並んだ『1』

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年05月21日 11時52分39秒

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 ローラント探偵事務所には、そもそも模様替えが必要だろうか――そんなことを考えながら、ヴァン・ローラントはぼんやりと天井の黒い染みを眺めていた。
 今やヴァンの根城と化して久しいこの事務所だが、ほぼ通年で同じ間取り、同じ家具、同じ調度品、同じ配置で過ごしている。インテリアにこだわりのある居住者なら手を加えたくなる程に、全く変わり映えのしない風景が常に横たわっているのだが、ヴァンはまるでお構いなしだ。
 寧ろ、このままで良い。ヴァンとしては飽きるというよりも、安心感を覚える方が強いというのが正直なところであった。
 どこに何があるのか、目を閉じていても分かるというのがヴァンにとっては重要だった。何者かが侵入してきても、ちょっとした変化ですぐに見抜くことが出来るからだ。
 だからこの日も、いつもの様にホークヤード警備隊捜査担当デリック・エズモンドが勝手知ったる我が家だとばかりに探偵事務所を訪れ、相変わらず変化に乏しい風景だなどと苦笑を漏らしても、ヴァン自身は何の感慨も抱かなかった。
 ヴァンは愛用の古びたソファーからのっそりと起き上がり、デリックを無言で出迎えた。親しいから挨拶の言葉は不要、という訳ではない。
 声を出したくても、出せなかったのだ。
「何だ? まだ、喉が治らないのか……探偵事務所の看板を下ろしてたから、そうじゃないかとは思ってたが……」
 デリックは呆れた様な、或いは幾分驚いた様な調子で目を見開いた。ヴァンが現在声を出せない状態に陥っているのはデリックも知っていたが、ここまで長引くとは正直、思っても見なかったらしい。
「授恵者なんだから、何か色々治療法なり治癒術なり、あるんじゃないのか?」
 応接卓を挟んで向かいの来客用ソファーにどっしりと腰を下ろすデリック。彼としても、ヴァンがいつまでも喋ることが出来ないままというのは、何かと困るらしい。
 少なくとも、声が出せないヴァンが筆談で会話を進めなければならないのは相当に手間だ、とデリックが感じているのは間違い無さそうであった。
 しかしヴァンは、こんなつまらないことで態々授恵者の技術を用いるのは馬鹿馬鹿しいというか、こんな話を冒険者ギルドに持っていくこと自体が情けない様な気がして、余り気乗りしなかったのである。
 どうせ原因も分かっていることだし、そこまで目くじら立てる必要も無いだろう。数日声が出ずとも生活に支障はないとして、ヴァンは敢えてそのまま放置していた。
「まぁ、お前の喉だから、お前が良いってんなら別に構わんけどさ……」
 流石にデリックも、こればかりは無理強い出来ぬと判断したらしく、ヴァンの喉に関してはここで一旦、打ち切った。
「そりゃそうと、実はちょいと知恵を貸して欲しくてな」
 デリックは持参した鞄の中身を、応接卓上に広げた。それは、どこかの地図だった。
「実は西地区の商業街にある宝石商に、賊が侵入してな。ルビー原石が盗まれたんだ」
 賊の正体はすぐに突き止められ、デリック率いる警備隊が犯人の住居に踏み込んだものの、その宝石泥棒は慌てて逃げようとして二階の窓から身を乗り出した。
 ところが、窓際に吊るしてあった洗濯紐に足先を引っ掛けてしまい、跳躍するどころか、そのまま頭から裏路地の硬い石畳に落下してしまった。
 普通であれば軽傷で済む様な高さだが、打ち所が悪かったらしく、件の宝石泥棒はそのまま帰らぬひととなってしまった。
「で、問題はここからなんだが……野郎、盗んだルビー原石をどこか別のところに隠していやがった。住居ん中を隈なく捜索しても全く出てこない。その代わり、見つかったのがこの地図だ」
 どうやら地形や目印となる岩、河川等から察するに、ホークヤード近郊の森の中を示している様だ。これで大体の場所は絞り込めるのだが、問題はルビー原石がどこに隠されているのかがさっぱり分からないという点であった。
 地図上には縦横十分割する様に破線が記されており、右上に1が幾つか、並んでいる。
「普通に読みゃあ11111111……なんだが、そんな場所、この地図ん中のどこにも見当たらんのだ」
 しかもこの並んだ1は、それぞれ微妙に文字としての大きさが異なる。この大きさの違いに何か意味がある様にも思えるのだが、デリックにはさっぱり理解出来ないとの由。
『了解。考えてみる』
 ヴァンは手帳に走り書きして、デリックに頷き返した。

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 ヴァンは改めて、並んだ1について観察してみた。
 幾つかの1は同じ大きさで、サイズは中間。
 また別の幾つかの1も同じ大きさで、サイズは一番大きい。
 そして残りの1は一番小さいサイズだ。
 このサイズ違いと並びに、何か意味がある様な気がする。
「なぁ、紅茶あるか?」
 デリックに問われて、ヴァンは食器棚のポットを指差した。そこにティーセットと茶葉があるから、自分で淹れろとジェスチャーで伝える。
「お前も飲むか?」
 これには、ヴァンはかぶりを振った。今のヴァンの喉は、兎に角デリケートな状態なのだ。熱い飲み物はご法度だった。
 その代わり、ヴァンは別の食器棚から小さな壺を取り出した。中には蜂蜜で造った特製のゼリーが詰まっている。刺激物や冷たい物、熱い物が受け付けられないヴァンの喉だが、この蜂蜜ゼリーだけは何の痛みも伴わずに食することが出来る。
 また、この蜂蜜ゼリーには殺菌効果や保湿効果もあるとのことで、今のヴァンの喉にとってはこれ以上は無い逸品だといえるだろう。
「しかしお前、一体何を飲まされたんだ?」
 デリックに問われ、ヴァンは渋い表情を浮かべた。
 あれは、三日前のことだった。

 その日ヴァンは探偵として、とある夫婦宅に手紙で呼び出された。
 曰く、息子の素行のことで相談したいのだという。特に何の疑いも抱かず、ヴァンはその夫婦宅を訪問した。時刻にして丁度昼下がり、お茶の時間に差し掛かろうかという頃合いだった。
 ヴァンは夫婦宅で、出迎えのお茶を供された。ところがこれが、罠だった。
 最初の飲み口は何ともなかったヴァンだが、次第に喉の奥から焼ける様な痛みが湧き起こってきた。
 実は、この夫婦の相談事というのは最初から嘘だった。ヴァンに喉の機能を一時的に破壊する刺激物入りの茶を供することが本当の目的だったらしい。
 この夫婦はヴァンの師匠であるヘンリック・ローラントに随分と入れ込んでいたらしく、人物としても相当に尊崇していた。ところが同時にこの夫婦はヒューマン至上主義の思想の持ち主でもあった。
 そんなふたりにとって、ドワーフであるヴァンがヘンリックの弟子としてローラント探偵事務所を引き継いでいることが、どうにも我慢ならなかったらしい。
 そこで思いついたのが、この刺激物入り飲み物での嫌がらせだった、というのである。
 ふたりが供した刺激物は人間の肉体が持つ抵抗力で自然と解毒される程度の弱いものであり、数日放っておけば自然治癒するものらしいが、言葉を武器とする探偵にとっては、声を失うのはある意味、営業停止を強制させられるのに等しい。
 ヴァンは、ここリーンエス王国ではドワーフに対する人種差別は日常茶飯事だからということで、敢えて何もいわずに引き下がったが、怒ったのはデリックである。
 デリックにとってはヴァンは大事な仕事仲間だ。そのヴァンの商売道具である喉を、下らない理由で痛めつけたこの夫婦は絶対に赦せないとおかんむりだった。
 結局、この夫婦はデリックからこっぴどく叱られ、もう二度とこんな馬鹿な真似はしないと誓約書まで書かされる始末だった。
 ヴァンに対し、ドワーフ如きがあの名探偵の後継者だなんて笑わせるなと馬鹿にしていた夫婦も、デリックの剣幕には流石にビビりまくり、体がひと回り小さくなったかと思える程に恐縮していた。
 デリックはホークヤード警備隊の中でも、優秀な捜査員として認知されている。その彼の怒りを買ったのだから、反省しない訳にはいかなかった様だ。

 そんな顛末があって、ヴァンは夫婦からの(渋々ながらの)謝罪を受け入れたものの、結局何を飲まされたのかはついぞ知らずに終わった。
 尤も、訊くのが怖かったというのもあるのだが。
『さぁ、よく分からない』
 ヴァンは正直に答えた。
 デリックは、何だそりゃと呆れ顔を返すばかりである。

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 尚も地図の暗号に苦戦し続けるヴァンとデリックだが、余り根を詰めても良いアイデアが浮かばないだろうということで、気分転換に夕方の散歩に出ようということになった。
 勿論気晴らしという意味合いもあったが、ヴァンとしては町中に出ることで違った視点でのヒントが得られないかという思惑もあった。
 商店街に出ると、幾つもの食品店やレストラン、酒場などが客引きに忙しい。出迎える店員は大半がヒューマンだが、幾つかの店は異国風の佇まいを見せている。
 例えば、リブラネスタ風の店は開放的な商人気質で賑やかな店内が特徴的だったし、シャルガネ風の店は落ち着いた大人の異国文化を前面に押し出している。
 ヴァン自身は冒険者であり、冒険者ギルドと契約を結んでいるビッグオウム厩舎に頼んで、ロスガリア大陸の色々な土地に足を運んできたから、これらの国々の文化は然程に珍しくはない。だが大半の庶民にとっては、自分が住む土地以外の場所は、人生のうちでそう何度も訪れることは無いだろう。下手をすれば、一生足を運ぶことが無い地方だって、山ほどある。
(暗号解読もある意味、方言や独自文化の言語を読み解く様なものか)
 内心で小さく溜息を洩らしたヴァンだったが、この時不意に、まるで電光の様な閃きがヴァンの脳裏を一瞬で走り去っていった。
(そうか……いや、間違い無い。洗濯紐に足を引っかける程度の馬鹿な泥棒に、そもそも暗号なんて高度な技術は無理だったんだ)
 ヴァンは、大きな勘違いをしていたことにここで漸く気づいた。デリックがやたらと暗号暗号と連呼するものだから、すっかりそのつもりで解読に勤しんでいた。
 だがよくよく考えれば、あの並んだ1が暗号であるなどとは決まっていない。本当にただのメモ書きに過ぎなかったとしたら、どうであろう。
(問題は、文字種だ)
 ヴァンはデリックの肩を叩き、今すぐ事務所に戻ろうとジェスチャーで語りかけた。
「もしかして、何か閃いたのか?」
 デリックも付き合いが長いだけあって、ヴァンの表情からすぐに何かを察した様だ。
 ふたりは急いで、ローラント探偵事務所に引き返した。

 ローラント探偵事務所に戻るなり、ヴァンは書棚へと駆け寄った。目指す書物は、すぐに見つかった。
 以前貸本屋から借りたとある冊子を、自分で書写したものだった。
「シャルガネ東方文字注釈書? それが何の関係があるんだ?」
 デリックはまだピンと来ていない様子だったが、ヴァンはあるページを開いて指し示した。その瞬間、デリックの表情が見る見るうちに緊張の色へと染まってゆく。
「シャルガネの東方数字……こんな文字が、あったのか」
 驚くデリックを尻目に、ヴァンは再び例の並んだ1と、手にした注釈書を見比べた。
 シャルガネでも余り一般的ではない、どちらかといえばシャルガネの一部で利用される東方大陸由来といわれている数値文字らしい。
 これによると最初の幾つかの1の並びは4、次の並びは6を指す様だ。
 つまり、この並んだ1は最初から暗号でも何でもなく、死亡した宝石泥棒が日頃使っている文字で簡単にメモを残しただけに過ぎなかったのだ。
「そうか……4と6。それに該当する地点を探せば良いって訳か」
 デリックは改めて縦横それぞれ十分割された地図を眺めた。
 捜索すべきは二箇所に絞られた。縦から読んで4と6の位置か、或いは横から読んで4と6の位置の、いずれかである。
 ここまで絞り込めれば、ルビー原石を発見するのに然程の手間は要らない。
 だが、それにしてもよく気が付いたなとデリックは声を出せないヴァンの顔を、まじまじと眺めた。
 ヴァンは、商店街内で見かけたシャルガネ風の料理店を見た時に、1が幾つか並んだ形の数値文字が貼り出されていたことで漸くピンときたと、筆談で応じた。
「ってことはだ、あの盗賊はシャルガネ出身者だったって訳か」
 分かってしまえば、どうということはない。
 だが文化の違いがこんな形でふたりの前に立ちはだかることになろうとは、流石に予想も出来なかった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0