ゲルダの財産
キャラクターノベル(グループ)制作 望月誠司納品 2022年02月14日 10時22分44秒
約束とは破られるものだ。
だからクライン夫妻にとってリサ・ベイカーという人間は少し特別だった。
エスト・ポーラで高名なベイカー家のお嬢様だから――それはこの場合重要な事柄ではない。
娘ゲルダ・クラインの親友だから――それもまた少し違う。
リサが以前『せめてお母様宛てにでも時折手紙を書くように話してみますね』と述べたその言葉を真実履行したからだ。
何気ない約束は何気なく破られる。
だが、リサは約束を守った。ゲルダからの手紙をどれだけクライン夫妻は喜んだ事だろう。
故に彼女は一個の人間として、夫妻にとって特別だった。
だからこそ、ギュミル・クラインは思うのだ。
(――うちの娘は人を見る目があるッ!!)
一例を以ってのみ人を断ずるのは気が早いようにも感じられるが、ギュミルは敏腕商人である。商人は人を見る目が大切だ。故に彼は己の直感に自信があった。
例えば、熟練の戦士が戦場で扱う武器は信頼性が第一である。実の所、他の要素は二の次だ。信頼できなければどれほどの威力を誇る武器だろうと真実ここ一番で命を預けるには値しない。
人と人との関係性もそれこそが第一であるとリトルビッグマンは思う。
我が娘ゲルダ・クライン、リサ・ベイカーと親友となるとは目が高い。娘は己の才覚を引き継いでいる――
大商人ギュミル・クライン、娘が関わるとただの親バカともいわれるハーフリング親父は口には出さないがそんな感慨を抱いていた。
彼は偉大な男だったが、娘が関わると思考が暴走するのが玉に瑕なのである。
ともあれ、ゲルダの帰省に同行して彼女の生家を訪れたリサは、そういった訳でクライン夫妻からとても歓迎された。
「お久しぶり」
「よく来てくださいました」
と19歳のエスト・ポーラ人はにこにこ顔の夫妻から握手や抱擁を受けるのだった。
●
ゲルダは十五歳の夜に両親へと書置きを残し飛び出してから、一度として戻ろうとはしなかったが「ゲルダちゃんも一度帰ってみたら」とのリサからの言葉もあり、生まれ育ったこの屋敷へと帰って来た。
一年以上、顔を出さなかったというのは短いのだろうか、長いのだろうか――
リサは彼女の父親とわだかまりはあるものの、偶に実家に帰っていたらしい。そちらと比較するとやはり長いのかもしれない。しかし同業達の間では少年の頃に飛び出してからもう十年も故郷に帰っていない、という話も珍しくなかったから、そういうタイプに比べればそれほど長くないとも思うのだけれど。
再会した時、父は随分と喜び騒いでいた。
曰く、
「何はともあれ、ゲルダが五体満足で無事に家に帰ってきてくれて嬉しいよ」
との事。
予め手紙を出してやりとりしていたのに落ち着かない父である。相変わらず冒険者は死や身体を不具にする可能性と隣り合わせの非常に危険な仕事だと思っているらしい(まぁ一概に間違いでもないのだが、特にゲルダは前衛の戦士であるし)。母は「逞しくなりましたね」とゲルダの顔をじっと見て微笑んでいた。
――ひとめ見てわかる程に、何かわたしは変わったのかしら?
湯上りのゲルダは鏡をじーっと見つめた。そこには旅の垢が落ちた緑瞳の少女の顔が映っていた。
よくわからなかった。
見慣れたいつもの己の顔だ。世界一可愛いと父が誉めそやす顔。母に似ている。
変わりないように見えたが、しかし、久しぶりに会った両親から見れば、やはり変わったのかもしれない。父はさっぱり何一つ変わりない永遠の少年たる外見だったが、母は少し、ほんの微かにだが、記憶の中の母よりも老けていた。
母が変わったように、己にも変化は刻まれているのだろう。自分では気づかないような小さな何かが。
●
「将来は商人として働いても良いです」
皆で食事を取った後、茶を飲みつつ一息ついている最中にゲルダは切り出した。
父はカップを置き、瞳をゲルダに向けて来た。海のように深い色の瞳だった。
湿った音が小さく聞こえた。
己が唾を呑み込んだらしいのだと気づく。家を飛び出す前には、しなかった動作だ。恐れるものなど何も無かった。しかし、ゲルダはやはりそれでも以前と同じように父へと真っ直ぐに緑色の瞳を向けた。強い光が宿っている。
「けれど今は冒険者としての活動を続けたいんです」
父は無言だった。
「……今までの活動を通して、学園の中にいたのでは気付けなかったことをたくさん知ることができました。冒険者としての経験は、将来の為にもなる筈です」
椅子に深く腰かけているギュミルは腹の前で指を組んだ。母は素知らぬ顔でカップに口をつけ、洗練された動作で優雅に紅茶を飲んでいる。しかし、耳をそばだてているのが解った。
「あの――」
ゆっくりと声が響いた。
金色の髪に明るい緑色の瞳を持つ若い娘、リサだ。
ギュミル達がリサを見た。
「ゲルダちゃんは……とても、とても強い戦士です。ゲルダちゃんよりも強い戦士というのはリブラネスタにもそうはいません」
細身の娘は礼節を保ち、明朗快活ながら大雑把な気がある常よりも言葉を慎重に選びつつ、心を籠めて言った。
「ゲルダちゃんは技の鋭さや身体の強靭さだけでなく、心までも強いですから」
リサは同じような境遇もあって仲良くなった親友が、進まんとするその道を彼女の両親に理解して貰いたかった。
「冒険者は危険で困難な仕事です。けれど、ゲルダちゃんなら、そういったものすらも糧にして、さらに成長していけると思うんです」
――将来、商人として独り立ちする時にも、きっと今の経験と人との縁は財産になる。
「わたしも商人の家の娘です。わたし自身、少しですがその道で既に活動もしています。ですから、強く、そう感じるのです。ゲルダちゃんにとって冒険者は続ける値打ちがあると」
少年のようにも見える男は柔らかい微笑を浮かべゆっくりと頷いた。
「……リサさん、有難うございます。確かに、リサさんがおっしゃるようその値には千金の価値がある。危険だが…………我らが娘には乗り越える力があると……」
「リサちゃんとも冒険者になったからこそ出会えたんです」
ゲルダが事実を訴えた。
「はじめての親友なの、お父様、学園では、見つけられなかったんです」
ギュミルは眉間に皺を刻みつつも口の両端を上げてゲルダを見た。
「……お前が正しいのだろうね。かつての私達は良かれと思ったが……この屋敷に来て今お前の為に苦労を割いてくれている人間はリサさんであって学園の生徒達ではない。お前はお前自身にとって必要なものをお前自身の進む道から手に入れて来た」
それは商人としてとても重要な才覚だという。
そして、
「口先だけでなく、労を割いて、例え損を蒙る危険があっても、お前の為に実際に行動してくれる友人はとても貴重だよ、それはかけがえのないものだ、リサさんを大切にしなさい。もっとも、私が言うまでもない事だろうが……」
「はい、それは確かにお父様に言われるまでもないわ」
ゲルダは笑顔を浮かべた。
娘の言に父は苦笑し、
「まぁ、よくわかった。ずっとか弱い子供だと思っていたが……ゲルダ、お前には道を切り開く力がある。お前の思うようにやりなさい。ただし、家にはこれかも定期的に無事を報せる手紙を書くように、いいね。リサさん、娘とこれかもどうか仲良くしてあげてください」
ギュミルはゲルダに念を押し、そしてリサへと深々と頭を下げたのだった。
だからクライン夫妻にとってリサ・ベイカーという人間は少し特別だった。
エスト・ポーラで高名なベイカー家のお嬢様だから――それはこの場合重要な事柄ではない。
娘ゲルダ・クラインの親友だから――それもまた少し違う。
リサが以前『せめてお母様宛てにでも時折手紙を書くように話してみますね』と述べたその言葉を真実履行したからだ。
何気ない約束は何気なく破られる。
だが、リサは約束を守った。ゲルダからの手紙をどれだけクライン夫妻は喜んだ事だろう。
故に彼女は一個の人間として、夫妻にとって特別だった。
だからこそ、ギュミル・クラインは思うのだ。
(――うちの娘は人を見る目があるッ!!)
一例を以ってのみ人を断ずるのは気が早いようにも感じられるが、ギュミルは敏腕商人である。商人は人を見る目が大切だ。故に彼は己の直感に自信があった。
例えば、熟練の戦士が戦場で扱う武器は信頼性が第一である。実の所、他の要素は二の次だ。信頼できなければどれほどの威力を誇る武器だろうと真実ここ一番で命を預けるには値しない。
人と人との関係性もそれこそが第一であるとリトルビッグマンは思う。
我が娘ゲルダ・クライン、リサ・ベイカーと親友となるとは目が高い。娘は己の才覚を引き継いでいる――
大商人ギュミル・クライン、娘が関わるとただの親バカともいわれるハーフリング親父は口には出さないがそんな感慨を抱いていた。
彼は偉大な男だったが、娘が関わると思考が暴走するのが玉に瑕なのである。
ともあれ、ゲルダの帰省に同行して彼女の生家を訪れたリサは、そういった訳でクライン夫妻からとても歓迎された。
「お久しぶり」
「よく来てくださいました」
と19歳のエスト・ポーラ人はにこにこ顔の夫妻から握手や抱擁を受けるのだった。
●
ゲルダは十五歳の夜に両親へと書置きを残し飛び出してから、一度として戻ろうとはしなかったが「ゲルダちゃんも一度帰ってみたら」とのリサからの言葉もあり、生まれ育ったこの屋敷へと帰って来た。
一年以上、顔を出さなかったというのは短いのだろうか、長いのだろうか――
リサは彼女の父親とわだかまりはあるものの、偶に実家に帰っていたらしい。そちらと比較するとやはり長いのかもしれない。しかし同業達の間では少年の頃に飛び出してからもう十年も故郷に帰っていない、という話も珍しくなかったから、そういうタイプに比べればそれほど長くないとも思うのだけれど。
再会した時、父は随分と喜び騒いでいた。
曰く、
「何はともあれ、ゲルダが五体満足で無事に家に帰ってきてくれて嬉しいよ」
との事。
予め手紙を出してやりとりしていたのに落ち着かない父である。相変わらず冒険者は死や身体を不具にする可能性と隣り合わせの非常に危険な仕事だと思っているらしい(まぁ一概に間違いでもないのだが、特にゲルダは前衛の戦士であるし)。母は「逞しくなりましたね」とゲルダの顔をじっと見て微笑んでいた。
――ひとめ見てわかる程に、何かわたしは変わったのかしら?
湯上りのゲルダは鏡をじーっと見つめた。そこには旅の垢が落ちた緑瞳の少女の顔が映っていた。
よくわからなかった。
見慣れたいつもの己の顔だ。世界一可愛いと父が誉めそやす顔。母に似ている。
変わりないように見えたが、しかし、久しぶりに会った両親から見れば、やはり変わったのかもしれない。父はさっぱり何一つ変わりない永遠の少年たる外見だったが、母は少し、ほんの微かにだが、記憶の中の母よりも老けていた。
母が変わったように、己にも変化は刻まれているのだろう。自分では気づかないような小さな何かが。
●
「将来は商人として働いても良いです」
皆で食事を取った後、茶を飲みつつ一息ついている最中にゲルダは切り出した。
父はカップを置き、瞳をゲルダに向けて来た。海のように深い色の瞳だった。
湿った音が小さく聞こえた。
己が唾を呑み込んだらしいのだと気づく。家を飛び出す前には、しなかった動作だ。恐れるものなど何も無かった。しかし、ゲルダはやはりそれでも以前と同じように父へと真っ直ぐに緑色の瞳を向けた。強い光が宿っている。
「けれど今は冒険者としての活動を続けたいんです」
父は無言だった。
「……今までの活動を通して、学園の中にいたのでは気付けなかったことをたくさん知ることができました。冒険者としての経験は、将来の為にもなる筈です」
椅子に深く腰かけているギュミルは腹の前で指を組んだ。母は素知らぬ顔でカップに口をつけ、洗練された動作で優雅に紅茶を飲んでいる。しかし、耳をそばだてているのが解った。
「あの――」
ゆっくりと声が響いた。
金色の髪に明るい緑色の瞳を持つ若い娘、リサだ。
ギュミル達がリサを見た。
「ゲルダちゃんは……とても、とても強い戦士です。ゲルダちゃんよりも強い戦士というのはリブラネスタにもそうはいません」
細身の娘は礼節を保ち、明朗快活ながら大雑把な気がある常よりも言葉を慎重に選びつつ、心を籠めて言った。
「ゲルダちゃんは技の鋭さや身体の強靭さだけでなく、心までも強いですから」
リサは同じような境遇もあって仲良くなった親友が、進まんとするその道を彼女の両親に理解して貰いたかった。
「冒険者は危険で困難な仕事です。けれど、ゲルダちゃんなら、そういったものすらも糧にして、さらに成長していけると思うんです」
――将来、商人として独り立ちする時にも、きっと今の経験と人との縁は財産になる。
「わたしも商人の家の娘です。わたし自身、少しですがその道で既に活動もしています。ですから、強く、そう感じるのです。ゲルダちゃんにとって冒険者は続ける値打ちがあると」
少年のようにも見える男は柔らかい微笑を浮かべゆっくりと頷いた。
「……リサさん、有難うございます。確かに、リサさんがおっしゃるようその値には千金の価値がある。危険だが…………我らが娘には乗り越える力があると……」
「リサちゃんとも冒険者になったからこそ出会えたんです」
ゲルダが事実を訴えた。
「はじめての親友なの、お父様、学園では、見つけられなかったんです」
ギュミルは眉間に皺を刻みつつも口の両端を上げてゲルダを見た。
「……お前が正しいのだろうね。かつての私達は良かれと思ったが……この屋敷に来て今お前の為に苦労を割いてくれている人間はリサさんであって学園の生徒達ではない。お前はお前自身にとって必要なものをお前自身の進む道から手に入れて来た」
それは商人としてとても重要な才覚だという。
そして、
「口先だけでなく、労を割いて、例え損を蒙る危険があっても、お前の為に実際に行動してくれる友人はとても貴重だよ、それはかけがえのないものだ、リサさんを大切にしなさい。もっとも、私が言うまでもない事だろうが……」
「はい、それは確かにお父様に言われるまでもないわ」
ゲルダは笑顔を浮かべた。
娘の言に父は苦笑し、
「まぁ、よくわかった。ずっとか弱い子供だと思っていたが……ゲルダ、お前には道を切り開く力がある。お前の思うようにやりなさい。ただし、家にはこれかも定期的に無事を報せる手紙を書くように、いいね。リサさん、娘とこれかもどうか仲良くしてあげてください」
ギュミルはゲルダに念を押し、そしてリサへと深々と頭を下げたのだった。