青き薔薇は陽影に咲く

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2022年02月18日 16時33分01秒


●青薔薇

 存在しない花。その銘は、"不可能"を意味する。
 
「あの子は、まだ遠い空の下で岐路に立っているのかしら」

「どうでしょう。私は案外、もう心は決まっているのではないかと思いますけれど」

 青のカペル――――シルヴィア・A・カペルの生家にして、王都に程近い領地を持つ『王党派』の侯爵領。
 その領主邸中庭。茶机(ティーテーブル)が置かれた側で、2人の女が視線を交わす。

 凡そ四方山話の類に違いない。少なくとも余人が聞いたならそう確信する穏やかさで、それは始まった。
 ――――リーンエス王国において王都近郊に領を持つ家系は、主に大きく二分される。

 1つ。過去に王国へ貢献した貴族。大半はその所領が安全圏にあるが故、多くは貴族派に転向する。
 2つ。王都の守護を任じ王家の剣たるを自らに課す忠臣。王党派筆頭『白薔薇』などがこれに当たる。

 カペル侯爵家はこの内後者に相当し、家格共々その役割は決して小さな物ではない。
 少し考えれば容易に分かることだ。王都近郊に領を構えるとは王家の首元で剣を研ぐに等しい。

 果たして何かの過ちがあれば、首が飛ぶ、比喩ではなく。侯爵位とは実質。
 王家と一切の血縁を持たない貴族が叙する最高位の爵位であるのだから、当然と言えば、当然だろう。

 故に――――

「私はね、アーカネラ。人が手を加え、切り揃えた花にはその花にしかない美しさが有ると思うわ」

 カペル侯爵家の実質的最高権力者――――女当主が望まれない王国では珍しい話ではない――――
 イザベラ・カペルはそう言って茶杯(ティーカップ)を口元へ運んだ。

「けれどそれは、花が在るべき場所を選んだ結果であって欲しいの」

「……であれば、無粋な野犬には退散願わないといけませんね」

 カペルが備える諜報組織。即ち『青薔薇』には、間違いが赦されない。
 正しくあること。確かであること。そして速やかであることが求められ、例外はない。

 それを貫き通すことが出来なければ、その様に不確かな。けれど無視出来ない戦力などは。
 王都近郊に所領を持つ同家以外の――――対立派閥の高位貴族達に容易に槍玉に挙げられ。

 必然的縮小を余儀なくされるからだ。つまり同組織の存続と実在そのものが、組織の戦果を証明する。
 証明し続けることこそが存在意義であると同時に、必要不可欠な義務ですらあるのだ。

 で、あるならば。その長である『花匠(マイスター)』アーカネラ・ユルヴェウスにとって。
 この短くない付き合いの旧友が、由縁も無く茶会に彼女を誘い。この様な話を持ち込むなど考え難い。

 昨今王国内は酷い荒れ模様だ。貴族派の活動の活発化と、それに伴う内憂の表面化。
 王党派の高位貴族となれば望まずしても敵は多く。そしてその全てが懸命であるとは限らない。

「折角久しぶりにゆっくり出来ると思っていたのに、残念です」

「一通りことが済んだらまた飲みましょう。良い果実酒(ワイン)が入ったのよ」

 顔を見合わせて微笑み合う黒髪の森人(エルフ)と金髪の魔女。種族は違えど其処には確かな友情が有り。
 そしてそれこそがきっと、カペル侯爵家が持つ最大の強みに違いないのだろう。

 中庭に夕陽が射す頃、1人冷めてしまった茶杯を傾けたイザベラは何処か淋しげに呟く。

「造花の美しさを理解していて尚、あの子には野に咲く花のように自由に生きて欲しいだなんて。
 ……ほんと、我儘な話よね。ねえ――――」
 
 今では無い時に交わした約束を。今はもう居ない彼方へ問う。応えは、いつも変わらない。
 世界は広く。そんな広い世界を、彼は誰より愛していたのだから。

 そんな我儘を“不可能”にしない為に。『青薔薇』達は今日も王国の影の中を駆ける。

●騎士と薔薇

「あら、ジェレムス。今日は酔ってないのね」

「アーカネラ、お前の中での俺は一体どういう印象(イメージ)なんだ?」

 今まさに、仕事に向かおうと思った矢先。偶然というのはあるものだ。
 本来であれば『騎士団』の長が供仕え(スクワイア)も連れず領主邸に滞在していることなどそうはない。

 何せ、『青薔薇』が所謂舞台裏の主役であるならば。『騎士団』は表舞台の主役である。
 平民の幼子で男子として生を受けたなら。騎士に憧れを抱いたことがない者の方が少数派だろう。

 彼らは領内の“緊急時に於ける鎮圧用の暴力装置”という側面を確かに持つ――――が。
 どちらかと言えば“平常時に於ける秩序維持の為の安全機構”である事に軸を置く組織だからだ。

 その性質上。騎士団長であるジェレムス――――ジェレムス・ローギリアンの行動範囲は多岐に渡り。
 領民の数に比例して際限なく忙殺を余儀なくされる。ほぼ常時何がしかの執務に当たっているのものだ。

 からかうように告げたアーカネラの揶揄は、その実揶揄にすらなっていない。
 元、帝国貴族の令息という経歴を持つジェレムスが。選りに選って王都近郊で領民の信頼を得るまで。

 果たしてどれほど身を粉にして働いて来たか知らない者など、カペル侯爵領には居ないのだから。

「イザベラ様に呼ばれたんだろう。 ……あの方も今忙しいからな」

「……そうね。だからこそ、私が居て貴方が居る。そうでしょう」

 そのやり取りだけで、彼もまた"呼び出された"のだと悟るには十分過ぎた。
 裏取りはこれからだが、恐らく。此度の無粋な野犬はどうも相応に大物らしい。

 でなければ、多忙を極める筈のジェレムスを呼び戻しはするまい。
 それは『青薔薇』最優のアーカネラをして、直ぐに屋敷へ戻れない程度の難敵である――――と。

 あのイザベラが"測っている"ということだからだ。その見立てが大きく外れた事は、未だかつてない。

「最近はとみにこの国もきな臭いからな。鼻が曲がりそうだ」

 顔をしかめたジェレムスの仕草に、そういった表情全部で感情を表すような。
 何処か年齢にそぐわぬ子供っぽいところが、領民や若手騎士から支持を受けている事を知っている。

 けれど一方で。彼が表情程には子供ではないことも良く知っているのだ。
 森人(エルフ)と唯人(ヒューマン)の間の寿命の格差は、即ち時間感覚そのものの格差でもある。

 種族的に長寿である森人(エルフ)にとって、唯人(ヒューマン)の時は瞬くように過ぎる。
 それは人の中で生きる事を選んだアーカネラをして。どんな芸術品にも代え難い輝きだった。 

「良い果実酒(ワイン)が入ったらしいわ。戻ったら、シルヴィアも呼んでまた乾杯しましょ」

「そりゃ良い。お嬢も、元気でやっていると良いんだが」

 案じるようにぼやくジェレムスに、アーカネラが思わず笑みを零す。
 彼女は愛されている。家族に。近親者に。或いは領民にも。この国に在っては稀有な話だろう。
 
 イザベラは『青薔薇』を勧めるが、同組織の長として、アーカネラの見解はまた異なる。
 あの子(シルヴィア)は領主になるべきだ。この国の仕組みは今変動しつつある。

 これまでであれば、"女領主"を名乗るまでに立ちはだかる壁は極めて高く険しい物になった筈だ。
 けれど、王家が"第一王女"を押し出し。『学園』が女学園長を立てた今この時であれば。

 或いは、イザベラや。アーカネラが知る『王国』では容易ではなかった望みも夢ではない。
 それが時代の寵愛を受けたという事であるなら、シルヴィアにはまさにその追い風が吹いている。

「ジェレムス、あなたあの子が可愛くてたまらないのね」

 ぽろりと零したそんな呟きが届いたか。大きく瞬いた赤髪の騎士が何か反論しようとして。
 数度口をぱくぱくとさせた後に押し黙った様に眉間を抑えた。

「……そのまんまそっくり返すぜ」

 否定しようとしてもしきれない。滲んだ照れを忍ぶようにころころと青薔薇の長が笑う。
 勿論。可愛くてたまらないに決まっている。そうでなくてどうして――――

 ――――あの子を守るために、命すら賭けられるなどと言えるだろうか。

●樹花の双匠

 数日後、フィルエス大森林南端より更に幾らか南。
 ディズル大湿地帯と王国西方辺境の末端にある小村の村酒場。

 そんな場所まで態々足を伸ばしたの事には勿論理由があったが。
 その小さくない部分が個人的心配故であると――――もしも指摘されたなら、否定するに違いない。

「それで何故、私を態々探す必要があった」

「聞いたわ。ディヴァンス、貴方また世捨て人の様な生活に戻ってるそうじゃない」

 『青薔薇』の仕事は多岐に渡るが、諜報員である以上情報収集はその最たる物だ。
 情報を収集する専門家であると言うことは、同時に情報を隠蔽する専門家である事も意味する。

 "先代"の『青薔薇』における花匠(マイスター)である彼。
 ディヴァンス・ファルヴェントが本気で素性を隠そうとしたなら、断じて追い込める物ではない。

 それがこうして足取りを掴むことが出来、いざ対面に至っているということは。
 ディヴァンスの側も積極的に交流を断絶する気はないということ。

 アーカネラは其処に一縷の望みを掛けてこうして出向いて来た訳だが――――

「……今更、如何な厚顔を晒して人と交われなどという」

 しかして。対した彼の風彩からはかつて、歴代『青薔薇』で最高と呼ばれた実力は愚か。
 気概も熱意も感じられない。まるでそう、自暴自棄の傷病患者のようだ。

 伸び切った金の髪は汚れでくすみ、覗いた紫の瞳には自責の念が絶えず貼り付いている。

「――――シルヴィアが哀しむわね」

 その様に、彼にとって特別であるだろう教え子の名を挙げたことは。
 卑怯と謗られるだろうか。或いは、それは半ば以上アーカネラの本音ではあったわけだが。

「……何?」

 果たして。男の反応は劇的だった。鋭く細められたその眼差しには確かな苛立ちが滲む。
 その様を見て、思わず笑ってしまいそうになったのは、少しばかり悪趣味だろうか。

 例えどれほど自らを責め苛んでも、森人(エルフ)は唯人(ヒューマン)ほど軽やかには変われない。
 彼女の知るディヴァンス・ファルヴェントという男は、結局の所。とても愛情深い人なのだ。

 人の傍らにあれば期待してしまうから、人を厭い、嫌うふりをして。
 それでも完全に放っておく事は出来ないで。こうして人里にふらりと出向いたりする。

 他人が苦手な癖に、嫌いにはなれない。
 そんな不器用な。けれどある面で誰より誠実な姿が。今も、昔も好きなのだと。

 時を重ねて穏やかに落ち着いた。それでいて確かな愛情を確認するに際して。
 ――――やはり、今回の一件には彼の力が必要だと。その認識を新たにする。

「あの子の身に危険が迫っている。
 『青薔薇』としてイザベラから調査の任を受けたわ。でも――――」

「――――何人だ」

「先遣で2人」

 打てば響くが如く。ディヴァンスは"被害人数"を問い、アーカネラはそれを汲んで応じる。
 交わされたやりとりは数字以上に状況の悪化を意味している。『青薔薇』に失敗は赦されない。

 先遣――――ということは、余程下手を打ったのでない限り動きを事前に読まれているということ。
 そして『青薔薇』は精兵だ。その先手を潰して来たとなれば相手の規模感も自ずと知れる。

 少なくとも、居るか居ないかも分からない物に網を張る。というのは余程の資産家の証明と言えよう。

「……シルヴィアは、無事なんだな」

「今のところはね」

「――――支払いは済ませておく。出るぞ」

 外套を羽織り直し立ち上がる彼の腰に吊り下げられた小弓。
 弦の張りからも明らかに手入れがされたそれを見て、立ち上がった金髪の森人(エルフ)を見返す。

 彼とて、決して燻り続けていた訳ではないのだ。いずれ、自らの教え子がそれを求めた時。
 何時でも動けるようにと牙を研ぎ直していた。その切っ掛けが、一枚の文である等とは誰ぞ知らぬ話。

 そして彼女の身の周りにその自由を阻害する要因があるとするならば。
 ――――贖罪の機会など、これを以て他にあろう筈もない。

「その、必要となったら人の話半ばでも即行動に移るところ。アルヴィンに良く似てるわ」

 そう告げられた時の表情こそ見物であったと。次にシルヴィアと逢った時に教えてあげよう。
 畏れるように身動きを止めたディヴァンスは。けれど自らの掌をじっと見つめ。

「友とは、望む望まざると……互いに、何かを遺す物だろう」

 確かに、口元を僅か綻ばせてそう応じたのだから。

●かくて世界は動き出す

 それは当初、王都の一角。『学園』という1つの教育機関で起きたとある騒乱の一角でしかなかった。
 それは最初、蒼玉の令嬢にとって自らの愛する学び舎の中で発生した不祥事の1つでしかなかった。

 けれど、転がった小石が周囲の土塊を巻き込み嵩を増し。いずれ他者を巻き込む大岩へ変ずる様に。
 王国という国土の皮一枚下。誰もがそういった可能性を予期しながら誰も手出ししなかったもの。

 不和と言う名の毒は――――刻一刻と、表層へと滲み出していた。
 例え如何に神に祝福された者とは言え、個の限界は歴然として在り。故に、目に映る物が全てではなく。

 これは、その様な歴史の表舞台で描かれる眩い光の下の物語ではない。
 白鳥が水面下で足掻くような、評価されず、公表されず、確かならずとも存在する寓話。

 帝都崩壊以降激動を続ける大陸に在って、青きカペルが如何にして陰の内側で咲き誇ったか。
 彼ら、彼女らが護ろうとしたものが、果たして何であったのか――――その記録の一片である。

「それで、これからどう動くの?」

「……王都へ向かう。敵が誰であれ……この国は、最後はあの街で動く」

 金の髪の世捨て人と、黒き髪の美しき芸術家。2人の森人(エルフ)が夕闇へ融ける。
 男は自らの罪を濯ぐ為。女は守るべき者を救う為。そして互いに、友と交わした約束を果たす為。

 『青薔薇』それは存在しない花。存在しないことを意味づけられた花。
 ――――その銘は、"不可能"を意味する。

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