな時でも、やっぱり彼の作る料理は美味しい。

 手ずから食べさせてもらう朝食を何とか終えたシルヴィアだが、まだ一日は始まったばかりだ。
 今日はさっさとやる事を済ませて、部屋でじっとしておいた方が良いかもしれない。
 そう思い急いで部屋を出ようとしたシルヴィアの名を、咎めるようにノイアンが呼ぶ。
 立ち止まり振り返ると同時に、彼女が感じたのは浮遊感。気付いたらシルヴィアは、ノイアンに抱きかかえられていた。
「え? 何なのかな? どういうことなの?」
「一日世話をすると言っただろう。だから、移動は、こうして抱えて……」
「の、ノイアンっ」
 どこか切羽詰まった様子で、シルヴィアは彼の名を呼ぶ。……もう、限界だ。
「む、無理だよ。分かった。私、十分反省したわ。だ、だから、その……やめにして……」
 その瞳には、僅かに涙さえ浮かんでいる。あまりの羞恥で、言葉が上手く出てこない。
「何? もう音を上げたのか?」
「……だって、恥ずかしすぎるわ」
 思わず、口調が崩れて素のシルヴィアが顔を見せる始末だ。普段の奔放なシルヴィアは鳴りを潜め、ノイアンの腕の中では純粋無垢な令嬢が弱々しく言葉を紡いでいた。
 そんな彼女に、ノイアンは自分から危険な事には飛び込まないように、と今一度約束させる。
「ほら、困ったことになるだろう?」
 そう呟くノイアンは、きっとあの青い双眸を優しげに細めて、笑っているのだろう。
 普段は見るたびに、心が温かくなるその表情も、今のシルヴィアは見る事が叶わない。彼女の視界は、自分自身の両手によって遮られてしまっているのだから。
 両手で顔を隠すシルヴィアは、僅かに見える肌を朱色に染めながら「……ばか」と小さく呟くのだった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0