夜闇の中の光明
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年12月30日 11時33分03秒
ヴィントを発した馬車はダルトートを経由し、一路北域鎮守オルセンへ。
荒廃していた街道も徐々に整備の手が入り、通りやすくなっている。
御者台に座るセロンガードは、ちらりと荷台を覗き見た。
何枚もの毛布と毛皮に包まり寝息を立てる愛し子の姿。遠征用の物資が満載の荷台の中、器用にスペースを確保し寝転んでいる。
セロンガードはティトの安らかな寝顔に安堵し、再び前を向いた。
比較的安全になったとはいえ、まだ危険地帯である事には変わらない。野盗盗賊の類ならまだましだろう。クリーパーや魔獣が出没する危険も十分にある。頼れる者が自分たち以外に居ない以上、注意を重ねる事は決して無駄じゃない。
遥か北壁山脈の袂にある故郷は、まだ遠い――。
●
事の発端は、ティトのわがままだった。
「ふむ……故郷奪還のための調査ですか」
「だめ、かな……?」
不安気に揺れるティトの瞳に見つめられ、セロンガードは考えた。
ティトが故郷を脱した話は聞いている。幸い住民達の殆どは無事だったというが、それでも故郷を無くした喪失感は計り知れないだろう。
ティトが故郷を取り戻したいという想いはよくわかる。
「いえ、もちろんお供しますよ。先日そう約束しましたしね」
「ほんとう……? やった」
不安気だったティトの顔がふにゃりと緩む。
セロンガードは思わず伸ばしそうになる手をぎゅっと握りしめると、改めてティトに聞いた。
「しかし、わざわざ依頼の様式を取らなくても付き合いましたよ?」
「いい、の。ちゃんと、お願いしたかった、から」
「ふむ……わかりました。では、お願いという事で受けさせてもらいましょう。ティトの故郷は北壁山脈の袂でしたか。この季節ですと入念な準備が必要ですね」
「ごめん、ね……?」
「なぜ謝るのですか。この前のお手伝いのお返しですし、私もティトの故郷を見たいと常々思っていましたので、いい機会です。それに道中は二人きりになるでしょうから、それはもう色々な事件が待っているでしょうしね」
「セロンの、すけべ……」
「はい、仰る通りです」
「……最近、隠さなく、なって来た、よね」
「隠す? 何をでしょうか。ティトの事を愛しく思っている事ですか?」
「そ、そういう、の」
「二人の時は隠しませんよ。そもそも、もうそういう仲ではないと思っているのは、私だけでしょうか?」
「……そういう、質問、ずるい」
「これは失礼しました。ともあれ、貴女と二人きりの旅路なのです。どうして断れましょうか」
「うん……ありがと、セロン」
いつの間にか手の届く位置まで近寄ってきていたティトの頭に手を置き、耳に優しく触れるよう左右に撫でる。
ティトは目を細め、されるがままに気持ちよさげに体を揺らしていた。
●
「冷えてきましたね」
雪こそ降っていないが、既に北域と呼ばれる地域だ。風は冷たく、御者台から動けないセロンガードの体温を容赦なく奪っていく。
セロンガードは首に巻いたマフラーを締め直し、馬に鞭を入れた。
「出来れば日が落ちるまでに次の宿場に到着したかったのですが、少し難しいですか……」
セロンガードがそう呟くと、背後に動く気配を感じた。
「ティト、起きたのですか」
振り返ることなく背後に声をかける。
すると、眠たそうな眼を擦りながら、ティトが御者台に座ってきた。
「まだ寝ていても構いませんよ。到着までしばらくかかりますから」
「……ん」
返事なのかどうか怪しい答えを返し、ティトはセロンガードの肩に身を預ける。
「そんな所で寝ては風邪を引きますよ、まったく……」
寝息を立て始めたティトに苦笑しつつ、セロンガードはコートを開きティトを中に収めた。まるでそうされることがわかっていたかのように、ティトは安心しきった顔で瞳を閉じている。
悪戯してやろうかと一瞬よこしまな考えがよぎるも、それを察知してかティトのご自慢の尻尾がセロンガードの膝上にぽふりと置かれた。
変な事考えてないで、尻尾でも撫でていろ、という事だろうか。
セロンガードは肩を貸した代金がわりに、柔らかで温かい尻尾の恩恵をありがたく頂戴した。
ふわふわの冬毛を蓄えた尻尾が、冷え切った脚を温めてくれる。肩からは少しだけ高いティトの体温が伝わってきた。
この不器用な優しさが、ティトの可愛さだ。
「ありがとうございます、ティト」
そう呟くと、少しだけティトの身体が揺れた。
●
――――夢を見た。
懐かしい故郷で、皆が笑顔で笑っている夢。
顔も知らない父も母も。厳しくも優しかった姉も祖父も。皆、笑っている。
故郷の村はあの時のままで、優しく温かい。
幸せな時間がずっと流れている暴力も差別も流血も落涙もない、平和な世界。
何も無くさず、何も壊されず、何も失わない素敵な世界――――。
でも、この世界にはあの人が居ない。
今、一番近くにいる人。セロンガード・シュタインドルフ。
例え幸せしかない世界があったとしても、きみが居ない世界をぼくは望まない。
頭を撫でて欲しい。
膝に乗せて欲しい。
抱っこして欲しい。
抱きしめて、欲しい――――。
ちょっと人には言えない様な淫らな欲望を抱えているのは、何もきみだけじゃないんだよ。
ぼくだって人並みには――――ううん、きみに関してなら人並み以上にそういう欲望を抱いている。
きみと手を繋げればどれだけ幸せだろう。
きみと見つめ合えばどれだけ幸せだろう。
きみと温め合えればどれだけ幸せだろう。
きみと、溶けあえればどれだけ幸せだろう――――。
ふとした拍子にきみが見せる怖い顔があるよね。
狂気に歪みまるで野獣のような瞳をする時もあるし、無表情で何処かを見定める、凍るような瞳をする時もある。
そういう顔をする時は本当に怖いって感じているんだよ。
それでも、傍を離れたいとは思わない。
例えきみがどんな過去を持っていたとしても、どんな人を好きになっていたとしても、ぼくの想いは変わらない。
大好きだよ、ぼくのセロンガード・シュタインドルフ――――。
●
「……ん」
「起きましたか」
「ごめん……寝すぎ、た?」
すっかり日が傾き、空は茜色に染まっていた。
少しの間だけセロンガードの温もりを感じるつもりが、どうやら熟睡してしまっていたらしい。
「大丈夫ですよ。私も温かくて助かりました」
「うん……」
セロンガードの膝の上に置いた尻尾を優しく撫でられ、ティトは照れて俯いた。
「それよりもティト。ちょっとこちらを向いてください」
「……え?」
ドキリと心臓が跳ねた。
辺りに人通りはなく完全に二人きりの世界。そんな場所で一体何をしようというのか。
夢の中の記憶が呼び覚まされる。ひたすらに欲望を綴った夢の内容が――。
「ほら、せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「だい、なし?」
「べったりと頬についた涎を拭い――――はい、垂れてません。そんな子供みたいな真似をティトがするわけありません。ええ、断じてありません。ですから、そのナイフをしまってください」
両手を上げて降参ポーズのセロンガードを一睨みして、ティトは顔を背けつつ頬をごしごしした。
「あれ……」
すると、首に温かなマフラーがまかれている事に気付く。
「セロン、これ」
ティトはマフラーの端を摘まみ、改めてセロンガードを見上げた。
荒廃していた街道も徐々に整備の手が入り、通りやすくなっている。
御者台に座るセロンガードは、ちらりと荷台を覗き見た。
何枚もの毛布と毛皮に包まり寝息を立てる愛し子の姿。遠征用の物資が満載の荷台の中、器用にスペースを確保し寝転んでいる。
セロンガードはティトの安らかな寝顔に安堵し、再び前を向いた。
比較的安全になったとはいえ、まだ危険地帯である事には変わらない。野盗盗賊の類ならまだましだろう。クリーパーや魔獣が出没する危険も十分にある。頼れる者が自分たち以外に居ない以上、注意を重ねる事は決して無駄じゃない。
遥か北壁山脈の袂にある故郷は、まだ遠い――。
●
事の発端は、ティトのわがままだった。
「ふむ……故郷奪還のための調査ですか」
「だめ、かな……?」
不安気に揺れるティトの瞳に見つめられ、セロンガードは考えた。
ティトが故郷を脱した話は聞いている。幸い住民達の殆どは無事だったというが、それでも故郷を無くした喪失感は計り知れないだろう。
ティトが故郷を取り戻したいという想いはよくわかる。
「いえ、もちろんお供しますよ。先日そう約束しましたしね」
「ほんとう……? やった」
不安気だったティトの顔がふにゃりと緩む。
セロンガードは思わず伸ばしそうになる手をぎゅっと握りしめると、改めてティトに聞いた。
「しかし、わざわざ依頼の様式を取らなくても付き合いましたよ?」
「いい、の。ちゃんと、お願いしたかった、から」
「ふむ……わかりました。では、お願いという事で受けさせてもらいましょう。ティトの故郷は北壁山脈の袂でしたか。この季節ですと入念な準備が必要ですね」
「ごめん、ね……?」
「なぜ謝るのですか。この前のお手伝いのお返しですし、私もティトの故郷を見たいと常々思っていましたので、いい機会です。それに道中は二人きりになるでしょうから、それはもう色々な事件が待っているでしょうしね」
「セロンの、すけべ……」
「はい、仰る通りです」
「……最近、隠さなく、なって来た、よね」
「隠す? 何をでしょうか。ティトの事を愛しく思っている事ですか?」
「そ、そういう、の」
「二人の時は隠しませんよ。そもそも、もうそういう仲ではないと思っているのは、私だけでしょうか?」
「……そういう、質問、ずるい」
「これは失礼しました。ともあれ、貴女と二人きりの旅路なのです。どうして断れましょうか」
「うん……ありがと、セロン」
いつの間にか手の届く位置まで近寄ってきていたティトの頭に手を置き、耳に優しく触れるよう左右に撫でる。
ティトは目を細め、されるがままに気持ちよさげに体を揺らしていた。
●
「冷えてきましたね」
雪こそ降っていないが、既に北域と呼ばれる地域だ。風は冷たく、御者台から動けないセロンガードの体温を容赦なく奪っていく。
セロンガードは首に巻いたマフラーを締め直し、馬に鞭を入れた。
「出来れば日が落ちるまでに次の宿場に到着したかったのですが、少し難しいですか……」
セロンガードがそう呟くと、背後に動く気配を感じた。
「ティト、起きたのですか」
振り返ることなく背後に声をかける。
すると、眠たそうな眼を擦りながら、ティトが御者台に座ってきた。
「まだ寝ていても構いませんよ。到着までしばらくかかりますから」
「……ん」
返事なのかどうか怪しい答えを返し、ティトはセロンガードの肩に身を預ける。
「そんな所で寝ては風邪を引きますよ、まったく……」
寝息を立て始めたティトに苦笑しつつ、セロンガードはコートを開きティトを中に収めた。まるでそうされることがわかっていたかのように、ティトは安心しきった顔で瞳を閉じている。
悪戯してやろうかと一瞬よこしまな考えがよぎるも、それを察知してかティトのご自慢の尻尾がセロンガードの膝上にぽふりと置かれた。
変な事考えてないで、尻尾でも撫でていろ、という事だろうか。
セロンガードは肩を貸した代金がわりに、柔らかで温かい尻尾の恩恵をありがたく頂戴した。
ふわふわの冬毛を蓄えた尻尾が、冷え切った脚を温めてくれる。肩からは少しだけ高いティトの体温が伝わってきた。
この不器用な優しさが、ティトの可愛さだ。
「ありがとうございます、ティト」
そう呟くと、少しだけティトの身体が揺れた。
●
――――夢を見た。
懐かしい故郷で、皆が笑顔で笑っている夢。
顔も知らない父も母も。厳しくも優しかった姉も祖父も。皆、笑っている。
故郷の村はあの時のままで、優しく温かい。
幸せな時間がずっと流れている暴力も差別も流血も落涙もない、平和な世界。
何も無くさず、何も壊されず、何も失わない素敵な世界――――。
でも、この世界にはあの人が居ない。
今、一番近くにいる人。セロンガード・シュタインドルフ。
例え幸せしかない世界があったとしても、きみが居ない世界をぼくは望まない。
頭を撫でて欲しい。
膝に乗せて欲しい。
抱っこして欲しい。
抱きしめて、欲しい――――。
ちょっと人には言えない様な淫らな欲望を抱えているのは、何もきみだけじゃないんだよ。
ぼくだって人並みには――――ううん、きみに関してなら人並み以上にそういう欲望を抱いている。
きみと手を繋げればどれだけ幸せだろう。
きみと見つめ合えばどれだけ幸せだろう。
きみと温め合えればどれだけ幸せだろう。
きみと、溶けあえればどれだけ幸せだろう――――。
ふとした拍子にきみが見せる怖い顔があるよね。
狂気に歪みまるで野獣のような瞳をする時もあるし、無表情で何処かを見定める、凍るような瞳をする時もある。
そういう顔をする時は本当に怖いって感じているんだよ。
それでも、傍を離れたいとは思わない。
例えきみがどんな過去を持っていたとしても、どんな人を好きになっていたとしても、ぼくの想いは変わらない。
大好きだよ、ぼくのセロンガード・シュタインドルフ――――。
●
「……ん」
「起きましたか」
「ごめん……寝すぎ、た?」
すっかり日が傾き、空は茜色に染まっていた。
少しの間だけセロンガードの温もりを感じるつもりが、どうやら熟睡してしまっていたらしい。
「大丈夫ですよ。私も温かくて助かりました」
「うん……」
セロンガードの膝の上に置いた尻尾を優しく撫でられ、ティトは照れて俯いた。
「それよりもティト。ちょっとこちらを向いてください」
「……え?」
ドキリと心臓が跳ねた。
辺りに人通りはなく完全に二人きりの世界。そんな場所で一体何をしようというのか。
夢の中の記憶が呼び覚まされる。ひたすらに欲望を綴った夢の内容が――。
「ほら、せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「だい、なし?」
「べったりと頬についた涎を拭い――――はい、垂れてません。そんな子供みたいな真似をティトがするわけありません。ええ、断じてありません。ですから、そのナイフをしまってください」
両手を上げて降参ポーズのセロンガードを一睨みして、ティトは顔を背けつつ頬をごしごしした。
「あれ……」
すると、首に温かなマフラーがまかれている事に気付く。
「セロン、これ」
ティトはマフラーの端を摘まみ、改めてセロンガードを見上げた。