ティータイムと薄い本

キャラクターノベル(グループ)制作 卯佐乃心月納品 2022年06月05日 09時41分12秒

◆
 林檎菓子に合う茶葉を貰ったと、ハーヴィの元にクルタルが訪れたのは、アップルパイをオーブンに入れた時だった。
 庭いじりの休憩も兼ねて立ち寄ったそうだ。
「占いの善い知らせアリは、この事だったのかな」
「へぇ~、じゃアップルパイ(それ)は、俺の為のってことか?」
「さぁ~どうでしょ~。食べたい?」
 当然、と鼻で笑ったかと思えばクルタルは、ハーヴィの問いには答えず家を出ようとした。
「え、ちょっと。食べていかないの? クルト!」
「ティータイムってやつには花がいるだろ。待ってろ、見繕ってくる」
 そう言ってクルタルは、持ってきた茶葉と冊子を残して出て行った。
「なんだ、焼き上がりまで話し相手になって貰おうと思ったのに」
 ハーヴィは、慣れた手つきでセッティングを終えた。
「暇になっちゃったなぁ。そういえば、クルトが持ってきた本なんだろ」
 厚紙で巻き、糊付けされただけの簡単な冊子。宗教画の様に美しい天使と悪魔が表紙になっている本だった。
「こんな所に置いてったってことは、僕が読んでも差し支えはないよね!」
 アップルパイが焼き上がるまでまだ時間はある。ページもさほど多くは無い。
「クルト、借りるね~」
 姿の無い持ち主にひと言かけ、テラスに椅子を出すとハーヴィはページをめくった。

●ドゥジン誌 悪魔男ヴィース×堕天使女ハリル
「愛の木の実と君の味」 
 
 ――この森、雨が降るのか。

 灰色が混じった翼をたたみ、雨を避けるため、ざらりとした果樹に背を預けた堕天使(暴食の悪魔)ハリルは思った。
 冷えから守るように抱え込んだ太ももは、赤く染まっていて痛々しかった。
「……さむい」
 頭上で咲く白い花。彼女を癒やさんと、爽やかな甘みのある香りを放っているのだが、彼女には届いていないよう。
「……くらい」
 以前足を踏み入れた時は、雨など無縁そうに温かな木漏れ日で溢れていたのに。
「ひとり、か」
 そういえば、どうしてこの森に降り立ったのだったか。
 額に貼り付いた白銀の髪から、ぽたりぽたりとしずくが落ちる。
 (あいつ……今日も作ってるのかな)
 陽光に当たると黄金色に輝く"あいつ"の髪を思い出して、ハリルの鼻の奥がツンとなった。
 その時。
「おや、どうしたんだい。そんなしょぼくれた顔をして」
 ハリルは顔を上げた。この甘くて抗いがたいバターたっぷりの林檎の香りは……
「ヴィー……ス?」
 現れたのは、雨よけのローブを身につけた暴食の悪魔、ヴィースだった。
「やあ。というか君、ずぶ濡れじゃ無いか!」
 くしゃみで答えるハリルに、ヴィースは水滴をよく振り落としてから、着ていたローブを譲った。
「僕の家へおいで。暖かい紅茶を用意しよう。アップルパイ(スウィーツ)もあるよ」
 菓子(スウィーツ)と聞き、ハリルの腹の虫がなった。
「食べ物。そしたら、ボスに聞かない……と」
 一瞬光を取り戻した金の瞳が、悲しみに曇る。
 そんな彼女の翼に触れて目を細めるヴィース。全てを悟ったような顔をしている。
「おいで」
 ハリルは縋るように、優しく差し伸べられた彼の手を取った。

● 
「ああ、僕のシャツだと大きかったか。まぁ、小さいよりはいいよね」
 家につくやいなや、体調を崩す前にとヴィースはハリルに着替えさせた。
「ああ、大丈夫だ。悪いな、この借りはいつか返す」
 傷ついた心を隠して気丈に振る舞うハリル。
「まだ髪が濡れているな。こっちへ」
 紫の光沢が美しい滑らかな生地に包まれた彼女を見て、悪魔らしい(似合っている)という感想をヴィースは飲みこんだ。彼女にとって、それはまだ褒め言葉では無いと察したのだろう。
 しっとりと濡れそぼっている髪や翼。ヴィースは乾かすためにと、暖炉の前のソファに座らせた。
 乾いた木が焦げる香りの中には、焼きたての香ばしいパイのものもある。
 ハリルが香りを辿ると、ソファーテーブルに花の香りのする紅茶と、アップルパイが(待ち構えていたように)用意されていた。
 切り分けられた断面からは、とろとろに煮詰められた林檎が湯気と共に顔をのぞかせている。
「あっぷる……ぱい」
 それを目にして、ハリルは声を震わせながら言った。
「ごめん、ボスには食ってもらえなかった……それに、もう戻ってくるなって……」
「それまたどうして、随分と薄情なボスなんだね」
 ヴィースは、ふわふわなタオルでハリルの頭を優しく包むと、撫でるように水気を取ってやる。
「翼も汚れが落ちなくて……どうしよう」
 真っ白だった羽は、ところどころ斑にくすんでいた。
 ハリルは言う。ただお前のアップルパイを食べただけなのに、と。
「なあ、なんでおれの翼は濁ったんだ? ボスはこうなるなんて言ってなかった。おれはもう、ボスに会えないのか? おれはボスがいないと何もっ」
 ヴィースの手が止まる。不思議に思ってハリルが振り向くと、彼の胸に抱き締められた。
「ボス、ボス、ボス。いいかげんにしようか。僕のアップルパイを食べておきながら、まだ乞うのかい」
 その声は、不快と愉快が混ざり合い、コンポートのシロップのようにべったりと纏わりついていく。
「何言って……」
 ヴィースの胸元がハリルの雨を吸って濡れていく。
 それに気づいた彼女は咄嗟に距離を取ろうとした。だが、叶わない。
「君って子は、どうしようもない位素直で純粋だね。少しはこうなるかもって思わなかったのかい?」
 ハリルが身を引く動きに合わせて、ヴィースの影が彼女にのしかかる。
 まだ冷たいハリルの頬をヴィースの手のひらが覆った。
 掠れた声が、彼女の耳元に響く。
「僕にしなよ」
 彼の親指が、彼女の唇をゆっくりとなぞる。
「僕なら君の、その妄執ごと食べてあげられるよ」
「ヴィース……おれ、お前になら……」
 
◆
「何読んでんだ?」
「おわああ!」
 手元で冊子が踊るほど、ハーヴィは体を跳ねさせた。
「君いつからそこに!? いや待って駄目、これは見ない方が良いと思うよ!?」
「そういわれると気になるんだよな〜」
 ハーヴィが胸に押し当てたページを探るように、クルタルは彼の背後から冊子を覗き込もうとした。
「ダメだって!」
「……なぁ、何だか焦げ臭くないか?」
「え!?」
「隙あり!」
 ハーヴィの気が逸れた隙に、クルタルが冊子を奪う。
「あ、あぁ……」
 パラパラと捲られていく絵物語。
 展開が進む度、ハーヴィはあの描写だけは見て欲しくないと、ハラハラしながら赤面した。
「恋物語? へぇ。こいつ、アップルパイ、アップルパイって、お前みたいだな」
「や、やめよ、そこで見るのやめよ!」
「相手は、左目に傷のある白銀の天使か。……ん?」
「わああああストップ! ストップ!! もう本から手を離して!」
 冗談ではすまなそうなハーヴィの語気に、素直に手を離すクルタル。
「大体、この本、クルトのでしょ!? なんでこんな本持ってるの!?」
 俺が持ってきた? と疑問を浮かべた顔をした後、茶葉をくれた女性(ひと)から貰ったと言った。
「なぁ、アップルパイって言ってたら、お前の味が食べたくなったんだが」
「言い方……。用意する! 用意するから! その本の事から離れよ!」
「まあいいか。俺も花を飾ろう」
 オーブンを見に行こうと椅子から立とうとした時、ハーヴィは、クルタルの白い頬が汚れているのに気づいた。
「まってクルト、顔、土が付いてる」
 そう言って頬に手をの伸ばしたところで、ハーヴィは固まった。
「どうした?」
「何でも! 顔、洗って来なよ」
(もう誰だよ! あんな話書いたのはー!)

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0