ひみつのとくべつ
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2022年02月13日 11時38分19秒
「父上、父上! 見てください、お店があんなにも沢山!」
窓の外に広がる華やかなりし商大祭の光景に、幼きジュスト・ヴェルジーは大きな瞳をらんらんと輝かせた。
「ジュスト、はしたないぞ。もうすぐ領主さまのお屋敷につくんだ。ちゃんとしなさい」
今にも窓から飛び出していきそうな弟を、兄フェリクスがベルトを掴み席に引き戻す。
せっかくの楽しみを奪われ、ジュストは不満げに兄から視線を逸らした。
「はは、ジュスト。それほど見たいのであれば、後でディオールの者に街を案内してくれるよう頼んでおこう」
不満げに頬を膨らせるジュストに父エドゥアールが微笑む。
「本当ですか、父上!」
「本当だとも。だから、今は兄の言う事を聞いて大人しくしているのだぞ?」
「はい!」
「……まったく、調子がいいんだから、ジュストは」
お行儀よく椅子に腰かけたジュストを、フェリクスは溜息混じりに見つめる。
そうこうしている内にヴェルジーの馬車は、賑わう通りを越え、ディオールの屋敷へと吸い込まれていった。
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「いらしたわ! きっとあの馬車ね!」
前庭に豪奢な馬車が滑り込んできた。
その様子を二階の自室から眺めていたローザリカ・L・ディオールは、物見台としていた椅子から飛び降りると、勢いよく廊下へと飛び出す。
「ロ、ローザリカ!?」
「兄様、いらしたわ! 私、お出迎えに行くわね!」
廊下へ飛び出たローザリカは、彼女を呼びに来た兄ヴィルジールと鉢合わせる。
驚く兄に早口で客の来訪を伝えると、返事も待たず廊下を走りだした。
後ろから兄の叱責が聞こえるが、そんな事を気にしていられない。廊下を駆け抜け、階段を1段飛ばしに跳ね降り、迎えに出ていたメイドたちの列に紛れ込む。
「みんな、来るわ来るわ! 私の従弟殿よ!」
メイド達の影に隠れつつ、ローザリカは何度も何度も入り口を覗き見る。
苦笑しながら「お行儀が悪うございますよ」と諫めるメイトに、「ごめんなさい!」と謝るも、その瞳は期待にはちきれんばかりだった。
しばらくすると、扉の向こうに人の気配が濃くなる。
メイド達の手でゆっくりと開かれた扉から、威厳と自信に満ちた大人が入ってきた。
「あの方がヴェルジーのおじ様。母様のお姉様の旦那様よ! そして、おじ様の後ろにいらっしゃるのが、従兄のフェリクス様。去年初めてお会いして、ご挨拶をさせていただいたの!」
ローザリカはメイドの袖を引き登場した人物達を誇らしく紹介する。
そしてそして――。
「あの方が、ジュスト様ね!」
迎えに出たディオール伯ジェズアルドに、ぎこちない挨拶をしている男の子。
明るいマロンブラウンの髪は、前髪の一房だけ色が違うのね。
少し垂れ気味のグリーントルマリンのような淡緑色の瞳は、きっとおば様に似たんだわ。私の母様とそっくりだもの。
「ローザリカ」
メイドの影で賑やかに従弟殿を観察してたローザリカを、ジェズアルドが呼んだ。
ローザリカはびっくりしてメイドの影に隠れるが、そろりと顔を覗かせると、淑女然と居住まいを正し、ゆっくりと前へと歩み出す――――。
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薔薇の妖精かと思った。
ホールに敷かれた赤絨毯の上を、嫋やかに歩んでくる。
腰まである美しく豊かな薔薇色の髪が揺れ、ぱっちりと開かれた蜂蜜色の瞳は爛々と輝く。
「はじめまして、ジュスト様! 私の名前はローザリカ。ローザリカ・L・ディオールよ!」
優雅に膝を折りドレスを翻した、自分よりも少しだけ背の高い女の子。
その蜂蜜色の瞳は好奇心に満ち溢れ、喉を鳴らす声はまるで金糸雀のようだ。
「は、はじめまして、ジュスト・ヴェルジーです。本日は、お招きいただきありがとうございます」
その姿があまりに眩しすぎて視線を下げたら、白く細い腕が伸びてきた。
「お屋敷をご案内するわ! こちらにいらして!」
「え、えっ!?」
手を取られたと思ったら、そのまま引かれる。
慌てて振り返って父上を見ると、何故か満足げに頷いているし、兄上は呆れて溜息をついていた。
――ついて行ってもいいの?
そう父に確認を取る間もなく、ジュストは細い手にぐいぐいと引かれ、屋敷の奥へと入っていった。
●
翌日、ローザリカはジュストの手を引き商大祭『天秤の抱擁』へ訪れていた。
「ほら、しっかりと手をにぎって! 天秤の抱擁はね、『一度分かたれた手は、10の手に狙われるだろう』って言われているんだから!」
「そ、それはどういう意味……?」
「えっと、それは…………そう! 手をはなしちゃダメってことよ!」
「えー……」
「もぉ、そんな事はどうでもいいの! もたもたしていたらお祭りがおわってしまうわ!」
「う、うん。そうだね。いこう、ローザリカ」
ぐいぐいと手を引いて先をゆくローザリカに、ジュストは駆け足で並んだ。
大通りの中央を胸を張り堂々と往く少女は、自慢のお祭りを紹介できるとあって、すごく張り切っていた。
目につく商店や名所を誇らしげに語り、その都度賛同を求めてくる。
――楽しい。
賑わう街、沢山の商品、人々の笑顔――――こんなにも華やかで楽しいものがあるのだと、この時初めて感じた。
そして、何よりも……。
「どうしたのジュスト、ほら次はあのお店を見に行ってみましょ!」
「はい、お供いたしますお嬢様」
「何その喋り方、変なの」
ジュストは眉をひそめるローザリカに苦笑する。
街の賑わいにも負けない、太陽のような明るさが隣にあるのだから――。
●
あれから1時間以上歩きっぱなし。
――野を歩くのとは全く違う。
人混みの中を長時間歩くのがこんなにも疲れるものだとは思ってもみなかった。それなのに、ローザリカはまったく迷いのない足取りで人混みの中を進んでいく。
出来る事ならエスコートしたいのに、相変わらず手を引かれっぱなしだ。
「――ぃっ」
「ローザリカ……?」
突然手が強く引かれたと思ったら、ローザリカがバランスを崩した。
「な、なんでもないわ! ちょっとつまづいただけよ――――つぅ」
何とか踏ん張ったものの、やはりどこか痛かったのか、ローザリカの綺麗な顔が苦痛に歪む。
「足が痛いんだね。えっと……あ、あの木陰で休もう。歩ける?」
「大丈夫に決まっているわ! 私はお姉ちゃんなんだからっ! 痛っ!」
「僕の肩を使って、ほら」
「だ、大丈夫って――」
「痛い足は、上げておいてね。それじゃいくよ」
「…………うん」
ローザリカが庇っている足の方に回り込んだジュストは、腕を肩にかけ彼女を支える。そして、人の波を避けながら、通りの外れにある小さな緑地の木陰にローザリカを座らせた。
「……やっぱり、血が出てる」
「えっ……」
「大丈夫だよ、皮がちょっと剥けちゃっただけだから。靴を脱がせるね」
「う、うん……」
ジュストは膝が汚れるのも気にせず、ローザリカの前にしゃがみ込むとそっと靴を脱がせた。
丁度踵の部分、靴擦れが出来て血がにじんでいる。
ジュストは手巾を取り出すと、彼女の踵に当てぎゅっと縛った。
「これで大丈夫なはず」
「あり――――ジュ、ジュストは大袈裟ね! これくらい何ともないんだから!」
「はは、そうだね。でも、僕はちょっと疲れちゃった。だから、少し休んでいこうよ」
「そ、そう? ジュストが言うのなら仕方がないわね。少しだけよ?」
何故か頬を赤らめるローザリカに微笑むと、ジュストは彼女の隣に腰かけた。