【灰綴】雨に踊ろう 02
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 九弐ニデル納品 2022年04月10日 10時19分19秒
黄昏の体はゆっくり墜ちていっているようだった。
――ここは……?
ぼんやりと目を開けた彼女に、遠くから喊声が降ってきた。
――そうだ。
ここは戦場だ。自分は片割れと駆けまわり、そして。
――翡翠の……
やっと焦点のあった瞳に、共に墜ちている若草色が映った。はためくコートには無数の穴が開いている。黒い片翼は半ばで折れている。そして何よりも。
「翡翠のっ! 僕を、僕を……見てくれよ……っ……ねぇ! ねぇってば!」
翡翠の目は半ば開かれ、虚ろな瞳が覗いていた。いつも黄昏を映してきらきらと遊色を見せていたそれが、くらく影に沈んでいる。黄昏が必死に伸ばした手も、僅かに届かなかった。思い出したように羽ばたいた彼女の指がやっと彼の頬に触れそうにした時、彼の身体はあっけなく塵に変じた。
「っ! あ……ああ……」
空を切った彼女の爪が、硬いものを弾いた。翡翠の注射筒だ。旋回した黄昏はばらばらと落ちるそれらを掴み、上空を睨んだ。
――あんな、塵芥以下の天使共が。
赦せるはずがない。黄昏はもとの戦場まで急上昇した。
徘徊しているのはさっきの下級天使どもだろうか。性懲りもなく斃されに残っているのか? 歯軋りしながら黄昏は注射筒を振った。渇く体を宥めながら、次々にそれらを自分に刺す。彼女は自分がいつからこうだったのか、思い出す気もなく、思い出せる気もしない。最初から、これは全て当然に己の物だったのだから。……彼が差し出すものは全て。薬も。毒も。欲が滲んだ願望すら。それを享受する彼女の喘ぎに捧げられた彼そのものだけが、彼女の心を満たしたのに。
「足りない……っ」
注射筒を次々落として、黄昏は呻く。空になったそれを満たしてくれる者はもういない。
「翡翠がいない、僕の、僕だけの片割れが!」
明らかな過量投与。頭の芯から足の先まで震えがきた。黄昏は無意識に翡翠の唇を求め、溢れる魔力の行き場を探した。……ない。もう、ない。
「翡翠……少し。もう少しだけ待っていて」
だが、それはすなわち力の解放でもあった。
炎血融解。
瞳を緋色に染め咆哮した彼女に、異変を察知した天使が集まってくる。それは一人が相手にする常識的な量を遥かに超えていたが、今の彼女には食い荒らすべき餌にしか見えなかった。
「全て、全て全て!! ……惨たらしく壊してやる」
下級天使たちを蹴り倒し、次の天使の剣を弾くとそれでもう一人を斃す。遠くから光炎を飛ばしてくる奴らには一気に距離を詰めたところからの回し蹴りを。体勢を立て直そうとする逃げ腰には低い前蹴りを順に入れてやった。
「楽になんか終わらせない」
膝蹴りを脇腹に入れ、ねじ曲がった顔面を踵で狙う。少しずつ潰されて、不完全さに怯えながら死ね。君たちは認めることにも、省みることにも長けているんだろ? 苦行も好きか? さあ、いくらでもさせてやる。
「ほら、喜べよ! 僕の翡翠に触れたことを懺悔させてやると言っているんだ!」
いつの間にか、あんなにいた天使の姿は数えるほどになり、それらも離脱を試みていた。息の上がった黄昏は身を丸めると、その背中に最後の蹴りを叩き込もうと飛んだ。気付いた一人が振り返って矢を放つ。彼女はそれをかろうじて避けた。頬を掠めた矢が作った傷にはもう頓着せず、そこにいた数人を蹴り飛ばす。彼らも限界だったのだろう。くるくると墜ちていきながら塵に還ってゆく。
黄昏は長い息を吐いた。彼女もまた、ゆっくりと墜ちてゆく。
――もう、飛べない。当たり前だ。
僕たちは二枚の翼を分け合って飛んでいたんだ。
――ああ、目だって見えやしない。
二つの瞳で見ていたひとつの世界は美しかった。
「翡翠……」
再び黄昏の意識は薄れゆく。
彼女は残像のような記憶を思い起こしていた。
「……俺達はずっと二人で一人だから」
それがどういうことなのか他の奴らには分かりっこないのだと、そう言っていた翡翠。互いが唯一絶対、何物にも代えがたい存在なんだと、黄昏に立てられた爪の痕を舐めていた翡翠。分かたれることなどありはしないのだと、そう黄昏に薬を流し込んだ翡翠。彼は自らも汚らしい槍に貫かれながら、癒しの露を迷うことなく彼女に垂らした。彼女の傷の中で融和した彼の薬と血は、彼女の中を速やかに巡り満たした。
「黄昏……僕の黄昏」
次はそう、尖塔の上で。
踊ろう、踊ろう、君に似合いの花の季節に。
伸ばした手をとり、離さぬように。
――ここは……?
ぼんやりと目を開けた彼女に、遠くから喊声が降ってきた。
――そうだ。
ここは戦場だ。自分は片割れと駆けまわり、そして。
――翡翠の……
やっと焦点のあった瞳に、共に墜ちている若草色が映った。はためくコートには無数の穴が開いている。黒い片翼は半ばで折れている。そして何よりも。
「翡翠のっ! 僕を、僕を……見てくれよ……っ……ねぇ! ねぇってば!」
翡翠の目は半ば開かれ、虚ろな瞳が覗いていた。いつも黄昏を映してきらきらと遊色を見せていたそれが、くらく影に沈んでいる。黄昏が必死に伸ばした手も、僅かに届かなかった。思い出したように羽ばたいた彼女の指がやっと彼の頬に触れそうにした時、彼の身体はあっけなく塵に変じた。
「っ! あ……ああ……」
空を切った彼女の爪が、硬いものを弾いた。翡翠の注射筒だ。旋回した黄昏はばらばらと落ちるそれらを掴み、上空を睨んだ。
――あんな、塵芥以下の天使共が。
赦せるはずがない。黄昏はもとの戦場まで急上昇した。
徘徊しているのはさっきの下級天使どもだろうか。性懲りもなく斃されに残っているのか? 歯軋りしながら黄昏は注射筒を振った。渇く体を宥めながら、次々にそれらを自分に刺す。彼女は自分がいつからこうだったのか、思い出す気もなく、思い出せる気もしない。最初から、これは全て当然に己の物だったのだから。……彼が差し出すものは全て。薬も。毒も。欲が滲んだ願望すら。それを享受する彼女の喘ぎに捧げられた彼そのものだけが、彼女の心を満たしたのに。
「足りない……っ」
注射筒を次々落として、黄昏は呻く。空になったそれを満たしてくれる者はもういない。
「翡翠がいない、僕の、僕だけの片割れが!」
明らかな過量投与。頭の芯から足の先まで震えがきた。黄昏は無意識に翡翠の唇を求め、溢れる魔力の行き場を探した。……ない。もう、ない。
「翡翠……少し。もう少しだけ待っていて」
だが、それはすなわち力の解放でもあった。
炎血融解。
瞳を緋色に染め咆哮した彼女に、異変を察知した天使が集まってくる。それは一人が相手にする常識的な量を遥かに超えていたが、今の彼女には食い荒らすべき餌にしか見えなかった。
「全て、全て全て!! ……惨たらしく壊してやる」
下級天使たちを蹴り倒し、次の天使の剣を弾くとそれでもう一人を斃す。遠くから光炎を飛ばしてくる奴らには一気に距離を詰めたところからの回し蹴りを。体勢を立て直そうとする逃げ腰には低い前蹴りを順に入れてやった。
「楽になんか終わらせない」
膝蹴りを脇腹に入れ、ねじ曲がった顔面を踵で狙う。少しずつ潰されて、不完全さに怯えながら死ね。君たちは認めることにも、省みることにも長けているんだろ? 苦行も好きか? さあ、いくらでもさせてやる。
「ほら、喜べよ! 僕の翡翠に触れたことを懺悔させてやると言っているんだ!」
いつの間にか、あんなにいた天使の姿は数えるほどになり、それらも離脱を試みていた。息の上がった黄昏は身を丸めると、その背中に最後の蹴りを叩き込もうと飛んだ。気付いた一人が振り返って矢を放つ。彼女はそれをかろうじて避けた。頬を掠めた矢が作った傷にはもう頓着せず、そこにいた数人を蹴り飛ばす。彼らも限界だったのだろう。くるくると墜ちていきながら塵に還ってゆく。
黄昏は長い息を吐いた。彼女もまた、ゆっくりと墜ちてゆく。
――もう、飛べない。当たり前だ。
僕たちは二枚の翼を分け合って飛んでいたんだ。
――ああ、目だって見えやしない。
二つの瞳で見ていたひとつの世界は美しかった。
「翡翠……」
再び黄昏の意識は薄れゆく。
彼女は残像のような記憶を思い起こしていた。
「……俺達はずっと二人で一人だから」
それがどういうことなのか他の奴らには分かりっこないのだと、そう言っていた翡翠。互いが唯一絶対、何物にも代えがたい存在なんだと、黄昏に立てられた爪の痕を舐めていた翡翠。分かたれることなどありはしないのだと、そう黄昏に薬を流し込んだ翡翠。彼は自らも汚らしい槍に貫かれながら、癒しの露を迷うことなく彼女に垂らした。彼女の傷の中で融和した彼の薬と血は、彼女の中を速やかに巡り満たした。
「黄昏……僕の黄昏」
次はそう、尖塔の上で。
踊ろう、踊ろう、君に似合いの花の季節に。
伸ばした手をとり、離さぬように。