黒銀の贈り物

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2022年03月15日 11時02分06秒

●黒の公爵家

 書類を眺め、齢の頃五十は超えているだろうに若いとも老いているとも見切れぬ人物。
 黒い盛装(ドレス)を纏い容貌を"鉄面皮"じみた厚化粧で覆った女商人が呆れたような声を上げた。

「ふぅん、あの子(シズル)の推薦ねぇ……」

 女商人マダム・カサンドラと言えば『黒鋼竜』系王国商人でも古株、かつ重鎮の1人に数えられる。
 いわゆる武器商―――『死の商人』の総元締めの直下となれば、女手一つでそれを切り盛りする事。

 その負荷(リスク)は計り知れない。何せ良くも悪くも王国貴族社会は"男性社会"――――だ。
 当然同国内の"武器"需要と供給を考えれば、武器商で括った場合貴族の御用商人の割合が跳ね上がる。

 カサンドラほどの大物であれば店を開いてちまちま武器を売ったりはしない。
 大口注文大量生産。薄利を多売で補い収支の振れ幅を極力抑える。金も物資も流通は"太く厚い"物が強い。

 そういう意味でカサンドラは"強い"商人であり、『黒鋼竜』傘下の同業者も一目置かざるを得ない。
 『竜』当人を通した物でない限り人事に対する介入すら可能な彼女に事前了解を得るのは。

 『黒鋼竜』の下、自らの人生の一発逆転を狙う立場の弱い商人達にとって世術の一種であると言えた。

「まぁーあ、良いんじゃない? 亜人(ゴブリン)にしては顔が良いし」

「マダムはあの子に甘くありゃしやせんかねえ、アタシにゃ随分危なっかしい橋に見えますけれど」

 対するはフードを被った豚の半獣人(ハーフビースト)である。
 こちらは主にゴブリン自治領(ゴールディ)で商売をしているが、その分見る目が余計に厳格(シビア)だ。

 手元で捲る資料には件の"顔の良い亜人(ゴブリン)"が果たして、地元でどんな生き方をして来たか。
 その調査結果が綴られている。とっくに裏は取れている――――わけだ。

「それが良いのよぉ、若い内の危ない橋は買ってでも渡れって言うじゃなぁい」

「アタシぁ止めましたよ? オタクらが痛い目見るとアタシらだって無傷じゃ済まない訳でござんすから」

 処置無し、と肩を竦めた豚の商人に死面(デスマスク)じみた顔を器用に口元だけ歪めたカサンドラは。
 けれど手にした顔写真を放るとその額へと何処からか取り出した短剣(ナイフ)を放る。

 完全な軌跡を描いて壁に縫い付けられた亜人の似顔絵が付いた羊皮紙は、頼りなく揺れるのみ。

「なぁに最悪。あの子が目を掛けてる若様が放逐されるだけよぉ。世は乱れども事は無しってねぇ」

 『竜』――――それはリーンエス王国における死を司る蜘蛛の巣であり。
 それが武力に依る限り、無数の動線を描く物流の全てを誤魔化しきる事はまず適わない。

「また御自分の未来の主になるかもしれない方にそんな事言って。アタシは何も聞いちゃござんせんからねえ」

「若君がもし『黒鋼竜』様の首を狩れたら、その時は靴でも床でも舐めてあげる。それが商人でしょお?」

 彼ら、彼女らにとって人命とは商材であり、或いは唯人(ヒューマン)至上主義が跋扈する国家に在って。
 今、この時代に於いてに限れば、最も平等を体現する者達だと言い換える事すら出来た。

 自分も他人も金貨に代え得る、と言う意味で――――

 ――――――――――――

 ――――――――

 ――――

 ――――さて、まさか水面下でそんなやり取りが行われているとは露知らぬ当事者2名。
 リーンエス王国『王都(グランスパーダ)』その一角。表通りを闊歩するのは……

「――――うん? いや、特に同道を頼んだつもりは無かったが」

「ええ、まあ仮契約の時点で勝手に失態を侵されると私が困るワケです。分かりますよね『銀髪鬼(ナハティガル)』様?」

 物騒な呼び名にぎょっとした様に周囲の視線が向かう中、風に乱れる黒髪を抑えた、褐色肌の女商人。
 名をシズルと言う。20代にして『黒鋼竜』傘下の御用商人に名を連ねるのは女傑と言っても間違いないだろう。

 彼女は先日、北方辺境伯領の一件を通し隣を歩く亜人(ゴブリン)ナハティガル=ラーを勧誘した経緯があり。
 彼が『竜』の護衛士として活動する際の監視を兼ねる。いわゆるお目付け役――――な訳だが。

「失態……?」

「『竜』は王国では誰でも知る二大貴族の片割れ。その臣下にも当然"格"と言う物があります。
 辺境伯とは訳が違うんですよ。私の場合、青田買い(リクルート)ではなく、列記とした推挙(スカウト)なんですから」

 人差し指を立てて告げる女商人の言に、ナハティガルは如何にもピンと来ない。
 そも、貴族社会の"格"などと言われても王国では被差別種族筆頭と言える亜人(ゴブリン)の時点で既に――――

「あ、もし種族について考えたなら先にその間違いを正しておきましょう。
 『竜』とは貴族社会の最高峰。『王』以外の誰も私達にそう容易に物言いは立てられません。つまり」

 問われるのは"実力"と"実績"のみであると、シズルは語る。
 それがこの『王国』においてどれほど異質であるかは言うまでも無く。そして――――同時に。

「これはとても稀有で、非常な話です。『竜』は飛翔の機会を与えますが、墜落するのも自己責任。
 その知恵と力と幸運に全てが掛かっています。味方すら自分の器量で見つけなければいけません」

 念押しされ、強めに説明されても如何にもピンと来ないナハティガルである。
 知恵と力と幸運に命を賭すなど当たり前の話だが、それが『王国(このくに)』で成立するとは思えない。

 事実、王都の表通りともなれば彼の角を見て、眉を寄せる者には事欠かない。
 シズルの言は、それこそ臣従した者に対し最初に語る小綺麗な理想論にしか聞こえないが。

「いずれ、『黒鋼竜』附護衛士。つまり近衛兵となれば『竜』の帯章が認められます。
 それこそ、文字通り世界が変わりますよ」

 にんまり、と嗤う女行商人は如何にも意地が悪く。これが味方であるとは未だ微妙に信が置けない物の。
 "帯章"――――つまり"紋章を帯びる"と言うことが如何な意味を持つか。

 それに関しては彼自身も目の当たりにした『黒の後継』を見る他の学園生達の視線である程度想像は付く。
 良く言えば敬遠。悪く言えば畏怖。その立場を生かすも殺すも彼の目指す未来次第と言った所か。

 勿論、現時点で自分が"其方側"になる想像は、結局遂ぞ描くに至らないが……

「――――それで、"聖霊節の贈り物を見繕いたい"と言うこちらの希望と"格"とやらに何の関連があるんだ」

「答えが此方です。さあどうぞ、亜人(ゴブリン)のお客様なんてきっとかつてなく歓迎して頂けますよ!」

 表通りを歩き、王城を望む中心街。そんな街中にささやかな塔、とすら呼べる4階建ての建物。
 或いは商店である事を知る者は少なく無くとも、伯爵位以上の紹介が無ければ踏み入る事すら赦されない。

 そういった施設が、王都には無数に存在する。当然、普通の亜人(ゴブリン)であったなら。
 店員兼警備員と言った感のある門兵から芥(ゴミ)を見る目で見提げられた事だろう。

「いらっしゃいませお客様。どうぞごゆっくり、大陸中より集められた選りすぐりの品々からお選び下さい」

 それが『竜』の御用商人に連れられるだけで、完璧な礼儀作法に則った接客に変わるのだから分からない。
 人によっては、この感覚の落差の大きさに。自らの立場の変化に酔ってしまう者もさぞ多いだろう。

 無数の照明紋具(エーテルランプ)で輝かんばかりに飾られた店内に足を踏み入れながら。
 光が強ければ強いほど、影もまたより色濃く落ちるのだと――――そんな当たり前の事を、ふと思い出した。

●聖霊節に贈り物を

(――――なん……だ、と……)

 ドン・ゴーフルと言えば、亜人(ゴブリン)の生ける伝説、いわゆる『英雄』である。
 しかし一方、現ゴールディ中枢を犯罪都市国家として仕立てた立役者であり、一概に肯定のみで評されない。

 そんなドン・ゴーフルが棚に沢山並んで居た。勿論当人ではなくぬいぐるみ(マスコット)ではあるが。
 隣にはご丁寧に着せ替え様の服や小さなチョコレート、キャンディと言った小道具(オプション)まで。

 手作業で丁寧に縫製されたそれら品々は、確かに表の商店で見られる物より上等な布と糸が使われ。
 何より余程丁寧な仕上げなのだろう。解れや破れもまるで見られない、大した美品と言って相違無い。

(相違ない――――が、こんな物に需要が有るのか――――!?)

 ナハティガルの脳裏に戦慄走る。服の種類、小道具の種類ともに大変豊富で抑えるべきは抑えている。
 煙管もあれば杖もある。帽子も複数種、そんな多種多様なドン・ゴーフルグッズが棚1つ丸々占拠している。

 ここまで様々に着せ替え出来る準備を整えておいて、まさか売れてないのであれば早とちりが過ぎる。
 何処まで狂的な執着と拘りがあればドン・ゴーフルにそこまで情熱を燃やせるのかまるで分からないが。

 子供受けを狙ってか戯画的(デフォルメ)にされた亜人(ゴブリン)の英雄は、まあ……確かに?
 まじまじと? 良く見れば?? 可愛い??? ような気が???? しなくもな――――?????

「うわあ、何あれ恐……」

 思い掛けず首を斜め45度に傾けていたナハティガルの後方で見た感じ5~6才程の貴族令息が。
 父親と母親に連れられ店内を歩く傍ら、ふと呟いた内容が確かに耳に届いた。

 ――――――――――そうだな、恐いな。

 どんなに可愛いく見えるように象ったところであくまで犯罪組織(マフィア)の長(ドン)なのである。
 店側の余りにナチュラルな推しっぷりから一瞬狂気に脳を侵されそうになっていたが。

 よくよく考えてみれば、"売れている" から "沢山並んでいる" のではなく。
 "在庫が処分出来ていない" から "自棄糞で並べている" 可能性を外してはいけなかった筈だ。 
 
 そも、此処は王国。そして亜人(ゴブリン)は被差別種族であると。
 先の道中にも考えていたばかりである。こんな如何にも不気味な人形が受ける訳が無いではないか。

 自らの感性に寄り添う論理(ロジック)を見出だし、ほう、と息を吐いて人形を棚に戻そうとする。
 あまりの衝撃に、危うく手に取ってしまったが。こんな物を贈れば美観を疑われるに違いな――――

「わ、何か面白い物仕入れてますねー」

「そうだな、酔狂な人間と言うのは何処にでも居る物だ」

「――――ぶさいくなのが一周回って可愛い的な?」

「!!?」

(――――ぶさいくなのが、一周!!?)

 後背より上がったシズルの言にナハティガルが思わず手に持ったドン・ゴーフル人形と一緒に振り返る。
 相手は、推定百戦錬磨の行商人。流行には自分より余程敏感で、目利きも確かな筈である。

 その彼女が告げる"一周回って可愛い"とはどういう評価だ。一周回るところが何処かあるか!?
 まじまじとドン・ゴーフル人形を凝視するも、回る余地が有る様には見えない。360度不気味だ。

 だが一方で! ナハティガルに今時の少年少女の一般的感性が理解出来ているか……? となると。
 出来るとは流石に断言出来ない。そもそも自らの生まれ育ちが"ぬいぐるみ"とは無限大に乖離している!!

 となると有り得るのか……? 一周回る余地が。この不気味なぬいぐるみが"可愛い"とされる世界が。
 まて、冷静になれ。一旦落ち着く様に現在自分が置かれた状況を再確認する。そう、例えば先の貴族令息。

 仮称A君としよう。彼は明らかにこの人形(ドン・ゴーフル)を指し"恐い"と評していた。
 では何故A君と女商人の間にこれほど評価の差が生まれるのか。考察すれば答えは明快だ。

 年齢……か? 年齢が幼過ぎたのか……? A君と女商人が年齢相応の感性を持つとすれば。
 贈る相手に比較的近いのは――――いや、駄目だ。恐らく丁度中間位だ、どちらも参考にならない!!

 どうする。ナハティガル・ラー。これまでの裏稼業では即断即決を心掛けて来た筈。
 最後に信用出来るのは結局自分の感覚だ。そもこの人形(ドン・ゴーフル)以外にも選択肢は無数に。

「ほう、三つ編みリボン型なんてのも有るんですね」

(三つ編みリボン型――――――――!?!?)

 ドン・ゴーフルにリボンを着けて誰が喜ぶと言うのだろうか。居るのか、喜ぶ、層と言うのが。
 最早購買層がどこを向いているのかまるで分からない。時代か? 時代の波(ニューウェーブ)が来ているのか!?

 しかし、或いは、だとするなら。可愛い、と言う評価が如実に説得力を増す。
 ドン・ゴーフルは可愛い+三つ編みとリボン=着けるともっと可愛い。導き出される公式はこうである筈だ。

 商人が売っている物。それも入場制限を布いている様な店は特に信用商売だ。
 そんな店でまさか悪ふざけの為にここまで商品スペースを確保する等と言うことが有ろうわけが無い。 

 ならば。つまりこの場合―――――現行大陸(ロスガリア)における、真なる理とは。
 此処が勝負所、決断の時だ。選べ、選ぶのだナハティガル――――――!!

 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――

「お買い上げありがとうございましたー」

 ……買ってしまった。改めて贈り物用包装(プレゼントラッピング)を施されたぬいぐるみを一瞥する。
 何度見てもナハティガルの中で、この人形(ドン・ゴーフル)が一周回る事は無かった。

「良い買い物が出来ましたね?」

「……本当に、そう思うか?」

「思いますけど、何か想う所が?」

 怪訝な表情で問い掛けた銀髪鬼に、シズルはあっけらかんとした様で首を傾げる。
 そこに嘘偽りの色を見て取ることが出来ず、思わず眉間に寄った皺がどうしても戻らない。

「いや、何でもない……」

 上流階級層御用達の店で、一体何故こうなってしまったのかは彼にも良く分からないが。
 良く分からないまま良く分からない買い物をして、どっと疲れてしまったのは彼の所為だけと言い切れまい。

 今時の上流階級の美観は底辺育ちには難し過ぎる。どこも可愛く無いし、なんであれば普通に恐い。
 これが貴族社会で生きていくと言う事であるのだとすれば、果たして裏社会はどれほどぬるま湯だろうか。

 その腕を見込まれ、『黒鋼竜』への推挙を得た熟練の冒険者ナハティガル=ラー。
 王国貴族社会における彼の孤軍奮闘は、まだ始まったばかりである。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0