鎮魂と未来への夜
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年12月18日 16時33分07秒
●
いよいよ年末に差し掛かろうかという時候。
昼は短く、夜は長く、季節は冬真っ只中。
寒空のもと、年を越す準備を整える為に多くの買い物客が行き交う町中。更に加えて聖霊節も今からが佳境を迎える時期ということもあり、幸せを願う多くのひとびとが、そこかしこで笑顔を交わす。
華やかな夜の町――カペル侯爵領都の冬は、日没後も無数の人出で大いに賑わっていた。
中心部には巨大なもみの木が屹立し、煌びやかな飾りつけが施され、それ自体がひとつのシンボルマークとしてひとびとの目を楽しませている。
町全体も冬薔薇の生垣と、色とりどりのテラリウムランタンで様々な色合い、様々な表情をそこかしこで見せていた。
聖霊節を迎えての年末に向けて、町は連日のお祭りという雰囲気を漂わせている。
店先や公園では楽器を奏でる音が流れ、音色に合わせて踊る者や、歌声を響かせる即席歌手の姿も数多く見られた。
レストランや飲み屋だけではなく、街路や公園には屋台も数多く出店し、特産の葡萄酒を温めたホットワインや、果物や香辛料を程良くアレンジした料理などが供されている。
平和と、ひとびとの幸せな暮らし。
カペル侯爵領都に住まう民の永遠の願いが、町全体に溢れ出している様にも思えた。
開け放った木窓から冷たい空気が流れ込む室内で、『青薔薇』マイスターのアーカネラ・ユルヴェウスは穏やかな表情で笑顔に満ちる街並みを静かに眺めていた。
暖炉でぱちぱちと炎が爆ぜる音が、幾つか連鎖した。十分に暖められた室内は、しかしどこか陰鬱な空気に包まれている。多くのひとびとで賑わう町の光景とは真逆の重苦しさだ。
室内にはアーカネラの他にシルヴィア・A・カペル、青薔薇カルバ隊長フェルナンド・カルバ、カルバ隊副長イオレア・シュデルの三人がそれぞれ与えられた木椅子に腰を下ろしていた。
●
「全滅……か」
煌びやかな町の風景に視線を落としたまま、アーカネラはぽつりと呟いた。
つい先程、フェルナンドは自身が率いる隊が己とイオレアを除いて全滅した旨を告げた。それはフェルナンド自身の最大の苦痛でもあったが、しかし隊長たる彼自身がマイスターに対して絶対に、そして何よりも最初に報告しなければならない現実でもあった。
青薔薇構成員は全員が優秀な芸術家であると同時に、凄腕の諜報員でもある。ひとりひとりの存在の重さは、誰よりもアーカネラが一番よく理解していた。
その大事なメンバーの命がたった一夜にして十数名、一気に失われた。
カルバ隊の宿敵『壊密宗』の魔人にして、シラー砂漠からのテロリスト黒熱砂ジャハル派首領でもあるビューティフルガッツを仕留める為、フェルナンドとイオレア、そして彼らの仲間達は赤岩落の峡谷へと足を踏み入れた。
そこで彼らは、吸血屍と呼ばれる恐るべき死者の群れと遭遇し、退路を断たれた。脱出路を求めて赤岩落の峡谷を突破しようとした彼らの前に、今度は壊密宗が出現し、地下の巨大空洞へと叩き落とされたのである。
フェルナンドとイオレアは瀕死の重傷を負ったが、それでも何とか生き延びた。だがふたりを除く他のメンバーは全員、体中を固い岩肌にしたたかに打ち付けられ、命を落とした。
授恵者でも当たり所が悪ければどうなるか分からない程の高所からの落下である。一般人に過ぎない青薔薇カルバ隊メンバーでは、到底助かりようが無かった。
「でも、ビューティフルガッツは討伐され、黒熱砂ジャハル派はジーロー伯爵とメルゲンガー伯爵の軍勢で完全鎮圧……そして何より壊密宗はハングリークランキー、クロスマウスと邪弟夫がことごとく討ち取られ、事実上の消滅にまで至った、ということね」
「その通りです……カルバ隊は結果を出したといえる……と思う」
アーカネラに応じたのは、シルヴィアであった。
フェルナンドもイオレアも隊としての成果は十分過ぎる程に叩き出しているものの、隊員を全て死なせてしまったという悔恨からどうしても口が重い。
だからシルヴィアが、ふたりに代わって応じた。
確かに犠牲は小さくはなかったが、隊としての悲願は達成出来たのである。何も、この功績まで否定する必要はないだろう。
しかしシルヴィア自身も、暗鬱たる気分に襲われていた。カルバ隊のメンバーとは余り交友を結ぶ時間は取れなかったものの、シルヴィアにとって家族にも等しい青薔薇から犠牲者が出たのは、何よりもつらかった。
それはアーカネラも同様だろう。しかしこの黒髪黒瞳の美貌のエルフは誰をも責めず、ただ穏やかに笑って、御苦労様と静かに告げた。
「カルバ隊の任務完了を承認します。後は……彼らの魂を、弔ってあげましょう」
彼らの死は、無駄ではなかった。壊密宗を追い詰め、討ち倒す道筋を作った。勿論、肉親を失った者からすれば、任務達成にどれ程の価値を見出してくれるかは分からない。
それでもシルヴィアは、フェルナンドは、そしてイオレアは前を向き、遺族の思いを受け止めなければならないだろう。
青薔薇は芸術家集団だが、同時に極秘任務を是とする諜報員でもある。堂々とその死を悼むことは出来ない。ならば今宵、町に繰り出してそれとなく弔ってやるのが、彼等にとって唯一報いる方法となる。
アーカネラは、町へ出ようと、三人に誘いの言葉を投げかけた。
●
巨大もみの木前の公園で、アーカネラはホットワインが注がれたグラス片手に、シルヴィア、フェルナンド、イオレア達が演じる即興の演奏にじっと聞き入っていた。
町行くひとびとは、三人の秀逸な演奏と歌声に足を止め、大勢が聞き惚れている。何も知らぬ者が見れば、この三人の音楽ユニットは今の時期、カペル侯爵領都でよく見られるパフォーマンスのひとつに過ぎないと思うことだろう。
勿論、そう思ってくれる方がシルヴィアとしても有り難い。この演奏と歌声が、死した仲間達への鎮魂歌であるなどとは、口が裂けてもいえない。あくまでもひとつのパフォーマンスとして認知して貰える方が、諜報員として死んでいった仲間達への弔いにもなる。
と、そこへ見知らぬ輩数名が楽器を持ち寄り、シルヴィア達三人の即興演奏に音を合わせ始めた。その技術の高さから、恐らく彼らも青薔薇のメンバーなのだろう。
事実、アーカネラは後から現れた音楽家達の顔を見知っている様子で、頷き返していた。
(きっと彼らも、察してくれたんだ)
今、シルヴィアとフェルナンド、イオレアが演奏し、歌っているのは青薔薇内だけで意味が通じる鎮魂歌の一種だった。そこに同様のコードで音色を合わせてきたということは、後から加わってきた青薔薇の面々も、この演奏の意味を理解してくれたのだろう。
諜報員という任務の性格上、常に命の危険と隣り合わせである。誰がどこで命を落としても、決して不思議ではない。これは歴然たる事実だ。誰にも変えることは出来ない。
だが顔や名前は知らずとも、仲間として、こうして寄り添ってくれる。
これが青薔薇――シルヴィアは思わず熱いものが込み上げてきそうになるのを、必死で堪えた。
やがて演奏が終わり、公園とその周辺は拍手喝采の波に包まれた。
シルヴィア達は深々と頭を下げ、礼節に満ちたお辞儀で応えた。
●
二台続きのベンチに腰を据えて、シルヴィアとフェルナンド、イオレアはアーカネラに奢って貰ったホットワインで体を温めた。
「ふたりはこれから、どうするつもり?」
ひと息ついたところで、シルヴィアは訊いた。ここで尋ねるのは、残酷かも知れない。多くの部下を失ったばかりで心の傷も癒えていないフェルナンドとイオレアには、今後のことを考えるだけの余裕はまだ無い可能性もある。
それでもシルヴィアは、敢えて訊いた。フェルナンドもイオレアも十分に鍛錬された戦士である。この手の質問をぶつけられた方が却って心理的に楽になるであろうことを、シルヴィアはよく理解していた。
「俺は、他の隊に転属願を出そうかと思っています」
イオレアはシルヴィアに答えると同時に、アーカネラとフェルナンドに対しても意思表示する格好を示した。カルバ隊以上の隊を今更自力で見つけることは出来ない。ならば、他の隊の色に染まり、また新しく、一から出直そうというのが彼の正直な心情であった。
シルヴィアは、安心した。イオレアは確かに打ちのめされてはいたが、しかし既に前を向こうとしている。
では、フェルナンドはどうなのか。カルバ隊の解体は既に決定しており、彼の隊長としての肩書も今夜が最後だった。
しばらく休暇を取ってみては、とシルヴィアは提案したが、フェルナンドは苦笑を浮かべて静かにかぶりを振った。やりたいことがある、というのである。
イオレアだけでなく、フェルナンドも前を向き始めているという事実が、シルヴィアは素直に嬉しかった。しかしフェルナンドが妙に気合を入れた顔を覗かせている為、何に挑戦しようとしているのかが少しばかり、気になった。
「何をしようとしているんだい?」
「ジュピターを青薔薇に連れ戻したいと思っている」
そのひと言に反応したのは、アーカネラとイオレアだった。シルヴィアにとっては初めて聞く名だったが、このふたりは良く知っているらしい。
何より驚いたのは、アーカネラもイオレアも、危うく飲みかけのホットワインを噴き出しそうになっていたという点である。この一事をとっても、フェルナンドが如何に困難な挑戦に手をかけようとしているのかが、何となく理解出来た。
「そんなこと……出来るのかしら?」
「それにあの御仁は、青薔薇の芸術家然とした空気が合わないといって飛び出していったんだし」
アーカネラとイオレアは眉間に皺を寄せて、互いに顔を見合わせた。
それでもフェルナンドは、やってみるの一点張りである。余程に挑戦し甲斐のある相手らしい。
「聞いた話では、ジュピターはロモズ歩兵団の重兵20番隊長に就任したそうだ。つまり、居所は分かっている。後はどうやってアプローチするか、だ」
今度はシルヴィアが危うくホットワインを噴き出しそうになった。まさかここで、ロモズ歩兵団の名が出て来るとは全く想定もしていなかったのである。
だが同時に、少しばかり期待もあった。もしフェルナンドがロモズ歩兵団に入団してくるというのであれば、そのジュピターなる人物も併せて合計三名もの青薔薇ゆかりの者が所属することになる。
ところがアーカネラとイオレアは、何ともいえぬ表情を浮かべた。余り、良い顔つきではない。
「帰ってくるかしら……音楽は芸術家や音楽家だけのものじゃなく、世の全てのひとびとが楽しむ権利があるっていって飛び出していったぐらいだし」
「音楽の素養も無いド素人の歌を、クールだ何だといって受け付ける感性の持ち主だからなぁ」
ふたりのぼやきに、シルヴィアは却って興味をそそられた。
●
その翌日――シルヴィア、フェルナンド、イオレアの三人は死亡したカルバ隊メンバーの遺族らに、遺体を返還した。
フェルナンドとイオレアはまだ本調子ではない為、シルヴィアが都度、治癒術を施術しなければならない。それでも何とか最後のひとりまで返還を終えられたのは、カルバ隊メンバー全員がカペル侯爵領都近郊に実家を持っていたからに他ならなかった。
遺体返還後、フェルナンドとイオレアはカペル侯爵領都の自宅へと引き返していった。宣言通り、ふたりは既に前を向いて次なる行動に出ようとしている。
では、シルヴィアはどうか。
実をいうと、アーカネラに相談を持ち掛けたいことがあった。シルヴィアは昨晩に引き続き、アーカネラの居室を訪問した。
何事かと驚いたアーカネラだが、シルヴィアは無言で一通の手紙を差し出した。
それは失踪したシルヴィアの先生――ディヴァンスからのものであった。
さっと目を通し終えたアーカネラは、ただ苦笑を浮かべるばかりである。
「相変わらず、過去に引き戻すのが上手いひとね……で、どうするの?」
「タイミングが合えば、会いに行ってみようかと」
確かにこれは、過去への逆流かも知れない。だがシルヴィアにとっては、或いは未来に繋がる第一歩になるかも知れなかった。
「そうねぇ……ま、止めはしないわよ」
でも後悔だけはしないように。
アーカネラのそのひと言に、シルヴィアは力強く頷き返した。
いよいよ年末に差し掛かろうかという時候。
昼は短く、夜は長く、季節は冬真っ只中。
寒空のもと、年を越す準備を整える為に多くの買い物客が行き交う町中。更に加えて聖霊節も今からが佳境を迎える時期ということもあり、幸せを願う多くのひとびとが、そこかしこで笑顔を交わす。
華やかな夜の町――カペル侯爵領都の冬は、日没後も無数の人出で大いに賑わっていた。
中心部には巨大なもみの木が屹立し、煌びやかな飾りつけが施され、それ自体がひとつのシンボルマークとしてひとびとの目を楽しませている。
町全体も冬薔薇の生垣と、色とりどりのテラリウムランタンで様々な色合い、様々な表情をそこかしこで見せていた。
聖霊節を迎えての年末に向けて、町は連日のお祭りという雰囲気を漂わせている。
店先や公園では楽器を奏でる音が流れ、音色に合わせて踊る者や、歌声を響かせる即席歌手の姿も数多く見られた。
レストランや飲み屋だけではなく、街路や公園には屋台も数多く出店し、特産の葡萄酒を温めたホットワインや、果物や香辛料を程良くアレンジした料理などが供されている。
平和と、ひとびとの幸せな暮らし。
カペル侯爵領都に住まう民の永遠の願いが、町全体に溢れ出している様にも思えた。
開け放った木窓から冷たい空気が流れ込む室内で、『青薔薇』マイスターのアーカネラ・ユルヴェウスは穏やかな表情で笑顔に満ちる街並みを静かに眺めていた。
暖炉でぱちぱちと炎が爆ぜる音が、幾つか連鎖した。十分に暖められた室内は、しかしどこか陰鬱な空気に包まれている。多くのひとびとで賑わう町の光景とは真逆の重苦しさだ。
室内にはアーカネラの他にシルヴィア・A・カペル、青薔薇カルバ隊長フェルナンド・カルバ、カルバ隊副長イオレア・シュデルの三人がそれぞれ与えられた木椅子に腰を下ろしていた。
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「全滅……か」
煌びやかな町の風景に視線を落としたまま、アーカネラはぽつりと呟いた。
つい先程、フェルナンドは自身が率いる隊が己とイオレアを除いて全滅した旨を告げた。それはフェルナンド自身の最大の苦痛でもあったが、しかし隊長たる彼自身がマイスターに対して絶対に、そして何よりも最初に報告しなければならない現実でもあった。
青薔薇構成員は全員が優秀な芸術家であると同時に、凄腕の諜報員でもある。ひとりひとりの存在の重さは、誰よりもアーカネラが一番よく理解していた。
その大事なメンバーの命がたった一夜にして十数名、一気に失われた。
カルバ隊の宿敵『壊密宗』の魔人にして、シラー砂漠からのテロリスト黒熱砂ジャハル派首領でもあるビューティフルガッツを仕留める為、フェルナンドとイオレア、そして彼らの仲間達は赤岩落の峡谷へと足を踏み入れた。
そこで彼らは、吸血屍と呼ばれる恐るべき死者の群れと遭遇し、退路を断たれた。脱出路を求めて赤岩落の峡谷を突破しようとした彼らの前に、今度は壊密宗が出現し、地下の巨大空洞へと叩き落とされたのである。
フェルナンドとイオレアは瀕死の重傷を負ったが、それでも何とか生き延びた。だがふたりを除く他のメンバーは全員、体中を固い岩肌にしたたかに打ち付けられ、命を落とした。
授恵者でも当たり所が悪ければどうなるか分からない程の高所からの落下である。一般人に過ぎない青薔薇カルバ隊メンバーでは、到底助かりようが無かった。
「でも、ビューティフルガッツは討伐され、黒熱砂ジャハル派はジーロー伯爵とメルゲンガー伯爵の軍勢で完全鎮圧……そして何より壊密宗はハングリークランキー、クロスマウスと邪弟夫がことごとく討ち取られ、事実上の消滅にまで至った、ということね」
「その通りです……カルバ隊は結果を出したといえる……と思う」
アーカネラに応じたのは、シルヴィアであった。
フェルナンドもイオレアも隊としての成果は十分過ぎる程に叩き出しているものの、隊員を全て死なせてしまったという悔恨からどうしても口が重い。
だからシルヴィアが、ふたりに代わって応じた。
確かに犠牲は小さくはなかったが、隊としての悲願は達成出来たのである。何も、この功績まで否定する必要はないだろう。
しかしシルヴィア自身も、暗鬱たる気分に襲われていた。カルバ隊のメンバーとは余り交友を結ぶ時間は取れなかったものの、シルヴィアにとって家族にも等しい青薔薇から犠牲者が出たのは、何よりもつらかった。
それはアーカネラも同様だろう。しかしこの黒髪黒瞳の美貌のエルフは誰をも責めず、ただ穏やかに笑って、御苦労様と静かに告げた。
「カルバ隊の任務完了を承認します。後は……彼らの魂を、弔ってあげましょう」
彼らの死は、無駄ではなかった。壊密宗を追い詰め、討ち倒す道筋を作った。勿論、肉親を失った者からすれば、任務達成にどれ程の価値を見出してくれるかは分からない。
それでもシルヴィアは、フェルナンドは、そしてイオレアは前を向き、遺族の思いを受け止めなければならないだろう。
青薔薇は芸術家集団だが、同時に極秘任務を是とする諜報員でもある。堂々とその死を悼むことは出来ない。ならば今宵、町に繰り出してそれとなく弔ってやるのが、彼等にとって唯一報いる方法となる。
アーカネラは、町へ出ようと、三人に誘いの言葉を投げかけた。
●
巨大もみの木前の公園で、アーカネラはホットワインが注がれたグラス片手に、シルヴィア、フェルナンド、イオレア達が演じる即興の演奏にじっと聞き入っていた。
町行くひとびとは、三人の秀逸な演奏と歌声に足を止め、大勢が聞き惚れている。何も知らぬ者が見れば、この三人の音楽ユニットは今の時期、カペル侯爵領都でよく見られるパフォーマンスのひとつに過ぎないと思うことだろう。
勿論、そう思ってくれる方がシルヴィアとしても有り難い。この演奏と歌声が、死した仲間達への鎮魂歌であるなどとは、口が裂けてもいえない。あくまでもひとつのパフォーマンスとして認知して貰える方が、諜報員として死んでいった仲間達への弔いにもなる。
と、そこへ見知らぬ輩数名が楽器を持ち寄り、シルヴィア達三人の即興演奏に音を合わせ始めた。その技術の高さから、恐らく彼らも青薔薇のメンバーなのだろう。
事実、アーカネラは後から現れた音楽家達の顔を見知っている様子で、頷き返していた。
(きっと彼らも、察してくれたんだ)
今、シルヴィアとフェルナンド、イオレアが演奏し、歌っているのは青薔薇内だけで意味が通じる鎮魂歌の一種だった。そこに同様のコードで音色を合わせてきたということは、後から加わってきた青薔薇の面々も、この演奏の意味を理解してくれたのだろう。
諜報員という任務の性格上、常に命の危険と隣り合わせである。誰がどこで命を落としても、決して不思議ではない。これは歴然たる事実だ。誰にも変えることは出来ない。
だが顔や名前は知らずとも、仲間として、こうして寄り添ってくれる。
これが青薔薇――シルヴィアは思わず熱いものが込み上げてきそうになるのを、必死で堪えた。
やがて演奏が終わり、公園とその周辺は拍手喝采の波に包まれた。
シルヴィア達は深々と頭を下げ、礼節に満ちたお辞儀で応えた。
●
二台続きのベンチに腰を据えて、シルヴィアとフェルナンド、イオレアはアーカネラに奢って貰ったホットワインで体を温めた。
「ふたりはこれから、どうするつもり?」
ひと息ついたところで、シルヴィアは訊いた。ここで尋ねるのは、残酷かも知れない。多くの部下を失ったばかりで心の傷も癒えていないフェルナンドとイオレアには、今後のことを考えるだけの余裕はまだ無い可能性もある。
それでもシルヴィアは、敢えて訊いた。フェルナンドもイオレアも十分に鍛錬された戦士である。この手の質問をぶつけられた方が却って心理的に楽になるであろうことを、シルヴィアはよく理解していた。
「俺は、他の隊に転属願を出そうかと思っています」
イオレアはシルヴィアに答えると同時に、アーカネラとフェルナンドに対しても意思表示する格好を示した。カルバ隊以上の隊を今更自力で見つけることは出来ない。ならば、他の隊の色に染まり、また新しく、一から出直そうというのが彼の正直な心情であった。
シルヴィアは、安心した。イオレアは確かに打ちのめされてはいたが、しかし既に前を向こうとしている。
では、フェルナンドはどうなのか。カルバ隊の解体は既に決定しており、彼の隊長としての肩書も今夜が最後だった。
しばらく休暇を取ってみては、とシルヴィアは提案したが、フェルナンドは苦笑を浮かべて静かにかぶりを振った。やりたいことがある、というのである。
イオレアだけでなく、フェルナンドも前を向き始めているという事実が、シルヴィアは素直に嬉しかった。しかしフェルナンドが妙に気合を入れた顔を覗かせている為、何に挑戦しようとしているのかが少しばかり、気になった。
「何をしようとしているんだい?」
「ジュピターを青薔薇に連れ戻したいと思っている」
そのひと言に反応したのは、アーカネラとイオレアだった。シルヴィアにとっては初めて聞く名だったが、このふたりは良く知っているらしい。
何より驚いたのは、アーカネラもイオレアも、危うく飲みかけのホットワインを噴き出しそうになっていたという点である。この一事をとっても、フェルナンドが如何に困難な挑戦に手をかけようとしているのかが、何となく理解出来た。
「そんなこと……出来るのかしら?」
「それにあの御仁は、青薔薇の芸術家然とした空気が合わないといって飛び出していったんだし」
アーカネラとイオレアは眉間に皺を寄せて、互いに顔を見合わせた。
それでもフェルナンドは、やってみるの一点張りである。余程に挑戦し甲斐のある相手らしい。
「聞いた話では、ジュピターはロモズ歩兵団の重兵20番隊長に就任したそうだ。つまり、居所は分かっている。後はどうやってアプローチするか、だ」
今度はシルヴィアが危うくホットワインを噴き出しそうになった。まさかここで、ロモズ歩兵団の名が出て来るとは全く想定もしていなかったのである。
だが同時に、少しばかり期待もあった。もしフェルナンドがロモズ歩兵団に入団してくるというのであれば、そのジュピターなる人物も併せて合計三名もの青薔薇ゆかりの者が所属することになる。
ところがアーカネラとイオレアは、何ともいえぬ表情を浮かべた。余り、良い顔つきではない。
「帰ってくるかしら……音楽は芸術家や音楽家だけのものじゃなく、世の全てのひとびとが楽しむ権利があるっていって飛び出していったぐらいだし」
「音楽の素養も無いド素人の歌を、クールだ何だといって受け付ける感性の持ち主だからなぁ」
ふたりのぼやきに、シルヴィアは却って興味をそそられた。
●
その翌日――シルヴィア、フェルナンド、イオレアの三人は死亡したカルバ隊メンバーの遺族らに、遺体を返還した。
フェルナンドとイオレアはまだ本調子ではない為、シルヴィアが都度、治癒術を施術しなければならない。それでも何とか最後のひとりまで返還を終えられたのは、カルバ隊メンバー全員がカペル侯爵領都近郊に実家を持っていたからに他ならなかった。
遺体返還後、フェルナンドとイオレアはカペル侯爵領都の自宅へと引き返していった。宣言通り、ふたりは既に前を向いて次なる行動に出ようとしている。
では、シルヴィアはどうか。
実をいうと、アーカネラに相談を持ち掛けたいことがあった。シルヴィアは昨晩に引き続き、アーカネラの居室を訪問した。
何事かと驚いたアーカネラだが、シルヴィアは無言で一通の手紙を差し出した。
それは失踪したシルヴィアの先生――ディヴァンスからのものであった。
さっと目を通し終えたアーカネラは、ただ苦笑を浮かべるばかりである。
「相変わらず、過去に引き戻すのが上手いひとね……で、どうするの?」
「タイミングが合えば、会いに行ってみようかと」
確かにこれは、過去への逆流かも知れない。だがシルヴィアにとっては、或いは未来に繋がる第一歩になるかも知れなかった。
「そうねぇ……ま、止めはしないわよ」
でも後悔だけはしないように。
アーカネラのそのひと言に、シルヴィアは力強く頷き返した。