ローザリカ・L・ディオールの家族の会話
キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2022年05月08日 10時35分44秒
今年に入ってからというもの、ローザリカ・L・ディオールの日々は充実している。恋愛関係は言うに及ばず、学園での交友関係にも恵まれた。冒険者としての仕事にも前向きで、無聊を囲っている暇はない。が、忙しない毎日のせいか、実家に寄り付く機会が減ったのは確かだった。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父様が? 今日は外出の予定では無かったかな?」
「はい。お嬢様がお戻りになったと聞いて、キャンセルされたようです」
ディオールは伯爵家としては新しく、商売にも目を向けているだけに当主は多忙を極める。それが、予定をキャンセルとは。
「用件は何だろう。聞いているかい?」
「いえ。用件は特にないが顔を見たい、と仰せでした」
父が仕事を置いてまで時間を作ろうという程に、顔を見ていなかっただろうか。
「今年の年始のご挨拶が最後か? いや、結婚についての相談をした時があるじゃないか」
「用事が無ければ顔も見せに来ない、とも仰ってました」
「う、そう、かもしれないが」
普段は自分の味方の侍女も、今回は父の肩を持つらしい。確かに、いささか家族との時間を犠牲にしていたような気もしないでもないが。
「若様も、商会の監査から急いで戻ってこられているようです」
「兄様も、かい?」
両親からも兄からも愛されているとは思う。思うのだが、何やら嫌な予感がしないでもなかった。お叱りを受けそうな節は、幾つも思い浮かんでしまう。つい先日も、礼法の学園教師から貴族女性に求められる正しい在り方についてと苦言を呈された。
「……お父様にお会いするに相応しい装いを。化粧も頼むよ」
「着飾っていくより早めに向かう方が良くないですか?」
正論が返ってきたが、ローザリカにも心の準備が必要なのだ。
●
「ローザリカ……。最近は随分と、人生を楽しんでいるようだね」
執務机の向こう側から低い声が囁く。若い頃は、というか現在でも御婦人方の間で評判の美声だが、あまり甘くない。机に姿勢よく掛けたディオール家当主の斜め後ろには、侍女の話によれば急いで駆け付けたらしい次期当主が、汗一つ見せぬ落ち着いた素振りで控えている。畏まったローザリカへ、父は厳しい顔を微かに綻ばせた。
「ああ、勘違いしないように。責めている訳ではないのだ。だが……、次の誕生日を迎えれば、お前は今までとは違った立場になる。分かるね?」
こちらは怜悧な空気そのままに兄が言葉を継いだ。
「弁えて行動する様に、という事ですよ。君が去年までにしてきた事を、それまで通りにすればいいだけの事です。できるね?」
窓を背に立つ彼の表情は影となって窺い知れず、ローザリカにはそれが恐ろしい。素直に頭を垂れ、自分の非を認める。
「……はい。申し訳ありませんでした。兄様」
内心ではアレの事だろうか、コレの事だろうかと考えていたが、叱責の言葉はそこで途切れた。しかし顔を上げた所で、聞き流せない次の話題が始まる。何も終わってはいなかったのだ、とローザリカは唇を引き結んだ。
「あちらの様子は相変わらず変わりないそうですよ? 父上」
「ジョゼフィーヌから聞いた限りでは、そうらしいな。……残念な事だ」
これはきっと父と兄では無く、当主と次期当主の間の会話だ。まさかコレを自分に聞かせる為にこの席を設けたのか。勘ぐるローザリカをよそに、自分への声掛けとは違ってやけに滑らかに父と息子の会話が進んでいく。
「そうですか。多少なりとマシになっていれば良かったのですが。今回の件は期待外れでしたね」
「私からも随分と手を回したのだが、無駄に終わったようだ」
「……あ、あの。一体、何のお話を、されているのでしょうか」
婚姻先の話であれば無関係ではない、と勇気を振り絞って言葉を掛けるも、嫌な汗が背に滲んだ。両親も兄もローザリカを愛してくれている。だが、その愛には歪んだ面もあるとローザリカは知っていた筈なのに。手を後ろに組んで立つ兄の表情は見えない。
「すっかり計画が崩れてしまった。一人しかいない娘だというのに、歯痒い事よ。……だが、致し方あるまい。あれは善い男だ。家長として、お前の選択を尊重しよう」
当主低い囁き声が、最後にはローザリカの望む言葉を紡ぎ、しかし次期当主の冷たくも甘い声が棘を差す。
「しかし、あの家に嫁いだとしても、お前は私の可愛い妹で、ディオールの娘だよ? それを決して忘れないようにね」
「私が言うべき事を、ヴィルジールに取られてしまったか。……話は、終わりだ」
滅多に聞かない苛立ちの籠った声。身震いした彼女に、父は優しく退出を促した。この先は、男たちの話なのだと言わんばかりに。祝福されている空気に浮かれ過ぎていたのか。唇を噛みつつ、背を向けたローザリカを父親の声が追いかけてきた。
「……ああ、ローザリカ」
「はい」
「幸せにおなり。お前にはその価値があるのだからな」
最後におまけのように付け足された声が、空々しく響いた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父様が? 今日は外出の予定では無かったかな?」
「はい。お嬢様がお戻りになったと聞いて、キャンセルされたようです」
ディオールは伯爵家としては新しく、商売にも目を向けているだけに当主は多忙を極める。それが、予定をキャンセルとは。
「用件は何だろう。聞いているかい?」
「いえ。用件は特にないが顔を見たい、と仰せでした」
父が仕事を置いてまで時間を作ろうという程に、顔を見ていなかっただろうか。
「今年の年始のご挨拶が最後か? いや、結婚についての相談をした時があるじゃないか」
「用事が無ければ顔も見せに来ない、とも仰ってました」
「う、そう、かもしれないが」
普段は自分の味方の侍女も、今回は父の肩を持つらしい。確かに、いささか家族との時間を犠牲にしていたような気もしないでもないが。
「若様も、商会の監査から急いで戻ってこられているようです」
「兄様も、かい?」
両親からも兄からも愛されているとは思う。思うのだが、何やら嫌な予感がしないでもなかった。お叱りを受けそうな節は、幾つも思い浮かんでしまう。つい先日も、礼法の学園教師から貴族女性に求められる正しい在り方についてと苦言を呈された。
「……お父様にお会いするに相応しい装いを。化粧も頼むよ」
「着飾っていくより早めに向かう方が良くないですか?」
正論が返ってきたが、ローザリカにも心の準備が必要なのだ。
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「ローザリカ……。最近は随分と、人生を楽しんでいるようだね」
執務机の向こう側から低い声が囁く。若い頃は、というか現在でも御婦人方の間で評判の美声だが、あまり甘くない。机に姿勢よく掛けたディオール家当主の斜め後ろには、侍女の話によれば急いで駆け付けたらしい次期当主が、汗一つ見せぬ落ち着いた素振りで控えている。畏まったローザリカへ、父は厳しい顔を微かに綻ばせた。
「ああ、勘違いしないように。責めている訳ではないのだ。だが……、次の誕生日を迎えれば、お前は今までとは違った立場になる。分かるね?」
こちらは怜悧な空気そのままに兄が言葉を継いだ。
「弁えて行動する様に、という事ですよ。君が去年までにしてきた事を、それまで通りにすればいいだけの事です。できるね?」
窓を背に立つ彼の表情は影となって窺い知れず、ローザリカにはそれが恐ろしい。素直に頭を垂れ、自分の非を認める。
「……はい。申し訳ありませんでした。兄様」
内心ではアレの事だろうか、コレの事だろうかと考えていたが、叱責の言葉はそこで途切れた。しかし顔を上げた所で、聞き流せない次の話題が始まる。何も終わってはいなかったのだ、とローザリカは唇を引き結んだ。
「あちらの様子は相変わらず変わりないそうですよ? 父上」
「ジョゼフィーヌから聞いた限りでは、そうらしいな。……残念な事だ」
これはきっと父と兄では無く、当主と次期当主の間の会話だ。まさかコレを自分に聞かせる為にこの席を設けたのか。勘ぐるローザリカをよそに、自分への声掛けとは違ってやけに滑らかに父と息子の会話が進んでいく。
「そうですか。多少なりとマシになっていれば良かったのですが。今回の件は期待外れでしたね」
「私からも随分と手を回したのだが、無駄に終わったようだ」
「……あ、あの。一体、何のお話を、されているのでしょうか」
婚姻先の話であれば無関係ではない、と勇気を振り絞って言葉を掛けるも、嫌な汗が背に滲んだ。両親も兄もローザリカを愛してくれている。だが、その愛には歪んだ面もあるとローザリカは知っていた筈なのに。手を後ろに組んで立つ兄の表情は見えない。
「すっかり計画が崩れてしまった。一人しかいない娘だというのに、歯痒い事よ。……だが、致し方あるまい。あれは善い男だ。家長として、お前の選択を尊重しよう」
当主低い囁き声が、最後にはローザリカの望む言葉を紡ぎ、しかし次期当主の冷たくも甘い声が棘を差す。
「しかし、あの家に嫁いだとしても、お前は私の可愛い妹で、ディオールの娘だよ? それを決して忘れないようにね」
「私が言うべき事を、ヴィルジールに取られてしまったか。……話は、終わりだ」
滅多に聞かない苛立ちの籠った声。身震いした彼女に、父は優しく退出を促した。この先は、男たちの話なのだと言わんばかりに。祝福されている空気に浮かれ過ぎていたのか。唇を噛みつつ、背を向けたローザリカを父親の声が追いかけてきた。
「……ああ、ローザリカ」
「はい」
「幸せにおなり。お前にはその価値があるのだからな」
最後におまけのように付け足された声が、空々しく響いた。