【灰綴】雨に踊ろう 01
天魔大戦アポカリプス・ゼロ-四月革命- イベントノベル(テーマ)制作 九弐ニデル納品 2022年04月06日 11時01分29秒
そこがいつから戦場だったのか、もう何人が消えたのか、天使にも悪魔にも覚えている者はなかった。死ねば塵となる定めが故に、彼らの足元は美しいままである。舞い散る羽根も流れ出る血も、この苛烈な応酬の場では残ってはいられないのだった。
「こちらは片が付いたが、どうだ」
「ならあちらに。厳しいらしい」
「……ここはいいのか?」
「あの二人だ、触らん方がいいさ」
伝令も追撃も引揚も入り乱れるなか、悪魔の一団が戦況を見ている。やがてひとりが指した方に数人が追従して飛び去った。
その空間に、間髪入れず天使が振り飛ばされてくる。翼は折れ、腕の1本は動かない彼は残った腕で短杖をかざした。しかし光が迸る直前、杖は彼の頭もろとも半分に叩き割られる。
「数が多いばかりだね、蛆虫ども」
タップダンスをするように、ブーツにまとわりつく塵をうっとうしげに払ったのは片翼の悪魔、黄昏。彼女は自慢のマゼンタの髪を靡かせて後ろを振り返った。
「ああ、全くきりがない」
応えたのはこちらも片翼の悪魔、翡翠だ。
二人が並べば鏡合わせのように見えるだろう。翼だけでなく眼帯も揃いで、彼らはいつものように共にあった。
「まだいた」
舌打ちした黄昏が小柄な天使の群れに飛び込んでいく後ろを、翡翠が追う。
「黄昏の! 疾く駆けろ!」
声とともに翡翠の注射筒から飛び出した三千世界之甘露は、黄昏の白い肌に慈雨となって降り注いだ。見る間に黄昏の舞が激しくなり、その華麗な脚捌きに揃いの人形のような下級天使たちが塵と消えていく。
「次は”硬さ”を頼む、翡翠の!」
その後ろに隊長らしい天使の姿を認めた黄昏からの注文は、言い終わる前に通っていた。相手の剣を高く上げたヒールで受け止めた黄昏の周囲にはさらに別の注射筒から雨。これはお付きの下級天使どもを昏倒させるに十分だ。
「あとは”鋭さ”と――」
盾に弾かれた足を振り、黄昏はその勢いで後ろ回し蹴りを相手の顔面に当てようとした。硬い鎧を通すにはもっと翡翠の薬が要る。急かすように翡翠に視線をくれた黄昏は、彼の後ろに迫る一群に気づいた。翡翠はこちらに雨を降らせようとしているところだ。悠長に飛んで行っては間に合わない。黄昏は蹴りの軌道を変え、相手の胸甲を踏み台にすると宙を切って翡翠の背後に立ちはだかった。
「消えろ!」
翡翠が背中の気配に気づいた時には、黄昏はすでに何人かを蹴倒していた。
「黄昏の」
礼の代わりに雨。次は怠惰の小雨だと、次の注射筒が彼の詠唱で満ちる、その前に。
黄昏のくぐもった叫びが下の方から聞こえた。
「黄昏の……?」
彼女と対峙していたはずの天使の嗤い声が、彼のすぐそばでした。ふたりが小者たちに気を取られた隙を突かれたのだ。天使は黄昏に刺した剣を無造作に抜き、飛び上がって体勢を整えた。残っていた下級天使たちも周りを飛び、徐々にふたりを囲い込む。翡翠は危うく墜ちていくところの黄昏の体を片手で支えた。まだ息はある。しかし貫かれた腹から流れ出る血は翡翠の服に染み通るほどだった。彼は見上げた剣の反射に、瞳を虹色に煌めかせる。
「よくもその汚い手で……俺の黄昏を穢してくれたな」
翡翠は中断した詠唱の代わりに別のもので注射筒を満たし始めた。
「塵殺しだ」
慈雨。
伸びた腕の先から四方に痺れの豪雨が降り、翼が固まった天使たちが墜ちてゆく。なんとか凌いでいる奴らには、眠りの霧雨を。意識を失ったが最後、追い打ちは猛毒の長雨。目が覚めても、痺れと毒で身動きもならず腐り果てる自分を眺めているがいい。翡翠は肩で息をした。天使の群れは減っているようで、もしかしたら増援が来ているのかもしれない。同じ顔したお人形ども。まだか。まだこいつらは、この蛆虫どもは沸いてくるのか。ならばもっと降らせてやろう。もっと。
隊長が盾で雨を防ぎながら突っ込んでくる。翡翠はいつも黄昏にやっているように、盾の薬を自分に使った。黄昏の体を庇いながら、一瞬ならばと丸めた肩で剣を受ける。
――向き不向き、ってね……
もちろん跳ね返すようなことはできるわけもなく。徐々に食い込み仮初の肉の断たれる感触は、痛み以外の何物でもない。しかし相手も余裕はない。力任せに押し切ろうとしてがら空きになった左目に、翡翠は催狂の甘露を叩きつけた。剣から力が抜けたのを感じるとすぐ、引きつけたような声を残した天使が頭から墜ちていく。翡翠は眩む目を強く瞬きして頭を振った。自分の体が妙に軽く、冷たく感じる。
片腕に動かない同族を抱え、もう片腕は半ばちぎれかけて血まみれになった悪魔。そんなものは下級天使にも容易に狩れる相手なのに相違なかった。片翼で羽ばたき眼だけはぎらつかせたそれに、上官を失った彼らは一斉に槍を突き出す。翡翠はすかさず、癒しの露で注射筒を満たした。
「こちらは片が付いたが、どうだ」
「ならあちらに。厳しいらしい」
「……ここはいいのか?」
「あの二人だ、触らん方がいいさ」
伝令も追撃も引揚も入り乱れるなか、悪魔の一団が戦況を見ている。やがてひとりが指した方に数人が追従して飛び去った。
その空間に、間髪入れず天使が振り飛ばされてくる。翼は折れ、腕の1本は動かない彼は残った腕で短杖をかざした。しかし光が迸る直前、杖は彼の頭もろとも半分に叩き割られる。
「数が多いばかりだね、蛆虫ども」
タップダンスをするように、ブーツにまとわりつく塵をうっとうしげに払ったのは片翼の悪魔、黄昏。彼女は自慢のマゼンタの髪を靡かせて後ろを振り返った。
「ああ、全くきりがない」
応えたのはこちらも片翼の悪魔、翡翠だ。
二人が並べば鏡合わせのように見えるだろう。翼だけでなく眼帯も揃いで、彼らはいつものように共にあった。
「まだいた」
舌打ちした黄昏が小柄な天使の群れに飛び込んでいく後ろを、翡翠が追う。
「黄昏の! 疾く駆けろ!」
声とともに翡翠の注射筒から飛び出した三千世界之甘露は、黄昏の白い肌に慈雨となって降り注いだ。見る間に黄昏の舞が激しくなり、その華麗な脚捌きに揃いの人形のような下級天使たちが塵と消えていく。
「次は”硬さ”を頼む、翡翠の!」
その後ろに隊長らしい天使の姿を認めた黄昏からの注文は、言い終わる前に通っていた。相手の剣を高く上げたヒールで受け止めた黄昏の周囲にはさらに別の注射筒から雨。これはお付きの下級天使どもを昏倒させるに十分だ。
「あとは”鋭さ”と――」
盾に弾かれた足を振り、黄昏はその勢いで後ろ回し蹴りを相手の顔面に当てようとした。硬い鎧を通すにはもっと翡翠の薬が要る。急かすように翡翠に視線をくれた黄昏は、彼の後ろに迫る一群に気づいた。翡翠はこちらに雨を降らせようとしているところだ。悠長に飛んで行っては間に合わない。黄昏は蹴りの軌道を変え、相手の胸甲を踏み台にすると宙を切って翡翠の背後に立ちはだかった。
「消えろ!」
翡翠が背中の気配に気づいた時には、黄昏はすでに何人かを蹴倒していた。
「黄昏の」
礼の代わりに雨。次は怠惰の小雨だと、次の注射筒が彼の詠唱で満ちる、その前に。
黄昏のくぐもった叫びが下の方から聞こえた。
「黄昏の……?」
彼女と対峙していたはずの天使の嗤い声が、彼のすぐそばでした。ふたりが小者たちに気を取られた隙を突かれたのだ。天使は黄昏に刺した剣を無造作に抜き、飛び上がって体勢を整えた。残っていた下級天使たちも周りを飛び、徐々にふたりを囲い込む。翡翠は危うく墜ちていくところの黄昏の体を片手で支えた。まだ息はある。しかし貫かれた腹から流れ出る血は翡翠の服に染み通るほどだった。彼は見上げた剣の反射に、瞳を虹色に煌めかせる。
「よくもその汚い手で……俺の黄昏を穢してくれたな」
翡翠は中断した詠唱の代わりに別のもので注射筒を満たし始めた。
「塵殺しだ」
慈雨。
伸びた腕の先から四方に痺れの豪雨が降り、翼が固まった天使たちが墜ちてゆく。なんとか凌いでいる奴らには、眠りの霧雨を。意識を失ったが最後、追い打ちは猛毒の長雨。目が覚めても、痺れと毒で身動きもならず腐り果てる自分を眺めているがいい。翡翠は肩で息をした。天使の群れは減っているようで、もしかしたら増援が来ているのかもしれない。同じ顔したお人形ども。まだか。まだこいつらは、この蛆虫どもは沸いてくるのか。ならばもっと降らせてやろう。もっと。
隊長が盾で雨を防ぎながら突っ込んでくる。翡翠はいつも黄昏にやっているように、盾の薬を自分に使った。黄昏の体を庇いながら、一瞬ならばと丸めた肩で剣を受ける。
――向き不向き、ってね……
もちろん跳ね返すようなことはできるわけもなく。徐々に食い込み仮初の肉の断たれる感触は、痛み以外の何物でもない。しかし相手も余裕はない。力任せに押し切ろうとしてがら空きになった左目に、翡翠は催狂の甘露を叩きつけた。剣から力が抜けたのを感じるとすぐ、引きつけたような声を残した天使が頭から墜ちていく。翡翠は眩む目を強く瞬きして頭を振った。自分の体が妙に軽く、冷たく感じる。
片腕に動かない同族を抱え、もう片腕は半ばちぎれかけて血まみれになった悪魔。そんなものは下級天使にも容易に狩れる相手なのに相違なかった。片翼で羽ばたき眼だけはぎらつかせたそれに、上官を失った彼らは一斉に槍を突き出す。翡翠はすかさず、癒しの露で注射筒を満たした。