色んな形の出会い

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年11月30日 16時02分29秒

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 誰かがローラント探偵事務所のドアをノックする音で、ヴァン・ローラントは目を覚ました。
 木窓の隙間から、初冬の弱々しい陽光が射し込んでいる。薄暗い探偵事務所内はいささか雑然としていた。
 ここ数日間、三食はいずれも近所の店へと買い出しに出かけ、その都度事務所内で軽く飲み食いし、それ以外の時間は特に何をする訳でもなく、だらだらと過ごし続けてきた。
 かれこれ一週間近く、探偵事務所の看板を下ろしたままだ。ろくに掃除もしていない為、事務エリアのみならず、応接セットや炊事場に至るまで、埃がうっすらと積もり始めている。食べ終えた買い出し食料のゴミも、そのまま放置してあった為、結構色々なところが見苦しい状態となっていた。
 別段、負傷に苦しんでいる訳ではない。ただ兎に角、疲れていた。だが原因は、はっきりしている。少し前に受けた、あの依頼だった。
(青の中指……)
 余り思い出したくないフレーズが、ふと脳裏をよぎった。
 年齢を感じさせない美貌の半獣人。白銀虎特有の白い肌と、隈取の様な紋様が特徴的な男だった。そして同時に、恐るべき強敵でもあった。片刃の二刀流に加え、巨岩を軽々と砕く蹴り技を駆使し、更には正確無比な大型ブーメランで遠隔の敵をも制する能力の持ち主。
 それがメドゥの指先幹部『青の中指』と呼ばれる男の正体だった。
 個人戦闘力は異様に高く、今のヴァンでは到底、立ち向かえる相手ではなかった。ヴァンはその青の中指と先日、遭遇したのである。
 とある農村で、吸血性の屍の群れが出現した。その圧倒的物量の軍勢から脱出する際、ヴァンは酷く神経をすり減らされた。
 当初は、その様な窮地に陥るとは思っても見なかった。冒険者ギルドで受けた依頼内容はというと、死んだ筈の村人が村落内を徘徊しているとの噂が立った為、調査して欲しいというのが元々の任務だった。
(ゾンビか何かか……まぁ一体や二体ぐらいなら、出くわしたところで何とかなる)
 その様な軽い気持ちで引き受けた依頼だったのだが、いざ現地へ足を運んでみると、事態はとんでもなく恐ろしい局面へと発展した。
 吸血性の獰猛な屍の群れが村全体を蹂躙し、ヴァン達は僅かに生き残った村人達と共に決死の脱出行を余儀無くされたのである。
 そしてそれら屍の群れを率いていたのが、まさしく青の中指だった。
(まさか、あんな形で遭遇することになろうとは)
 脱出の際、ヴァンは馬車の御者台で手綱を握りながら、村の出口で楽しげに手を振っている青の中指に戦慄した。あの怪物は実ににこやかに、またどこかで会おうといわんばかりの笑顔で、別れの挨拶としてゆったりと手を振っていたのである。
 冒険者ギルドで聞いた話によれば、青の中指は出会った冒険者全ての顔と名前を完全に記憶しているのだという。次に出会った時、決して見逃すことなく、確実に仕留める為らしい。
 あの時、ヴァンも顔を見られた。名乗ってはいないものの、間違い無く顔は覚えられただろう。
 今までに感じたことのなかった重圧がここ数日来、ヴァンの気分を闇の中へと叩き落としている。探偵事務所もろくに開かず、ひたすら回復に努めなければならなかった疲労の正体は、この精神的な重圧によるものであった。
 その時、再びドアがノックされた。今度は先程よりも更に力強く、今にも室内に押しかけてくるかの様な勢いで。
「おぉーい、ヴァン。居ないのか?」
 そこでヴァンは漸く、我に返った。
 聞き慣れた声を響かせたノックの主は、リーンエス王国北部の町ホークヤードにて警備隊捜査担当を務める友人デリック・エズモンドだった。
 流石にこれ以上待たせるのは拙いとばかりにヴァンはソファーからのっそり立ち上がり、余り気乗りしない表情のままゆっくりとドアを開けた。
「何だ、やっぱり居るんじゃないか」
 呆れた様子で笑うデリックの、よく見知った顔。
 ところがヴァンの視線はというと、デリックの傍らで穏やかに微笑んでいる女性に釘付けとなっていた。
「あらあら、病気にでもなってるんじゃないかと心配してたけど、案外元気そうね」
 穏やかに笑う妙齢の美女――彼女の名はレジーナ・マッケンジー。ローラント探偵事務所が入っているアパルトメントの大家を務める、気さくな豪商夫人だった。

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「冒険者ギルドで聞いたぞ。何やら大変だったみたいだな」
 いつもの勝手知ったる何とかの調子でずかずかと探偵事務所内へと足を踏み入れるデリック。直後、彼は鼻の頭に皺を寄せた。埃臭さと、食べ物の残りカスが混ざった様な嫌な臭い。
 数日に亘って掃除をしていない所為か、探偵事務所の中は若干の異臭が漂っていた。
「あらあらあら、こんなところにずぅっと籠もってたんじゃ、本当に病気になってしまうわよ」
 マッケンジー夫人は持参した大きめのバスケットを応接卓上に放り出すと、袖をまくって木窓という木窓を全て開放した。
 冷たい風が吹き込んでくるが、マッケンジー夫人はお構いなしだ。彼女は続けて炊事場の瓶に溜め込んである井戸水を手桶に汲み、掃除道具置き場から雑巾を取り出した。
 ヴァンがばつの悪そうな表情で頭を掻いているうちに、マッケンジー夫人はあれよあれよと手早く掃除を済ませてゆく。流石に室内全てを片付けるのは時間がかかり過ぎるだろうが、目に見える主だった場所を綺麗に拭き取るのに、ものの十数分とかからなかった。
 デリックもマッケンジー夫人の実に手慣れた掃除技術に、舌を巻いていた。
「豪商夫人ともあろうお方が、まるで熟練の侍女みたいな早業ですな」
「自分の身の周りぐらい、自分で始末出来なくてどうするんですか」
 ぴしゃりと指摘され、流石のデリックも乾いた笑いを返すしかなかった。ヴァンもこのままマッケンジー夫人だけに働かせる訳にもいかず、箒と塵取りを取り出して部屋の隅に溜まったゴミを掃き取り始めた。
 やがてローラント探偵事務所は、ヴァンが引き籠る以前の状態にまで回復した。
 掃除というものは体が動き出すまでには中々時間がかかるものだが、いざ実際にやり始めてみると、案外身が入るものであった。
「さぁ、これでやっと気持ち良く、お食事出来ますわね」
 いいながらマッケンジー夫人は、応接卓上にバスケットの中身を手際良く並べ始めた。
 お手製のランチだった。
 焼きたてのパン、ボウル一杯のサラダ、ハムの盛り合わせ、チーズとトマトのオイル和え、チキンの揚物、フルーツの小鉢など実に多彩だった。
 日頃はこれ程に栄養バランスの取れた食事を摂ることが少ないヴァンにとっては、中々に新鮮な食卓の光景だったに違いない。
「ヴァンは授恵者ですからね、そうそう簡単に倒れるとは思っちゃいませんけど、流石に心配したのよ。こう何も事務所を閉めっぱなしなんて、普段滅多にありませんでしょう」
 大体ヴァンが長期に亘って事務所を閉めるのは、時間のかかる依頼を受ける時ぐらいだ。何もせずに室内に何日も籠もり続けるなど、これまでほとんど無かったのである。
 それだけに、ヴァンの肉体、或いは精神に何らかの変調をきたしたのではないかと、マッケンジー夫人は本気で心配になったらしい。
 通常の一般人とは明らかに異なる肉体と耐久性を誇る授恵者ヴァンは、たかだか一週間程度引き籠りになったぐらいでは健康状態が乱れる筈も無い。
 だが、マッケンジー夫人のこの気遣いは素直に嬉しかった。他者から思い遣られるということが、これ程までに身に染みるとは正直、想定外だった。
「さぁ、頂きましょう。おふたり共、お腹ぺこぺこでしょう?」
 かくして、マッケンジー夫人の音頭でランチタイムとなった。

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 食事が始まってすぐに、デリックが先日の依頼について訊いてきた。
「お前がここまで疲れ切るとはな……そんなにヤバい依頼だったのか?」
 漸くひと心地ついたばかりのヴァンだが、あの時のことを思い出すと未だに鬱屈たる気分に襲われる。マッケンジー夫人の手料理は本当に美味いが、この話題に触れると自然と表情が渋くなった。
「マジで青の中指と遭遇した……誰だよ、心配無用とかいったのは」
「いや、お前だよ」
 愚痴るヴァンに、デリックの容赦無い突っ込み。思わぬブーメランが跳ね返ってきた。
 ところがマッケンジー夫人は全く関係の無いところに対し、意外そうな表情を浮かべた。
「ヴァンって、デリックの前ではそんな喋り方だったかしら?」
「いや、探偵として行動する時や、彼が警備隊捜査担当として動いている時は、口調は改めます。矢張りそこは仕事ですから」
 お互いプライベートの時は本当の兄弟の様に親しく言葉を交わすヴァンとデリック。しかし仕事となると、話は別だ。業務上では警備隊所属のデリックの方が、個人で探偵を営むヴァンよりも立場は上だ。それにデリックの部下達の手前もある。ヴァンが一歩退いた形でデリックに敬語を用いるのは、ヴァンなりに考えた結果だったし、デリックもそのことについては殊更触れようとはしなかった。
 色々難しいのねぇ、と気の無い返事を残してワインをぐいっと飲み干すマッケンジー夫人。昼間から、中々の酒豪っぷりだった。
 ところで、とデリックは再び話題を青の中指に引き戻した。ヴァンとしては余り関わりたくない話だが、デリックの立場上、中々そうはいかないらしい。
 曰く、ホークヤードと同じく王国北方に位置するクリウルーという町に於いて、青の中指は最近まで活発に行動していた事実が分かっている。
 クリウルーというのは、山岳地帯を挟んで帝国領と向き合うヴァンティール子爵領の領都だ。このクリウルーを一時期、青の中指は本拠地として行動していたらしい。その狙いは、ロモズ旧村にあったという。
 ヴァンはここで、ピンときた。
「ロモズ歩兵団と関わりがあった、という訳か」
「コボルトの親玉シャハロウを懐柔した青の中指は、ロモズ歩兵団が邪魔だったんだろうな」
 結局シャハロウは、ロモズ歩兵団を主力とする陸戦隊の前に敗れた。青の中指の懸念は的中したということになるだろうか。
 その後、青の中指はフィルエス大森林、ドワーフ王国、更にはリーンエス王国南西部と活動範囲を拡大している。今回ヴァンが遭遇したのは、リーンエス王国南西部で生じた歩く死人騒ぎに於いてだった。
 そこまで考えると再びあの危難が思い出されたが、同時に新たな発想が湧いた。
「そういえば……あの子に名前をつけてやらないと」
 ここでヴァンは、部屋の隅に設置されている木箱に目を向けた。中には藁が敷き詰められており、一匹の栗鼠が身を縮めていた。
 青の中指と遭遇した件の任務で、ヴァンは初めてエーテルリンクを発動した。その時に視覚と聴覚を共有したのが、この栗鼠だった。
「拾った子なんだけど、折角だし、これからも相棒として付き合っていきたい。でも名前を考えていなかったな……」
 何か良い案は無いかと、ヴァンはデリックに水を向けた。しかしデリックは今まで名付け親にはなった経験が無いらしく、すぐには妙案が浮かんでこなかった様だ。
「どんな子なの?」
 マッケンジー夫人の問いかけに、今度はヴァンが考え込む。咄嗟に相棒として組んだだけであり、特に深い考えがあってエーテルリンクを発動した訳でもなかった。その為ヴァンは、あの栗鼠についてはまだ何も知らないのである。
 マッケンジー夫人は木箱まで歩を寄せて、そっと両手を差し入れた。藁の中で小さく丸まっている栗鼠は、マッケンジー夫人の両掌の中にすっぽりと収まった。
「そぉねぇ……じゃあ私はこの子を、ハジメちゃんって呼ぶことにしようかしら」
 ヴァンにとって、エーテルリンクを介した初めての相棒だったから、ハジメちゃん。何とも芸の無い安直な命名だったが、しかし分かり易い。
 勿論マッケンジー夫人が勝手にその様な呼び名を付けただけである。ヴァンまで同じ様にハジメちゃんと呼んでやる必要性は皆無だ。
 しかしヴァンは、その安直過ぎるネーミングも候補のひとつだ、と考える様になった。下手にオリジナリティに拘る必要は無い。要は当人同士で相手を認識出来る名前であれば、それで良いのである。
(うん……考えておこう)
 かくして、相棒の名前候補にハジメちゃんがエントリーされた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0