祝福、旅路、描かれる意志

キャラクターノベル制作 川並もも納品 2022年05月10日 11時11分52秒

●それからというもの
「ううん、元気ならいいんだ」
 劇場の役者絵などを筆頭として、カペル領で大小様々な刷り物を扱っている商会。その玄関口でシルヴィア・A・カペルは受付を相手に残念そうにかぶりを振った。
 冒険者ギルドの依頼がきっかけで、この商会の大旦那が擁する作家のひとりとしてカペル領への縁を繋いだ"彼"。あれから時は経ち、予祝の祭りが始まる頃となった。案内しようと思い立ってここを訪れたが、入れ違いにもっとも祭りが盛大な街へスケッチに向かった後だという。
「言われるまでもなく、か。馴染んできたね」
 領内を案内されている中で自分の素性を知ったのだろう、恐縮も恐縮して豆粒と化していた食事会のときの彼が思い出された。あれから伝え聞く限りでは大いに学びと制作に励んでいるそうだが、三度目の邂逅は果たせないでいる。
「よろしくと言っていた、と伝えておくれ」
「承りました。……ああ!」
「ん?」
「申し訳ございません、発つ前に『彼(か)の方に頼まれたもの』と冊子を預かっていたのです。すぐお送りいたしますので……」
「いや、持っていくよ。ありがとう」
 なるほど、完全に恐縮されているわけではなく、冒険者としての自分もしっかり覚えてくれているようだ。いつかのドゥジンシと似た判型の冊子――カペル領を描いた習作の束――を抱え、自室への帰路についた。

●書に曰く、花の領地は
 腰を据えて眺めてみれば、なるほど習作である。
 簡素に紐で綴じられた様々な紙質、技法や画風が数多く試され、特に肉筆の彩色は不慣れだとはっきりわかる。しかし、以前よりも確実に洗練されていた。描線は磨かれ、淑(しと)やかさと呼ばれた魅力は艶(つや)を湛(たた)えはじめている。それでいて博物学にも似た事実を重んずる筆致は、己を見失っていない証拠。
 感嘆のため息が静けさの中に響く。ページがめくられた。

 多くは劇場、町並み、そして領民たちの生活風景を描いたものだが、読み進めるとほどなくして特徴的な記述に行き当たる。
〈時を問わず咲く花たちの秘密〉
 題としては質素な一文は、おそらく所感をひとことで書き付けたものだろう。植物園の外観や内装が緻密に描かれ、その中で育てられている植物がそのあとに続いていた。とくに詳述されているのはやはり青薔薇のくだりで、優美な写実性で描かれた想像の青薔薇の傍らに、こう締めくくられていた。
〈遠い青の裡(うち)に、たゆまぬ進歩が抱(いだ)かれている〉

 連想したのだろう、次いで綴られるのは『青薔薇』のひとびと。風景画よりも数段劣る腕前ではあるがためらいのない線で『侯爵家お抱えの芸能集団』が活き活きと描かれており、シルヴィアは第三者の視点というものを知る。
〈美と詩才でもって時を歌い上げる姿。我々が生まれる遙か昔の吟遊詩人とは、おそらくこのようなものだったのだろう〉
 自分が加わるとするならば、とふいにシルヴィアの脳裏に記憶がよぎった。雑念だと横においてそれ以降を楽しむが――最後のページ、端に書かれた一文に息を呑む。
〈花を育てる者は、棘を恐れない〉
 あとに庭園と庭師の素描が続くところをみると、なにげない書き付けなのは確かだ。思い過ごしだ。しかし、何かを見通された思いがする。
「……うん。頑張ろう、お互いに」
 誰に宛てるでもない言葉がこぼれた。

●これからというもの
 寸評と賛辞の手紙を添えて冊子を返却し、またいくらか月日が経った頃。”冒険者のシルヴィア殿”に招待があった。商会の応接間での再会である。
 彼は以前よりは緊張が解けてはいるが、やはり平身低頭だった。
「先日はご足労をおかけしてしまい……!」
「いいのいいの、冒険者の思いつきさ。それに、今日の本題とは別だろう?」
 シルヴィアが、彼の隣にいる商会の大旦那を見やる。大旦那は視線に対しゆったりとうなずき、ひとつの布包みを差し出した。
「彼がカペル領(ここ)に来て初めて絵画作品として制作したものです。身内の展覧会用ですが、お目にかけようと」
「いまだ未熟ではありますが……」
 そう言いながら彼の手で布が外された中から、やわらかな精緻さを持つ銅版画が現れた。予祝の祭りを題材に採り、薔薇園で踊る人々が描かれている。
「うん、いい作品だ。相変わらず空気感というのかな、雰囲気が見事だね。遠景とはいえ人を描くのは不慣れだろうに」
「学びの成果でしょう。いやはや、よい縁を繋いでいただけて」
「彼の実力ですよ。で、どうだったかな祭りは?」
 水を向けられ、目をしばたかせた彼がようやく顔をはっきりと上げた。
「――ええっと、楽しい中にも気品があって、そうですね、典雅とはこういうものかと実感しました。そのときの記録はこの絵の概説として書いたんですが、それを含めた普段の形式も制作中で」
 気が緩んでくれたようで、表情に明るさが増し語りに熱が入る。
 お互いに旅路は続いているのだ。改めての納得とともに、シルヴィアは笑みで応えた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0