街角に咲く薫衣草
キャラクターノベル制作 依藤ピリカ納品 2022年03月28日 12時08分57秒
あの人は宝石のような双色の瞳が綺麗で、顔だけじゃなく歩き方もかっこよくて、強いだけじゃなくて優しくて。
その手は、いつも毀れ物に触れるかのように慎重だった。
冒険者や傭兵といった職業の者が集まる街で繁盛する商売というものは幾つかある。飯屋、酒場、宿屋。そしてそれらを全て兼ね、若くて綺麗な女を置いた店。
私はリブネスタにあるそんな店の一つで下働きをしている兎の半獣だ。
下働きなのは、私がまだ幼く、接客に向いていないから。
勿論幼い方が好きな客もいるが、うちの女将さんは絶対に子どもは商品にしない主義の人だった。
だから私はここへ売られてきて幸せだと思う。
売られた、というのは少し違うかもしれない。
軍人だった父を亡くした私は昨年の暮れまでヴィンセントラフ砦の難民キャンプでお母さんと小さな弟と身を寄せ合って暮らしていた。
そこへ同盟で暮らしていた行商人の親戚がやってきて、私に住み込みの仕事を紹介してくれると声をかけてくれたのだ。
そして紹介されたのがこの店だった。
社会的に立場が弱い半獣が就ける職業は限られている。
授恵者だったり、特別な知識や技術があれば違うのだろうが、私には特別な力や才能なんて無かったから。
そうして辛かった冬が明け、温くなった風が花の香りを運ぶようになってきて。
なんにもなくて、なんでもない私にも春が来た。
「おはよう、マリラ」
「おはようございます、アーシェルさん」
「最近は嫌な客とか暴れる奴はいなかったか?」
「はい、大丈夫です。アーシェルさんが通ってくれるお陰ですね」
朝というには少し遅く、昼というにはまだ早い時間帯。
店前で掃除をしていると、背が高く、不思議な双色の瞳が特徴的な男性に声をかけられる。
アーシェル・G・クラインさんはこの店で働く女性たちに一番人気のお客さんだ。
1階の酒場でお酒を飲むだけで帰ることも多いけど、その分チップを弾んでくれる。でも人気なのは羽振りが良いからだけではない。
そこらの粗野な傭兵や不良冒険者と違って優しいし、顔立ちは整っているし、その振舞いにはどこか品がある。女性に無理強いすることはないし、嫌な客がいる時は守ってくれることすらある。
冒険者の中でも腕利きなのか、アーシェルさんが出てくると大体の輩は引っ込むし、いる時は他の客も行儀よくしてくれた。
それに私のラベンダー色の目と髪を「綺麗だ」と褒めてくれたこともある。
「これ、ライザに渡しておいて欲しいんだ。仕事で暫く来れそうにないから、その詫びに」
ライザさんはこの店で一番人気の美女で、アーシェルさんの担当だ。
渡されたのは封筒と花が添えられた大き目の箱。
大きさの割に軽いから、きっと中はドレスか何かだろう。
「はい、かしこまりました」
「それとこれはマリラに」
「え」
アーシェルさんが私の兎耳の片方に花のついたリボンをかけ、掌にキャンディの入った瓶を乗せてくれる。
装飾品も甘い物も、私のような者には贅沢品だ。
「いつも頑張ってるから、ご褒美。女将さんには内緒な?」
「ぁ、ありがとう、ございます!」
アーシェルさんは腰を屈め、片目を瞑って笑ってみせる。
綺麗な顔がいつもより近くてドキドキしたけど、なんとかお礼は言えた。
近づいて解ったけれど、アーシェルさんの目の下にはうっすらと隈が出来ていて。
もしかしたら夜通しの仕事の帰りに立ち寄ってくれたのかもしれない。
そんなお疲れの中、私みたいな半獣の子どもにも優しくしてくれるアーシェルさんは本当に良い人だ。
仕事帰りらしいアーシェルさんをこれまでも遠目に何度か見たことがある。その時もアーシェルさんの隣には半獣がいた。
今私を見てくれているような優しい目で、彼や彼女達を見ていた。
「アーシェルさん、冒険者って、楽しいです?」
気が付いたら、思わずそんなことを訊いてしまっていた。
いつもろくに話をしない私からの問いに、アーシェルさんは驚いたのか双色の瞳を瞬かせた。
「あ、ご、ごめんなさい、変なこと訊いちゃって」
「いや、構わないさ。そうだな」
私なんかの問い掛けに、アーシェルさんは真面目に考えながら答えてくれた。
「俺は冒険者になって選択肢が増えて、色々な物を得た。大切な仲間も含めて。だから楽しいといったら楽しい。ただ、やっぱりどうしようもならないこと、ままならないこと、辛いことも沢山ある」
青い空の下、遠くを見つめながらそう言うアーシェルさんがどこか遠くへ行ってしまいそうで。
気が付いたら私はアーシェルさんの外套の袖を掴んでいた。
「マリラ?」
「あの、帰ってきますよね? お仕事が終わったら、この街に」
不安げに問う私の頭にそっと手を伸ばし、前髪を撫でながらアーシェルさんは笑った。
「勿論だ」
胸が温かくなる、その笑顔と手が大好きで。
この街で、この店で。
大勢に埋もれながら私は今日も貴方を待っている。
その手は、いつも毀れ物に触れるかのように慎重だった。
冒険者や傭兵といった職業の者が集まる街で繁盛する商売というものは幾つかある。飯屋、酒場、宿屋。そしてそれらを全て兼ね、若くて綺麗な女を置いた店。
私はリブネスタにあるそんな店の一つで下働きをしている兎の半獣だ。
下働きなのは、私がまだ幼く、接客に向いていないから。
勿論幼い方が好きな客もいるが、うちの女将さんは絶対に子どもは商品にしない主義の人だった。
だから私はここへ売られてきて幸せだと思う。
売られた、というのは少し違うかもしれない。
軍人だった父を亡くした私は昨年の暮れまでヴィンセントラフ砦の難民キャンプでお母さんと小さな弟と身を寄せ合って暮らしていた。
そこへ同盟で暮らしていた行商人の親戚がやってきて、私に住み込みの仕事を紹介してくれると声をかけてくれたのだ。
そして紹介されたのがこの店だった。
社会的に立場が弱い半獣が就ける職業は限られている。
授恵者だったり、特別な知識や技術があれば違うのだろうが、私には特別な力や才能なんて無かったから。
そうして辛かった冬が明け、温くなった風が花の香りを運ぶようになってきて。
なんにもなくて、なんでもない私にも春が来た。
「おはよう、マリラ」
「おはようございます、アーシェルさん」
「最近は嫌な客とか暴れる奴はいなかったか?」
「はい、大丈夫です。アーシェルさんが通ってくれるお陰ですね」
朝というには少し遅く、昼というにはまだ早い時間帯。
店前で掃除をしていると、背が高く、不思議な双色の瞳が特徴的な男性に声をかけられる。
アーシェル・G・クラインさんはこの店で働く女性たちに一番人気のお客さんだ。
1階の酒場でお酒を飲むだけで帰ることも多いけど、その分チップを弾んでくれる。でも人気なのは羽振りが良いからだけではない。
そこらの粗野な傭兵や不良冒険者と違って優しいし、顔立ちは整っているし、その振舞いにはどこか品がある。女性に無理強いすることはないし、嫌な客がいる時は守ってくれることすらある。
冒険者の中でも腕利きなのか、アーシェルさんが出てくると大体の輩は引っ込むし、いる時は他の客も行儀よくしてくれた。
それに私のラベンダー色の目と髪を「綺麗だ」と褒めてくれたこともある。
「これ、ライザに渡しておいて欲しいんだ。仕事で暫く来れそうにないから、その詫びに」
ライザさんはこの店で一番人気の美女で、アーシェルさんの担当だ。
渡されたのは封筒と花が添えられた大き目の箱。
大きさの割に軽いから、きっと中はドレスか何かだろう。
「はい、かしこまりました」
「それとこれはマリラに」
「え」
アーシェルさんが私の兎耳の片方に花のついたリボンをかけ、掌にキャンディの入った瓶を乗せてくれる。
装飾品も甘い物も、私のような者には贅沢品だ。
「いつも頑張ってるから、ご褒美。女将さんには内緒な?」
「ぁ、ありがとう、ございます!」
アーシェルさんは腰を屈め、片目を瞑って笑ってみせる。
綺麗な顔がいつもより近くてドキドキしたけど、なんとかお礼は言えた。
近づいて解ったけれど、アーシェルさんの目の下にはうっすらと隈が出来ていて。
もしかしたら夜通しの仕事の帰りに立ち寄ってくれたのかもしれない。
そんなお疲れの中、私みたいな半獣の子どもにも優しくしてくれるアーシェルさんは本当に良い人だ。
仕事帰りらしいアーシェルさんをこれまでも遠目に何度か見たことがある。その時もアーシェルさんの隣には半獣がいた。
今私を見てくれているような優しい目で、彼や彼女達を見ていた。
「アーシェルさん、冒険者って、楽しいです?」
気が付いたら、思わずそんなことを訊いてしまっていた。
いつもろくに話をしない私からの問いに、アーシェルさんは驚いたのか双色の瞳を瞬かせた。
「あ、ご、ごめんなさい、変なこと訊いちゃって」
「いや、構わないさ。そうだな」
私なんかの問い掛けに、アーシェルさんは真面目に考えながら答えてくれた。
「俺は冒険者になって選択肢が増えて、色々な物を得た。大切な仲間も含めて。だから楽しいといったら楽しい。ただ、やっぱりどうしようもならないこと、ままならないこと、辛いことも沢山ある」
青い空の下、遠くを見つめながらそう言うアーシェルさんがどこか遠くへ行ってしまいそうで。
気が付いたら私はアーシェルさんの外套の袖を掴んでいた。
「マリラ?」
「あの、帰ってきますよね? お仕事が終わったら、この街に」
不安げに問う私の頭にそっと手を伸ばし、前髪を撫でながらアーシェルさんは笑った。
「勿論だ」
胸が温かくなる、その笑顔と手が大好きで。
この街で、この店で。
大勢に埋もれながら私は今日も貴方を待っている。