彩なる蓮の香る夜
キャラクターノベル(グループ)制作 日方架音納品 2022年03月02日 12時55分10秒
暮夜の月の下、華やかに賑わう見世の前。
「……ここも懐かしいな」
「ふふ、出会ったのはそう遠くはないのにね」
目を細めて見上げるエル=バ=ノイアンを揶揄うように覗き込み、シルヴィア・A・カペルはその背を押す。上り框にて、案内の禿が頭を下げていた。
●
奇しくもあの時と同じ部屋に、同じ顔触れを見る。
「……なんだ、旦那もいるじゃないか。変わりないか?」
「蓮の芳香に誘われてね。質の良い刀は変わらず求めているよ」
言葉少なの近況が交わされる横、言葉無く絡み合う青玉と黒曜。
「……へぇ?」
弧を描く口角に訪問の目的を悟られたと知る。にまりとした笑みのままそれ以上を発しない親友に、平静を装いながらも赤く染まる頬を誤魔化すように咳払い一つ、傍らの長身を見上げる。心得た様に歩み出て。
「エル=バ=ノイアンだ。あんたの大切な友人の、傍らに立つ許しを得た」
「恋仲になったんだ。――君にはすぐ、見抜かれていたようだけど」
あの泡沫の一席――
『私の為というならば、愛でねば野暮というもの。月下美人に酌を『旦那』――む』
『何が欲しい?』
『――何を』
『……護衛報酬はいらない、足りないなら竜でも何でも狩ってくる、だから――』
焦燥に揺れる蒼玉は、月下美人を捉えて離さない。
『――狂わされたか』
『ふふ、どちらがかねぇ?』
恥じらいに伏せた青玉は、その熱に気付かない。ぎこちなく酌をする様を酒の肴と、二対の視線は細く笑み――
今。同じ笑みを宿した瞳を前に頬を染め、だが堂々と侯爵令嬢は口を開く。
「お祖母様公認だよ」
遊女は客に、令嬢は将来の婚約者に。そう語っていた、同じ唇で。
「自らの売り先を選べぬ君達と何の違いがあるだろうか。……前に、そう言ったね」
物言わぬ笑みの奥、黒曜の輝きは鋭く。言の葉の意味するところ、その胸の内までも見極めようとする不躾さに敢えて胸を張った。
「けれど、彼を諦めたくなかった」
運命ごと共にありたいと望んでくれた、彼の覚悟を誇るように。いつの間にか、黒曜に笑みは無く。
「……鳥籠から逃げたのかい?」
「いいや。私の運命はカペルの運命だよ」
「なら……鳥籠を壊した?」
「いいや。――そんなものはなかったよ」
彼を諦めたくない、と強く想った時に気付いた。鳥籠を作り出していたのは何よりも己だったのだと。あの時頬に触れた指先からの並ならぬ覚悟に視界は開けて――驚愕を映す深潭の青を、ただ愛しいと思った。
「今後何があっても諦めたく無い。そう思っているよ」
鳥籠さえも鎧う武器とせずして、その覚悟が貫けようか。あの時と変わらぬ高貴なる義務を青玉に視て。睡蓮はゆるりと息を解いた。あんたが納得しているならそれでいい――本音の代わり、いまだ染まる頬を突いて。
「やれ漸くかい。ねんねちゃんの癖して、ねぇ?」
「おや、心外だね。先に口付けたのは私だよ?」
「そ、そこまで話すのか……?」
白と黒が振り向いた。
「何か問題があったかな?」
「いや、問題という訳では……」
しどろもどろな様子を置いてきぼりに、無意識の白と確信犯の黒は丁々発止。詳らかにされていくやりとりの全てに、禿達から黄色い吐息が漏れた。
「っと、少し失礼」
話の区切りに厠へと席を外すシルヴィア。丁度良い、とノイアンは睡蓮の前に座し。
「すまない、あんたの友人を横からかっさらう形になったな」
黒曜を真摯に見つめ、引き結ばれた唇から零れ落ちた言葉に――空気が凍った。
「……へぇ?」
先程と同じ台詞が、違う響きを以って場を染める。それ以上誰も――睡蓮さえも言葉を発しないというのに、ノイアンは確かな圧を感じていた。やばい、何か間違ったらしい。針の筵は救い主が戻るまで続き。
「すまないね、庭の梅に誘われ「シルヴィア」――ん、なんだい?」
「久しぶりなんだ、泊っていってくれるだろう?」
「ふふ、私が恋しかった? なんてね。もちろん構わないけれど……」
甘えるようにすり寄る親友へ戯れを返しつつも隣を伺う、と。
「さて、刀と語らう夜も悪くはなかろう」
「旦那、俺は」
苦笑交じりの目配せに押し黙る同伴者。かくして夜は分かたれ――
●
夜の帳にほの浮かぶ、侘び寂びに目を傾ける。雑木林と気にもとめなかった過去に比べれば、今のなんと鮮やかなことか。
(お前のおかげだ)
熱めの湯に身を浸し、ゆるりと想い人の笑みを浮かべた。その傍らに在るだけで、俺の世界は色を持つ。目を閉じても消えることの無い相貌に焦がれ手を伸ばし――
「早咲きの梅かな、見事なものだね」
固まった。おかしい、やけに近くからクリアな幻聴が聞こえる。呆然としてる間に、撤退の機は完全に失われて。
「此処の主人の梅狂いは有名さ、大きく育つ種じゃあないってのに――おや、こちらの双実もまだ育ってるみたいだねぇ、シルヴィア?」
「睡蓮? 何を――」
何が育って――いや駄目だ考えるな、動け、風呂から出ろ。焦る心とは裏腹、足は根が生えたように動かない。
「えぇ? なんだって、よく聞こえないねえ」
「っ、まっ、どこを触って――ひゃあっ」
「よく聞こえないのだもの……ねぇ? 近寄るしかないだろう?」
「だからって、こんな……や、やめ、くすぐ――ひゃあ、んっ」
瞼裏の想い人が艶めいた悲鳴をあげる。そういえば禿が迎えに来た時、旦那の口調が妙に優しかった。
『……私は後から行こう』
あれは、もしや、これを予期して――? その思考を最後に、ノイアンの意識は途切れた。
●
カッ、と目を開く。
「……知らない天井だ」
呆然と見上げた木目は磨き抜かれた滑らかな色艶で。まるで女子の肌のよう――
「待つんだノイアン、それ以上はいけない」
飛び起きて心の内の己をぶん殴る。俺は何も聞かなかった。ただひたすらに言い聞かせる背へ、憐れみを多分に含んだ声がかかる。
「正しい身の振りを知りたいかね」
恥も外聞もなく頷いた。これ以上は駄目だ、心がプッツンしてしまう。
「望むモノを問うと良い」
手練れの恋繰り師たる彼女ならば、それで赦してくれるだろうよ、と。何故そうなるのかさっぱりわからないがとにかく頷いた。相手がただの魔獣ならば叩っ斬れるものを。嘆きながらふと、窓辺で寛ぐ御仁を見る。
「旦那は、何故ここまで良くしてくれる」
花街の仕来りに疎い身でも流石にわかる、ここは金を積めば泊まれる様な部屋ではないことを。酒を一口、瞳が細まった。まるで、何かを思い出すかのような。
「私は金持ちだ。だが始まりは荷一つ、歩いて都市を巡った」
「……」
黙って聞く。気の利いた相槌など知らないし――多分、求められてもいない。
「とある王国の都市郊外で野盗に狙われた。偶然、騎士団が通りかかって――助かった、と思うだろう」
皺深い掌が杯を弄ぶ。精緻を凝らした硝子細工はきらきらと月明かりに煌めいて。
「……一瞥もくれずに通り過ぎたよ」
くしゃり、と。穏やかにその身を散らした。
「……癒着、か」
あの貴族主義の国では珍しくもない。高貴なる義務を嘲笑い特権だけを振り翳す愚物の何と多い事か。無表情に頷いたところで視線を感じた。何かを探すような、探るような。静かに視線を返す。目の前の御仁が――高級妓楼を指先一つで借り上げるようなお大尽が己を引き立てる理由。それは。
「迫る凶刃を止めたのは、長い黒髪の女」
眼差しは重みを増す。些細な身動ぎさえも逃さぬよう。
「――そなたに、良く似た顔をしていた」
「……ここも懐かしいな」
「ふふ、出会ったのはそう遠くはないのにね」
目を細めて見上げるエル=バ=ノイアンを揶揄うように覗き込み、シルヴィア・A・カペルはその背を押す。上り框にて、案内の禿が頭を下げていた。
●
奇しくもあの時と同じ部屋に、同じ顔触れを見る。
「……なんだ、旦那もいるじゃないか。変わりないか?」
「蓮の芳香に誘われてね。質の良い刀は変わらず求めているよ」
言葉少なの近況が交わされる横、言葉無く絡み合う青玉と黒曜。
「……へぇ?」
弧を描く口角に訪問の目的を悟られたと知る。にまりとした笑みのままそれ以上を発しない親友に、平静を装いながらも赤く染まる頬を誤魔化すように咳払い一つ、傍らの長身を見上げる。心得た様に歩み出て。
「エル=バ=ノイアンだ。あんたの大切な友人の、傍らに立つ許しを得た」
「恋仲になったんだ。――君にはすぐ、見抜かれていたようだけど」
あの泡沫の一席――
『私の為というならば、愛でねば野暮というもの。月下美人に酌を『旦那』――む』
『何が欲しい?』
『――何を』
『……護衛報酬はいらない、足りないなら竜でも何でも狩ってくる、だから――』
焦燥に揺れる蒼玉は、月下美人を捉えて離さない。
『――狂わされたか』
『ふふ、どちらがかねぇ?』
恥じらいに伏せた青玉は、その熱に気付かない。ぎこちなく酌をする様を酒の肴と、二対の視線は細く笑み――
今。同じ笑みを宿した瞳を前に頬を染め、だが堂々と侯爵令嬢は口を開く。
「お祖母様公認だよ」
遊女は客に、令嬢は将来の婚約者に。そう語っていた、同じ唇で。
「自らの売り先を選べぬ君達と何の違いがあるだろうか。……前に、そう言ったね」
物言わぬ笑みの奥、黒曜の輝きは鋭く。言の葉の意味するところ、その胸の内までも見極めようとする不躾さに敢えて胸を張った。
「けれど、彼を諦めたくなかった」
運命ごと共にありたいと望んでくれた、彼の覚悟を誇るように。いつの間にか、黒曜に笑みは無く。
「……鳥籠から逃げたのかい?」
「いいや。私の運命はカペルの運命だよ」
「なら……鳥籠を壊した?」
「いいや。――そんなものはなかったよ」
彼を諦めたくない、と強く想った時に気付いた。鳥籠を作り出していたのは何よりも己だったのだと。あの時頬に触れた指先からの並ならぬ覚悟に視界は開けて――驚愕を映す深潭の青を、ただ愛しいと思った。
「今後何があっても諦めたく無い。そう思っているよ」
鳥籠さえも鎧う武器とせずして、その覚悟が貫けようか。あの時と変わらぬ高貴なる義務を青玉に視て。睡蓮はゆるりと息を解いた。あんたが納得しているならそれでいい――本音の代わり、いまだ染まる頬を突いて。
「やれ漸くかい。ねんねちゃんの癖して、ねぇ?」
「おや、心外だね。先に口付けたのは私だよ?」
「そ、そこまで話すのか……?」
白と黒が振り向いた。
「何か問題があったかな?」
「いや、問題という訳では……」
しどろもどろな様子を置いてきぼりに、無意識の白と確信犯の黒は丁々発止。詳らかにされていくやりとりの全てに、禿達から黄色い吐息が漏れた。
「っと、少し失礼」
話の区切りに厠へと席を外すシルヴィア。丁度良い、とノイアンは睡蓮の前に座し。
「すまない、あんたの友人を横からかっさらう形になったな」
黒曜を真摯に見つめ、引き結ばれた唇から零れ落ちた言葉に――空気が凍った。
「……へぇ?」
先程と同じ台詞が、違う響きを以って場を染める。それ以上誰も――睡蓮さえも言葉を発しないというのに、ノイアンは確かな圧を感じていた。やばい、何か間違ったらしい。針の筵は救い主が戻るまで続き。
「すまないね、庭の梅に誘われ「シルヴィア」――ん、なんだい?」
「久しぶりなんだ、泊っていってくれるだろう?」
「ふふ、私が恋しかった? なんてね。もちろん構わないけれど……」
甘えるようにすり寄る親友へ戯れを返しつつも隣を伺う、と。
「さて、刀と語らう夜も悪くはなかろう」
「旦那、俺は」
苦笑交じりの目配せに押し黙る同伴者。かくして夜は分かたれ――
●
夜の帳にほの浮かぶ、侘び寂びに目を傾ける。雑木林と気にもとめなかった過去に比べれば、今のなんと鮮やかなことか。
(お前のおかげだ)
熱めの湯に身を浸し、ゆるりと想い人の笑みを浮かべた。その傍らに在るだけで、俺の世界は色を持つ。目を閉じても消えることの無い相貌に焦がれ手を伸ばし――
「早咲きの梅かな、見事なものだね」
固まった。おかしい、やけに近くからクリアな幻聴が聞こえる。呆然としてる間に、撤退の機は完全に失われて。
「此処の主人の梅狂いは有名さ、大きく育つ種じゃあないってのに――おや、こちらの双実もまだ育ってるみたいだねぇ、シルヴィア?」
「睡蓮? 何を――」
何が育って――いや駄目だ考えるな、動け、風呂から出ろ。焦る心とは裏腹、足は根が生えたように動かない。
「えぇ? なんだって、よく聞こえないねえ」
「っ、まっ、どこを触って――ひゃあっ」
「よく聞こえないのだもの……ねぇ? 近寄るしかないだろう?」
「だからって、こんな……や、やめ、くすぐ――ひゃあ、んっ」
瞼裏の想い人が艶めいた悲鳴をあげる。そういえば禿が迎えに来た時、旦那の口調が妙に優しかった。
『……私は後から行こう』
あれは、もしや、これを予期して――? その思考を最後に、ノイアンの意識は途切れた。
●
カッ、と目を開く。
「……知らない天井だ」
呆然と見上げた木目は磨き抜かれた滑らかな色艶で。まるで女子の肌のよう――
「待つんだノイアン、それ以上はいけない」
飛び起きて心の内の己をぶん殴る。俺は何も聞かなかった。ただひたすらに言い聞かせる背へ、憐れみを多分に含んだ声がかかる。
「正しい身の振りを知りたいかね」
恥も外聞もなく頷いた。これ以上は駄目だ、心がプッツンしてしまう。
「望むモノを問うと良い」
手練れの恋繰り師たる彼女ならば、それで赦してくれるだろうよ、と。何故そうなるのかさっぱりわからないがとにかく頷いた。相手がただの魔獣ならば叩っ斬れるものを。嘆きながらふと、窓辺で寛ぐ御仁を見る。
「旦那は、何故ここまで良くしてくれる」
花街の仕来りに疎い身でも流石にわかる、ここは金を積めば泊まれる様な部屋ではないことを。酒を一口、瞳が細まった。まるで、何かを思い出すかのような。
「私は金持ちだ。だが始まりは荷一つ、歩いて都市を巡った」
「……」
黙って聞く。気の利いた相槌など知らないし――多分、求められてもいない。
「とある王国の都市郊外で野盗に狙われた。偶然、騎士団が通りかかって――助かった、と思うだろう」
皺深い掌が杯を弄ぶ。精緻を凝らした硝子細工はきらきらと月明かりに煌めいて。
「……一瞥もくれずに通り過ぎたよ」
くしゃり、と。穏やかにその身を散らした。
「……癒着、か」
あの貴族主義の国では珍しくもない。高貴なる義務を嘲笑い特権だけを振り翳す愚物の何と多い事か。無表情に頷いたところで視線を感じた。何かを探すような、探るような。静かに視線を返す。目の前の御仁が――高級妓楼を指先一つで借り上げるようなお大尽が己を引き立てる理由。それは。
「迫る凶刃を止めたのは、長い黒髪の女」
眼差しは重みを増す。些細な身動ぎさえも逃さぬよう。
「――そなたに、良く似た顔をしていた」