貴い世界へ
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年02月21日 11時14分21秒
その日、レイノーラ家の屋敷は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
「な、なに……?」
久しぶりに帰郷したエルゼリオ・レイノーラは、その光景に呆気にとられる。
普段から賑やかな家ではあるが、それとはまた違った騒がしさがあった。
「ね、ねぇ、これは何の騒ぎ?」
通りがかったメイドを捕まえて事情を聴くと、彼女は表情を一気に明るくし、エルゼリオに『騒動』の顛末を告げる。
「じょしゃく……?」
メイドの口から出た言葉に、エルゼリオは首を傾げた。
「え……それって、叙爵の事……?」
「その通りだエルゼリオ」
と、答えは背後から返ってくる。
「あ、シグルド兄。久しぶりだね……って、そうじゃなくて、叙爵ってどういう事?」
「どうもこうもない、そのままの意味だ。我がレイノーラ家の長年の功績が認められ、王国男爵の爵位を得る事となった」
振り向いたエルゼリオに事の顛末を簡潔に説明するのは、兄シグルド・レイノーラだった。
「へぇ、男爵に………………ええっっ!!??」
兄の言葉にようやく理解追いついたエルゼリオが、思わず大声を上げる。
「声がでかい」
「いやいや、貴族ってそんなに簡単になれるものじゃないでしょ!? 父上は確かに王国に尽くした功臣だけど、それとこれとは話が違うっていうか……え、え、え? 貴族だよ!?」
「混乱するのはよくわかる。正直言って、私もまだ完全に理解しているとは言い難い」
いつも疲労の色の濃い顔をしているシグルドが、いつもにも増してその色を濃くしている。それがかえって叙爵の事実を物語っていた。
「あ……も、もしかして、父上がどこかの貴族に入り婿として入ったとか……? レイノーラの名前が消えちゃう……?」
エルゼリオはそんなシグルドに恐る恐る問いかける。
貴族になる。
言葉で言えば簡単な事だが、現実問題そんなに簡単になれるものではない。
「いや、レイノーラ家として男爵位が叙された」
「え、本当に新規での叙爵なんだ……。でも、そんな事ってあり得るの? 貴族だよ? 騎士位とはわけが違うと思うんだけど……」
エルゼリオの懸念ももっともだった。
入り婿や貴族の娘を嫁にもらい受けて貴族となる事は稀にあるとは聞いているが、シグルドが言うには、今回の件はそうではないらしい。
そもそも、新規で貴族に叙される家が出ること自体が非常に稀な事であり、エルゼリオ自身、聞いたことがなかった。
それが今、自分の家が新規貴族に叙されるというのだ。エルゼリオが混乱するのも無理はない。
「いや、ほんとに意味が分からないんだけど……」
「そうだろうな。私も意味が分からない。というよりも、父上が叙爵を受けられたことが、理解できない」
そう言うシグルドに、エルゼリオは深く頷いた。
貴族と言えば、それが下級であれ、王国の政治を司るという事になる。
レイノーラは武功で名を示してきた家だ。男爵とはいえ、貴族になるという事はその義務を背負う事となる。
正直言って、父ハスラムが円卓を囲み王国の政治に参画しているイメージがまるでわかない。それに貴族であれば必ず付いて回る「社交界」や「権力闘争」など、剣の無い戦いに正装した父が出席して熱弁を振るう……。やっぱり全然イメージできなかった。
「父上が自分で受けるって言ったの……? その無理やりじゃなくて」
「無理やり叙爵というのも聞いたことがないが……受けた。それも嬉々としてな」
「え……嬉々として? 『身分なんか豚の餌にでもしてやれ!』とか言ってそうな、あの父上が……?」
「……エルゼリオ。最近、本当に父上に似て来たな」
「に、似てないし! あんな傍若無人な人と一緒にしないでよ!?」
――ごんっ!
「痛ったぁぁぁ!!」
「だーれだ、パパの悪口言ってる奴は」
突然頭上に落ちてきた衝撃に、エルゼリオは頭を押さえうずくまる。
エルゼリオが目に涙を浮かべながら見上げて見れば、そこにはいつの間にか姉オリガロッド・レイノーラが立っていた。
「オ、オリエ姉……? 帰ってたんだ」
「今帰ったとこだ。という訳で、私はパパの所に行ってくる♪」
「待て、オリガロッド」
久しぶりに父に会えると、うきうき気分で父の私室へ向かおうとしたオリガロッドを、シグルドが引き留める。
「お前はあの話を聞いたか」
「叙爵の話か?」
「そうだ」
「もちろん聞いた。だから戻ってきたんだろ」
「驚きはしないんだな」
「驚く? なんで。パパの功績を考えれば、むしろ遅いくらいだ」
シグルドの問いにオリガロッドは首をかしげた。
「パパが王国の為に功績を立て続けて、もう30年以上にもなるんだぞ。今まで騎士位程度の地位でいた方がよっぽど異常だろう」
こと父ハスラム・レイノーラに対しては過大に評価するオリガロッドだが、この言には二人とも納得せざるを得ない。
ハスラムと現リーンエス国王との邂逅は、もう30年以上前まで遡ることは事実であり、二人が秘かに交友を深めていたことも、以前ハスラムより聞いている。
もちろん、個人的な交友が功績に反映される事などありはしない。
しかし、ハスラムはその腕一本で王国に名を轟かせた。
そして、リーンエス国王もまた、十分な恩賞で報いて来た。
「伯爵程度はどどーんとくれるもんだと思ってたんだけど、流石に無理らしいな」
「当り前だ。そんな慣例を無視した独断を許せば、また王党派と貴族派の火種となる。国王は聡明な方だ、そんな愚は犯すまい」
「相変わらず面倒臭い仕組みだな。っと、それじゃ、私はこれで!」
面倒な会話から逃げるように、オリガロッドは二階へと跳ねていった。
「行っちゃった」
「まぁ、あいつの帰ってきた目的の9割は父上に会う為だろうからな」
屋敷の二階に消えていったオリガロッドに、二人は溜息をついた。
「それで父上はどうして僕達を呼んだの? 叙爵前のお祝いでもやるつもり?」
「いや、父上の事だ、そんな事の為にわざわざ私達を集めたりはしないだろう。予想するに、私達の配置転換か、お前に家に帰って来いとでもいうつもりか」
「ええっ、なんで僕が家に戻ってこなきゃならないの!?」
「お前は次男だからな。貴族の次男は色々と使い道がある」
「つ、使い道って……」
エルゼリオとて王国に長く暮らす身、貴族のあり様は理解しているつもりだ。
そして、シグルドが言わんとしている事も、理解できる。……半分くらいは。
「そ、そんなの勝手すぎるよ! 自分で出て行けって言ったのに!」
「出て行けではないだろう。自分で出て行くと言ったと聞いたぞ?」
「うっ……そ、それでも今は戻ってくるつもりはないから!」
まるでハスラムを相手にするように反論するエルゼリオ。
「なにを玄関で騒いでやがるんだ」
と、玄関先で賑やかな会話を繰り広げる二人の元に、ハスラムがオリガロッドを伴ってやってきた。
「ち、父上。エルゼリオ、ただいま戻りました」
「おう、よく来たな」
「あの……それで、何の用なの?」
エルゼリオが不安気に問いかけるも、ハスラムはいつもの不遜な笑みを浮かべるだけで答えない。
「まぁとりあえず、部屋に来い」
そして、それだけ言い残すと、オリガロッドを連れてさっさと二階へと引き上げていった。
「……ねぇ、シグルド兄」
「なんだ」
「ボク、ものすごーく嫌な予感がするんだけど」
「ふむ……それは残念だな」
「え?」
「私はなぜか嫌な予感がしない」
「えっ!」
「よし、行こう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? どういう事、シグルド兄!!!」
何処か安心しきった顔でホールを進むシグルドを、エルゼリオは慌てて追いかけた。
●
「話は聞いていると思うが、うちが貴族になる」
ハスラムの私室に招かれた三人は、その一言に三者三様の反応を見せた。
オリガロッドは当然だと胸を張り、シグルドはまた忙しくなるなとうんざり。
そして、エルゼリオは――。
「でもさ、父上。貴族になってどうするの?」
当然の質問を投げかけた。
「父上は権力とか興味ないと思ってたんだけど、まさかいきなり権力争いに目覚めたとか?」
「はぁ? んなわけねぇだろ。なんで俺様がわざわざ貴族連中の陰険なごっこ遊びに付き合ってやるために叙爵なんて受けねぇとならねぇんだよ」
「はい……? いや、言ってる事とやってる事がバラバラなんだけど……」
「ったく、んな事もわからねぇのかよ。これだからガキは――――この叙爵はな、手前ェ等の為だ」
「ボ、ボク達の為? なになに、将来を見据え、貴族となって王国に居場所を作ってやる的な親心って事?」
「なんだエルゼリオ。手前ェ貴族になりたかったのか?」
「いやいや、そんな話してないよね?」
どうにも要領を得ないハスラムの話に、エルゼリオは困惑する。
「ま、とりあえず俺様は数日後に男爵になる。当然、手前ェ等も男爵家の令息令嬢になるわけだ」
「令嬢とか、なんか照れちゃうね」
「オリエの相手も探してやらなけりゃな。貴族のボンボンが良いか?」
「いや! 私はパパがいいの!」
「まだそんなこと言ってんのか。そろそろ嫁に行かなきゃ、貰い手がなくなるぞ?」
「私はパパと居れればいいの!」
「ったく、わかったわかった。くっつくな」
まるで少女の様に頬を膨らせたオリガロッドは、再びハスラムの腕を取った。
「とは言え、男爵なんて貴族から見りゃ下っ端もいいとこだ。特に新興の男爵なんざ、大貴族さまから見たら絶好のカモでしかねぇ」
くっつくオリガロッドを剥がしながら、ハスラムは三人を見る。
「だから、食い散らかされないように、レイノーラは領地持ちになる」
「領地だと? そんなもの男爵位で賜れるわけがないだろう」
「ああ、今ある領地はな」
怪訝な表情で返したシグルドに、ハスラムはニヤリと口元を歪めた。
「え、まさかどこかの貴族を攻めて領地を奪うって事……?」
そんなハスラムの不敵な笑みを見て、エルゼリオが恐る恐る問いかける。
「馬鹿か手前ェ。そんなことすりゃ、貴族派と戦争になるじゃねぇか」
「だ、だよね。それじゃ、どこにそんな領地が……」
呆れられる理由は自分でもわかる。ちょっと突拍子もない事を言ったと思う。
でも、他に思いつかないのも事実だった。まさか、帝国の混乱に乗じて、帝国領を切り取るとかそういう話なのだろうか……。
「それを手前ェらに相談したい」
いつになく真面目な表情でハスラムが言った。
「王国の土地は、概ねどっかの貴族が所有している。これを攻めて掠め取るわけにはいかねぇ。ならどうするか」
と、ハスラムはシグルドを見る。
「……婚姻の線が無いとするなら、廃爵した領地の移譲。又は功績による拝領」
「そうだ。だが、どちらもすんなりと行く話じゃねぇ。物には順序ってもんがあるからな」
「順序……なるほど、そういう事か」
「え……どういう事、シグルド兄。ボクには全然わからないんだけど」
「なに、やることはこれまでと変わらないという事だ」
シグルドは頭に「?」を浮かべる弟にそう言うと、再び父に向き直る。
「準備は任せるぞ、シグルド。叙爵を受けたらすぐにでも動けるようにしておけ」
「まったく……それで、準備に割ける時間は」
「3週間だ」
「…………300が限度だな」
「十分だ。任せたぞ」
ハスラムはシグルドに指示を出し終えると、次にオリガロッドへ向かった。
「オリエ、手前ェも動け」
「待ってました! で、私は何をすればいいの?」
「『これ』を持って、ある貴族の元へ向かえ」
ようやく出番だとテンションが上がるオリガロッドに、ハスラムは一通の手紙を渡す。
「手紙? 宛先は――――レベト伯爵家」
「ああ、そうだ。至急の手紙だ、急げよ」
「うん、それはいいけど。これって何の手紙?」
「救援要請の返事だ」
「救援要請……ははーん、わかった。行ってくるね!」
諜報を主戦場とするオリガロッドだ。ハスラムの考えをすぐに理解したのか、元気よく返事をした。
「レベト……? ……あっ、それってカリンさんの家じゃないか」
エルゼリオはというと、二人の会話に出ていた家名を聞き、以前依頼で出会った女性の事を思い出した。溌溂とした笑顔と赤髪が似合う貴族の女性で、名を確かカレトイセリアと言ったはずだ。
「ほぅ、手前ェ知り合いだったのか。そりゃ好都合だ」
「うん、以前冒険者の依頼でご一緒させてもらった事があるんだ。そっか、カリンさんの家かぁ……って、え、好都合……? なに、どういう事?」
久しぶりに思い出した知己の顔も、ハスラムの不穏な物言いに一瞬で霧散する。
エルゼリオは改めてハスラムに問いかけるが、父は答える事無くシグルドへ向かった。
「よし、俺様は叙爵の準備を進める。手前ェら、後は任せたぞ」
「それはいいが……そういう重大な決め事がある時は、事前に相談してくれ」
「はっはっ! こういう重大な決め事こそ、サプライズしねぇでどうするよ!」
「そうだそうだ! シグルドはもうちょっとパパの遊び心を理解するべきよ!」
父と妹からの子供のような責めを受け、シグルドは盛大な溜息をつく。
「え、あの……父上? ボク、さっぱりついて行けないんだけど……」
そして、ついて行けないエルゼリオを置き去りに、レイノーラ家の叙爵準備は進んでいく――。
●
吉日。
レイノーラ家に正式な男爵位が叙爵された。
それに伴い、様々な特権と義務がレイノーラに与えられる。
王国軍内のハスラム、シグルド、オリガロッドの階級は変わらず、ハスラムが率いていた私兵軍団は、そのままレイノーラ男爵直属の軍として据え置かれた。
そして、男爵となったレイノーラ家に、晴れて出征の許可が出る。
四人の前には、国王印が押された勅令書が置かれ、それには男爵を叙爵する勅と共に、貴族としての出征許可が記されている。
「そうか、出征か。レベト伯爵の領地が蛮族の侵略に悩まされているから、それを助けるんだね。貴族としての『縁』を得るために」
「ようやくわかったか。そうだ、縁だ。俺様は国王の直属で動いてきていたからな、貴族に知己が少くねぇ。領地を得るためには、どこの誰と組むか、どこの大貴族の下につくか、それを見極める必要がある」
エルゼリオの予想に、ハスラムが不敵に笑った。
「と、言う訳だ、エルゼリオ」
「うん?」
ようやく疑問が解決しすっきりしていたエルゼリオに、ハスラムが手を差し出す。
「これって、錫杖?」
そこには短かい錫杖が握られていた。
エルゼリオは首をかしげながらも、その錫杖を受け取る。
精緻な装飾が施された実用性皆無の装飾品。冒険者稼業では使えないなと、エルゼリオが漠然と思っていると……。
「それじゃ、任せたぞ。存分に暴れてこい、総大将」
「うん、わかっ……………………は?」
いきなりの発言に目が点となったエルゼリオを、ハスラムは楽しそうに見つめていた――。
「な、なに……?」
久しぶりに帰郷したエルゼリオ・レイノーラは、その光景に呆気にとられる。
普段から賑やかな家ではあるが、それとはまた違った騒がしさがあった。
「ね、ねぇ、これは何の騒ぎ?」
通りがかったメイドを捕まえて事情を聴くと、彼女は表情を一気に明るくし、エルゼリオに『騒動』の顛末を告げる。
「じょしゃく……?」
メイドの口から出た言葉に、エルゼリオは首を傾げた。
「え……それって、叙爵の事……?」
「その通りだエルゼリオ」
と、答えは背後から返ってくる。
「あ、シグルド兄。久しぶりだね……って、そうじゃなくて、叙爵ってどういう事?」
「どうもこうもない、そのままの意味だ。我がレイノーラ家の長年の功績が認められ、王国男爵の爵位を得る事となった」
振り向いたエルゼリオに事の顛末を簡潔に説明するのは、兄シグルド・レイノーラだった。
「へぇ、男爵に………………ええっっ!!??」
兄の言葉にようやく理解追いついたエルゼリオが、思わず大声を上げる。
「声がでかい」
「いやいや、貴族ってそんなに簡単になれるものじゃないでしょ!? 父上は確かに王国に尽くした功臣だけど、それとこれとは話が違うっていうか……え、え、え? 貴族だよ!?」
「混乱するのはよくわかる。正直言って、私もまだ完全に理解しているとは言い難い」
いつも疲労の色の濃い顔をしているシグルドが、いつもにも増してその色を濃くしている。それがかえって叙爵の事実を物語っていた。
「あ……も、もしかして、父上がどこかの貴族に入り婿として入ったとか……? レイノーラの名前が消えちゃう……?」
エルゼリオはそんなシグルドに恐る恐る問いかける。
貴族になる。
言葉で言えば簡単な事だが、現実問題そんなに簡単になれるものではない。
「いや、レイノーラ家として男爵位が叙された」
「え、本当に新規での叙爵なんだ……。でも、そんな事ってあり得るの? 貴族だよ? 騎士位とはわけが違うと思うんだけど……」
エルゼリオの懸念ももっともだった。
入り婿や貴族の娘を嫁にもらい受けて貴族となる事は稀にあるとは聞いているが、シグルドが言うには、今回の件はそうではないらしい。
そもそも、新規で貴族に叙される家が出ること自体が非常に稀な事であり、エルゼリオ自身、聞いたことがなかった。
それが今、自分の家が新規貴族に叙されるというのだ。エルゼリオが混乱するのも無理はない。
「いや、ほんとに意味が分からないんだけど……」
「そうだろうな。私も意味が分からない。というよりも、父上が叙爵を受けられたことが、理解できない」
そう言うシグルドに、エルゼリオは深く頷いた。
貴族と言えば、それが下級であれ、王国の政治を司るという事になる。
レイノーラは武功で名を示してきた家だ。男爵とはいえ、貴族になるという事はその義務を背負う事となる。
正直言って、父ハスラムが円卓を囲み王国の政治に参画しているイメージがまるでわかない。それに貴族であれば必ず付いて回る「社交界」や「権力闘争」など、剣の無い戦いに正装した父が出席して熱弁を振るう……。やっぱり全然イメージできなかった。
「父上が自分で受けるって言ったの……? その無理やりじゃなくて」
「無理やり叙爵というのも聞いたことがないが……受けた。それも嬉々としてな」
「え……嬉々として? 『身分なんか豚の餌にでもしてやれ!』とか言ってそうな、あの父上が……?」
「……エルゼリオ。最近、本当に父上に似て来たな」
「に、似てないし! あんな傍若無人な人と一緒にしないでよ!?」
――ごんっ!
「痛ったぁぁぁ!!」
「だーれだ、パパの悪口言ってる奴は」
突然頭上に落ちてきた衝撃に、エルゼリオは頭を押さえうずくまる。
エルゼリオが目に涙を浮かべながら見上げて見れば、そこにはいつの間にか姉オリガロッド・レイノーラが立っていた。
「オ、オリエ姉……? 帰ってたんだ」
「今帰ったとこだ。という訳で、私はパパの所に行ってくる♪」
「待て、オリガロッド」
久しぶりに父に会えると、うきうき気分で父の私室へ向かおうとしたオリガロッドを、シグルドが引き留める。
「お前はあの話を聞いたか」
「叙爵の話か?」
「そうだ」
「もちろん聞いた。だから戻ってきたんだろ」
「驚きはしないんだな」
「驚く? なんで。パパの功績を考えれば、むしろ遅いくらいだ」
シグルドの問いにオリガロッドは首をかしげた。
「パパが王国の為に功績を立て続けて、もう30年以上にもなるんだぞ。今まで騎士位程度の地位でいた方がよっぽど異常だろう」
こと父ハスラム・レイノーラに対しては過大に評価するオリガロッドだが、この言には二人とも納得せざるを得ない。
ハスラムと現リーンエス国王との邂逅は、もう30年以上前まで遡ることは事実であり、二人が秘かに交友を深めていたことも、以前ハスラムより聞いている。
もちろん、個人的な交友が功績に反映される事などありはしない。
しかし、ハスラムはその腕一本で王国に名を轟かせた。
そして、リーンエス国王もまた、十分な恩賞で報いて来た。
「伯爵程度はどどーんとくれるもんだと思ってたんだけど、流石に無理らしいな」
「当り前だ。そんな慣例を無視した独断を許せば、また王党派と貴族派の火種となる。国王は聡明な方だ、そんな愚は犯すまい」
「相変わらず面倒臭い仕組みだな。っと、それじゃ、私はこれで!」
面倒な会話から逃げるように、オリガロッドは二階へと跳ねていった。
「行っちゃった」
「まぁ、あいつの帰ってきた目的の9割は父上に会う為だろうからな」
屋敷の二階に消えていったオリガロッドに、二人は溜息をついた。
「それで父上はどうして僕達を呼んだの? 叙爵前のお祝いでもやるつもり?」
「いや、父上の事だ、そんな事の為にわざわざ私達を集めたりはしないだろう。予想するに、私達の配置転換か、お前に家に帰って来いとでもいうつもりか」
「ええっ、なんで僕が家に戻ってこなきゃならないの!?」
「お前は次男だからな。貴族の次男は色々と使い道がある」
「つ、使い道って……」
エルゼリオとて王国に長く暮らす身、貴族のあり様は理解しているつもりだ。
そして、シグルドが言わんとしている事も、理解できる。……半分くらいは。
「そ、そんなの勝手すぎるよ! 自分で出て行けって言ったのに!」
「出て行けではないだろう。自分で出て行くと言ったと聞いたぞ?」
「うっ……そ、それでも今は戻ってくるつもりはないから!」
まるでハスラムを相手にするように反論するエルゼリオ。
「なにを玄関で騒いでやがるんだ」
と、玄関先で賑やかな会話を繰り広げる二人の元に、ハスラムがオリガロッドを伴ってやってきた。
「ち、父上。エルゼリオ、ただいま戻りました」
「おう、よく来たな」
「あの……それで、何の用なの?」
エルゼリオが不安気に問いかけるも、ハスラムはいつもの不遜な笑みを浮かべるだけで答えない。
「まぁとりあえず、部屋に来い」
そして、それだけ言い残すと、オリガロッドを連れてさっさと二階へと引き上げていった。
「……ねぇ、シグルド兄」
「なんだ」
「ボク、ものすごーく嫌な予感がするんだけど」
「ふむ……それは残念だな」
「え?」
「私はなぜか嫌な予感がしない」
「えっ!」
「よし、行こう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? どういう事、シグルド兄!!!」
何処か安心しきった顔でホールを進むシグルドを、エルゼリオは慌てて追いかけた。
●
「話は聞いていると思うが、うちが貴族になる」
ハスラムの私室に招かれた三人は、その一言に三者三様の反応を見せた。
オリガロッドは当然だと胸を張り、シグルドはまた忙しくなるなとうんざり。
そして、エルゼリオは――。
「でもさ、父上。貴族になってどうするの?」
当然の質問を投げかけた。
「父上は権力とか興味ないと思ってたんだけど、まさかいきなり権力争いに目覚めたとか?」
「はぁ? んなわけねぇだろ。なんで俺様がわざわざ貴族連中の陰険なごっこ遊びに付き合ってやるために叙爵なんて受けねぇとならねぇんだよ」
「はい……? いや、言ってる事とやってる事がバラバラなんだけど……」
「ったく、んな事もわからねぇのかよ。これだからガキは――――この叙爵はな、手前ェ等の為だ」
「ボ、ボク達の為? なになに、将来を見据え、貴族となって王国に居場所を作ってやる的な親心って事?」
「なんだエルゼリオ。手前ェ貴族になりたかったのか?」
「いやいや、そんな話してないよね?」
どうにも要領を得ないハスラムの話に、エルゼリオは困惑する。
「ま、とりあえず俺様は数日後に男爵になる。当然、手前ェ等も男爵家の令息令嬢になるわけだ」
「令嬢とか、なんか照れちゃうね」
「オリエの相手も探してやらなけりゃな。貴族のボンボンが良いか?」
「いや! 私はパパがいいの!」
「まだそんなこと言ってんのか。そろそろ嫁に行かなきゃ、貰い手がなくなるぞ?」
「私はパパと居れればいいの!」
「ったく、わかったわかった。くっつくな」
まるで少女の様に頬を膨らせたオリガロッドは、再びハスラムの腕を取った。
「とは言え、男爵なんて貴族から見りゃ下っ端もいいとこだ。特に新興の男爵なんざ、大貴族さまから見たら絶好のカモでしかねぇ」
くっつくオリガロッドを剥がしながら、ハスラムは三人を見る。
「だから、食い散らかされないように、レイノーラは領地持ちになる」
「領地だと? そんなもの男爵位で賜れるわけがないだろう」
「ああ、今ある領地はな」
怪訝な表情で返したシグルドに、ハスラムはニヤリと口元を歪めた。
「え、まさかどこかの貴族を攻めて領地を奪うって事……?」
そんなハスラムの不敵な笑みを見て、エルゼリオが恐る恐る問いかける。
「馬鹿か手前ェ。そんなことすりゃ、貴族派と戦争になるじゃねぇか」
「だ、だよね。それじゃ、どこにそんな領地が……」
呆れられる理由は自分でもわかる。ちょっと突拍子もない事を言ったと思う。
でも、他に思いつかないのも事実だった。まさか、帝国の混乱に乗じて、帝国領を切り取るとかそういう話なのだろうか……。
「それを手前ェらに相談したい」
いつになく真面目な表情でハスラムが言った。
「王国の土地は、概ねどっかの貴族が所有している。これを攻めて掠め取るわけにはいかねぇ。ならどうするか」
と、ハスラムはシグルドを見る。
「……婚姻の線が無いとするなら、廃爵した領地の移譲。又は功績による拝領」
「そうだ。だが、どちらもすんなりと行く話じゃねぇ。物には順序ってもんがあるからな」
「順序……なるほど、そういう事か」
「え……どういう事、シグルド兄。ボクには全然わからないんだけど」
「なに、やることはこれまでと変わらないという事だ」
シグルドは頭に「?」を浮かべる弟にそう言うと、再び父に向き直る。
「準備は任せるぞ、シグルド。叙爵を受けたらすぐにでも動けるようにしておけ」
「まったく……それで、準備に割ける時間は」
「3週間だ」
「…………300が限度だな」
「十分だ。任せたぞ」
ハスラムはシグルドに指示を出し終えると、次にオリガロッドへ向かった。
「オリエ、手前ェも動け」
「待ってました! で、私は何をすればいいの?」
「『これ』を持って、ある貴族の元へ向かえ」
ようやく出番だとテンションが上がるオリガロッドに、ハスラムは一通の手紙を渡す。
「手紙? 宛先は――――レベト伯爵家」
「ああ、そうだ。至急の手紙だ、急げよ」
「うん、それはいいけど。これって何の手紙?」
「救援要請の返事だ」
「救援要請……ははーん、わかった。行ってくるね!」
諜報を主戦場とするオリガロッドだ。ハスラムの考えをすぐに理解したのか、元気よく返事をした。
「レベト……? ……あっ、それってカリンさんの家じゃないか」
エルゼリオはというと、二人の会話に出ていた家名を聞き、以前依頼で出会った女性の事を思い出した。溌溂とした笑顔と赤髪が似合う貴族の女性で、名を確かカレトイセリアと言ったはずだ。
「ほぅ、手前ェ知り合いだったのか。そりゃ好都合だ」
「うん、以前冒険者の依頼でご一緒させてもらった事があるんだ。そっか、カリンさんの家かぁ……って、え、好都合……? なに、どういう事?」
久しぶりに思い出した知己の顔も、ハスラムの不穏な物言いに一瞬で霧散する。
エルゼリオは改めてハスラムに問いかけるが、父は答える事無くシグルドへ向かった。
「よし、俺様は叙爵の準備を進める。手前ェら、後は任せたぞ」
「それはいいが……そういう重大な決め事がある時は、事前に相談してくれ」
「はっはっ! こういう重大な決め事こそ、サプライズしねぇでどうするよ!」
「そうだそうだ! シグルドはもうちょっとパパの遊び心を理解するべきよ!」
父と妹からの子供のような責めを受け、シグルドは盛大な溜息をつく。
「え、あの……父上? ボク、さっぱりついて行けないんだけど……」
そして、ついて行けないエルゼリオを置き去りに、レイノーラ家の叙爵準備は進んでいく――。
●
吉日。
レイノーラ家に正式な男爵位が叙爵された。
それに伴い、様々な特権と義務がレイノーラに与えられる。
王国軍内のハスラム、シグルド、オリガロッドの階級は変わらず、ハスラムが率いていた私兵軍団は、そのままレイノーラ男爵直属の軍として据え置かれた。
そして、男爵となったレイノーラ家に、晴れて出征の許可が出る。
四人の前には、国王印が押された勅令書が置かれ、それには男爵を叙爵する勅と共に、貴族としての出征許可が記されている。
「そうか、出征か。レベト伯爵の領地が蛮族の侵略に悩まされているから、それを助けるんだね。貴族としての『縁』を得るために」
「ようやくわかったか。そうだ、縁だ。俺様は国王の直属で動いてきていたからな、貴族に知己が少くねぇ。領地を得るためには、どこの誰と組むか、どこの大貴族の下につくか、それを見極める必要がある」
エルゼリオの予想に、ハスラムが不敵に笑った。
「と、言う訳だ、エルゼリオ」
「うん?」
ようやく疑問が解決しすっきりしていたエルゼリオに、ハスラムが手を差し出す。
「これって、錫杖?」
そこには短かい錫杖が握られていた。
エルゼリオは首をかしげながらも、その錫杖を受け取る。
精緻な装飾が施された実用性皆無の装飾品。冒険者稼業では使えないなと、エルゼリオが漠然と思っていると……。
「それじゃ、任せたぞ。存分に暴れてこい、総大将」
「うん、わかっ……………………は?」
いきなりの発言に目が点となったエルゼリオを、ハスラムは楽しそうに見つめていた――。