棄てる者、棄てられる者

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年01月23日 16時01分28秒

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 随分と、窓の外が騒がしい。
 ローラント探偵事務所の古びたソファに身を投げ出していたヴァン・ローラントは、遅めの昼食後に睡魔を覚え、のんびり午睡に洒落込もうとしていた。
 ところが突如湧き起こった通りでの騒ぎに、折角の睡眠欲が吹っ飛んでしまった。
 何事かと木窓を押し開けて覗いてみると、通りの少し離れた一角に人だかりが出来ている。大半は周辺住民やただの通りすがりの様だが、ひとりだけ見知った顔があった。
(事件か……?)
 何となく気になって、ヴァンは事務所を飛び出した。
 ヴァンがその場に到着すると、野次馬は更に数を増した様に思えた。その人垣を掻い潜って、ヴァンは輪の中心に居る幾つかの人影のうち、最も体格の良い人物にそっと声をかけた。
「おぉヴァンか、丁度良い。実は今からひとを遣って呼んでこさせようと思ってたところだった」
 振り向いたのはホークヤード警備隊捜査担当を務める友人デリック・エズモンドだった。
 ヴァンはデリックの手招きに応じて、輪の中心部へと乗り込んだ。そこには数名の警備隊員の他に、年若い男女の姿があった。
 男の方は軽薄そうな雰囲気の優男で、女の方は小柄な体躯の可憐な娘であった。
 聞けば、娘の自宅で彼女の友人が変死したのだという。突如友人の死を目の当たりにして、ひたすら狼狽するばかりの娘だったが、たまたま彼女の部屋を訪れた男が驚嘆しながらも、警備隊に通報したというのが事件のあらましだった。
「変死というのは?」
「いきなり口から血の泡を噴いて昏倒し、そのまま息絶えたそうだ」
 ヴァンに応じながら、デリックは娘に疑惑の視線を向けた。デリックはどうやら涙に暮れて狼狽するこの娘こそが犯人ではないかと疑っている様だが、しかし決定打に欠けるのか、その疑惑の眼差しの中には幾分の困惑が見て取れた。
 だから、自分を呼ぼうと考えたのか――ヴァンは内心で苦笑を漏らした。
 改めて状況を聞いてみると、通報した男の名はジョエル・ヘンウッド、そして泣きじゃくる娘の名はヘレナ・クリスティ。
「被害者の名はアイリス・ガードナー。近所では評判の美人だったそうで、スタイルも抜群。他人の目を引く存在だった様だな」
 そのアイリスと、どこか大人しげな印象の強いヘレナが友人同士。ヴァンはまずそこに、何か引っかかるものを感じた。

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 既に大体の聴取は終わっていた。
 ヘレナの話によれば、アイリスは紅茶を口にした直後に絶命した。その紅茶を供したのはヘレナだという。
 だがそれだけではよく分からない。ヴァンは女性警備隊員に付き添われ、今尚錯乱状態にある娘の顔をそっと覗き込んだ。
「えぇと……探偵さん?」
 ヴァンの自己紹介を受けて、ヘレナは僅かに目線を上げた。ヴァンもドワーフである為、身長は余り高くない方だが、ヘレナは更に輪をかけた様な小柄な体つきで、可愛らしさが際立つ娘であった。
 友人が目の前で突然故人となった。そのショックに未だ精神が追い付いていないのだろうが、ヴァンは心を鬼にしてより詳しい話を聞き出すことにした。
 記憶が混乱している為、ヘレナの証言は時系列が前後していたものの、ヴァンは粘り強く状況を整理した。
 そして漸く、ポイントとなるシチュエーションを絞り込んだ。
 アイリス絶命の直前、ヘレナは紅茶を供した卓を少しの間、離れていた。お茶菓子を用意する為だ。そしてキッチンから戻ってくると、アイリスはお手洗いの為に離席していた。
 そこまではどうということも無いのだが、問題はここからだ。ヘレナはアイリスのカップから紅茶がこぼれている事実に気付き、まだ口をつけていなかった自身のカップと取り換えたのだという。
(……そこか)
 ヴァンはデリックに振り向いた。
「まだ現場は保全してありますか?」
「勿論だ。家宅捜索もやらせていない」
 では今から見に行きましょうとヴァンが水を向けると、デリックは応と頷いた。ふたりは目の前の粗末な集合住宅の階段を駆け登り、ヘレナの自室へと足を踏み入れた。
 アイリスの遺体が、食卓脇に仰臥している。ヴァンとデリックは死因が毒物であると咄嗟に判断した。では彼女を死に至らしめた毒物は、どこにあるのか。ヴァンはヘレナの家財ではなく、アイリスの鞄が最も怪しいと告げた。
「もしかして、毒を混入したのは死んだアイリス本人だっていうのか?」
 眉間に皺を寄せながらデリックは薄い手袋を着用し、アイリスの鞄の中を物色し始めた。そして然程の間を置かずに、妙な小袋を発見した。中には黒い粉末状の何かが収まっている。
 一方ヴァンは、アイリスが口にしたティーカップを凝視した。冷えた紅茶の底に、同様の黒い粒が沈底しているのが見えた。一見すれば紅茶の茶葉の破片か何かにも見えるが、きっとそうではないだろう。
「アイリスはヘレナを毒殺しようとしたんでしょう。ところがお手洗いに行っている間に、ヘレナが親切心でカップを取り換えた。アイリスにとっては計算外の事態だったでしょうね」
 ヴァンの推測に、デリックは異論を挟まなかった。アイリスの所持品に死因となった毒物と思しきものが入っていたのだ。最早議論の余地も無いのだろう。
「……となると、後は動機だな。何故アイリスは、ヘレナを殺そうとしたのか?」
「人間関係を洗ってみましょう。アイリスの身なりから判断して、ヘレナに対して金銭的な動機を持つとは考え難い」
 成程、怨恨絡みか――デリックは静かに頷き返した。

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 ホークヤード警備隊の事務所には、聴取用の個室が幾つか並んでいる。
 デリックはヘレナとジョエルを、別々の聴取用個室で待たせることにした。その上でデリックは、ヴァンを自身の執務卓に呼び寄せた。
「矢張りあの粉末は毒だった。殺鼠剤の原料に使われるものだそうだ」
「それなら無味無臭で、飲んでも気付かないでしょうね」
 これでアイリスが、己が持ち込んだ毒で死亡したことが確定した。この時点でヘレナは無罪放免にしても良かったのだが、しかし動機の解明の為にはまだしばらく、ヘレナから情報を聞き出す必要があった。
 何故アイリスがヘレナ殺害を目論んだのか。ヘレナ自身が気づいていない何かが、アイリスにヘレナへの殺意を募らせたのだろう。
 と、そこへヘレナに付き添っていた女性警備隊員が幾分疲れた様子で歩を寄せてきた。
「やっと落ち着いた様です。まだ多少動揺はしていますが、話は出来ますよ」
 女性警備隊員は泣きじゃくるヘレナを落ち着かせる為にと、色々手を尽くしてくれたらしい。その努力は称賛に値する。精神的に訓練されていない者をなだめるのは、想像以上に難しいものだ。
「デリック捜査官、ローラント探偵、後はお任せします……でも、くれぐれも余計な刺激は与えない様にお願いしますよ。あの年頃のお嬢さんは何かと難しいんですから」
 それだけいい残して、女性警備隊員は自席へと退がっていった。物腰の柔らかい、それでいて芯の強さを感じさせる態度に、ヴァンもデリックも心底助かったと目礼を贈った。
 ヘレナには今少し時間を与えるべきだと判断し、ヴァンとデリックはまず、ジョエルの聴取から始めることにした。
 ジョエルはヘンウッド商会という豪商の子息で、既に成人済みだが、毎日何をする訳でもなく、ぶらぶらと日々を無駄に過ごしている典型的な脛かじり体質のろくでなしであった。
 しかし端正な顔立ちに加え、親の財力を後ろ盾にした羽振りの良さから女性関係には事欠かないという。デリックが調べたところ、次から次へと付き合う女性を入れ替えているらしく、歴代の彼女数は二桁を軽く超えるという話であった。
 要するに女たらしの放蕩息子というのが、正確なジョエル評といって良い。
 ヴァンは別段何とも思わなかったが、デリックの方はジョエルに対してあからさまに悪い印象を抱いた様子であった。
 ともあれ、まずは聴取である。ふたりはジョエルが待つ聴取用個室へと足を運んだ。
「あのさぁ、俺もう帰って良いかな? ぶっちゃけ俺って、ただ通報しただけだよね。何で聴取なんかされなきゃいけない訳?」
 ふたりが入室するなり、ジョエルはデリック以上の不機嫌さを覗かせて木椅子にふんぞり返っていた。その態度はまさに、裕福な家庭で何不自由無く育った甘やかされ体質の塊だった。
「生憎、そういう訳にもいかないんです。貴方が、亡くなったアイリスさんの元カレだと分かった以上はね」
 ヴァンが冷淡に告げると、ジョエルは舌打ちを漏らしてそっぽを向いた。
 そしてジョエルの現在の彼女は、隣室に控えているヘレナだった。

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「俺さぁ、もうヘレナとは別れようと思ってんだよね」
 ジョエルは興味無さそうな調子で淡々と告げた。曰く、結果的には無罪だったヘレナだが、一度でも殺人容疑がかけられた様な女と付き合い続けるのは真っ平御免だというのが、ジョエルの正直なところらしい。
「被害者と別れたのは、何故なのかね?」
「えー? そんなことまで答えなきゃなんねぇのかよ」
 それでも相手が警備隊員だということで、ジョエルは一応素直に白状した。
 飽きたから別れた。単純に、それだけだった様だ。
「君がヘレナさんと付き合うことで、被害者のプライドを傷つけるとは思わなかったのか?」
「んなもん、俺の知ったこっちゃねぇよ。俺はアイリスに飽きて、ヘレナが気に入った。だから乗り換えたってだけの話だよ」
 反省の念どころか、悪びれた様子など微塵にも感じられない。デリックとジョエルのやり取りを黙って聞いていたヴァンだったが、最早これ以上は聞くだけ無駄だという念が湧き起こり始めている。
 それはデリックも同様だった。
「分かった、もう良い……帰って良いぞ」
 許可を得た途端、ジョエルは蹴る様な勢いで立ち上がり、聴取用個室を飛び出していった。
 次いでふたりはヘレナが待つ個室へと足を運んだが、揃って気分が重い。ヘレナをなだめた女性警備隊員からはくれぐれも刺激するなと念を押されていたが、それはどうも無理な様だ。
 事情は、ヴァンが説明することにした。
「そんな……アイリスが……どうして……」
 ヴァンの言葉に、ヘレナは再び動揺した。
 友人が自分を殺そうとしていた事実を俄かには受け入れられないヘレナ。更にヴァンがジョエルとアイリスの関係を告げると、ヘレナは完全に我を失った様に呆然自失となってしまった。
 そしてとどめとなるひと言――ジョエルがヘレナと別れる意思を持っていることを告げると、ヘレナはその場に突っ伏してしまった。

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 翌日の朝早く、予想外の客がローラント事務所を訪れた。
 ヘレナだった。
 ヴァンは驚きながらもヘレナを室内に迎え入れ、ソファーを勧めた。
「あの……もしかしたら探偵さんなら分かるかな、と思って」
 何故友人だった筈のアイリスが、そこまでして自分に殺意を抱いたのか。そこがどうしても分からないというのである。
 しかしヴァンにはおおよその見当がついていた。
「アイリスさんにとっては貴女は友人ではなく、自分が優越感に浸る為の添え物という見方をしていたんだと思います。だからジョエルさんが貴女に乗り換えた時、絶対に許せないという怒りが湧いたんでしょう」
 ヘレナが死ねばジョエルが自分のもとに帰ってくると考えたのは、自然な心理だとヴァンは告げた。
 ヴァンはその後も調査を続け、アイリスがジョエルに未練があった事実や、アイリスがヘレナとジョエルの寄り添う姿を目撃した事実なども突き止めていた。だが流石にこれは余計な情報だとして、敢えてヘレナには告げてはいなかった。
 ところで、とヴァンは話の矛先を変えた。何故ヘレナは、ヴァンがアイリスの心理を理解したと考えたのか。その点がどうにも解せなかったのである。
「だってあの時の探偵さん、凄く悲しそうな目をしてたから」
 聴取用個室でヘレナに事情を説明した時のことをいっているらしい。
「もしかして探偵さんは、あたしやアイリスと同じ目に遭ったことが、あるんじゃないかなって……」
 その瞬間、ヴァンの脳裏に母の面影がよぎった。が、すぐに打ち消す。最早、どうでも良い話だ。
「それでね……あの……もしご迷惑じゃなかったら……時々、遊びに来ても、良いですか……? 探偵さんと、もっと色々、お話したいなって、思って……」
 ヴァンは苦笑を漏らした。そして答えた。
 えぇ、良いですよ、と。

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