誰よりも君を

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年05月03日 08時52分19秒

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 これは、ある青年が謎のアンデッドによる精神攻撃を受けて強制的に視聴させられた、幻覚内での出来事である。
 当然、事実ではない。
 現実に生じた出来事でもない。
 しかし青年は、許せなかった。この様な悪夢を見せつけられたことに、途方も無い怒りを爆発させた。

 ローザリカ・L・ディオールは、辱めを受けていた。
 見も知らぬ男達に、清純たるものの全てを破壊された。汚らしい腕が四方八方から伸びてきて、ローザリカの剥き出しとなった白い肌を容赦無く弄んだ。
 すぐ目の前で、愛する青年が愕然たる表情で、ローザリカの地獄の様な苦境を見つめている。青年は、動けなかった。ローザリカを救い出したくとも、体中が何らかの戒めを受けて、指一本動かすことが出来なかった。
 いつもは尊大で、強気な態度で押し通すローザリカ。
 だがこの時ばかりは、恐怖と屈辱が彼女の精神を大きく蝕んでいた。
「……………………ッ!」
 ローザリカは、青年の名を叫んだ。だが、声が出ていないのか、或いは青年の耳には届いていないのか、その悲鳴に近しい叫びは、青年を突き動かすには至らなかった。
 何故、こんな目に遭っているのか。
 何故、これ程の屈辱と悲しみを味わうことになったのか。
 そして何故、愛する青年は酷く嘆き悲しむばかりで、ローザリカに救いの手を差し伸べようとはしてくれないのか。
 ローザリカには何ひとつ、理解出来なかった。
 否、青年は必死にローザリカを救おうとしている。懸命に何かと、戦っている。ただ、その抗いの力が結果として現れてくれないのだ。
 不意に激痛が走った。
 見ると、ローザリカの左肘から先が、虚空に消えていた。
 夥しい量の鮮血が、滝の様に溢れ出て来る。剥き出しとなった骨が、筋肉組織が、まるで火に炙られているかの様な焼ける痛みに晒されている。
 ローザリカを辱めている醜悪な男のひとりが、下卑た笑いを浮かべた。その汚らしい歯が、ローザリカの白くて滑らかな腹に、文字通りむしゃぶりついた。表皮が噛み千切られ、見る見るうちに真紅の液体がぷつぷつと滲み出し、やがてそれは臓物を伴って盛大に、弾ける様な勢いで飛び出してきた。
 こんな痛みは、初めてだ。かつて経験したことの無い、地獄の様な苦しみだった。
「……………………ッ!」
 ローザリカは再び、青年の名を呼んだ。胸の奥底から絞り出す様に、青年に哀願した。助けを求めた。
 青年は、泣いていた。
 涙がとめども無く、頬を伝い落ちる。
 誰よりも愛するローザリカが、これ程の地獄に晒されているというのに、青年は助けるどころか、動くことすら出来ない。
 その絶望感は、如何ばかりであったろう。
 己が苦しむだけならば、どうということは無い。ただ、耐えれば良いのだから。
 しかし、愛する女性が目の前で、見も知らぬ醜悪な男達に純潔を穢され、肉体を破壊され、地獄の様な苦痛に苛まれている。
 その様を、ただ見ていることしか出来ない。
 青年の精神を徹底的に叩きのめすならば、これ程に効果的な責苦は存在しないだろう。
 次にローザリカは、別のひと言を叫んだ。

 逃げて、と。

 ローザリカは、自身にはもう未来が無いことを悟った。愛する青年とはもう二度と、輝かしい人生を歩むことが出来ないと諦めた。
 ならば、せめて――せめて、青年だけでも生きて、生き延びて、幸せになって欲しい。
 きっと青年は、ローザリカの居ない人生に意味など無いと拒絶するだろう。
 それでも、それでも尚、ローザリカは青年に生きて欲しい、ただ生きて欲しいと願った。生きてさえいれば、きっと新たな光を掴むことが出来る筈だ、と。
 青年は、激しくかぶりを振った。
 そんなこと、出来る筈が無いだろう、と。ローザリカの居ない人生に何の意味があるのだろう、と。
 ローザリカの生気が失われつつある両の眸から、涙が溢れた。
 苦痛による涙でもなければ、これから死の恐怖を味わうことに対する絶望の涙でもない。
 それは、歓喜の涙だった。
 青年は、こんなにも辱めを受け、醜く破壊された今になっても、ローザリカを心から想ってくれている。ただその一事だけで、ローザリカは全てが満たされた。
 もう良い。それだけで良い。
 君だけは、生きて欲しい。僕の分まで、生きて欲しい。
 そして、幸せになって欲しい。
 だって僕は、こんなにも幸せだったから。君がそれ程に僕のことを想っていてくれたから。

 青年はアンデッドの呪縛から逃れ得た。
 それは怒りが原動力だった。
 よくも、愛するひとをあんな目に遭わせてくれたな。
 たとえそれが幻覚であったとしても、青年には絶対に赦すことが出来なかった。
 青年は怒りの咆哮をあげた。
 本物のローザリカは、そこには居ない。今はただそれだけが、唯一の救いだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0